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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

SF(すこしふしぎ)な あれこれ。

そろそろお金返してほしいんだけど

作者:楪羽 聡
 『そろそろお金返してほしいんだけど』

 よくあるスパムのタイトルだ。
 俺はチッと舌打ちをしてスパムメールのチェックをつけた。


 満員の通勤電車。


 ビジネスバッグは網棚に上げ、片手でつり革を掴み、もう片方の手でスマホをいじる。

 毎朝繰り返す通勤スタイルだった。


 両手を上げていれば痴漢と間違われる心配はないが、この体勢でスマホを使うと、他の乗客からも丸見えだ。大したことはできない。だから俺は通勤時間をメールチェックとニュースのヘッドラインチェックに()てている。



 最近はスパムメールが増えた。

 一体どこからメールアドレスが漏れるのか。まったく迷惑な話だ。



 『そろそろお金返してほしいんだけど』

「まったくよ……こんなんに引っ掛かるやついるのか?」
 ぶつぶつと文句を言いながら削除しようとした時、差出人名が目に留まった。


 ローマ字で書いてある差出人名は『タカナワ サチコ』と読める。



 ――まさか。



 忘れていた名前を思い出す。

 しかし今まで削除して来た他のスパムも、『テラダ トモコ』だの『ヨシオカ マサオ』だの、どこかにいそうな名前ばかりだった。



 ――偶然だ。


 苦笑しつつ、だがやはり少しだけ気になって、メールを開く。



 『五年前に貸した』



 ドキリとした。
 しかし文末に書いてある金額はほんの数千円という少額だった。


 * * *


「あー、そういうのって、メールを開かせるのが目的なんですよねーきっと」

 後輩のタナハシが細目を更に細くして笑う。


「ここだけの話、俺一時期そーゆースパムメールの文面考えるアルバイトしてたことがあって」と、小声でぼそっと付け加えた。


「え、お前それって……」

「いや、俺も最初はわかんなかったんすよ。学生だったし、当時はそんなにスパムって出回ってなかったし」


 タナハシは苦笑する。



 なんでも、『メールのような短文でできたWEB小説』という募集だったらしく、それぞれいくつかのテーマを与えられ、シチュエーションなどを変えつつ数パターン書いたという。

