それから数日。
部屋の掃除をする水瀬をぼんやりと眺めながら、ルイズは思った。
この子は、掃除に洗濯、お菓子作りまで、何をやらせても完璧の上を行く。
もしこの子が召使いなら、私はかなりいい拾いモノをした。
でも、違う。
そう。
違うのだ。
この子は私の使い魔だ。
こう、ブワーッと炎を吹いたり、ご主人様を背に乗せて大空を飛んだり。
それこそが使い魔だというのに!
「はい。ごめんなさいね?」
床を動くモップを避けながら、ルイズは椅子の上で膝を抱えた。
「ご主人様?」
モップを動かす手を休めない水瀬からの言葉に、ルイズは現実に引き戻された。
「な、何っ!?」
「パンツ、見えてますよ?」
「……」
どこから来たかわからない。
何者かもわからない。
名前はミナセユーリ。
本人はユーリでいいという、正体不明の平民の女の子。
それがルイズの見た水瀬の姿。
それが、ルイズには不満だった。
ルイズが欲しいのは使い魔だ。
メイドではない。
別世界のオトコ共とはわけが違うのだ。
だから、ルイズは思った。
この子―――何がができるのかしら?
炎を吹く?
それとも雷?
毒は嫌ね。
その視線に気づいたのか、水瀬が掃除の手を止め、ルイズに振り返った。
「?」
空、飛べるのかしら?
変身なんかしたらスゴイのに。
「あの?」
うーん。
でもなぁ……。
「もしもし?」
この子が口から何か吹き出すなんて考えたくないし、この体で空なんて飛んだって、普通のメイジと変わんないじゃない……。
はぁっ……。
「ご主人様?」
ルイズが気づくと、視界一杯に水瀬の顔が近づいていた。
「ひゃあっ!」
ガタッ!
ドッシーンッ!
思わず飛び上がって驚いたルイズは見事に椅子ごと床に転がった。
「い、いたたたたたっ……」
「大丈夫ですか?」
ルイズは水瀬に助け起こされ、何とか再び椅子に座った。
「な、何でそんな近くに……」
「何度呼んでも気づかないから」
「使い魔なら、もっと主人を敬いなさい!敬して遠ざかる!わかる?」
「敬して遠ざかる?」
水瀬の目に悪戯っぽい光が宿ったのに、ルイズは気づかない。
「そう」
「じゃ、敬意を示しつつ、遠ざかりますね?」
水瀬はモップを持ったまま部屋を出ていこうとした。
「ち、ちょっと!?」
どういうことだろう。とルイズは思わず水瀬を引き留めた。
「掃除、まだ終わってないでしょう?」
「敬して遠ざかっています」
ニコリと笑った水瀬がドアを閉じた。
ふうっ。
ドアの向こうで水瀬は小さくため息をついた。
まずいなぁ……。
水瀬はモップを肩で担ぎながらトボトボと掃除用具室へと歩いた。
この世界に飛ばされた理由もわからなければ、帰る方法もまるでわからない。
基本的なことが何もわからないから、手のうちようがない。
ルイズという子が嫌いというわけではないし、向こうは自分を使い魔だ何だと言いながら、それでも女の子としてそれなりに扱ってくれている。
それはそれでいいんだけど―――。
「あれっ?」
廊下の角を曲がろうとした水瀬は、そこにいたモノに気づき、足を止めた。
昼間、ルイズを訪ねてきたキュルケとかいう生徒の使い魔、サラマンダーだ。
水瀬達魔法騎士が召還するサラマンダーは炎を全身に纏ったもっと精悍な感じのする精霊なのだが、こっちのはどうひいき目に見ても、ディズニーあたりがデザインした歩くぬいぐるみにしか見えない。
問題は、そのぬいぐるみが、廊下の真ん中で、じっ。と水瀬の顔を見つめていることだ。
「何か僕に用?」
無駄とは思いつつ、水瀬はサラマンダーに声をかけてみた。
すると、サラマンダーは「そうだ」といわんばかりに喉を鳴らし、身を翻した。
「ついてこい」
水瀬にはサラマンダーがそう告げているように思えた。
サラマンダーは自分の寝床でもあるキュルケの部屋に入っていった。
部屋は真っ暗。
人の気配が一人分だけする。
知らずに警戒する水瀬に、声がした。
「扉を閉めて」
水瀬は無言でそれに従った。
水瀬がドアを閉めると、それを合図にしたように、部屋の奥に灯りが灯った。
水瀬が振り返った先、灯りに照らし出されていたのは―――
「うわっ」
水瀬は抑揚のない驚嘆の声を上げた。
「……もう少し、喜んでくれるなり、驚いてくれてもよろしくてよ?」
怪訝そうな顔をするのは、ベビードールに近い魅惑的な下着を身に纏ったキュルケだ。
「このくらいでいいかなって―――えっと」
水瀬は何故か頭を指で押さえながら言った。
「キュルケ……キュルケ……なんだっけ?」
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーですわ」
「長すぎて覚えられない」
「……ひょとして」キュルケは驚いた顔になった。
「―――私に魅力を感じていませんの?」
そんな馬鹿な。
キュルケはそう思う。
あらゆる男を跪かせてきた私になびかない男なんているはずがない。
ありえない!
