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ラブカクテルス その56
作:風 雷人


いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?

わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前は髄枝虫でございます。

ごゆっくりどうぞ。


俺は大きな声では言えないが、寄生虫だ。
温かい島の果物に住んでいて、それが実りを熟して下に落ち、食べた動物の体に寄生する。
大概は犬や猫、サルや鳥といった類がその実を食す。しかし今回は違うらしい。
どうやら人間というやつに、俺は入り込んだようだ。
くっくっくっ。
これは面白くなりそうだ。
俺は潜めていた触覚を少しピクッとさせた。

俺は食道を通り、どうやら胃に辿り着いた。
しかしヒドイ胃だ。
あちこちに胃潰瘍ができてる。
消化され始めた果実は栄養となり、取り込まれて血液の中を流れ出す。
そうら、今だ!
俺はその血液に入るなり、瞬時にこの体のDNAを盗みとり、自分の体に映し出した。
これで白血球からの攻撃は受けないで済む。
かなり速い流れの血液の中を、俺は目的地に向けて急いだ。
血液は動脈を流れて静脈に入ると、途端に質が変わり、俺はその中では呼吸できずに死んでしまう。
それまでに目的地へたどり着き、寄生しなくては。
俺はあの独特な匂いを頼りに、血液の流れにしばらく身を委ねた。

どれくらい漂った頃か、どうやらあの匂いがしてきた。
俺は少し緊張気味にタイミングを確かめながら、いよいよそこだと言わんばかりに、枝分かれしている網細血管に飛び移った。
少し流れは穏やかになり、なんとかうまくいった切り替えに、俺は一先ず、ため息を洩らした。
後は迷わずにあそこにたどり着けるかだ。
俺は爽やかな小川のようになった血流にさらさらと流され、匂いに気を配ってそろそろ強く感じるその場所を探し当てた。
ここだ。間違いない。
俺達は寄生する生き物の脊髄に取り付く。
そしてしばらくは血液中にある酸素と栄養を少しずつ分けてもらいながら、さらなる成長を遂げる。
さてと、少し大人しくするか。
俺は長旅の疲れからか、うとうとと眠り始めた。


俺はそこそこの成長を遂げて、いいあんばいになった。
そろそろやるか、今夜辺り。
俺はその人間が深い眠りに就くのを待った。

そして夜、どうやら静かになったようだ。
俺は背中に少しの痛みを与えてみたが、この人間はピクともしない。
よし、これなら平気だ。
俺はいよいよ触手を体の全体に走っている神経に潜らせて、この人間とのシンクロを始めた。
俺達髄枝虫は、果物の中で大半の人生のカリキュラムは終わらせる。
そう、子孫を残すことまでを、だいたい人間でいう年の12歳頃には終わらせるのだ。
つまりは卵を果物に生む。
そうして一応、生物の本能的なやることをやった俺達は、今度はその後の余生を楽しむのである。
そう、だから寄生は、ただ単に俺達にとっては楽しみにしか過ぎない。イタズラ?
いやいや、これもれっきとした本能に元づく欲望に駆り立てられた純粋な行為、かな、俺達にとっては。
人間はどうやら物欲や食欲、性欲、そんなものが本能の求めるものらしいが、俺達は違う。
俺達の本能は操り欲。この上勝る事などはないのだった。
どれ、一丁動かして遊んでみるとするか。
俺はよく眠っている母体を起き上がらせみることにした。
何せ普段の俺達は相手が犬や猫なんかの小動物ぐらいしか操らないので少し心配はしていたが、寝ているせいで抵抗がないためか、意外に簡単に体を起こすことができた。
俺はホッと胸を撫で下ろしながら、次は手を動かしてみた。
動く動く。
次は足。
大丈夫だ。
俺はとりあえず、今はこれくらいにしておくことにした。
なぜなら今は何も見えないからだ。
さすがに寝ている最中にいきなり目を開いたら、母体も目を覚まし、拒否反応を起こされても、まだ慣れていない体なのに厄介だ。
とりあえずシンクロ成功を祝って血液に流れる美味しいところを少し見繕って、俺は祝杯を挙げて少し休むことにした。
この先に待つ楽しみを夢に見ながら。


