精霊王
「ようこそアルフヘイムへ。私の名はアリアス・ファーラー。どうぞお見知りおきを」
俺とフィルはエレナの案内でアルフヘイム内にある巨大な泉の前にやってきた。
荘厳な森の中にあったその神秘的な泉に目を向けると、そこから一人の女性が現れて自己紹介をしてきた。
それを受けて俺とフィルは軽く頭を下げながらも自分の名を口にし、その後にエレナが深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、精霊王。お元気そうでなによりです」
「ふふふ、久しぶり、エレナ。前回会ったのは2年前といったところかしら?」
「はい、大体それくらいになりますね」
「そう、あなたもこの2年で随分綺麗になったわね」
「あ、ありがとうございます」
「まあそれは私の予想通りだけどね、うふふ」
エレナはその女性を精霊王と呼び、二人で仲が良さそうに会話を続けている。
どうやら今目の前にいる女性が精霊王らしい。
この人は俺達と変わらない普通の大きさだな。
羽は生えていて発光しているところを見る限りでは精霊族なんだが。
「それで、人族を私のところに連れてきた理由を説明してくれるかしら?」
「はい」
エレナは精霊王という女性の問いに答えるべく、俺達が村を救った経緯について話し始めた。
「あらあら、まあまあ……森が騒がしいと思っていたら、そんなことがあったのねぇ……」
精霊王はエレナの説明を聞き終えると頬に手を添え、困ったという風に眉を寄せた。
「それじゃあしばらくうちの子達を村の周辺で見張らせるわ。魔族が引き上げるまでは住みかを追われた魔物がまた村を襲うかもしれないから」
「寛大なご配慮を頂き心より感謝申し上げます」
どうやら村の方はこれで問題無いみたいだ。
さっきエレナも言っていたが、村とアルフヘイムは本当に友好な関係のようだな。
「そして人族のあなた達には私からも感謝を」
と、そこで精霊王は俺達の方へ向き、感謝の言葉を告げてきた。
「いえ、俺達はたまたま通りがかっただけですから」
「けれど本当なら私達が真っ先に駆けつけなきゃだったのに……て、あら?」
「?」
精霊王は申し訳なさそうな顔をした後、俺の方を向いた状態で突然キョトンとし始めた。
一体どうしたんだろうか。
何か俺の顔についてるとかか?
「あなた……もしかしてクレール・ディス・カバリアという子に心当たりは無いかしら?」
「え?」
「クレールは私の親友なのだけれど、あなたからはなんとなく彼女の気配がするのよね」
「…………」
クレールの親友、か。
まあ精霊王は死霊王たるクレールと同じく王としてはまだ一代目で、500年以上生きているらしいからな。
親友かどうかはともかくとしても、知り合いであることは確かだろう。
「警戒しなくてもいいのよ。私は別に他の王と対立する気なんて無いから」
「……確かに俺はクレ……死霊王の知り合いです」
「まあまあ、やっぱりそうだったのね」
もしも精霊王がクレールと敵対関係にあったらここで本当の事を言うのは色々マズイ事態になる。
だから本当はノーと言うべきなんだろうが、クレールの名前を出してきたということは何かしらの確証があるのだろうから、あまり変な回答をするわけにもいかない。
なので俺はクレールと知り合いであるということだけをとりあえず伝えた。
「でもただの知り合いというわけじゃないわよね? あなたには彼女の加護が付いているもの」
「う……」
だが下手な誤魔化しは効かないらしい。
精霊王には俺の持つ『死霊王の加護』がわかるようだな。
「……精霊王は死霊王と本当に仲が良いのですか?」
「ええ、私達はとっても仲が良いわよ。でもあの子ったら400年以上も私に連絡一つ寄越さないの。信じられないわ」
「…………」
それはもしかして避けられているんじゃないだろうか。
この人とクレールの関係がイマイチ見えてこない。
「精霊王は死霊王と具体的にどんな事をする間柄だったのでしょう?」
「そうね……私が魔王に囚われた時にはクレールが助けにきてくれたし、クレールが法王にケンカを売ってピンチになった時は私が助けてあげたし……ああ、2人で龍王に挑んだりしたこともあったわね」
「…………」
……まあ、クレール達は500年前に王同士でドンパチやってたらしいからな。
魔王だの法王だの龍王だのという奴らが話に出てくるのも不思議ではない。
でもなんか精霊王も死霊王もわりとアグレッシブだな。
特に2人で龍王に挑んだとかそういうのは何やっちゃってんのって感じだ。
クレールから教わった事なのだが、八大王者と呼ばれている八人の王は強さの序列が大体決まっているらしい。
そしてそれは時代によってある程度変化するものの、序列一位は1000年前から変わらず龍王なのだとか。
つまりクレール達が挑んだという龍王は神を除くとアースにおける最強と言っていい存在だ。
ただ序列は一位でも、龍王率いる龍人族は精霊族と同様に個体数が少ないらしく、結局はウルズ大陸にある一国を治めるだけの地位しか確立できなかった。
数に負けたってわけだな。
ちなみにクレールは今現在最下位の序列八位。
数百年単位で行方知れずだったわけだから当然か。
むしろ八大王者という枠組みから除名されずに今も語り継がれているのが不思議なくらいだ。
「私はいつもクレールの事を気にかけていたのに……音信不通になってから数年は夜に枕を濡らす毎日だったのよ?」
「へえ……」
