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冬の童話参加作品

織りを忘れた鵲は

作者: 榎木ユウ


 とある国の、とある街に、(カササギ)という名前の女の子がひとり、住んでいました。その街に住むものは、皆、織物を織ることを仕事にしていました。

 鵲は特に織物を織ることが大好きで、小さいころから、見様見真似で織物を織っては、隣に住む織物機を作る先生に見せにいきました。

 先生は、先生と言っても、鵲より10ほど年上の青年で、ある日突然、ふらりと隣の家に帰ってきた男でした。先生はとても物知りで、鵲に色んな織り方を教えてくれました。

「この糸を最後に使うとね、とても心に残るんだ」

 そう言って、鵲には思いつかないような色の糸を織り込む先生は、鵲にとって、魔法使いのようでした。

 その街では、織物の町というだけあって、常に誰が一番上手に織物を織れるのか、コンテストが開かれます。鵲も勿論参加しています。だけど鵲の織物は誰の目にも留まりません。

 鵲は先生に問います。

「先生、どうして私の織物は皆に褒めてもらえないのでしょう」

 先生は答えます。

「鵲はその織物を何の為に織ったの?」

 鵲は答えられませんでした。だって鵲はコンテストで1位になることしか考えていなかったからです。

 先生は鵲の頭を撫でながら言います。

「何のために織るのか、考えて織ってごらん」


 鵲は考えます。何のために織るのか。


 そして、自分なりに見つけた答えで、織物を織りました。

 次のコンテストの時、初めて一人の選評員に

「私はこの織物が好きですよ」

と褒められました。

 鵲は嬉しくなって、今度はもっと頑張ろうと思いました。

 それから少しずつ、鵲の織物はみんなに褒めてもらえるようになりました。

 鵲は褒めてもらうたびに、次はどんなふうにしよう、どんなことを思って織ろう、と色々考えながら、丁寧に、丁寧に、織物を織っていきました。

 先生はそんな鵲を優しい目で、いつも見ています。

 鵲の織物は、1番にこそなりませんでしたが、多くの人に認められて、鵲は少しだけ、本当に少しだけ、街で名前が知れる程度には有名な女の子になりました。

「鵲の織物はとても綺麗だね」

「鵲の織物は見ていて気持ちがいいよ」

 知らない人たちが、次々に鵲を褒めていきます。鵲は何だか自分がとても偉くなったような気がしました。


 ある日、鵲に先生が聴きます。

「鵲、次はどんな織物を織るんだい?」

 鵲は答えます。

「今、街では赤い織物が流行っているから、赤い織物を織ろうと思います」

「そうか。上手に織れるといいね」

 先生が嬉しそうに微笑むので、鵲は嬉しくなって、その気持ちを込めて織物を織りました。

 鵲が先生への気持ちを込めて織った織物は、すぐに街で有名になりました。


 だけど、有名になり始めたころ、鵲に少し困ったことが起こり始めました。

「鵲の織物は素晴らしい」

 そう褒める人がいる一方で、

「鵲の織物は、ありきたりでつまらない」

「鵲の織物はどこか嘘くさい」

と、鵲の織物を悪く言う者たちが出てきたのです。

 鵲はどうして自分の織物が悪く言われるのか分かりません。


「先生、どうして私の織物を悪く言う人がいるのでしょう?」

 先生は答えます。

「人には色んな人がいるでしょう? 鵲の好きな食べ物を嫌いな人だっているでしょう? それと同じで、鵲の織物を嫌いな人もいるのです」

「そういう人にはどうすればいいんですか?」

「どうもしなければいいのです」

 先生はニッコリと笑って鵲に応えました。

 でも鵲は納得がいきません。

 自分の織物は、街ではそれなりに有名な織物なのに、どうしてそれを悪く言う人がいるのか、理解できなかったのです。


 鵲は自分の織物を悪く言う人に聞きます。

「私の織物は何がいけないのですか?」

 すると問われた人は答えます。

「君の織物は独創性がないんだよ。この糸をつかうところがよくないんだ」

 鵲は言われた通りにその糸をほどきました。

 またある日、鵲の織物を好きだと言う人が言います。

