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保健室<0>
 二時間目が終わったと同時、僕は教室を抜け出す。
 指を怪我してしまったので保健室まで絆創膏をもらいに行くつもりだった。
 原因は僕の不注意と不器用さ加減。課題が終了して、舞子さんと一緒に提出しに行く際、机の端に置いていた針が指に刺さったのである。
 みっともなく叫ぶのは我慢したが、明石さんにはばれていたようで、あの時の彼女の心底嬉しそうな顔は夢にまで出てきそうだった。
 それはともかく指が痛い。傷口からは鈍い痛みが絶え間なく僕を蝕んでいる。水で洗っておいたのだけど、また血が出てきていた。ああ、痛い痛い。
 死んだ時の痛みは覚えちゃいないのにな。


 階段を下り、一階の保健室の前まで来た。
 僕は躊躇せず扉を開く。
「失礼します」
 人によれば、保健室に入りにくいって話も聞くのだけれど、僕は一年生の時からそこそこここに通っているので、気分的には慣れたものだった。
 尤も、体調も悪くないのにサボるが為ベッドを借りに行っていた訳ではない。僕は体育の授業や短い休み時間でもすぐに怪我をする。サッカーをすれば擦り傷を作るし、ボールが顔に当たって鼻血を出した時もあった。休み時間には何もないところで転んだり、階段からこけて打ち身をこしらえる。
 保健の先生に言わせれば、僕はぼーっとし過ぎなだけらしいが。
 ……って、ありゃ、誰もいないぞ。
 保健室を見回せば、先生の机と椅子、流し台、外へと繋がる窓とドア、カーテンの引かれていないベッドが二つ、あとは大き目の長机と丸椅子が数脚。
 人影どころか人の気配が殆どしていない。
 でも、鍵は掛かっていなかったし、先生はトイレにでも行っているのだろう。
 しかし弱ったなあ。絆創膏勝手に持ち出すのも気が引けるし。
 保健室に掛かっている時計を見れば、まだ休み時間は七分も残されていた。
 しょうがない、もう少しだけ待ってみよう。
 僕は手近な丸椅子に座り、健康カード(本当の名前は知らないけど、こんな感じだったとも思う)に記入をしていく。一応、この手続きを踏まないと、授業に遅れて行った時遅刻扱いになってしまうらしい。良く分からないけど、ルールならば従って当然である。
 半分ほどカードの欄を埋めたところだろうか、ベッドが置かれた隣の部屋から物音が聞こえた。誰かいるのだろうか。
 僕は遠慮がちにそちらへ目を向ける。扉が閉まっているので中の状況は分かり辛いが、扉に付いている窓からは、設置された三つのベッドの内一つにカーテンが引かれていた。
 おかしいな。
 隣の部屋は、こっちの部屋にある二つのベッドが埋まらない限り基本的には使用されない筈だ(ここの常連の僕にはある程度の保健室事情が掴めている)。
 もしかして、誰かいるのかな。例えば、重病っぽい生徒を先生が看ているとか。ああ、でもそれなら邪魔するのは良くないな。病気なんて移して欲しくないし。
 仕方ない。出直そう。傷口をもう一度水洗いして、何かで押さえておけば良いや。鞄の中にハンカチか、ポケットティッシュがあった筈。
 そう思って立ち上がり、健康カードを握り潰そうとしたところで、
「おや、また来ていたのかい?」
 保健の先生が戻ってくる。
 白衣を着た細身の男性だ。年齢は恐らく、三十代前半。髪は少しぼさぼさで、全体的に野暮ったい印象を受ける。縁無しの眼鏡を掛けていて、これが彼にとって唯一の、ぎりぎりで先生っぽいポイントだと、僕は常から思っていた。眼鏡がなきゃ、ただの不審者である。
 ああ、ちなみに、これもまた余談。一部の生徒からの話だが、僕が入学する前、どうして保険医が女性ではないのかで議論の嵐が巻き起こったらしい。
「すみません、怪我しちゃって。絆創膏もらえますか?」
「ああ、良いよ。どうしたの、また廊下で転んだのかい?」
 先生は自分の椅子に座り、柔和そうな笑みを僕に向ける。
「今日は針で指を刺しちゃって」
「……傷口をあまり見せないでよ。ちょっと待ってて」
 そう言いつつ、先生は机の上においてある救急箱を探り始めた。
「そう言えば珍しいですね、隣のベッドから埋まってるなんて」
 その間暇になった僕は、何気なくさっきのベッドについて尋ねてみる。
「え、あ、ああ」
 ん。何か歯切れが悪いな。
「誰か見えちゃったかい?」
 見え、ちゃった、か。
 ここは仮に見ていたにしても、
「いえ、カーテンが引かれてましたから」
 こう答えるのが筋と言うものだろう。
 先生は「そうかい」と笑って、救急箱から注射器を取り出した。
 ……ちゅうしゃき?
 えっと、欲しいのは絆創膏であって、出来れば先の尖った形状のものは遠慮したいのですけど。
「見ちゃったんだね」
 僕は首を横に振る。
「本当に見てないですよ。誰かがいるってのは見えましたけど、肝心の誰かが見えませんでしたから」
「違うよ」
 先生は注射器の針を僕に見せつけた。
「肝心なものはもう、見られちゃってるんだ」
「――っ!」
 ここは、どこだ?
 学校じゃない。ここは絶対に、学校なんかじゃない。
 逃げようとして振り向いた瞬間、僕は。