まったくうるさい。この音は何だ?
不快な音はしばらく前から母体の耳を通して聞こえてくる。
やがて俺は明るい光とジリンジリンというやかましい音のせいで完全に目が覚める。
あ〜っ!朝がきたのか。眩しい。
シンクロしている目の神経が久しぶりに俺に日の光を、各神経を伝わせて感じとらせてきた。
いやーっ!やっぱり日光は最高だ!
しかし久しぶりに目にした外の風景は、何ともこきたない、狭い巣だった。
母体は目覚めて初めに見た、丸くカチカチ鳴る物を握り、けたたましく叫んだ。
なんなんだ、朝からやかましい。
母体は慌てた様子で着ていた服を脱ぎ捨てて、せわしなくまた別の服を着る。
いったいその事にどんな意味があるのだろう?まるで分からん。
人間という生き物は変わっている。
そのくせ、朝食も食べずに家を出るのか、けしからん。
栄養を執らないでどうする気だ?
俺は呆れた。
さすがに母体の胃袋が穴だらけだったのには納得してしまう。
しばらく様子を見ていると、なんだかこの母体は落ち着きがない。
寝起きのくせに息を切らせて全速力だ。
俺は少し、コイツの心の中を見てみることにした。
心の蔵にある電話線の様に繋がった網細血液に、神経を集中させた。
あっ〜、また寝坊だっ!また遅刻しちゃうよ、参ったなーっ!
そんな事が聞こえてくる。
なんだ、この母体ときたら、とんだおっちょこちょいらしい。
俺はニヤケた。
これはイジリ甲斐がありそうだ。
しかし今はまだ様子見だ。
人間の生活習慣を少し学ばなければ。
俺はウキウキする気持ちを抑えて、母体の行動を見守る。

なんだか人間の沢山集まるところに来た。
凄い人数だ。
そして細長い箱の中に、恐ろしくぎゅうぎゅう詰になるために自らその中へ入って揺られ、かと思えば、その揺れが止まる度に入れ替わり揉み合い、酷いこの行動は理解し難い。
母体はやっとその箱から出て、まともな呼吸をし、かと思うと、また走り出す始末。
何を急いでいるのか、せわしないヤツだ。
しばらくして母体はそれはそれは、俺が見たどんな椰子の木なんかよりも高い建物に入っていき、そこにいる人間達に頭をペコペコ下げながら、移動を続けた。
そして最終的に落ち着いたのは、広い部屋に並ぶ机の中で、またこきたなく散らかったその一つに、腰を掛けてからのことだった。
この若さでゼイゼイと情けない。
母体は疲れたのか、虚ろな目をぶら下げるように、ボーっとした。
そこに、貫禄のある、顔がやたら黒いオスが母体の頭を、いきなり叩いてきた。
その勢いで母体は目を覚ましたように体をビクつかせ、緊張の信号を全身に走らせた。
顔黒男は、凄い大きな声を母体に浴びせて、まるで縄張りに入って来た別のオスを追い払う勢いで威嚇すると、また母体の頭をパシパシ叩いて去って行った。
しかし変わっている。
俺の予想では母体が弱虫で、縄張りから出て行くのかと思いきや、あの顔黒男の方が立ち去った。どういうことだろう。
また俺はしばらく様子を見ていて、その理由がなんとなくだがわかってきた。
この人間という生き物には、あの社会というもの中にあるのだ。
噂には聞いたことがあるが、共存することで、自分達一人では難しいことを社会という仕組みによってうまく運ぶようにする、言わば一つの生活の術。
弱ければ弱いほど集団として自然に成り立つものだと聞いたが、人間とはそんなに弱い生き物なのだろうか?
まぁ、見てみれば確かに鋭い牙も無ければ、尖ったツメもない。
それほど力強い訳でも無ければ、駿足でもなさそうだし。
確かに弱い生き物なのかもしれない。
俺はなんだか、この生き物達が可哀想に思えてきた。
特にこの母体。
何だかドジでノロだが憎めない感がある。
その後もしばらく見た生態系の限りでは、昼飯もロクに食べずに、やたら黒い水をすすり、挙げ句の果てには口から煙まで出す始末だ。
こりゃダメだ。イッてしまったらしい。
母体は日が暮れてからもなお、ヤケに眩しい光りの板を覗きながら指を器用に動かす。
疲れによるダルさは俺にもヒシヒシと伝わってくるぐらいだ。
何をそんなに頑張っているのか?
やっとその高い建物を後にしたのは、月が頭の真上に来て間もなくだった。
肩が重く感じる。
母体はふらつく足取りで、暗い場所へ逃げるように入っていく。
こんなに疲れているのだ。きっと美味い物でも食べるに違いない。
しかしその暗い場所は不思議な、キラキラした人間と、ヤケにやかましい音が鳴り響く異様な雰囲気の空間だった。
しかしそんな中の人間の一人が近づき、目の前に腰を下ろした瞬間、母体は今までに見せないほどの興奮のしように、俺は驚いた。
母体は何だか下を向き、体を硬くしたかと思うと、訳の判らない水をガバガバと煽り、そのうちフラフラになって倒れるように麻痺した。
はっは〜ん、母体はこのキラキラに熱を上げているらしい。
しかし何にもしないなんて変わっている。
人間とはこんなものなのか?
俺はそれから程なくして巣に帰り着いた母体の心をもう一度覗いてみた。
母体の心の蔵は、自分がダメな奴だと落ち込みながら枯れている様子で、かなり惨めな気持ちを抱えたまま、一日を終える悲惨な生活を送っているのだと分かった。
俺は、ヤツを見ているのが辛くなった。


