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通学路〜玄関<1>
 僕は走った。
 何故ならば、車と植木鉢を避けた事で時間を食い、更に死を回避出来た事で気が緩み、歩くペースも大分下がってしまったからである。まずい。
 いつもならとっくに学校に着いている筈の時間に間に合わない。むしろ遅刻する勢いである。
 僕は遅刻が嫌いだ。と言うより、時間に遅れるのが許せない。時間に遅れないで行動するのは僕にとっては半ば、義務とも言える。
 だから、走った。
 しかし、学校までの道のりにある二つの信号機がネックとなる。
 一つ目の信号は青で点滅している時に通り抜けられたのだが、二つ目の信号で捕まってしまった。もう、正門は目の前だと言うのに。
 見れば、僕と同じように学校へ急ぐ生徒の姿もちらほらと見受けられる。既に信号を渡り切り、滑り込みセーフと言った具合に玄関まで駆け出す生徒。もう諦めてのろのろと歩く生徒。そして赤信号だと言うのに、無視して車の走っていない隙を見計らい走る生徒。
 どうしよう。周りが焦っているので僕もついつい焦ってしまう。
 二つ目の信号は長い。二、三分は赤のままなのだ。信号を渡ったとしても、三階にある僕の教室に着くまでにはホームルーム開始の鐘が鳴る。このままでは確実に遅刻になってしまうぞ。
「……よし」
 左右に目を配り、車が来ない事を確認した僕は覚悟を決めた。
 遅刻と信号無視を天秤に掛け、僕は遅刻の方が重いと判断したのである。
 そうと決めたら迷うな走れ。僕は少しばかり周囲の視線に、突き刺さるような、何か白いものを感じながら足を踏み出した。
 瞬間、悲鳴が聞こえてくる。
 って、信号無視したぐらいでそんな大声出さなくても。
 気にせずに僕は道路の真ん中辺りまで差し掛かり、差し掛かったところで気付いてしまった。
 僕の耳はその音を確かに捉えた。僕の目はその姿を確かに捉えた。
 耳を劈く排気音。青い、車。何度も見たから、見間違う筈も無い。
 その時の僕の顔は、恐らく驚愕に満ち満ちていただろうと思う。
 止まらずに、そのまま走り抜けてしまえば良かったのに。まあ、後の祭りだ。
 そんな訳で、僕の意識は横合いから車に衝突されたところで無くなった。


 目を開けると、見知った世界と見知った女がそこにいた。
「……嘘、でしょ」
 僕は思わず呟く。軽く、ショックらしきものを受けていたのだ。
「いやー、天丼とはなー。やるじゃねーか、おい。ちょっと面白かったぜ」
 髪の毛の長い女は、僕とは対照的に楽しげに笑っている。
「僕、また死んだんですよね」
「おー、死んだよ。また車に轢かれて死んじゃった。しかもだ、聞いて驚け、お前を轢いた車はな、お前を一回目に殺した車と同じなんだよ」
「えーと、ええ。確かに車種や色は同じでしたね」
「いや、そうじゃなくて全く一緒。ありゃ本当にお前を一度轢いてる車な訳よ」
 な、何だってー!?
 ……えーと、つまり、考えたくないくらい間抜けな話なのだけれど、僕は一回目の車を回避して、もう一度その車に轢かれたって事なのか?