 採用された分だけ報酬が出て、先方に気に入られれば報酬も徐々に上がり、また依頼が増え――という形で、数回こなしたらしい。



「で、なんで気付いたかっていうと、俺の考えた文面のスパムが俺のカノジョのケータイに届いたからなんすよね」

 ボールペンを器用に回しながら、タナハシはくくっと笑う。


「で、『ああ、俺、ヤバいもん作ってんのかも知れない』って思って。その後すぐ『学業が忙しくなるから』って理由で仕事を断ったんすよね」

「へぇ……」


「でもまぁ、口座は知られてるし、カタカナとはいえ本名もバレてますからね。しばらくは、いつ警察に事情を訊かれることになるのかとびくびくしてましたよ」



 ありそうな名前を差し出し人にするのも、その時に使用したテクニックのひとつらしい。

「最近の知り合いじゃ、どこで身バレするかわからないじゃないすか。だから小学校ん時の連絡網を引っ張り出して、適当に苗字と名前をくっつけて――」


 あえてローマ字にするのも、誤読させて似たような名前を連想させることと、漢字じゃない分想像する範囲が広がるからだ、などとタナハシは得意気に語った。




 あの『タカナワ サチコ』もそういう経緯で誰かが作ったものなのだろう。
 たかがスパムメールだが、ちょっと面白い話を聞いた気分になった。


 * * *


 『そろそろお金返してほしいんだけど』

 数日後、またスパムが来た。



 差出人も同じだ。
「コピペっつーか、自動で送られてくんだろうなぁ……」

 今日はたまたま席に座れたので、壁にもたれながらメールを開く。



 『五年前に貸したの、忘れてないよね? 五年前の六月』



「……お?」

 文面が増えて行くのか。

 しかし最後に書かれている金額は同じ。これはあれか。前回うっかり開いた俺みたいなやつを、更に気にさせる手法なのか。


 段々楽しくなって来た。




 また数日後。

 『五年前に貸したの、忘れてないよね? 五年前の六月十九日だよ。雨が降ってて』



 よく出来ているなぁ……そう思いながら、俺がその日何をしていたのか気になった。スケジュールアプリを起動させる。

 五年前なら、確かまだあいつと付き合っていた。



「六月……ろくがつ……じゅうく――」

 雨マークが付いていた。そして、あいつとデートした印も。



「――偶然って、怖いな」


 軽く身震いしながらその日のメモを開く。

 『sに借。¥5743-』



 「――――!」


 声に、ならなかった。


 * * *


 満月の夜に財布を空にして振る、という(まじな)いを教えてくれたのはあいつだった。

 その前に小銭をすべて瓶に空け、翌日は(さつ)だけで家を出る。
 これは俺が付け加えたジンクスだ。


 その日も、千円札五枚と五千円札一枚、一万円札四枚で合計五万円分、財布に入れておいた。

 給料日前に満月が来ると、三万円になったり二万円になったりはするが、そこは気にしないことにしている。



 『そろそろお金返してほしいんだけど』



「またか――」

 チッと舌打ちをするが、やはり開いてみてしまう。



 『五年前に貸したの、忘れてないよね? 五年前の六月十九日だよ。雨が降ってて、あなたが「会社に財布を忘れた」って言うから、貸したよね。
  ¥5743-』



「偶然だ。そうでなきゃ――」

 そうでなきゃ、この文面を書いた誰かがあいつからその話を聞いて、そのまま使えると思ったんだろう。



「くそっ」

 俺はそのメアドを受信拒否に設定した。


 * * *


「先輩、ラーメン食いに行きません? ラーメン」

 タナハシが麺をすするジェスチャーで俺を昼食に誘う。


(いえ)(けい)の、あそこ、今日はサービスデイですから」

 にかっと笑ってみせるタナハシと一緒に会社を出た。




 ラーメンを頼むと、餃子がサービスされる。
 残念ながらここの餃子はそんなに旨いと思わないのだが、サービス、無料と聞くとつい頼んでしまうのは人間の(さが)だ。


「俺ぇ、たまにはチャーシューにすっかなチャーシュー。先輩は?」
 楽し気に食券を購入するタナハシ。

「あぁ、俺は自分でやるから――」(さつ)も崩したいし、そう言い掛けて、財布の違和感に気付く。



「ん? 今朝何か買ったかな……」


 ごつごつとした感触を確かめつつ財布を開くと、小銭入れに数枚の小銭が入っていた。



 じゃらり



 揺らして、気のせいじゃないことを確認する。


 小銭を空けるのを忘れたのか――いや、ゆうべ空っぽにした。

 ならば、今朝寝ぼけて小銭を戻したのか――あり得ない気はするが。



 迷いつつ千円札を一枚取り出すと、やたら枚数が多いような気がする。



