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少女の寓話

作者: とらふく

 友人が描いてくれたイラストを活動報告より見る事が出来ます。鮮やかで素敵なイラストなのでぜひご覧ください。


「そうね、たとえばこんなお話はどうかしら」

 少女の鈴を転がすような可憐な声が男の聴覚アンテナに認識された。微かに震えるそれに耳を傾けながら、抱き上げた少女を包むマントを一層きつく、緩みひとつ許さないとでも言うように巻き付ける。

 センサーから感じ取れる少女の体温は至って平温なのでこれは緊張によるものかもしれないと、どうでもいいような事を思考領域の片隅で処理した。

 ごうごうと燃え上がるいかにもと言うような森の中の研究施設を背に少女を抱き上げて、下草をせっせと踏み分け踏み越えどれほどの距離を進めただろうか。星の瞬いていた天頂はいつしか仄明るい群青に染まっていた。

「囚われのお姫さまと騎士様の物語よ。ふふ、あたしたちにぴったりじゃぁない」

 お姫さまと言うにはあまりにも簡素な服装をした少女を赤いバイザー越しに見下ろして、湧水を飛び越えた。少女を包む白いマントは男の上官が戯れ交じりに用意したもので、陸戦用の骸骨格は確かに、騎士とでも言える様相かもしれない。

 合流地点まではもう少しばかりかかるだろう。追手が掛からないと言う事は同僚たちがうまく妨害してくれているのか、あるいは男がターゲットを間違えたのかもしれない。

 金の髪に赤い瞳の人物、としか伝えられていなかったので。少女の髪は輝く金、というには些か色があせていた。かいまきのように巻きつけられたマントからほんの少しだけ顔を出して興味深そうに深い森を見回していた。

「私は騎士ではない。君も、姫と言うにはあまりに品がない」

 男の脳裏に浮かぶのは、記憶の断片に焼き付いている輝くような黄金の髪と緑の瞳をした一人の女性だった。スカートを翻し舞い踊る女の柔らかな微笑み。何度メンテナンスを受けようが消えないそれに上官は呆れながら笑い、男にそれは随分と大事な思い出なのだよ、と告げた。男にとって、姫と言うならまさに彼女だ。名前も分からないが。

 少女は薔薇色の頬を不満そうに膨らませ、その小さな手で男の胸部を叩いた。痛いだろうに、繰り返すそれに男はため息を吐きたい気持ちになって、その器官がないないことをほんの少し残念に思う。

「情緒のないひと!いいでしょう、あたし、ゆめもみられない」

 ぐるりと虹彩が渦巻いて、少女の赤色が濃く明るく輝く。少女の異能に男はマントを巻きなおすことで答えた。戦闘用の柔らかさの欠片もない冷たい掌が少女の顔を布越しに覆い隠し間抜けな悲鳴がくぐもって届いた。

 不満げな瞳が布の隙間から男のバイザーを見上げる。その奥には何もないのだが、とはさすがに告げることができず身をかがめて太い幹を避けた。

「君の異能を知る許可を出されていない」

 あからさまに不機嫌そうに男を見上げる少女はその言葉についにへそを曲げてしまったようで先ほどまではしゃいでいたのが嘘のように眦を吊り上げた少女が男を睨みあげる。

「あなた、自分が何か知りたくはないの」

 踏み折った小枝が異様に大きな音を立てた。男はつい歩みを止め異形の少女を見下ろす。勝ち誇ったような顔に抱く感情はただ、微笑ましいと。何を問いかけるでもなく、何を考えることもなく男は歩みを再開した。

 任務の合間にじゃれてくる近所の子供たちと同じだ。

「君が何者か、私が何者かも関係はない。私は君をあの馬鹿げた研究所から連れ出し、しかるべき教育者のもとへ送り届ける」

 ぽかんとした顔で見上げる幼い顔を見下ろす事はしないまま少しずつまばらになってきた木々の間を抜けていく。昇りきった朝日が朝露に反射して男の装甲を輝かせる。森を抜け、たどり着いた草原で男はようやく抱き上げていた少女の足を地面に下ろした。