 間抜けにもほどがある。
「いやー、間抜けだよなあっ、ぎゃははは!」
 自分でも間抜けだと分かっているのだけど、他人に言われると凄く腹が立つ。
「何で、こんな事になっちゃったんでしょうか」
「信号無視すっからだろ。いけねーなー、いけねーよ。ルールってのはきっちり守らないと」
 死神だなんて存在自体が反則の人に言われたくなかった。
「あの車、どんなルートで走ってんですかね。しかもですよ、何もあんなに急がなくても良いのに」
「んなの運転してる奴に聞けよ。でも、アレだな……」
 死神さんは言い難そうにして言葉を区切る。
「アレって何ですか?」
「いや、まるで、お前を轢く為に急いでたみたいだなーって思ってよ」
 馬んなそ鹿な。いや、そんな馬鹿な。何だって僕が轢かれなきゃならないんだ。
「そんな目で見んなよ。だから言おうかどうか迷ったんじゃねーか」
 仮に、百歩譲ってあの車が僕を轢くのが目的だとして、理由が分からない。
 僕は殺されるような恨みを買った覚えも売った覚えもないのだから。
 しかし、こんな事なら誰があの車に乗ってるのかを確認しておけば良かった。あ、それを言うなら、植木鉢を落とした奴も。と、今更ながらに思う僕。
「……まあ、言ってても始まんないな。良し、とりあえずヒント付け足しとくか」
「ええ。あ、今度は僕が書きますからペン渡してください」
「んー、イヤ」
「イヤとかじゃなくて、渡してください」
 そこで死神さんは何を思ったか、
「ねぇ〜ん、お・ね・が・い」
 特上級の気色悪い猫なで声を出したのだ。出しやがった。
「………………どっから出してんですかそんな声」
「良いじゃねーか、減るもんじゃなし。なー、お願い★」
「星が黒い!?」
 せめて普通の星にして欲しい。
「もー、何でそんなに書きたがるんですか」
「だってよー、この仕事ってお前みたいな、アホみてーな特殊ケースでもない限り基本お役所仕事なんだもん。代わり映えないから刺激が欲しいっつーかさ」
「つまり?」
 僕は出来る限りの侮蔑を込めて死神さんを睨む。
「お前で遊びたい」
 うわあ。髪の毛に隠れてるけど、絶対良い笑顔になってる筈だよこの人。
「とにかく腹出せ、腹」
「手の甲じゃないとダメ!」


 目覚まし時計の鳴る五分前に目が覚める。いつもの事だ。
「……なんて、現実逃避になるんだろうか」
 僕は手の甲を見ないよう、不自然な体勢でゆっくりと身を起こし、布団を跳ね除けベッドから立ち上がる。


 鏡を見ないよう顔を洗って、制服に袖を通して階下のリビングに行く。
 

 八時十分。
 窓、テレビ。自分が映り込むものを避けながら僕は行動していた。
 が、そろそろ限界である。
「生き返りチャレンジ、もう何回目だろう」
 五? 六? どっちでも良いや。
 僕は溜め息を吐き吐き、通学路について思いを馳せた。
 うん、どうして学校に行くまでの間に三度も死ぬ機会に恵まれなきゃいけないのさ。まだチャレンジが始まって一時間も経っていないんだぞ。そんなの許されていい筈ないよ。トンデモ世界過ぎる。でも……。
 僕は手の甲に書かれたヒントをためつすがめつ眺め、体中からやる気分を掻き集めた。
 そう、そうだよ。童話の亀と同レベルの進み具合でも、進めている事に変わりはないんだ。頑張ろう。
 心機一転、僕は玄関の扉を開け、朝の陽射しを浴びた。実に清々しく、僕の前途を祝福しているようである。


 スピードが早過ぎて運転手の姿は見えなかったが、一回目の車を躱して、植木鉢を避ける事にも成功した。
 さて、ここからが問題だ。
 僕は足を速めながら、これから起こるであろう二回目の事故について考える。
 前回よりも時間には余裕があるのだけど、それでも百パーセント大丈夫だとは言い切れない。
 とにかく、信号に捕まっちゃいけない。やり直しの効く安い命とはいえ、死ぬのは嫌だ。勿論、遅刻するのも嫌だ。
「ま、このペースなら余裕でしょ」
 僕は歌を口ずさみたくなるのを我慢しながら一つ目の信号を越える。
 二つ目の信号が見えてきた。大丈夫、焦るな、焦るな。まだ青になったばかりだ。
 けど、僕の心とは裏腹に心臓は高鳴る。鼓動は早まる。
 信号の前に着いたと同時、青色が点滅を始めた。
 ドクン、と。心臓が一際強く動きだす。が、僕は平静を装いながら信号を渡り切る事に成功した。
「……ふう」
