サプライズ
真夜中の学校に忍び込む。
それはもう、暗闇のドキドキ感と好奇心のワクワク感で、心の中は占められている。
楽しさの前では、怒られる怖さなんて何処にも存在しない。
「おい、グズグズするなよ。急げ!!」
「しっ!! 見回りの先生が来るぞ」
「もっと頭、低くしろって。見付かっちまうだろ」
ヒソヒソ声で交わす言葉。クスクスと漏れる笑い声。唇に指を立てながら囁く『しーっ』
の声が微かに響く。それらすべてが楽しくて、誰もが高揚感に満ちた笑顔を浮かべている。
これから冒険が始まることを、みんな知っているのだ。
『サブライズをしよう』
最初に言い出したのが誰だったのか、そんなことはもう覚えていない。
クラスで人気者の男子生徒。彼の誕生日が近いという話がキッカケだった。
夜中にこっそり学校に忍び込み、教室全体に誕生日用の飾り付けをする。
何も知らずに登校してきた彼はきっと驚くだろう。
そんな他愛もない思い付きは、いつしかクラスイベントの一つに変わっていた。
ティッシュで出来た花飾り。リングの鎖。それらを作る工程ですら、これから起こる
出来事が楽しいものになると教えてくれる。
列の最後を追い掛けていた私は、言われた通りに小さくなってしゃがみ込む。
いけない、いけない。物思いに耽っている場合ではない。ここからが正念場なのだから。
真面目で融通の利かない学級委員。これがクラスでの私に対する認識。
私もこのイベントに参加したいと言った時、誰もが不安と訝しげな表情を浮かべた。
夜の学校に忍び込むなんて、誰が聞いても褒められたことではない。
親や先生に告げ口するかもしれないと、真っ先にそう思われていた。
そんなことするはずがない。私だって、みんなと一緒にこのイベントに参加したい。
クラスのみんなが誕生日を祝いたがるほど人気者の彼。
まるっきり正反対の私にとって、彼は憧れの存在。きっと彼なら、この冒険を最高の
笑顔で乗り切るだろう。だから私も、絶対に最後までやり遂げてみたい。そうしたら、
私の中で何かが変わる気がする。少しは成長できる。だって私も……。
「ボケッとするなよ。行くぞ」
前を歩く男子生徒の声で我に返る。みんな階段の下に身を寄せていた。
階段の上で廊下の様子を覗いていた生徒が、安全を確認して手招きしている。
その合図に従って、全員が足音を偲ばせて駆け上がっていく。
目的地は二階の真ん中にある教室。ゴールはすぐそこ……のはずだった。
「マズイ、誰か出てくる!! 全員、戻れ」
その焦った声に、みんな慌てて駆け戻る。一階の空き教室へと飛び込んだ。
細くドアを開けて覗いていると、階段を下りてくる足音が響く。
こちらと違って気配を消している様子がない。軽快な足取り。
先生の見回り? でも、それはさっきやり過ごしたはずなのに。
そっとドアの向こうを覗き見ると、昇降口に向かう人影が見えた。
あれは!!
「なんだよ、アイツ、学校に来てんじゃん。誰かアイツに今日のこと、言ったのか?」
非常灯の明かりに一瞬だけ浮かび上がったのは、今回の主役でもある彼の姿。
みんなが不審そうな顔を見合わせていると、最後に私の顔に視線が集中した。
私は慌てて首を振る。
「私、言ってないよ」
言ってない。言うはずがない。このイベントは絶対に成功させるんだもの。
私だって、その気持ちはみんなと一緒。ううん、それ以上に強い気持ちで。
「遅くなるから行こうぜ。アイツにバレてても、俺たちには逢わなかったんだしさ。
計画が中止になったと思ってるかも知れない。そっちの方がより驚くと思う」
誰かが口にした助け船で、向けられていた視線から解放された。
再び、小さな集団は足音を偲ばせながら教室へと向かう。
――そして翌日。
真夜中の冒険をやり終えて、満足した気分で登校する。
教室では既にイベントの主役が、クラスメイトに囲まれて笑っていた。
飾り付けに驚く処も見たかったけど、私にとってはやり遂げたことの方が大切。
賑やかな教室の雰囲気に、一つ成長したことを実感する。それだけで満足だった。
鞄を脇に掛けて座ると、机の上に書かれた文字に気が付いた。そこには私の名前。
その下に書かれた文字に、涙が浮かんだ。
『誕生日、おめでとう』
完(2015.09.23)
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お題:
「夜の教室」で登場人物が「すれ違う」、「誕生日」という単語を使ったお話。