「先輩、どうしたんすか?」
「いや――」

 慌てて食券を購入し、釣りの小銭はそのまま手に持った。




「――しぃ、ごぉ、ろく、しち、はち……」

 ラーメンと餃子を待つ間、財布の中身を確認する。一枚使ったので、さっきまでは千円札が九枚あったということだ。
 五千円札はそのまま、一万円は――


「万札出して、五千円以上支払った? ならば、さすがに覚えてそうなもんだが」


 小銭入れの中も確認する。

 二百五十七円。小銭は全部で十枚。百円玉が二枚、十円玉が五枚、五円玉が一枚と一円玉が二枚。



「チャーシューメンのかた――ラーメンのかた。おあと餃子二枚で」

 店員が丼を置いて行く。



「ごせん……ななひゃく、よんじゅう――」そこまで計算して身震いした。


 ――偶然だ。



 小銭をすべてまとめて財布に戻す。タナハシが不思議そうな顔をしながら割り箸を割った。


 * * *


 その後二週間ほどはスパムが来なかった。
 当然だ。受信拒否しているのだから。



 財布の中身のことは未だによくわからないが、考えないことにしていた。




 朝から蒸し暑いある日。いつもより不快指数が高い通勤電車の中で、メールを受信した。

 この時間帯ならファストフード店のメールマガジンだろう、と思いながら一覧を開いて愕然とする。



 『そろそろヘッドフォン返してほしいんだけど』



「なんで……なんで」


 差出人は見なくてもわかる。メールアドレスはスパムにありがちなランダムアドレス。拒否したものも当然そのようなメアドだから、覚えているわけはない。
 だが拒否設定はしなければ……そう思いながらも、ついメールを開く。



 『五年前に貸したの、忘れてないよね? 五年前の七』

 ――忘れてたが思い出した。七月の、確か十四日。三連休の初日に俺のヘッドフォンが壊れて、それであいつがたまたま二つ持っていたから借りて……


 いや。いや、そんなはずがない。



 身震いしながら受信拒否にした。


 * * *


「――ない。そんな莫迦な」

 帰宅した俺はテレビボードの周りを探した。しかしあのヘッドフォンは見つからない。


 最後に使ったのはいつだった?
 確か先週の土曜日……そうだ、ゲームをするのに使った。じゃあ机の方だ。



 だがしかし、机の下に備え付けてあるPC本体には何も挿さっていなかった。
 普段ならそのままキーボードの近くに置いていたはずだが、どこにやったのかも覚えていない。


 * * *


 その一週間後。またスパムが届いた。



 『そろそろ自転車返してほしいんだけど』

 ――そういや、あの自転車はあいつのだったか。



 ヘッドフォンはまだ見つかっていない。二日間探して、なかば諦めた。

 手が勝手にメールを開く。



 『五年前に貸したの、忘れてないよね? 五年前の八月十』

 ――なんで借りたんだっけなぁ……あぁそうだ。あいつの家に行ったはいいが、終電がなくなったから。



 もう何年も乗らずに、そのままガレージの隅で埃をかぶっているはずだ。荷物に埋もれて、本当にそこにあるのかどうか、確認するのも面倒だ……



 ぼんやりと考えながら、受信拒否にした。

 片頬だけ痙攣したような笑みがこぼれる。目の前の席にいた中年が、ぎょっとした顔で俺を見ていた。


 * * *


「先輩、最近体調悪いんすか?」

 タナハシが心配してる。そういや、今朝コーヒーを取りに行った時、トダさんにも言われたような。

 だが自分では、体調が別に悪いとは思わない。



「なんでそう思うんだ?」
「だって、すごいクマですよ……寝不足してんですか?」



 普通に寝ているはずなんだがなぁ。



 給湯室の鏡で見てみると、確かにクマが貼り付いている。去年の暮れのデスマでだって、こんなクマはできなかったんだが。




「今月、そんなに仕事多くないじゃないすか。今のうちに有給取って休んだ方がいいっすよ」

 チャーハンを掻き込みながら、タナハシは俺の顔を窺う。


「それに先輩、最近ずっとここにシワが寄ってるし」と、自分の眉間をなぞる。

「ん~……俺はいつもと変わらないつもりなんだけどなぁ」


 タナハシの心配は嬉しいが、食欲も普通にあるわけで。
 そう考えながら最後の餃子を口に押し込んだ。


 * * *


 その後は毎週の定期便のようにスパムが届いて、そのたびに俺は受信拒否を繰り返した。

 カメラ、ジャケット、テニスのラケット、スポーツバッグ、フライパン、コーヒーメーカー……メールが届くまで、借りていたことすら忘れていたものばかりだ。おまけに、ここしばらく使っていないものばかりだった。