 思わず安堵の息が零れる。近くにいた下級生らしき女の子が不思議そうにこちらを見ていた。そりゃそうだろう。信号を渡るだけで、地獄から生還したような雰囲気を醸し出す奴がいるのだから。そんな奴、僕なら気持ち悪くて見たくもない。
 でも、許して。良いじゃない。今回は車に轢かれなくて済んだのだからさ。
 とか思ってたら、道路の向こう側からこちらにやってくる憎き車が見えた。見たくもない。僕は足早に校門を潜り抜けていく。何はともあれ、生き返りチャレンジで初めて校内に入れた。
 ……これを小さな一歩と捉えるか、大きな一歩と捉えるかは意見が分かれそうではあるのだけど。


 玄関に到着。
 ……玄関に、到着っ。ふふー、やったあ。
「ありゃ、ご機嫌だね?」
「うえっ?」
 喜びを噛み締めていたら、背後から突然肩を叩かれて飛び上がってしまった。
「あは、上じゃないよー。あたしの名前まだ覚えてないのかな?」
 僕は楽しげな声に振り向くと、ぎこちなく笑ってみせる。
「……失礼だなあ。ちゃんと覚えてるよ」
「本当ー?」
 嘘。でも見覚えはある女の子だった。
 くりくりっとした大きな目。明るい茶髪、ちょっと短い髪の毛。社交的、活発的な雰囲気を持ち合わせているような、そんな子だ。僕とは性別から何まで真逆の位置に存在している。
 新学期がスタートして一ヵ月ちょっと。ゴールデンウィークを過ぎて、仲の良いクラスメートの顔と名前が完全に一致する時期。
 残念ながら、僕はまだクラスの半分どころか、四分の一程度しか把握していなかったりする。そして目の前の彼女の名前を、僕は最初の一文字だって知らない。
「ここで突っ立ってたら邪魔になっちゃうね」
 と言うか、この人と同じクラスかどうかすら危うい。だから僕は話を反らして、一人で先にクラスの靴箱へ向かった。
「あー、待ってよ! あたしの名前ー!」
 名を知らない女の子は間の抜けた、気楽な声で僕を呼ぶ。
「知ってるってば」
 僕は、スチール製の中棚が付いたシューズボックスの前に立った。一般的な、どこにでもある靴箱である。そこの、自分のネームプレートが差してある扉から上靴を取り出して、運動靴と履き変えた。
 そうしている間も、女の子は実にかしましい。朝一番からコンタクトを取るには遠慮したいタイプである。
 いつもの僕なら、それじゃあね、なんて言いつつ軽く無視して行くのだが。
「ねえ、待ってよー、教室まで一緒に行こうよー」
 今日の、いや、今回の僕は機嫌が良い。少しばかり彼女に付き合おうじゃないか。
 ううむ。どうやら、僕と同じクラスの靴箱を使い、教室まで一緒に行こうと言うところから、彼女が正真正銘クラスメートだと認識する事が出来た。どうだ、名推理。
「……あのさ」
「な、何ー?」
 女の子は僕の呼び掛けに間延びした声で答える。
「靴、履き変えるのに時間掛かり過ぎじゃないかな?」
「あは、そんな事ないよ」
 いや、遅いよ。
 見ると、彼女は運動靴の靴紐をわざわざ解いてから脱いでいる。上履きを見ると、予想通り紐が解けていた。
 非効率過ぎるんじゃないのか。
「靴なんてそのまま脱げば良いじゃない」
「脱げだなんて、意外とエッチなんだねー」
「僕は靴と言いました」
「わお、鋭いね」
 およ、僕の突っ込みスキルが上がっている気がするぞ。理由はまあ、お察し。伊達に頭のおかしい世界で、頭のおかしい人と二人きりでいる訳じゃいないのだ。
「ねえ、どうして紐を解いちゃうの」
 こうしている間にも、後続の生徒たちに先を越されていく。と言うか、急がなきゃ遅刻しちゃうよ。
「あは、何だろ。癖、なのかなー? ほら、癖って治らないからさあ」
 しかし悲しいかな、女の子は気にした様子もなく、口だけを動かしてへらへらと笑っていた。
「ほらほら、早くしないと遅れるよ」
「あー、急かさないで!」
「じゃ先に行って良い?」
「ダメー!」
 うーん。何だろう、ちょっと楽しいな。死神さんは僕で遊ぶタイプだからすぐにペース握られちゃうけど、この子はこっちがイニシアチブを取れるから、新鮮ではあるのかなあ。
「は、早くするからもうちょっとだけっ」
「どうやって早くするんだよ」
「んー、あたしの名前呼んでくれたら、早くしてあげても良いよー」
 何故に上から目線。でも、楽しいから付き合ってあげよう。幸い、彼女がノロノロと靴と格闘している隙に、靴箱のプレートから名前を確認済みなのだ。
 えーと、舞子、さん?