「だけどクレールは今もちゃんと生きていたようで安心したわ。ねえ、彼女は元気にしているかしら?」
「ああ、はい、まあそれなりに元気ですよ」
俺もしばらく会ってないけど、クレールは今も元気にしているはずだ。
多分墓地に引きこもってるだろうが。
「ふふふ、今日は良い日ね。久しぶりにエレナと会えたし、クレールも元気にしているとわかったし、鼻歌でも歌いたい気分だわ」
精霊王はそう言うと、「ラララ~♪」と軽く歌い始め、泉周辺に美しい音色が響き渡った。
すると近くにいた精霊族も歌い始め、即興のオーケストラとなる。
俺はその安らかな調べを聞いて心が安らいでいく。
多分フィル達も同じ気持ちだろう。
しかし会話の途中で歌いだすというのはどうなんだ。
今は急いでいるってわけじゃないから別にいいんだけどさ。
「ふぅ……ふふふ、今日の私はとても気分がいいわ。あ、そうだ。クレールがあなたに加護を与えているなら私からもあげちゃおうかしら」
「? それは一体――――!」
「! シンさん!?」
そして合唱を終えた精霊王は微笑み混じりに俺へ人差し指を向けてきた。
俺はそれを見て訝しむものの何もせずにいると、突然俺の体から七色の光が溢れ出した。
「あなたに『精霊王の祝福』を授けました」
「……『精霊王の祝福』?」
「ええ、これを授けたのはクレール以来だったかしら」
「…………」
なにがなんだかわからないが、どうやら俺は『精霊王の祝福』とやらを貰ったらしい。
けれど特に何かが変わったというような感じはしないな。
念のためにステータス画面を開けてみるものの、そこに記載されたステータスの数値に変化はなく、『精霊王の祝福』がスキル欄に加わったという程度の違いしか見られなかった。
「『精霊王の祝福』は常に魔法を遮断する魔法障壁を張る技能よ。凄いでしょう?」
「な……魔法を遮断……?」
俺は精霊王の説明を聞いて驚愕した。
魔法の遮断。
それは魔法攻撃に弱い俺のような奴なら喉から手が出るほど欲しいと思える力だ。
「ただ完璧に魔法を遮断するというわけではなく、対象者の周囲一メートルくらいのところに見えない膜を展開するっていうものよ。つまり聖魔法や闇魔法、それに回復魔法といった空間指定型の魔法を防ぐことはできないから注意してね」
「聖魔法と闇魔法と回復魔法か……」
完璧ではないものの、その三種以外の魔法攻撃なら打ち消してくれるというなら効果としては絶大だ。
「でも私が魔王を倒すために編み出したこの障壁さえあれば、精霊族と同じく魔法を操る事に長けた魔族なんてケチョンケチョンにすることができるわよ。まあ……龍王の吐く『灼熱のブレス』には敵わなかったけれど、その辺はあなたの頑張り次第ね」
「……へえ」
流石にブレス攻撃や物理的な属性攻撃は消えないみたいだが、それでも『死霊王の加護』同様に壊れ性能と言える。
だけど龍王と戦う前提みたいな感じで説明しなくてもいいだろ。
ちょっと興味あるけど俺は戦わないぞそんな奴とは。
やりあうとしたら剣王あたりの同種族とちゃんとしたルールに則ってやりあいたい。
狩りをするのも悪くないが、俺はそういった戦いに最も面白みを感じるのだ。
「とりあえず私からあなたにあげる報酬はそれでいいかしら?」
「あ、ああ、十分すぎるほどですよ」
しかしこの『精霊王の祝福』も俺と他の連中の格差を広げる要因になる。
今の状況的にはあると嬉しいものだが、素直に喜んでいいのやらだ。
「あとそこの小さな子にも何かあげないとかしらね」
「い、いえ! オレは別にいい……です」
「ふふふ、遠慮しなくていいわよ」
俺に続けてフィルにも精霊王は何か与えてくれるようだ。
「あなたには……この髪飾りをあげましょう」
精霊王は少しの間思案顔になった後、自分の頭に載っていた髪飾りをフワッと宙に浮かせ、フィルの目の前までそれを移動させた。
「こ、これは……」
「どうしたフィル。そんなに凄い性能なのか?」
フィルの手の平に髪飾りが載ると、彼女は目を丸くして驚いていた。
なので俺はその髪飾りがかなりの良性能であるのだろうと想像し、フィルに訊ねた。
「ステータス補正も高いけど……装備スキルに『状態異常無効』ってついてる……」
「は? 状態異常無効?」
「その髪飾りをつけていればどんな状態異常にも陥らなくなる優れものよ」
マジか。
本当に状態異常を完全に無効化してくれるなら『精霊王の祝福』と同レベルの壊れ性能だな。
「状態異常……シンさん、これ付けます?」
「いや………………フィルが普通に付けてくれ」
俺が状態異常耐性スキルを鍛えている事を知っているフィルは髪飾りをこっちに渡そうとしてきた。
だけどそれはどう見ても女性用の装備だ。
それにその装備はフィルが貰った物なんだからフィルが使うべきだろう。
なので俺はその髪飾りを付けるよう言うと、フィルはおずおずとそれを頭に付け始めた。
「ど、どうで……しょうか?」
「なかなか似合ってて可愛いぞ」
「! そ、そう……ですか……えへへ……」
「ふふふ、どうやら気に入ってくれたみたいね」
俺達の様子を見て精霊王は微笑んでいた。
少し警戒していたものの、こんなサービスまでしてくれるということは、彼女は本当にクレールと敵対関係じゃないのだろう。
「それじゃあそろそろ夕方という頃合だからお話はまた明日にしましょうか。あなた達もしばらくここに泊まっていくといいわ。アルフヘイム名物の温泉にも是非入っていってね」
そして精霊王はそう言うと、近くにいた精霊族に俺達の寝床を用意させてくれたのだった。