 巻きつけていたマントを回収し肩あてに装着すれば未だ呆然としたままの少女がまぶしそうに男を見る。

「機械だったのね、どうりで硬くて見えにくいと思った」

 虹彩の渦巻く瞳には何が見えているのだろう。少女を連れ出す際の戦闘で傷つき捻じれた腰部の装甲を軋ませながらもとの位置へ戻せば少女の日焼けなど知らない真白な指先が男の胴へ触れる。

 金属質の青い装甲を持つ陸戦用外骨格は草原ではひどく目立つだろう、内蔵されている時計で時間を確認し薄い身体の少女へ手を差し伸べた。

「ねぇ、あたしあの場所でも全然不満はなかったの。でもあなたについてきたわ。どうしてか分かる?」

 狂人の巣窟だったあの場所で少女はただ一人冷たい小部屋に閉じ込められていたというのに、微笑んで男を見上げる幼い顔が妖艶ささえ滲ませて問いかける。

 長い睫は日の光に照らされ確かに黄金のようだ、肩にかかる髪も暗視スコープ越しに見た色とは全く違う、淡い金色。

「あそこに居たってなんだって見えていたわ。あたしを売ったお金で裕福な生活をするお父さんとお母さん。あたしの事なんて何も知らず学校に通わせてもらっている弟たち、石を投げてきた村の子たち」

 桜貝のような小さな爪に彩られた指先が男の唯一露出している素体の掌へそえられる。

「あそこに居ればあたしは必要とされていた。ご飯だってお腹いっぱい食べられたし清潔な服だって与えられていたわ」

 壊れ物でも扱うように恭しく少女の手を取れば赤い瞳が満足げに細められた。応える言葉を持たない男が黙ったまま少女の遊びに付き合えばそれすら見通したのだろう虹彩が揺らめいて、渦巻いて、ぴたりと止まり男を見据える。

「あなた以外だったらあたし、ついて行かなかった」

 突入するために電源施設を壊したあの暗闇の中で男を見分けたというのだろうか。蛇のように縦にさけた瞳孔が瞬きの間に元の無邪気な瞳に戻り、長い睫が頬にうっすらと影を落とす。

 視界に入る、十代半ばの少女に男はひどくかき乱されている心を自覚した。戦闘に特化し、肉体のほとんどを人工素体に入れ替えた死人である男にとってそれはあまりにも衝撃的で幾ばくかの不快感すら感じていた。

「光栄だ、とでも言うべきだろうか」

 重ねているだけだった手を握り少女の軽い身体を些か乱暴に引き上げる。文句も言わず笑い声をあげた少女の細いひざ裏に反対の手をさしいれ抱き上げれば白い腕が男の首に回された。体を固定するためだろう、歓迎すべき事柄のはずだが男は居心地の悪さを隠すように歩を進める。

「任務が終われば終わりだと思ってる?でももう一兵士になんて戻れないわ、だってあたしがいるんだもの」

 一兵士よりは上等な立場だが男は訂正する気はなかった。この特殊任務が終われば男はまた便利な死人として戦場を駆けまわることになることが決まっているからだ。

 未来を見通す瞳など、男の往く死地には関係ない。

 吹き抜ける風が白いマントを揺らし少女の髪を巻き上げた。嬉しそうな声を上げていた小さな口が不意につぐまれ、視線が地面に固定される。鳥に球根が運ばれたのだろうか、緑の絨毯にぽつりと白い花が咲いていた。

「あたしもカサブランカって言うの。いつもご飯を持ってきてくれてた人がそう呼んでたのよ」

 鮮やかな花粉を付けた大輪の白い花は確かに、少女に似ていないこともないかもしれない。その毒々しいほどに艶やかな赤い瞳を除けばだが。

 薄く雲がかかった空に黒い影が浮かんでいる。合流地点とされていたポイントで男は立ちつくし見る間に大きくなったその船影に向かって一瞬だけ通信を飛ばす。無事に受け取ったのだろう、男の目の前でほとんど音も風もさせることなく着陸した黒い船からタラップが降りる。

 カサブランカが緊張したように喉を鳴らす先ほどまでの男を圧倒するほどの存在感は何だったのだろう。金属音を響かせてタラップを上る男のマントを小さな指先が握りしめた。

「ずっと一緒よ、ぜったい」

 不安なのだろうか。俯いている表情を窺い見る事ができず男は軽い身体を抱きなおした。



 その言葉の通り、少女の運命に巻き込まれることを機械兵士はまだ知らない。





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