舞子(まいこ)さん、だよね」
「そうっ、そうだよ! 舞子眞唯子(まいこ まいこ)!」
 舞子さんは嬉しそうに目をくりくりと動かす。あー、良かった。合ってたらしい。しかし凄い名前だな、舞子眞唯子か、マイムマイムみたい。
「うんうん、それじゃあ行こうかっ」
「えっ?」
 彼女の足元に目を遣ると、驚くべき事に、既に紐を結び終わっていた。
「あは、言ったじゃない。名前呼んでくれたら早くするってー」
 トロイのかしっかりしてるのか分からない人である。
「それじゃ行こうか」
「うんうん」
 僕は学生鞄を持ち直し、靴箱に背を向けた。舞子さんも僕の横に並ぶ。
「ふざけんなよっ!」
「ええっ?」
 突然の怒声に振り向くと、玄関口で向かい合う二人の男子生徒がいた。
 二人とも丸坊主で、手には金属バットを持っている。ってバット!? ヤる気満々じゃないか!
敷島(しきしま)君と、山崎(やまさき)君だね。どうしたんだろ、部活で何かあったのかな?」
 あ、ああ、部活か。びっくりした。カチコミかと思ったよ。まあ、丸坊主でバット持ってるから野球部以外に有り得ないか。うん、バットはケースにしまえば良いのに。
 しかし、爽やかな朝の空気が険悪な空気に包まれていくな。僕もついつい足が止まってしまう。彼らの動向が何となく気になってしまい、その場から動けなかった。
 舞子さんも気になっているらしく、ハラハラとしながら、小動物然とした動きで行く末を見守っている。
「人の女に手ぇ出しやがって!」
「ああん!? 元からあいつは俺と付き合ってたんだよ! 気付けって!」
 彼ら二人を避けるように人波は割れていた。
「シュラバだねー」
 舞子さんが楽しそうに呟く。
 野球部二人の会話からすると、どうやら一人の女性を取り合っているらしい。しかも、片方はその女の人に遊ばれているようだな。
「お前とじゃねぇよ! 俺と元から付き合ってたんだ!」
「はあ? 頭おかしいんじゃねーの?」
 まあ、この様子だとどっちが騙されてるのかは判然としないな。
「両方遊ばれてるっぽいねー」
「うん」
 舞子さんに三千点ぐらい託す勢いで同意。
 火事と喧嘩は江戸の華。喧嘩と恋は学生の華、なのかな。高校生にもなるとこういうのが面白いのだろう。僕は他人の色恋沙汰が面白いとは思えないけれど。
「どうしよ、そろそろ教室行かないかな?」
「んー、そうだね。あたしらじゃどうしようもないし」
 意外と舞子さん、さっぱりしていた。
「あああん!?」
「おおおん!?」
 背を向けるも、彼らの声は非常に大きい。嫌でも会話の内容は聞こえてしまう。野球部ってのは何でこうも声を張るんだろう。
 と、次の瞬間、甲高い音が響いた。
 驚いて振り向いてみると、何と野球部の二人は金属バットを刀の代わりにするようにして大立ち回りを繰り広げている。馬鹿だ。
 ――キン、キン、キンッ。
「あいつは俺の女だあっ!」
「俺のだっつってんだろ!」
 頭の頭痛が痛い。
「わーっ、すごいすごい! 時代劇みたい!」
 舞子さんは喜んでるけど、こんなの茶番劇じゃないか。って言うか、これって危ないぞ。上手い事他の人は避けてるけど、
 ――ガンッ!