「聞かない方がいいよ?」
そのキュルケに、水瀬はあっさりと言ってのけた。
「気を悪くするから」
「それだけで十分、気を悪くしましたわ?」
面白い。
本気でキュルケは思った。
“微熱”の二つ名にかけて、この子を本気にさせてやる、と。
キュルケは口元を少し尖らせると、水瀬に近づくなり、その背後から抱きついた。
「あなたも殿方なら、私のこの姿を見て、なんとも思わないのですか?」
そのすがるような瞳。態度。
なにより水瀬の背で潰れる豊かな双丘。
これで何ともならない男なんていない。
「僕はご主人様……ルイズさんの」
「私はルイズとは違います」
水瀬の耳元でキュルケが甘い声で小さく笑った。
「相手が殿方か否か位、一目でわかります」
「まぁ……そりゃあ」
成る程。
水瀬はそれで納得した。
ルイズが水瀬を女の子と紹介した時、何故キュルケが首を傾げたのか。
そして、ルイズの部屋にいる間中、ずっと水瀬を見つめいていたのか。
女装した男の子。
キュルケはそれで自分に興味を持ったんだ。
その水瀬にキュルケは囁いた。
「それをルイズが知ったらどう思うかしら?」
「……どう、したいの?」
返答次第では、脳みそでもいじるか。
水瀬はロボトミー手術の手順を思い出しながらキュルケに訊ねた。
あ、麻酔なしだけど―――いいかなぁ。
「簡単ですわ?」
ぎゅっ。
水瀬の服を掴むキュルケの指に力がこもる。
「おわかりでしょう?」
求められていることはナニか。
それは男としてわかる。
ただ、それを実際にやるには、それなりの覚悟がいる。
例えば、集中治療室とか。
例えば、早すぎた埋葬とか。
例えば、生きたままの火葬とか。
……待って?
水瀬はそこで気づいた。
ここは異世界。
つまり、綾乃も日菜子も存在しない。
なら……別に恐れるものはないじゃない。
うん。
これは気楽だ。
「……ま、いいか」
しばらくの躊躇の後、水瀬はキュルケを抱き寄せ、その唇を塞いだ。
「全く!」
ルイズが怒り心頭になって水瀬を捜し回るハメになったのは、それから30分ほどした後のことだ。
寮内のあちこちを探したが、どうしても見つからない。
平民の使い魔として、寮内で知れ渡っている存在だから、どこかにいたら絶対に誰かが見ているはずなのに。
それが、誰も見ていない。
「私がお風呂に入れないじゃない!」
ルイズはぶつくさ文句を呟きながら廊下の角を曲がった。
「あれっ?」
そこはキュルケの部屋の前。
何人もの男子生徒が泣き崩れていた。
落城寸前の城の中で滅亡を待つ騎士同然の絶望に満ちあふれた顔の男子生徒達に、ルイズは思わず、ネグリジェの上から羽織ったガウンの前を力強く閉じた。
「……き」
「き?」
「キュルケが……」
男子生徒は、キュルケの部屋のドアを震える手で指さした。
「キュルケに何があったの!?」
まさか、キュルケが部屋で!?
ルイズは友の身に何か良からぬことでもあったか!?と青くなった。
「キュルケが……」
男子生徒のそのつぶやきがなければ、ルイズはキュルケの部屋に飛び込んでいたろう。
「僕のキュルケが……他の男と」
「はぁっ!?」
ルイズは思わずつんのめってその場に立ちつくした。
「つまり、あなた達、キュルケにフられたってこと!?」
「……」
お通夜の様な静けさが辺りを支配する中。
ルイズはドアの向こうから微かに聞こえてくるその音を聞いた。
「?」
ドアに耳を近づけるとさらに音がクリアになる。
「……っ!?」
その音の意味を知ったルイズは耳まで赤くなった。
その音とは、男女の睦み合いの音だと知ったからだ。
ルイズは当然、そんな経験はない。
それでも、それがそういう意味の音だと、嫌でもわかる。
「で、でも」
キュルケの性的な奔放さはわかる。
だけど、相手は誰なの?
見る限り、かなりのオトコが揃っているのに。
「ああん♪ご主人様ぁっ!」
キュルケの狂ったような甘い歓喜の声がドア越しに聞こえた。
「やめろぉっ!」
「止めてくれぇぇっっ!キュルケ!君はそんな子じゃないはいずだぁぁっっ!」
耳を塞いだ男子生徒達が狂ったように叫ぶが、とうのキュルケはお構いなしだ。
「もっと!もっとぉぉぉっ♪この○○○○をイジメてくださぁぁぁぁいっ♪」
思わずフリーズしたルイズだが、気がつくと、なぜか男子生徒達に囲まれていた。
「な……何よ」
貞操の危機。
本能的にそんな言葉が脳裏をよぎる。
決して厚くはない胸元を必死に押さえ、ルイズは後ずさるが、怒りの眼差しを向けてくる男子生徒達に囲まれ、ついにルイズは壁に追いつめられた。
「お前のせいだ」
男子生徒の一人がそう呟いた。
「わ、私の!?」
意味がわからない。
私がキュルケの恋愛に何をしたというの?
