添い寝
宿に戻った俺とサクヤはとりあえず俺が取っていた部屋で休憩することにした。
時刻はすでに深夜帯。
もうみんな寝静まった頃合いと言える。
「え、えっと。そ、それじゃあどうしよっか?」
「…………」
部屋で二人っきりという状況になった途端、サクヤはせわしなく髪をいじり始め、俺の方にチラチラと視線を向けてきた。
そんな挙動をするサクヤの顔は赤い。
まあこんないかにもなシチュエーションをサクヤとするのは初めてのことだ。
何かしらの想像、あるいは期待を抱いていてもしょうがないのかもしれない。
「サクヤ。この部屋には今俺とお前しかいないけど、だからといって何かをするってわけじゃないからな?」
「わ、わかってるよ! シン様と私はただ休むだけ! で、でしょ!」
「その通りだ。あと俺に様を付けるな」
「あ、う、うん。ごめんね、シンくん」
「それでいい」
俺はサクヤの返答を聞いて大きく頷く。
もう様付けで呼ばれたくはないからな。
サクヤには俺の彼女だっていう自覚を持ってもらわないとだ。
自覚云々は俺も持たないとなんだけど。
「ふぅ……さて、と」
「!?」
部屋に戻ってきたという事で俺は自分の鎧を脱ぎ始めた。
休む時にまでこんな重たい物を着続けたくはないからな。
「? どうした、サクヤ」
「い、いや、な、なんでもないよ! シンくんが突然脱ぎ始めたことに驚いただけ!」
「ああ……そう」
全身に取り付けられた装備を一つずつ外していく俺を見てサクヤが目を見開いていた。
身近に女性がいるというこの状況で突然脱ぎだすというのはたとえ鎧でも少しマナー違反だったか。
思ってみれば鎧の下は薄着だし。
ちょっと反省。
「とりあえずサクヤも楽な格好になれ。その……首輪とかも外してな」
「あ……これ?」
サクヤは自分の首元に手を添え、死霊の首輪に触れる。
その首輪は俺が不在中の時も基本装備としていたという話を以前ミナから聞いた。
俺がいないのならデメリットの方が多い装備であるはずなのにな。
でもサクヤはその装備を他の物に変えたくなかったらしい。
なんでも、首輪は俺との絆なんだとか。
「……今はシンくんが傍にいるからいいよね」
「…………」
もしかしてサクヤは回復するとき以外は普段の生活中もずっとそれを身に着けていたのだろうか。
だとしたら徹底しすぎているぞ。
「サクヤ。その首輪は俺がパーティーにいる時以外もう身に着けるな。なんていうか危なっかしい」
「う、うん、わかった」
俺が忠告するとサクヤは首を縦に振り、首輪とその他もろもろの装備品を外してアイテムボックスにしまっていった。
「え、えっと……この先も見る?」
「…………! いや……一旦席を外す。俺も着替えたいしな」
最後に外す装備品と言えばそれはすなわち衣服であり、サクヤはマントを取った後に学生服のような装備へ手を付けていた。
このまま見続けていたらサクヤのあられもない姿がさらされることになる。
なので俺は洗面所のある個室へと移動した。
そして着替えを済ませた頃合いで部屋に戻ると、そこには寝間着姿に着替えたサクヤがベッドの横に立っていた。
「……なんか寝る時の恰好を見せるのって恥ずかしいね」
「え、そうか?」
ピンク色のパジャマを着たサクヤは視線を落としてもじもじしている。
こんなことで恥じらうなよ。
俺の方もなんか気になっちゃうだろ。
「で、し、シンくんはこの後どうするのかな?」
「ああ、俺は……」
今回はサクヤを休めることが優先だ。
なので俺の方は別にどうでもいい。
というか俺はサクヤが1人でレべリングをしている時間帯に合わせるために寝る時間を少しずらしている。
だから今が深夜帯であってもまだそこまで眠くない。
「俺はサクヤが横になっている姿でも眺めていようかな」
この部屋は元々一人部屋だからベッドが一つしかない。
そのベッドはサクヤに使わせる予定だ。
だから俺はその辺にあった椅子にでも座って、サクヤが休んでいる間は彼女を見ながら≪時間停滞≫の練習とかをしていようかと思っていた。
「そ、それも良いと思うんだけどね? で、でもそれだとシン君が休めないよね?」
「いや俺の方はそんな疲れてないから――」
「! ううん! シンくんもすっごく疲れてると思うよ! だからちゃんと横になって休んだ方が良いと思うよ!」
「…………」
つまり……あれか。
「……ということはだ。サクヤは俺と添い寝をしようと言いたいのか?」
「うん! うん! そ、そうだよ! だ、だ、だ、だめかな?」
「添い寝……ねぇ……」
サクヤと添い寝……本当にしていいものなんだろうか。
前に部屋に忍びこんでいたサクヤと添い寝をしたというような事件があったが、今回添い寝をするならそれは俺の意思でということになる。
まあ、フィルとミーミル大陸を旅していたころを思い出せばサクヤと添い寝をするのなんてそんな大したことではない。
でも本当に大丈夫なのだろうか?