 目を開ければ、そこは――
「死んでんじゃないわよ!」
 ――いってえー。
「……いきなり叩かないでよ」
「いきなり死ぬからよ」
 死んだ上に叩かれるのか僕は。
 さて、まあ、いつも通り、ご覧の通り死後の世界だった。
「今回はお前の失敗だな」
 死神さんがノートを片手に腕を組んで突っ立っている。
「さて、今回の死因についてだが」
 それはまずい。
「あ、言わないでください」
「あ?」
 しん、と。場が静まり返り、死神さんと明石さんが僕を変な顔で見下ろしていた。
「何でだよ。つーかお前、こりゃあよ……」
「言ったら、チャレンジをリタイアします」
「はあ!? 何抜かしてんだてめえ!」
 言いたい事はわかるのだが、これはまずい。明石さんに知られたら面倒になる。
 掴み掛かってくる死神さんの耳元にその事を囁いて、何とか黙らせた。
「……知らねーからな」
「ちょっと、黙ってないで言いなさい。何で死んだの?」
 僕から離れた死神さんはノートに目を遣り、不承不承と言った具合に「こいつは階段から落ちて死んだ」と誤魔化してくれた。
 明石さんは納得していない様子だったけど、それ以上の追求はない。
 とりあえず、バレるまでは黙っておこう。


 さて。僕が保健室で死んだのを黙ったのには理由がある。
 場所が理由じゃない。犯人が理由でもない。問題なのは、もっと別のものだ。
 別に保健室で保健の先生に殺されてしまったのは、構わない。注射器を打たれて死んだから、中には毒でも入っていたのだろう。それとも、血管に空気を注入されたのかな。それで死んでしまうのだと、何かで聞いた事がある。
 うん、凶器も死因も問題じゃない。
 犯人が二人いたってのも、どうにも解せないが。
 逃げようとした僕は背後から不意打ちを食らって、多分昏倒させられたんだろう。その後、何かを打たれて死んだ。
 では、僕の不意を打ったのは誰になる? まあ、隣の部屋にいたであろう誰か、だろうな。
 なら、隣の部屋にいたのは? これは分からない。だけど誰かはいた筈。
 ここで疑問が生じる。最初に言った問題の事だ。
 そう、僕は何故殺されたのか? 動機は、なんだ?
 いや、分かる。分かるんだ。僕が、保健の先生が見られたくないものを見てしまったから。だから、殺されたのだと。
 ……見られたくないもの。それとも見られたくない、者、か。
 いったいあそこには誰がいたんだろう。確かに気になる。気になるの、だが。
 無視する。
 僕は保健室での出来事を無視する。次回からは保健室を無視する。
 アレは無理だ。越えられない。だって、あの場合はもうあの部屋に入っただけで死ぬと思う。しかも、僕だけじゃない。僕以外の誰かでさえ保健室に行けば死ぬ。先生が見られたくない何かを見ていようが、見ていなかったとしても、問答は無用だろう。疑わしきは罰せられる。
 時間帯が悪いのか、それとも他の何かが悪かったのだろうか。
 正直、予測出来ない。あそこは平和な学校だろう。入ったら殺される部屋? 馬鹿げてる。もはや学校じゃない。
 だけど、これもまた事実。信じたくないが、信じないと先に進めないんだ。
 だから、僕は次回から保健室には近寄らない。
 あの学校には殺人現場になりそうな場所と殺人者になりそうな人がいた。気になるけど、僕は何よりもまず生き返りチャレンジに成功しなければならない。
 無論、必要ならば危険を冒してでも保健室を崩しに掛かりたいところではある。
 けれど今は必要ない。僕が保健室に行かなければ、僕が殺される事も、先生が僕を殺す事もない。
 僕は、出来る限り波風を立てずにクリアしたいんだ。それは生き返ったあとも以前と同じように過ごしたい気持ちが強いからである。ま、それ以前に誰かと関わるのが面倒なのだ。付き合えばその分、何かが起こってしまう。
 何が言いたいのか、すっかり長くなってしまったが、とどのつまり保健室に行かなければ済む話、という事だ。
 今は保留。うん、それで良い。精々、怪我をしないように気を付けておこう。