「最近の鵲の織物は、なんだか鵲らしくなくてつまらない」

 鵲は昔の織り方を思い出しながら、今度は別の織物を織りました。

 だけど、織っても、織っても、誰かしらが鵲の織物を悪く言うのです。


 鵲はついに疲れて、倒れてしまいました。


 そこへ、先生が鵲の元へやってきました。先生は、いつもは持たない織物を2反持ってきました。

「鵲、この織物をどう思う?」

 1反目の織物は、とても奇抜な物でしたが、鵲にはちょっと色が強すぎてあまり好きになれませんでした。だから鵲は素直に

「好きではありません」

と答えました。

「じゃあ、この織物をどうしたら鵲は好きになれる?」

 先生に問われ、鵲は不思議に思いながらも、

「ここの糸を別の糸に変えたらいいと思います」

「そう。でも、それではこの織物は、全く違うものになってしまうね」

 確かに先生に言われたとおり、鵲の指摘した糸を変えてしまうと、その織物は元々の色合いを大きく変えてしまうものでした。

「でも先生、そうしないと私の好きな織物になりません」

「じゃあ、元の色を損なわない様に、君の好きな織物にするにはどうしたらいいと思う?」

 先生の言葉に、鵲は悩みます。

 嫌いなものを好きなものにするということは、好きなものを褒めることよりも難しいことに気付いたからです。

 先生はにこにこと笑いながら言います。

「嫌いなものを自分の好きなものにするっていうことは、本当は大変なことなんだよ。だから、簡単に嫌いなものを直せということは、実は自分の好きなようにしろって、意味でしかないんだよ」

 鵲は、鵲の織物を嫌いだと言う人たちに、どこを直せばいいかと聞いた時のことを思い出しました。誰も、鵲のことをじっくり考えて答えてくれる人はいなかったのです。

「たまには君の織物の悪いところを指摘してくれる人もいるかもしれない。だけど、嫌いな織物を良くしようなんて人は、この街には殆どいないよ」

 先生の言葉に、鵲は不安そうに先生を見上げます。

「どうしてですか、先生」

「それはここが織物の町だから。みんなが織物を織っているから」

「先生、意味が分かりません……」

 困った顔をする鵲に、先生は優しく笑いかけます。

「分からないならそれでいいんだよ」

 どうしていいのか、先生は鵲に教えてくれませんでした。

 

「じゃあ、鵲、この織物はどうかな?」

 そう言って次に先生の見せてくれた織物は、とてもありふれた色と柄の織物でしたが、鵲が好きな糸を沢山使っていました。

 明らかに技巧も、使っている糸も、1反目の織物の方が豪華だったのに、何故か鵲は2反目の、ごくありふれた織物の方から目が離せませんでした。

「先生、私はこっちの織物が、何故だかとても好きなのです」

 鵲がそう言うと、先生は目を細めて、とても嬉しそうに笑いました。

「鵲、少ない人に見てもらう時は、鵲は、自分の好きなように織ればよかったんだろうけど、たくさんの人に見てもらうとね、色んな人に見てもらうから、誰かしらは鵲の織物を嫌いになるんだよ」

「どうしてですか?」

「人はみんな違うから。同じ人間なんていないから」

 先生の言うことは、鵲には少し意味が分かりませんでした。困った顔の鵲を見て、先生は言います。

「こっちの織物は、噴水側の家の男に、僕が頼んで作ってもらった反物だよ」

 その一言に、鵲は驚きます。

 だって、噴水側の家の男は、街で1、2位を争うコンテストの上位入賞者だったからです。改めて見ると、確かに普通の人では織れないような見事な織物でした。

「こっちの織物は、他の誰が見てもつまらない、ごくごくありふれた織物だけど、鵲はとても好きだろう?」

 鵲は頷きます。先生はその織物を広げて、鵲の目を見て言います。

「これはね、鵲のことを思って、鵲の為だけに、僕が織った織物なんだ。

 僕はね、鵲みたいに、みんなに好かれる織物を織る才能はないんだ。

 どんなに技巧を学んでも、どんなに素晴らしい糸を使っても、僕には鵲のように、誰かが好きになる織物をつくることが出来なかった。それが分かって、辛くてこの街に帰ってきたんだよ」