 バットが当たってスチールの靴箱凹んでるし。
 誰か先生を呼びに行けよと思う反面、この出し物を見ていたいって気持ちもあった。
「うおおおおおっ!」
「てやああああっ!」
 そうこうしている間に、野球部員は僕らの方にも近付きだす。ちょっと危ないな。
「舞子さん、行こう」
「も、もう少し見ていかない?」
 そんな軽いノリで言われても困る。君子危うきに近寄らずという言葉を説明してあげようか。
 バットが空を切る音を聞きながら、僕は再び喧騒から背を向ける。
「あ」
 後頭部に衝撃が走った。
 意識が飛んでいく。飛んでいく。
 倒れ行く僕が最期に見たのは、野球部の間抜け面だった。


「これで何度目だろうなー?」
 もう、数える気はなくしていた。
「さて、今回のお前の死因は何だと思う?」
 僕は寝転がったまま死神さんに視線を向ける。
「……野球部のバットでしょ」
「ピンポンピンポーン! ご名答! ご明察ぅ! 大正解! いやあ、見事にお前の頭がホームランされちまった訳だな。銀河のバックスクリーンまで飛んでいっちまった気分はどうだ? んん?」
「最悪ですね。しばらく野球は見たくもありません」
 まあ、元々興味もないんだけれど。
「で、どっちの坊主頭が僕を殺したんですか?」
「さあ? 名前までは確認してねーよ。けど、どっちかのバットがすっぽ抜けてお前の頭に直撃したのは確かだ。いや、しかしお前の頭本当にやーらかいなー。スポンジか何かで出来てんじゃねーの?」
 くそ。何だってこんなにも僕は打たれ弱いんだ。
「まあ、少しは進展したじゃねーの。新しいキャラも出てきた事だしな」
「新キャラ?」
「おー、そうだよ。いたじゃん、あの頭軽そうな女」
 ……この人は自己嫌悪とか、同属嫌悪とか、そういった類の言葉を知っているのだろうか。
「頭軽そうな人なら、今僕の目の前にもいるんですけどね」
 舞子さんとキャラ被ってるじゃないか。
「何? マジか? オレの目にはお前以外誰もいないんだけど」
「良いです。それより、ちょっと疲れました」
「向こうじゃ一時間も活動してねー癖に」
 Shut up!