 明石さんは今回で三回目のチャレンジ。
 僕はいつも通りに学校までの道を行く。すっかり慣れたもので鼻歌混じりにもなっていたり。
 今の僕には車も植木鉢も大した障害にはならない。だけど、正門前の信号で捕まってしまった。ああ、いつもよりかなり早足になっていたのかな。
「………………」
「ん」
 僕の横に、背の低い誰かが立った。
「……今朝は早いんですね、先輩」
 声まで掛けられてしまう。誰だろうと顔を向ければ……ああ。
 平たく言えば、そいつは僕の幼馴染だった。一つ下の女の子、である。
「久しぶり」
 彼女の名前は七篠歩(ななしの あゆむ)。僕が家族以外で名前を覚えている、数少ない知人の一人だ。
「…………声、掛けてくるんですね」
 七篠は僕に視線を向けず前を見たまま呟く。その視線は多分、何も捉えてはいない。自分以外のモノを射抜くような鋭いものに見えて、その実空っぽなのだ。
 彼女の不揃いなショートカットが風に揺れ、車が一台通り過ぎていく。
「掛けちゃ悪かったかな」
「別に」
 別に、七篠とは喧嘩している訳じゃない。喧嘩するほど、関わり合いがない、仲が良くないだけだ。
 彼女の住まいはあの、植木鉢が落ちてくるマンションの、確か、割と上の階だった気がする。
 うん、家同士も近かったから、僕が中学を卒業するまでは出会ったら話すくらいの交流はあった。それこそ小学生の頃は頻繁に面倒を見ていた気がする。
 だけど、それまでだ。それ以降は全く関わりがなかったのである。
 僕が高校に入って生活サイクルが変わり、人付き合いも億劫になって、七篠とも出会わなくなっただけの事だ。
 悲しくもなんともない。幼馴染なんて関係は年月を経る毎に疎遠になるものだろうから、ある意味自然な流れとも言えた。感情が口を挟む余地はない。
「そっか」
 ただ、懐かしくはある。二年ぶりだし、生き返りチャレンジを二百回以上繰り返して初めて出会ったのだから。
 ……七篠に関する話だけは聞いていた。
 凄い奴が陸上部に入ったのだと、そういう話。二年に上がってすぐだったかな。そこで初めて、あー、また同じ学校なんだと、そう思ったのである。それくらい。
 お互い学校内でも通学路でも出会わなかったし、わざわざ会いに行く親交もない。しかし、こうして顔を合わせば昔からの知り合いという事で、ぎこちない挨拶くらいはする。
 僕と七篠はこの程度の間柄だった。
 信号が変わり、僕はあえて歩幅を狭める。七篠の足は早いから、彼女は一人でどんどん先に進んでいった。


