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ジョブレス・オブリージュ  作者: 理不尽な孫の手
最終章 大勝利! ムーンナイトよ永遠に
15/15

最終話 未来の英雄

○ ○ ○


 それから数十年の月日が流れた。


 王竜王国騎士団領。

 それは、王竜王国の飛び地である。


 そこはかつて、どこの国にも属さぬ密林地帯北部にある、猫の額ほどの小さな領地だった。

 中央大陸南部の中で最も魔物の多い場所であり、いかな大国といえど開拓は困難……そう言われていた土地だ。

 もちろん、騎士団領などという名前もついていなかった。


 だが、そこに赴任した領主パックス・シーローン.Jrが、領地を変えた。

 長年不可能と言われ続けてきた密林地帯を開拓したのだ。

 彼は周辺の人々をうまく使い、堰を作ることで川の流れを変え、魔物の侵攻を食い止め、木々を少しずつ切り倒して領土を拡大した。

 密林地帯に住まう古い部族とかちあえば、長と酒を飲んで話し合い、その娘と結婚し、取り込んだ。


 さらに、人材を集めるため、身分の高い者より能力のあるものを厚遇した。

 どんな荒れ地でも農地にできると豪語する男には広い荒れ地を与え、その開拓に成功すれば、それをそのまま彼のものとした。

 密林地帯の部族のものを他国に流通させるルートを作れると言った無一文の男は、今や騎士団領で随一の商人だ。

 奴隷であったとある少年は剣の素質を見出され、領主の食客となった。


 あの領土は低い身分の者に優しい。

 そんな噂が流れ、各国から人が集まった。

 事実、騎士団領では能力に応じた仕事にありつけた。


 さらに、奴隷制度もどこよりも整理されていた。

 奴隷市場の商品が病死や怪我で死ぬことは滅多になかった。

 それどころか、奴隷には能力を見せる機会が与えられ、その能力が高ければ、騎士団領が高い金で購入し、買い取ったその奴隷を厚遇した。


 赤竜の下顎を支配する国が気づいた時には、もう遅かった。

 王竜王国騎士団領は飛び地とは思えないほど大きな領土と人口、そして軍隊を手に入れていた。

 そして、騎士団領の軍団が迫った時、南方の国境には、何の備えもなかったのだ。


 結果として、王竜王国騎士団領は赤竜の下顎の東側一帯を支配するに至った。

 王竜王国にとって、莫大な利益を生み出す領土となったのだ。


 王竜王国はパックスを疎ましく思っていたが、それでも褒章を与えざるを得なかった。

 しかし、パックスは曲がりなりにも領地を持つ王族である。

 力を持つことは、次世代の王位を争う王子たち、大臣たちにとって、面白くないことだ。


 ゆえに、国はパックスに騎士の誓いを立てさせ、新設の騎士団の団長とすることとした。


 騎士の誓いは王のためにある。

 パックスが誓いを守る限り、王竜王国の王位を手にすることはない。

 神聖なる誓いを破れば、すなわち謀反人である。

 彼の味方をする者は少ないだろう。


 かといって、誓いを立てることを断るのなら、それもまたよし。

 王を焚き付け、褒章を取り消しにすることもできた。

 それを利用して大きく育った領地も取り上げたい所であったが、かの領地は密林地帯と他国との関係から統治の難しい場所である。

 安定するまでパックスにまかせておかねば、全てが水泡に帰す可能性もある。

 そう考えるだけ頭は、大臣や王子たちの頭にもあった。


 様々な目論見はあったが、パックスはあっさりと騎士の誓いを立てた。

 生涯を王のために捧げ、そのために領地を守っていくと誓った。


 パックスは新設の騎士団の団長となった。

 黒竜騎士団の誕生である。

 彼はすぐさま、配下の中でも最も頼れる5人を大騎士に任命し、彼らにそれぞれ20人の部下を集めさせ、それらを騎士に任命した。

 その結果、総勢100人の騎士団が結成された。

 そして領地は、黒竜騎士団の預かる土地『騎士団領』となった。


 パックスの目的が王竜王国の王位とは別の所にあることを、まだ王竜王国の者たちは知らない。





 王竜王国騎士団領、主城「黒竜城」。

 その会議室には、巨大な黒鉄製の長机が置かれていた。

 そこに座る人物は、総勢七名。

 全員が、漆黒の甲冑に見を包んでいた。