次の朝、母体は昨日と同じく、けたたましい音が鳴っているにも関わらず、目を覚ます様子がない。
俺は仕方なく、母体の目を開けた。
そして体を起き上がらせて、食事を執った。
母体はまだ、頭がうとうとしているようだったが、俺はお構いなしで体を操り続けた。
とりあえず冷たい箱から植物という植物を全て引っ張り出して口に入れ、卵や肉、そして丸くて固い入れ物にあった魚までもをほうばらせ、白い水で流し込ませる。
舌を通じて味というものが俺に伝達されると、それがひどく不快な気分にさせることがわかり、そのせいか、ようやっと母体は目を覚ました。
母体は自分が今していた行動に、始めは戸惑いを見せたが、それが別に変な事をしていた訳でないと、すぐに解釈し、なんだかあっけなく平常心を取り戻す気持ちを表してきた。
なかなかやはり、脳天気なポジティブ野郎だ。
俺は一先ず、拒否反応が出なかったのでホッとしたのだった。
やがて俺は昨日より早めの出発を促すように、テキパキとした片付けをこなし、小綺麗になった部屋を、整えた服装で後にした。
足は何やら軽く感じ、母体もなんだか爽快な気分を感じているようだ。
昨日の細長い箱は、今朝は早めに乗り込んだせいか、腰を下ろし寛ぐことができるほど空いていて、尚更気持ちにも余裕が窺える。
それを出た後の歩き方にも、昨日とは大違いでハキがある。そしてあの高い建物に着いた。
座った母体の周りには、まだ誰の姿もない。
母体はそんな中で、テキパキと作業を行う。
その指の動きは、昨日と比べて軽快さを伴っていて、実に楽しげだ。
そんな母体の後ろに、あの顔黒男が姿を見せ、今朝も頭を叩いてきたので、俺は腕の筋肉をちょこっとイジクリ、ヤツの腕をクリッとヒネリ上げた。
その男の顔がみるみる青くなってきたので、俺は仕方なくそれを放してやると、顔黒男は血相を変えてどこかに行ってしまった。
母体は終始顔を固まらせていたが、なんだか機嫌がよくなり、顔にも思わず笑みがこぼれ出た。
俺も何だか嬉しかった。
気を良くした母体はそれからも好調子で作業を進め、昼食も腹が減った感覚に誘われ、ボリュームのある食べ物を口にすると、ペロリとあっという間にたいらげた。
昼後も、大勢の人間達が集まり話す会議とやらでは、いつも心の中で考えているのに口にしない意見を、俺は口を動かさせながら、力説させ、不思議とそれらは受け入れられた。
そして、日が沈む前には、やることが一通り片付いたようだった。
そして高い建物を後にした母体は、何だかソワソワしだし、俺にはその浮かれ気分の原因が、あのキラキラの事だと、直ぐに分かったのだった。
そして足は、きっと俺に逆らってでもそこに向かって行くはずなのだった。