 意識してゆっくり歩いたからか、玄関に着くと舞子さんと出会った。いつもより早く着いた感覚だったのだけど、まあ良いや。わざわざ違った行動を取る必要はない。


 そこから目新しい事は起こらない。前回のリピート。ボールを避けて、一時間目の古典がスタート。
 ……あー、しかし。
 当たり前なんだけど、前と同じ授業内容なんだよね。まずい。退屈だ。全然面白くない。いや、一度聞いた事だから仕方ないのだけれど。
 ただ、ノートは真っ白なので板書だけ写していく。うーん、前回は張り切って真面目に受け過ぎちゃったな。
「……ん」
 授業も半分を過ぎた頃、隣からゴミが飛んでくる。丸めた紙だった。机の上に乗っていたゴミをさり気なく手で払う。
 すると、しばらくしてからまたゴミが飛んできた。
 何だ、嫌がらせ? 怒る気も、恨む気なんて勿論しないが、ゴミを飛ばされてあまり良い気はしない。
 僕はもう一度ゴミを手で払った。今日の掃除当番には申し訳ない気持ちでいっぱいである。
 しかし、今度は少しの間も空けずにゴミが飛んできた。
 手で払う。
「あら」
 床にシャープペンが転がる。転がったペンは僕の足元にまでやってきた。
 仕方ない。気になるし拾っておこう。すると、僕が行動を起こす前に明石さんが立ち上がった。
「ごめんね、ちょっと良いかな?」
 ああ、明石さんのだったのか。
 僕は何も言わずに椅子を引く。
「えーと……」
 明石さんはしゃがみ込み、顔の横に垂れてきた髪を手で纏め、押さえた。
「……手紙読みなさいよ」
 はっ?
 早く拾ってくれないかなーって思っていた矢先、明石さんは僕にだけ聞こえるような声で低く囁いた。
 手紙って何の事だろう?
 明石さんは立ち上がり、僕の机の上に、さっき払い除けたゴミを乗せる。
 あ、もしかしてこれの事だったのか。
「ごめんね、ありがとう。…………さっさと読んでよグズ」
 ……『さっさと』からは僕にしか聞こえていない様子である。
 言われた通り、僕は丸められた紙を広げていった。ノートの切れ端を使った手紙とやらには小さい字で何かが書いてある。
 くしゃくしゃになっているのと、明石さんの筆圧が薄かったらしいので、殆ど何が書いてあるのか読めなかった。
「……読めないんだけど」
 明石さんは何も言わず、僕の机に丸めた紙を放る。
 広げてみると、今度はしっかりと字が残っていた。えーと、何だろう……?
『古典退屈じゃない?』
 手紙にはこう書かれていた。
 うん。もう口頭で伝えてくれよ! 女子ってのはこんな回りくどい事を楽しんでやっていたのか。良かった僕男で。
 どうしたものかと悩んでいると、コンコンと、隣から軽快な音が聞こえてくる。
 ああ、明石さんがペンで机をノックしているのか……イライラした様子で。
 コンコン、コンコン、コンコンと。何かを催促されてるみたいで落ち着かない。ノックの音は一向に止まない。
 そんなものだから、僕はついつい明石さんを見てしまう。
「………………」
 すっごいニッコニコー! 笑ってるけど笑ってない!
 コンコン、コンコン、と。
 ん?
 って言うか僕、返事を催促されているんじゃないか? ああ、多分そうなのだろう。手紙なのだから、何か返事をしないといけないな。
 僕はノートの端を千切り始める。同時、明石さんも音を発するのを止めた。
 さて、何を書こう。うん、色々あるな。古典の先生には悪いけれど、今は彼よりも明石さんに教えて欲しい事がある。
 狙いを定めて、先生にはばれないよう丸めた紙を隣に放った。机の上でバウンドして、落ちそうになったところを明石さんはしっかりとキャッチする。お見事。
「………………」
 明石さんは複雑な顔付きで、僕の回した手紙を繰り返し読んでいるらしかった。
 僕は『細山君の事が好きなの?』 と、書いたのである。こういう事は良く分からなかったが、女の子っぽい質問はアンパイだろうと踏んだ。それと、死神さんが前に言っていた事が本当かどうか、単純に確かめたかった。
 明石さんは新たに紙を千切り、僕に対しての返答を書き込んでいる。やがて、僕の机に手紙が飛んできた。ノートを上手い事クッションに使い、バウンドを防いでいる。今度から僕もそうしよう。
 はてさて、広げた紙には『死ね』の一言だけ書かれている。返事のしようがないので、僕は紙を丸めて指で弾いた。


