私は今日大好きな彼に嘘を吐きました
夜月 瑠璃さまのエイプリール企画参加作品です。
〆切間際で30分程で書き上げたクオリティ。
暇つぶしにでもなれば幸いです。
「ごめんね」
私の言葉に、彼は俯いた。肩は震えていて、手はきつく握られている。
怒っているのだろう、と思う。
怒られて当然の事を言ったのだから、当たり前なのだけれど。
「どうして、ずっと一緒だって言ったのに」
彼が低い声で言った。
彼の身体と同じように震えている、押し殺した声。
「ごめんね」
私は同じ言葉を繰り返した。
好きな人が出来たから、と別れを切り出したのは私。
でも、それは嘘。
彼以上に好きな人はいないし、これからだって彼より素敵な人に出会えるとは思えない。
でも、これ以上一緒にいられない。
いられなくなって、しまった。
こちらの日付で昨日までは、彼とずっと一緒の日が続くと思っていたのに。
私は、昨夜、異世界に召喚された。
そんなの、小説や漫画の中だけのことだと思っていたのに。
私は泣いて、泣いて、ひたすら泣いて。
彼の元に戻る為に必死に頑張った。役割を終えれば、同じ日時に戻してくれる、そう約束してもらえたから。
そして、その約束は果たされた。
そう、果たされたは、した。
約束は、役割を終えれば同じ日時に戻してもらえる、ということ。
その他に関しては約束は無かったのだ。
あちらでは1年過ごしたけれど、向こうでは私はほぼ成長しなかった(爪すら伸びなかった)ので、見目は変わっていない。
変わってしまったのは、別の部分だ。
そう、私の、寿命。
向こうでは異世界補正というのか、チート能力があったので、それで私は役割を果たすことが出来た。
その能力が、寿命を代償にしていることなんて知らずに、ずっと使っていたのだ。
そして、それを知ったのは、役割を果たした後。こちらに戻る直前だった。
散々チート能力と使った私に残された寿命は、あって半年らしい。向こうで成長しなかったのも、無意識にチートで止めていたらしかったのも、寿命が短くなった要因だと思う。
私は、もうすぐ死んでしまうのだ。
それでも、一目でいいから彼に会いたかった。
本当は、ずっと彼と一緒にいたい。でも、彼に負担はかけたくないし、私がどんなふうに死ぬのかも分からない。
突然老人のようになってしまうとかだったら、彼に見られたくない。
だから、私は好きな人が出来た、と嘘を吐いた。
半年あれば、彼は新しい恋ができるだろう。
私の事は忘れて、幸せになってほしい。
ううん。忘れて欲しくない。
死にたくない。
怖い。
でも彼が悲しむのは嫌だ。
時間が経てば経つほど、私の未練は増すだろう。だから、すぐに別れを切り出した。
「嫌だ。絶対に別れない」
彼が、顔を上げた。
怒りに歪んだ顔をしているかと思ったけれど、そんなことはなかった。
表情の消えた顔。
彼のこんな表情は初めて見る。
「約束した。ずっと一緒だって。死ぬまで……いや、死んでも一緒だって、約束した」
それは、本当。
「だから、別れないよ。僕に嘘を吐いてまで別れようとするなんて、一体何を考えているの」
私は思わず驚いて声をあげそうになった。嘘を吐いてるってどうして分かるの。
「ずっと一緒だったでしょう。貴美香が嘘を吐く時の癖なんて、分かるに決まってる」
そういえば、そうだった。
私がどんな嘘を吐いても、彼にはすぐにばれてしまっていた。
今日の嘘は、ばれてはいけない嘘だったのに。
「貴美香」
彼に促されて、私は洗いざらい白状させられた。
驚いたことに、彼は異世界召喚について、全く疑うことなく信じてくれた。
私の言うことは、嘘かどうか分かるよ、と。
そして、別れることは了承してもらえなかった。
ずっと、最後まで一緒にいる。
そう言ってくれた。
約束どおり、死んだって一緒だよって。
彼に縋って泣きじゃくる私は、彼が呟いた言葉を聞くことはなかった。
「貴美香を召喚して使い捨てるだなんて、巫山戯た真似、許せる訳ないよね。貴美香に残ってる魔力の残滓と話の内容から世界特定して、相応の報復はしないとね。寿命も取り戻さないといけないしね。慰謝料として色をつけてもらおうかな……」
だから、彼がどんな力や伝手を持っていて、どんな事をしでかすかなんて、全く分からなかった。