店内には、俺が無理矢理そんな足を曲げさせて夕飯を食べさせてからたどり着いた。
しかし、そんな時ばっかり、この母体ときたら強情で、なかなか言うことを聞かずに苦労した。
夕飯はあっさりした植物たっぷりのスープを選ばせ、母体はそれを凄い勢いで口に運び、下品な食べ方でガツガツ食した。
まぁ、仕方ない。
発情してるのだから。

さぁ、お楽しみの時間だ。
昨日より一層暗く、妖しく感じられるその場所には、予想通りにキラキラがいた。
昨日と同じように母体の近くに座り、視線で脳の奥の奥のオスの弱いところに七色のハート型オーラを、優しく放り込んでくる。
それに加えてこの香りがまた、絶妙な味わいを想像させるのに、一味も二味も手を貸していた。
母体はイチコロだった。
そんなキラキラの攻撃に、普通は応えを示すのが生き物ではあるが、母体はそうではなかった。
これが、恥じらいというものか?
俺には到底判らない行動だった。
じれったい母体の態度は、俺の母性?本能に火をつけた。
もう見ていられない。
俺は例の如く、母体を操り、求愛のダンスと歌をキラキラの前で披露した。
母体は頬を赤く染めて嬉しがっている。
俺はそんな母体を肌で感じ、ダンスに一層の力を入れて、激しさを追加した。
さすがの見事な踊りに、そこにいた誰もが母体のイケてるダンスに酔いしれ、そのうちそこはダンスフロアーにさえなり、盛り上がった。
当然、キラキラは母体の胸に収まり、母体は息を切らしながも、オスらしくそれを受け止めたのだった。

楽しい夜は終わり、俺はフラフラの母体を巣になんとか戻し、横にした途端、自分にも襲ってきた言い知れない疲れに、深い眠りを余儀なくされた。


次の日は、体中から痛みを訴える信号が俺のところにも届いた。
筋肉痛だ。
俺達は寄生している間、母体が痛みや苦しみを感じると、体内が苦くなって、とても居づらくなる。
全く運動不足にもほどがある。
あんな事位で筋肉が限界だと悲鳴を上げるなんて、情けない。
今日からはビシビシしごいて俺の操りに耐えられるようにしてやろう。
しかし、憎めない寝顔だ。
俺は目が開いているのに意識がない母体の顔を水場の鏡に写して、ため息をついた。
そして冷たい水で、思い切り顔を洗ってやった。


アーッ、なんだか目が覚めた。
あれ?また一人でにこんな所に。
この頃、夢遊病にでもなったらしい。
しかし体の調子がいい。今日も仕事をがんばらないと。
しかし昨日の会議で出した、あの案が通るなんて。
何かやる気が出てきたなー!
あの見たこともない美味しい果物を商品化出来れば売れること請け合いだ。
そういえば、あれを食べてから体の調子がいい。
そんな効果もあったりして。
なんか別人になったような気分だ。やるぞーっ!


それから間もなくして人間は知らぬ間に寄生虫に操られる事になるのだった。
クックック


おしまい。


いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。














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