 一時間目が終わると同時、舞子さんが僕の席にやってきた。
「古典教えてー」
 との事である。
 前回も教えたから構わないんだけど、どうして僕なのだろう。隣には模範的優等生の明石さんがいると言うのに。


 その事が気になったので、二時間目が開始した辺りで明石さんに尋ねてみた。勿論、手紙で、である。
 手紙を広げた明石さんは最初こそ目を見開き、驚いていたようなのだが、すぐに瞳は剣呑なものに変わっていく。
 有り体に言えば確実に怒っている。質問しただけじゃないか。それとも、明石さんではなく僕を頼った舞子さんに怒っているのか。
 明石さんは紙を丸めると、僕の方は一切見ないままに紙を指で弾く。
「……たっ」
 その紙はぼーっとしていた僕の額に命中した。痛くはないけれど少しびっくり。
 何をするんだよと、抗議の意を込めて明石さんを見遣ったのだが、彼女は謝るどころか、落ちた紙を早く拾えとばかりに顎をしゃくった。本当、こういう仕草が似合い過ぎて困る。
 僕はわざとゆっくりに腕を伸ばして紙を拾った。机の上で広げると、紙には割りとたくさんの文章が。まあ、さっきは一言だけだったので、これは僕の錯覚かもしれない。
 で、『あんたそれ冗談のつもり? 舞子さんみたいなお世辞にも頭の良いとは言えない子がわざわざ勉強なんて教わりに来る筈ないじゃない』との事である。
 うーん? 冗談を書いたつもりはないんだけどなあ。何だか、舞子さんに対して失礼な文面である。第一、頭が良くないから、成績が悪いから改善する為に勉強を教わりに来たのだろう。それ以外に舞子さんは何をしに来たと言うのか。
「うわ……」
 迷っていたら、今度は僕のブレザーの胸ポケットに丸められた紙が飛び込んでくる。
 隣を見れば、少しだけ嬉しそうな明石さん。イッツ無駄スキル。
 今度の手紙には『本当に気付いてない訳? だとしたらあんたって相当の愚鈍ね。最低で最悪。あー、ムカつく。さっきの古典ムカつく。古典なんてつまんない授業どうして二回も受けなきゃなんないのよ。それも全く同じ内容のっ。あのクソ教師何考えてんのかしら、古典には筋肉なんて無駄だっつーの、体鍛える前に脳みそ鍛えろ。目障りで仕方ないわ、あと声でかいし私の事呼び捨てにするから死ね』と、こう書かれていた。
 僕の事が既に序盤で省かれていたが、明石さんは古典を好きではないんだろうなあと辛うじて理解する。何を言いたいか伝わってこなかったのだが、最後の一言に全てが集約されている気がした。
 しかし、僕が愚鈍とは。何というかその通りというか。
 何だか、生き返りチャレンジを始めてから疲れるな。普段はこんな他人と関わるなんてなかったからだろうけど。
 人と付き合うってのは悪口を言われたり、自分の事を客観的に言われたりで、そういう事に久しく慣れていない僕には少しばかり辛い。
 死神さん、舞子さん、明石さん、それと、七篠。多分、こんな事態に陥らなければ死ぬまで彼女らとは話さなかったんだろうな。
 今の状況を喜ぶべきなのか、そうしないで良いのかは……。
「はあ……」
 ……やっぱり、良く分からない。


 結局、あやふやな気持ちのまま、二時間目を終えた。
 明石さんは手伝おうとは言わなかったし、前回と同じように舞子さんと課題を終える。
「あは、どしたの?」
「いや、別に」
 針には気を付けておいて、と。
 良し、次は三時間目だ。三時間目は、何だったかな。確か、数学だったか。うん、余裕余裕。休み時間は教室でゆっくり過ごす事にしよう。


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