 そもそもコーヒーメーカーなんて、どうして借りたんだか。
 自宅でコーヒーを飲んだことなんてあっただろうか。



 受信拒否をすると、その当日か翌日には書かれたものが消えている。


 もう偶然とは思わない……だが、その謎を追求する気もなかった。

 誰だかわからないが、俺の生活をおびやかそうとしているやつがいるのだろう。
 俺とあいつの関係を知っている誰か……しかし、あいつとはもう五年も前に別れたはずなのに。


 * * *


「先輩――」


 ある日、タナハシが泣きそうな顔で俺を見ていることに気付いた。



「ん? どうした? なんかヘマしたのか?」

「そうじゃなくて……先輩、どうしちゃったんすか?」
「何がだ?」

 俺が首を傾げると、タナハシは近くの席のOLから鏡を借りた。
「自分がどんな顔してるか、わかってないんですか?」


 そう言われて鏡を覗き込むと、げっそりとやつれた様子の男がこちらを見ている。目の下には煤を塗りつけたようなクマがあった。



「なんだこれ――これが俺か?」

 信じられない。
 タナハシを見上げると、目に涙を溜めている。


「もう、今からでも有給取りましょうよ。ひとりで病院に行くのが嫌なら、俺がついて行きますから」
「いや、しかし……俺は特にどこも」

「もうその見た目からしておかしいって言ってるんですよ! そんなんじゃ打ち合わせにも行けないじゃないですか。先週から客先の打ち合わせに呼ばれてないの、自覚ないんですか?」


 ――そういえば、そうだったろうか……

「だが何度も言うが、俺は全然――」




 ブーン、ブーン、ブーン、ブ――




 メール、が、届いた。



「――先輩?」

 俺は条件反射のように、携帯を手に取りメールを開く。



『そろそろ――』


 ――え……




「どうしたんすか? 先輩……ひょっとして、誰かに脅されてるんですか?」

 俺の顔色が変わったのがわかったのだろうか。タナハシが俺の携帯を奪うようにもぎ取った。


「――そうだ……どうして忘れていたんだろう。帰らなきゃ……俺、帰って――」

「先輩? あっ――ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 タナハシの手から携帯を取り戻すと、俺はそのままカバンを引っ掴み会社を飛び出す。


 * * *


 昼間の電車は空いていた。
 ふらふらと車内を歩き、空いている席に座り込む。


 そしてメールを読み返す。



 『そろそろあたしを返してほしいんだけど』



 『忘れてないよね? 五年前の十二月二十二日』




 受信拒否にはできない。
 アレがあるのを確認しなければ……




 息を切らせながら自宅のマンションに辿り着き、個人用のガレージを開ける。

 奥の右隅、自転車が置いてあった付近の荷物は崩れ、自転車が本当にないことを理解した。


 そして奥の左隅――人ひとりが隠れられるくらい大きなスーツケースが置いてあるはずだったんだが。


 そこにはぽっかりと空間ができていた。




「莫迦な――莫迦な。まだ受信拒否していないのに」



 拒否してからものがなくなると思っていたのに――まさか、それとは関係なかったのか?




 膝の力が抜け、その場に崩れ落ちる。




 ブーン、ブーン、ブーン、ブ――




 またメールだ。

 タナハシからかと思い、開く。だが違った。




 『そろそろあなたを返してほしいんだけど』





 抗いがたい力によって、メールが開かれる。



 『忘れてないよね? 五年前の十二月二十二日、二人で一緒に死のうって言ったこと』




 ――あぁそうだ。そうだった……

 悲しい笑みを浮かべた、あいつの顔を思い出した。






 ――どうして忘れていたんだろう……





 キーン――と耳の奥で鳴り響く。






 目の前が(くら)くなって行った。
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