 僕だって二十四時間活動したいさ、二十四時間戦いたいさ。
「あー、どうすれば良いんだろう」
「はあ? 何悩んでんだよ、簡単だろうが」
「意見を聞かせてもらいましょうか」
 死神さんはノートを取り出し(髪の毛から)、ページをめくり始める。
「まあ、学校までは良い調子だったよな。次からもあんな感じで大丈夫だと思うぜ。ま、それじゃあ見てても面白くねーんだけどよ。今度はアレだ、アクション映画みてーにもっと車を引き付けてジャンプで避けてみてくれよ、ぎゃははは」
 僕は寝返りを打って、死神さんから顔を背けた。
「んー、そんで、玄関に入ってからだけどよ。そうだな、あの女がキーだな」
「舞子さんが?」
 キーキーうるさいだけの彼女が生き返りチャレンジの鍵になるとは到底思えない。
「つーか、そいつに対するお前の行動がキーじゃね?」
「僕の? 例えば、どういう行動でしょうか」
 死神さんはノートを閉じ、腕を組んで髪の毛を揺らした。
「例えば、さっき暴れてた連中が来る前に無視して先に行くとかどうよ?」
 なるほど、無視か。僕はうーんと唸り、舞子さんについて熟考してみる。
 舞子さん。
 明るくてうるさくていつでも楽しそうな、ちょっと抜けているっぽい女の子。
「多分、無駄でしょうね」
「そうか?」
「だって僕は既に彼女を無視しようとしてましたから。それでもあの人はくっ付いてくるんですよ」
「中途半端に無視すっからだよ。ガン無視しろ、ガン無視。ガンガン無視ってやれ」
 それでも、あの人は笑顔のまま纏わり付いてきそうではある。
「いっそ、思い切り突き放してみましょうか」
 死神さんは僅かに見えている口の端を吊り上げて笑った。
「へー? どういう風に言うんだよ?」
 そこまではまだ考えていない。
「ふふん、何も考えていないらしいな。なら、オレが伝授してやろう。言い寄られたり、付き纏われたりした時の対処法だ」
「……そういう経験がおありで?」
「おー、オレって美人だろ?」
 うわっ、前提条件から同意するのが難しい。
「えー、まあ、そう、です、ね。肌とか綺麗だし」
 異常に育った髪の毛を除けば、外見だけなら、まあ、悪くないんじゃないのかな。顔は見えないけど、スタイルは無駄に良いっぽいし。死後の世界の価値観美観なんて知ったこっちゃないが。
「そんな訳でオレは割とモテる。特に天使にな、あいつらすげーしつこいんだよ。一緒に針の上で踊りませんか? みたいな口説き文句で茶ぁ誘ってくんだぜ、ホントだるい」
「そういう時にはどうしてるんですか?」
「ぶちのめして羽を千切ってやりゃ大人しくなるぜ。ついでにあのみょうちきりんな輪っかもポーンってどっか飛ばせば最高」
 非常に参考になった。僕には使えない手段である。それと、もうこの人からまともなアドバイスをもらうのは諦めよう。
「まあ、そもそも無視って選択肢は有り得ませんね」
「何でだよ。子犬みてーに尻尾振られてんだぜ? 面倒じゃねーか、蹴っ飛ばしてやれよ」
「人間は犬じゃないんです。僕が首尾良く生き返ったとして、チャレンジの時にやりたい放題しちゃってたら、あとで困るじゃないですか」
 誰かを無視して誰かに嫌われたり。そんなのごめんだ。
 僕は波風の立たない、平穏な学生生活を送りたい。
「つまんねー奴だな。そんなだから死ぬんだよ」
「……関係ないでしょう」
「怒ってんじゃねーよ。じゃあ、お前はどうするんだ? どうやって次を切り抜ける? あの女とダラダラ喋っていれば死ぬ。でもお前は無視したくない。これじゃ行き詰まりだぜ」
 いや、全然詰まっちゃいない。幾らでも手はあるといえばある。
 その中で、一番無難かつ、効果的であろう選択肢を僕は見つけていた。
 僕は手の甲を死神さんに突き出し、新たなヒントを書き足してもらう。
「本当にこんなんで上手く行くのか?」
「ええ、見てませんでしたか?」
「見てたけどよ、なーんか嫌な感じなんだよな、あの女」
 死神さんは髪の毛を弄りながら、言葉を探している様子だった。
「どういった風に、嫌な感じなんですか」
「……んー、何だろうなー」
 僕は彼女が感じている違和感の正体に、何となく気付いている。
 だから言ったじゃないか。そう、死神さんが抱いている感情の正体は恐らく、――。
「とにかく、また挑んできます」
 死神さんは手を振りながら、やる気のない声で「飛んでけー」とか言い出した。
 実際、僕の意識は飛んでいた。
 生き返りチャレンジのスタートである。


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