 それは、初めて聞く先生の生い立ちでした。

 先生が、そんな風にしてこの街に帰ってきたなんて知らなかった鵲はとても驚き、だけど同時に不思議になりました。

「でも先生、この二つ目の織物は、私はとても好きですよ?」

「だってこれは君の為だけに、僕が君のことを思って織った織物だから」

 先生の言葉に、鵲は恥ずかしくなりました。先生の目がとても優しかったからです。

 鵲は先生に言います。

「私は、色んな人の為に作ろうとしていたから駄目なんですね」

「そう。沢山の人の目に入るからと言って、男の人、女の人、若い人、年寄りの人、みんな同じものが好きになるとは限らない。だから鵲、君はどんな人に見てもらいたいか、考えて織ってごらん。君がそうして織りたい相手を決めて織れば、きっと素敵なものが作れるよ」

「先生。それじゃ、自分の織りたいものが織れません」

 今まで自分の好きなように織ってきた鵲は、そのことが少し不満でした。

 先生は笑います。

「それが沢山の人に見てもらうということなんだよ。

 たくさんの人に見てもらいたければ、それだけ誰に見てもらいたいのか、どんな人に見てもらいたいのか、どんな織物にしたいのか、考えて織らないと、自分が何を織りたかったのか、結局分からなくなってしまうんだ」

「自分の好きな物を織ればいいってわけじゃないんですね」

「うん、そういうことだね」


 先生の織物を手にとって、鵲はそれをじっと見つめます。


「鵲はどんなふうに織物を織りたいの?

 もっと有名になりたい?

 もっとたくさんの人に見てもらいたい?


 それとも、誰か、自分がこの人だと思う人に見てもらいたい?


 織物の織り方って一つじゃないんだよ。

 誰に見せてもいいし、誰に見せなくてもいい。自分一人で楽しむ人だってたくさんいる。

 鵲はどうなりたいの?」


 先生の優しい言葉、鵲は考えました。

 自分はどんな風に織物を織りたいのか。どんな時に楽しかったのか。


 鵲は先生の顔を見て、自分の答えを言いました。





 とある国の、とある街に、一組の夫婦が住んでいます。織物機を作る夫と、織物を織る妻。妻の織物は、全ての人に人気ではないけれど、妻はとても楽しそうに織物を織っています。

 彼女の新しい織物は、可愛らしい、赤ちゃんの為に織られた織物でした。

 それは鵲が、自分の生れてくる子供の為に織った織物で、だから、同じような赤ちゃんを待っている人にはとても好かれましたが、赤ちゃんに興味のない人たちには、

「鵲の織物は変わってしまった。何てつまらないのだろう」

と言われるものでした。

 だけど、もう鵲は気にしません。

 自分に好き嫌いがあるように、人にだって好き嫌いはあるのです。

 そして、嫌いなものに程、人は強く反応してしまうのだということも知っているので、もうそんな声を気にすることもなかったのです。

 鵲は、今は夫となった先生に問います。

「先生、先生、旦那様。私がもしあの時、もっと有名になりたいと言ったら、先生はどうしたんですか?」

 先生は笑いながら答えます。

「そうしたら、僕はあなたと結婚することもなく、この街をでていたことでしょう」

 その答えに少しだけゾッとして、だけど今、先生と結婚できたことにホッとして、鵲は今日も、楽しく織物を織るのです。


 そうして、二人はやがて三人家族になり、幸せに暮らしました。



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