「お前が、あの平民を召還したから!」
「ユーリが何だって言うのよ!」
「このドアの向こうにキュルケと一緒にいるのが誰だと思ってるんだ!」
男子生徒がすさまじい迫力でルイズを怒鳴りつけた。
「ペリッソンが言っている!ベッドの上でキュルケを上にして(自主規制!)していたのは、ルイズの使い魔だって!」
「そうだ!」
別の男子生徒が叫ぶ。
「その後のスティックスは、キュルケがあの使い魔に(削除!)されている所を目撃しているし!」
「ペリッソンは(掲載不許可!)までしている所を目撃している!」
「……(自主規制!)に(削除!)……(掲載不許可!)まで……」
「それだけじゃない!」
「そうだ!(倫理違反!)とか!」
「(禁則事項!)とか!」
「(伏せ字!)もだ!」
「ええいっ!あの使い魔はバケ者か!」
経験こそないけど、ルイズのような女の子にとっても、それは刺激的というか、すさまじい内容だった。
自分なら耐えられないようなプレイがこのドアの向こうで続けられていると考えるだけで、ルイズは背後のドアが地獄の門にすら思えてきた。
っていうか―――
「ちょっとあんた達っ!」
ルイズは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「女の子の前で何叫んでるのよぉっ!この変態共っ!」
「やかましいっ!」
男子生徒達は一様にルイズに怒鳴り返した。
「貴様のせいだろうが!」
「ルイズがあんなの召還しなければ、僕達はキュルケと幸せな世界を!」
「責任とれっ!」
「そうだそうだっ!」
ようするに―――このケダモノ共が何をしたいのか?
文字通りのナニだ。
ルイズにもそれはわかる。
わかるから―――怖い。
次のセリフに、ルイズの恐怖は絶頂に達した。
「とりあえず、ルイズに代役を頼むのはどうだ?」
「……この貧乳にか?」
心底見下げ果てたという視線を嫌という程感じるルイズは、悔しさに唇を噛みしめた。
「女の子の価値は、胸の大きさで決まらないんだからっ!」
「ほう?ならドコで決まるんだ?」
「そっ……」
それはルイズの精一杯の強がり。
それをあっさりとひっくり返されては二の句が継げない。
「決まってんだろう?」
下品な笑い声をあげる男子生徒が言った。
「(禁句!)だろう?」
「ヒッ―――!?」
「成る程?」
怯えるルイズに気をよくしたのか。
男子生徒達は包囲網を狭めにかかった。
「幼児体型の方が(伏せ字!)は(規制!)は良いって聞いたぞ?」
「……ヒッ!」
「恨むならあの使い魔を恨むんだな―――おい。どこか空いてる部屋はあるか?」
男子生徒に顎を掴まれたルイズは、その気色悪さに鳥肌がたったのを感じ、耐えられずに男子生徒を突き飛ばした。
そして―――
「いい加減にしろぉぉぉぉぉぉっ!!」
ルイズは―――
キレた。
どこから取り出したのか。
ビシィッ!
ムチを振り回し、
ゲシッ!
口より先に出る手よりさらに先に出る足蹴りを繰り出し、
「○{=#”<_&’}○凸凹dfglgkwelwsf;:w;:eq@ql[a]]:fsdrkbmmwe!!(翻訳:オリジナル作品及び、ルイズの名誉その他のためあえて削除!!)」
すさまじいことを口走るルイズ。
「はぁ……はぁ……」
数分後。
肩で息をするルイズの前には、ムチや蹴りのせいで幾筋ものミミズ腫れを見せる全裸で土下座する男子生徒達の姿があった。
「こ……この私に」
それでも飽き足らないのか、ルイズは血走った目でドアを睨んだ。
「この私にこんなことさせるなんてぇぇぇぇっ!」
ドガッ!
ルイズはドアを蹴り破った。
「出てきなさいこの犬〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
ルイズの二つ名は“ゼロ”。
この晩、ルイズにしばき倒され、開眼した別名“トリスティンの肉○奴隷”によりルイズに捧げられたもう一つの二つ名があることは、意外と知られていない。
それは―――
“トリスティンの女王様”
“何故、王位につかなかった彼女が女王を名乗ったのか”
“何故、陛下ではなく様なのか”
ルイズの波瀾万丈の人生を知る後世の歴史家を悩ませるこの二つ名の由来は、ここから来ているのだが、それを知る者は関係者亡き後、幸か不幸か、真実と共に姿を消している。
無論、逆さ吊りにされ、朝日を拝んだ水瀬にとってはどうでもいいことなのだが―――
合掌。
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