もしも俺がベッドで眠ったとき、サクヤは何もしないだろうか。
……いや、別に何かをされてもそこまで問題はないな。
俺とサクヤは今や彼氏と彼女という関係なんだし。
それにこんなことでいちいちサクヤを疑うようじゃ彼氏失格だろう。
「……よし、わかった。サクヤが寝ている俺に何もしないっていうなら添い寝しよう」
「! うん! 私何もしないから! シンくんが寝てもホント何もしないから!」
「…………」
なんかそう念を押して言われると逆に怪しく感じる。
「ちょっとだけだから! ホント先っぽだけだから!」みたいな前フリかと勘ぐってしまう。
だが……
「俺はサクヤの彼氏だ。だからお前が何もしないっていうなら信じる」
「う、うん……あ、ありがとう」
俺の答えを聞いたサクヤは微妙にひきつった笑顔を見せてきた。
やっぱり何かする気だったんじゃないだろうか。
一応「彼氏だから」を強調して釘は刺したから何もしないだろうけど。
「さて……それじゃあ寝るか。ほら……おいで」
俺はサクヤの謎挙動に対してこれ以上考えるのを止めてベッドの中にもぐりこむ。
そしてサクヤの方を見て軽く手招きした。
傍から見たら男がベッドに女を誘うというシチュエーションである。
よく考えるとすごいことしてるな、俺。
サクヤもちょっと意識しているみたいだし。
「で、では……し、失礼します!」
俺に向けて軽く手を合わせながら頭を下げたサクヤはそろりそろりとベッドの中に入ってきた。
どうでもいいけど今なんで拝む動作したんだよ。
「うひゃー……あったかいぃ……」
「…………」
サクヤは体を縮こませて俺の懐に入り込んできた。
添い寝するとは言ったが距離が近すぎる。
胸板に顔を擦り付けるな。
ちょっとドキドキしちゃうだろ。
「……サクヤ。これだと俺が眠れないからもうちょっと離れてくれ」
「あ、ご、ごめんね。嬉しすぎちゃってつい」
嬉しすぎちゃって、か。
まあそう思ってくれるなら俺も嬉しい。
「シンくんと添い寝してる……しかも許可あり……でへへ……」
「…………」
俺から若干の距離を置いたサクヤはこちらを見ながら下卑た笑みを浮かべている。
時々変な笑いをすることがあるのは知ってるけどこんな顔は他の奴に見せられないな。
美少女のしていい顔じゃない。
なんていうかユルユルすぎる。
「あ、とと……コホン。そ、それじゃあお休みなさい、シンくん」
「お、おう……お休み……」
俺の微妙な視線に気づいたらしいサクヤは軽く咳払いをした後に顔の表情を引き締めて寝る挨拶をしてきた。
なので俺もお休みと言い返して目を閉じる。
しかしこの状況ですぐさま寝られるほど俺も意識していないわけじゃない。
目の前にいる彼女を見るために俺は目を薄く開いた。
「…………」
「…………」
サクヤと目が合った。
サクヤは俺をじっと見つめており、まばたき以外で目をつぶる気配が全くない。
「サクヤ……眠れないのは知ってるけど、それでも一応目は瞑ったほうがいいんじゃないのか?」
「でも……シンくんを見る時間を減らすのは勿体ないし……」
俺を見るというそれだけのことを惜しんでいると知り、サクヤは相変わらずだなとため息をつく。
そして俺はサクヤの手を掴んで指を絡める。
「……それでも目は瞑っておけ。寝てる間はこうしてやるから」
「あ……うん。ありがとう、シンくん」
「別にお礼なんて言わなくていい。これは……俺がしたいからっていう面もあるし」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
若干恥じらいつつ自分の気持ちを正直に告げると、サクヤは俺の手をニギニギしながら満面の笑みを浮かべた。
「えへへ……なんかシンくんがすごいデレてる」
「うるさい。別にデレてないんてない。そんなこと言うと手を離すぞ」
「あ、うそうそ。ごめんね。そうだよね。シンくんは全然デレてないよね」
サクヤは俺が手を引こうとすると指に力を込めてそれを止める。
まあ俺もここで手を離す気なんてなかったから止められても構わない。
「でもいつかシンくんがデレて私に夢中になってくれると嬉しいなぁ」
「…………」
俺がサクヤに夢中になる、か。
正直なところ、今が既にそんな状態になっているような気がしてならない。
ついこの前までの俺だったらこんなにサクヤのことを考えたりなんてしなかった。
なのにここ数日はサクヤをずっと心配していたし、ほとんど衝動的に告白をしたあたりではサクヤとの思い出が色々思い起こされた。
そんな経緯の後に俺はサクヤを好きだと思うようになってしまった。
これまでもクレールやフィルに好きと言われて胸を高鳴らせたことがある。
が、今回の一件はサクヤの俺に向ける愛情の巨大さが直に伝わってきた。
だから俺は突然あんな告白をしたんだろう。
「俺がサクヤに夢中ねぇ……そんな日が来るのかね?」
しかし俺はこんな心情をサクヤに伝えるのが恥ずかしかった。
「絶対来るよ。私、シンくんが望む彼女になるよう頑張るから……おっぱいはちょっと小さいけど」
「サクヤのはそんな卑下するほど小さくないと思うんだけどな」
「むぅ、でもシンくんは――」
そして俺たちはベッドの中で語り合い、どれだけの時間が経ったかわからない頃に俺の方は眠ってしまっていた。
朝目が覚めた時にサクヤが傍で微笑みながら「おはよう、シンくん」と言ってくれたのが妙に嬉しかった。
こうして俺に彼女ができた。
相手の愛は特大級の重さがあるけど、それも今は苦だと思わない。
俺たちは朝の意識がはっきりしない微睡の中、手から伝わる体温を感じながら一時間ほどベッドの上でゆっくり言葉を交わしたりしてお互いの存在を確認し合ったのだった。