 入り口に近い方から、


 くすんだ金髪に、糸のような目、尖った耳、顔に鱗と十字の傷を持つ男。

 彼は元奴隷で剣の腕を見出され召し抱えられた経歴を持つ。

 北神流聖級の半魔族。

 『忠犬騎士』ジェダ。


 浅黒い肌、黒い髪をいくつもの三つ編みにし、頭の後ろで束ねている男。

 服装こそ王竜王国で一般的なものだが、その肉体はその場にいる誰よりも鍛えられていることがわかる。

 『部族騎士』ヘパルパ。


 柔和な笑顔を張り付かせた巨体の男。ヘパルパよりもさらに横幅が大きい。

 だが、その横幅の大半は腕によるものだ。黒く巨大な金属の両腕を持つ男。

 『鉄塊騎士』アトモス・ロードラン。


 子供のような体躯をおもちゃのような鎧に包んだ、小人族の女。

 ただし、その顔は子供のものではなく、この場にいる誰よりも深い知性が宿っていた。

 『小人騎士』ピィ・クー。


 そして、最奥に座る三人。

 入り口から向かって右手、そこに座るのも女だ。


 浅黒い肌に、青い髪を持つ。年齢は20に届くか否か。

 まだ若い彼女は、騎士ではあるが、大騎士ではない。

 しかし、この場にいる人間の中で、二番目に身分の高い女性だった。

 『絶叫姫』ラウリィ・シーローン


 向かって中央。

 上座に座るは、この城の城主。

 青髪に、深い皺の入った顔。

 かなりの老齢ではあるものの、その体には、瞳には、まだまだ力が満ち溢れていた。

 『黒竜騎士団長』パックス・シーローン.Jr。


 そして左手。

 パックスの傍らに座るのは、緑色の髪を持つ、中年の男だ。

 背中には大剣が背負われ、腰にも一本の剣を帯びている。

 彼の顔には、無数の傷跡があった。

 いや、顔だけではない。甲冑や剣の柄にもまた、幾重もの傷が刻まれていた。

 歴戦を思わせる出で立ち。

 彼こそが、黒竜騎士団……否、王竜王国最強の騎士。

 七代列強第五位『死神』の名を受け継いだ男。

 黒竜騎士団副団長。

 『死神騎士』ジークハルト・サラディン。


 七人は、長机の上に置かれた地図を前に、黙していた。

 地図上には駒が置かれている。騎兵の駒に、歩兵の駒、騎士の駒……。

 色付けされたその駒の配置は、見る者が見れば、それがアスラ王国と王竜王国、そして鬼神帝国の三つ巴の様相を示しているのがわかる。

 そして、このまま戦いが進めば、おのずと重要拠点を守る騎士団領も巻き込まれていくだろう。

 大国同士の戦いに巻き込まれれば、いかに精強を誇る黒竜騎士団といえども、木っ端のように消し飛ばされてしまうのは、想像に難くない。

 駒の配置を見る限り、騎士団領存続の危機であった。


「……」


 パックスを除く六人、彼らはパックスの言葉を待っていた。

 今か今かと待っていた。

 そしてパックスは、その期待に答えるかのように口を開いた。


「ようやく、好機が訪れた」


 パックスの言葉は、地図上の情報と反していた。

 だが、誰も反論する者はいなかった。

 皆、わかっていた。

 まさに、今こそが好機であると。


「待ちに待った時がきた」


 その言葉に、その場にいる全員が顔を引き締めた。

 ヘパルパやピィなどは、うっすらと笑みを浮かべている。


「思えば、長く苦しい日々だった。好機は無く、危機ばかりが続いた。それでも耐え忍び、よく付いてきてくれた」


 パックスは噛みしめるように言って、皆を見た。

 思い返すのは、今までのことだ。

 ジェダの顔の傷は、貶められんとするパックスの名誉を守るため、ついたものだ。

 『ウババ族一の戦士』はパックスが部族長と盟友の契りを交わしたその日より、パックスと共に戦い、何人も死んだ。ヘパルパは四人目だ。

 アトモスの両腕が魔道具の義腕となったのは、パックスが本国で他の王族に陥れられそうになった時に、身代わりとなった結果によるものだ。

 ピィ・クーが敵の捕虜となり辱めを受けたのは、この場にいる誰もが知っている。

 ジークハルトの顔の、剣の、鎧の傷は言うまでもないことだ。


「僕はこの好機を逃さない。そうでなければ、君たちの献身が無駄になる」


 パックスはそう言いつつ、地図を見た。

 北部全土を手中に収めた新興国家、鬼神帝国。

 古来より西部全土を支配するアスラ王国。

 そして南部の約半分を手にし、二国の動向を見守る王竜王国。

 騎士団領は、この三国の丁度中心にいる。

 彼はこの状況を、好機と見ていた。


「この戦争を利用し、我々は独立する!」

「おう!」

「おお!」


 パックスの宣言に騎士たちから強い返答が戻った。

 パックスは騎士団領に置かれた7つの駒の内、3つを赤竜の下顎へと移動させた。


「僕とアトモス、ピィは守りを固める。赤竜の下顎の関所を要塞化するのだ。王竜王の指示通りにな」

「ハッ!」

「了解しました」


 二人が頷く。

 パックスはさらに駒を3つ、赤竜山脈の中央へと動かした。

 赤竜の頬と呼ばれる、山脈が2つに別れる地点だ。


「ジェダとヘパルパ、それにジークは、少数でここに攻め入り、鬼神帝国の隠し砦を落とせ」

「はい」

「ワカッタ」


 二人が頷く。

 だが、最後の一人、ジークハルトは黙ったままだった。

 表情のまま、腕を組んで地図を睨んでいた。


「ジーク? どうした? 何か不可解な点でもあるのか?」


 その問いに、ジークハルトはフッと笑った。


「いや、ようやくここまで来たと思ってな。領地を拝領した直後、君がウババ族に殺されそうになっていた頃が懐かしい」

「ああ、君が来てくれなければ、今頃僕はバシカラの木の肥料になっていたろうな」

「色々あったな」

「ああ、色々あった」


 感慨深げに今までのことを思い返す。

 最初は二人だった。

 それがいつしか三人になり、四人になった。

 時に人数が減ることもあったが、最終的には六人に落ち着いた。

 六は不吉な数字と言われているが、黒竜騎士団にとっては、もっとも幸運な数字となった。


「お祖父様、ジーク。二人で感慨に浸っている所申し訳ありませんが、わたくしは何を?」


 その言葉を発したのはラウリィだった。

 『絶叫姫』ラウリィ。

 パックスの孫娘の一人である彼女には騎士として、また指揮官としての才能があった。

 ゆえにパックスは彼女に英才教育を施し、指揮官の一人として育てている。

 すでに初陣も済ませ、この会議に出席できるだけの戦果も上げた。

 だが、重要な局面で前線に立たせるにはまだまだ経験が浅く、若い。


「お前は城の留守を守れ。できるな?」

「無論です。お祖父様。前線に立てないのは不満ですが、私はこの局面で留守を守るのがいかに重要かわかる頭の良い娘なので、文句は言いません」

「ああ……見事に留守を守り切った暁には、何か褒美をやろう」

「ふふふ、約束ですよ」


 ラウリィはウキウキとした表情で、椅子に座り直した。


「……」


 少々の沈黙の後、全員が自然と、己の前に置かれた杯を手にとり、立ち上がった。


「騎士と民の我らが国に」

「民と騎士の我らが国に」


 全員はその中身を一気に飲み干し、机の上にガァンと音を立てて叩きつける。

 黒鉄の杯は、黒鉄の長机にたたきつけられ、剣戟のような音を響かせた。

 戦いの音である。


「出陣する!」


 パックスの号令で、全員が動き出した。

 ジェダとヘパルパが。

 アトモスが、ピィが。

 ラウリィが。

 そして最後にパックスとジークハルトが、並んで退出した。


 会議室には、黒鉄の長机と空の杯だけが残った。

 これはそのまま残される。

 彼らが戻ってくるまで残される。


 再度、黒鉄の長机に並んで座り、同じ杯を使って乾杯するために……。

 ジョブレス・オブリージュ - 完 -

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鬼神帝国は次世代のオルステッド陣営。 隠し砦にいるのはもしや「右腕」か?それとも別の砦でアホサンダーがいるのか…。アスラ、王竜、鬼神帝国が三つ巴で対ラプラス戦線はいかに? 蛇足編4、5も楽しみですね!
蛇足編3巻読んで数年振りに戻ってきました。何度も読んだが、改めて見ても凄いな。蛇足の筈なのに、色々なストーリーが想像できてしまう。(なんでパックス陣営は隠し砦のこと知ってるのか、もしや…) 本当に奥深…
蛇足編の最新刊を読んだけど この隠し砦で神級剣士になった兄弟同士で戦うことになるのやばすぎる
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