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チートなオーガのちぃとばかし危険な冒険 作者:サバクタニ

第一部 探求の冒険者

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第七章 竜魚の尻尾亭


 そこは『竜魚の尻尾亭』と言う旗亭だった。
 レパールの外れにある河に生息する竜魚と呼ばれる魚。その魚を名物料理としており、店の名前もそこから付けられたと聞く。

「ほう、竜魚か。たしかエネスカル王国特有の――それも限られた場所にしかいない珍しい魚だろう? 何でも見た者に幸運を齎すとか」
「ああ。かくいう私も泳いでいる姿を見たことはない。ただ、レパールを訪れた際は必ずこの店で注文しているんだ」

 未だ『竜魚の尻尾亭』が変わらぬ姿で変わらぬ場所に健在であったことに安堵しつつ、扉を開いて店内に入る。

 夜が更けてきたこともあり、人が犇めく店内にはすでに出来上がっている者たちがちらほらと。少し椅子や机などの配置は違うが、かつてとほとんど変わらない光景だった。

「いらっしゃいませっ、二名様ですね? 生憎ほぼ満席で、止まり木しか空いてないのですが……」

 私たちが入ってきたことに気付いたのか、小走りに近寄ってきた若い娘が恐縮したように告げる。
 言われてみれば、二人で並んで座れる場所など仕切り台の高い椅子しかなさそうだ。確認するようにアルサートを見れば、別に気にした様子もなく気軽に頷いた。私も特にこだわりはないため、給仕の娘に視線を戻して了承した。

「取りあえず、竜魚の煮付けと何か強い酒を頼む」
「俺もその煮付けを頂こう。それと、置いていればウォクサー麦酒を頼もう」

 案内され、仕切り台の席に腰掛け注文を告げると、給仕の娘は申し訳なさそうに首を振る。

「すみません。今、竜魚は仕入れていないのです。ウォクサー麦酒の方はありますので、すぐにお持ちいたします」
「竜魚を仕入れていないっ! この酒場がかっ!」

 その娘の言葉があまりにも意外過ぎて、思わず大きめの声が出る。なんせここは『竜魚の尻尾亭』である。それにもかかわらず置いていないなど、奇妙なこともあるものだ。

「おい、あんちゃん。嬢ちゃんを責めんなよ? それにはよぉ、のっぴきならない事情があんだからよぉー」
「そうだぜ? いちゃもんつけるつもりなら、この店から叩き出すぜ?」

 私の声を聞き咎めたように、近くで飲んでいた酔っ払い共が絡み声を上げる。よほど酒が入っているらしく、随分と座った目でこちらを見ているのが何とも滑稽ではあるが、まさか笑ってしまうわけにもいかない。

「大声を出してすまなかった。旅の傍らに久しぶりに寄ったので、竜魚を提供しなくなったのが意外だったんだ」

 軽く右手を上げて謝罪の意を示し、相手の気分を害さないようにやんわりと弁明する。
 これでも絡んでくるようならば店を出るつもりであったが、さすがはこの店の客と言うべきだろうか。

「わかりゃあいいんだぜ」
「そうそう。俺たちもよぉ、何も喧嘩がしたいわけじゃないしよぉ」

 それだけ告げると、肩を竦めて自分たちの会話に戻ったのだった。

「お客さんたちがすみません。時々この店が竜魚を提供しないことに怒って、乱暴しようとする一見のお客様がいまして……それで皆さん、何かと気を遣って下さるんです」

 たしかに、この酒場の竜魚料理は珍しく、わざわざそれを食すためだけにレパールを訪れる者もいると聞く。そう言った者たちから見れば、「話が違うっ!」といきり立つのも頷ける。
 成程。それを事情を知る常連客達が窘め――もとい、脅し宥めすかしていたのだろう。

「しかし、残念だな。私はあの魚をつまみに飲む、ここの酒が好きだったんだが」
「ほう? お前さんがそこまで言うのであれば、俄然興味が湧いてくると言うものだ。俺も是非とも食べてみたいぞ」

 私の口から漏れ出た未練に、アルサートは食指を動かされたらしい。そわそわと落ち着きなく品書きを眺め始めた。
 っと、そこに給仕が酒の入った杯を持って戻ってきた。私はとにかく強い酒をおまかせしたが、アルサートは「ウォクサー麦酒」なる物を頼んでいたはずだ。一体どのようなものだろうか。

「お待たせ致しました。そちらの方は強いお酒とのことでしたので、騎士様の麦酒と同じウォクサーで作られた火酒にしております」
「くっく。行き成りウォクサー火酒とは、娘さんも人が悪い」

 給仕の言葉にアルサートは目を丸くした後、何やら意味ありげに笑いを堪えるよう表情を歪める。

「うん? ウォクサー火酒とは強い酒なのか?」

 私たちの前に置かれた杯にはそれぞれ同じ「ウォクサー」と言うヴェネラ王国の地名が入っているが、種類は違うらしい。
 アルサートは麦酒で私は火酒。しかし、前世はあまり酒はやらなかったが、ハーフオーガになってからは人並み以上には飲んでいる。そんな私でもそんな名の麦酒や火酒は飲んだことがない。

「知らんのか? ヴェネラ王国では度数の高い酒として有名だぞ? 俺もかなり酒はやるが、それでもウォクサーの火酒は三杯が限度だ。四杯目で意識が飛ぶ」
「……おおげさ、と言うわけでもなさそうだな」

 火酒は名の通り、火が付けば燃え上がるほど度数の高い酒だ。弱い人間であれば一杯でぐっすり眠れることだろう。あるいは強烈な熱さにやられ飲み込むこともできないか。
 無論どちらでもない私は、口元を覆っていた布の留め具を外し、取りあえず飲んでみることにした。

 口に含んでみれば、まるで火を咥えたかのように口内が燃え上がり、それを嚥下すれば喉元を炎の塊が通り過ぎたかのような――そんな錯覚を抱く。

「ぐっ! 結構キツイな、これ……」
「そうだろうとも。幾多の酒豪どもがこの火酒には沈められてきたからな」
「だが……美味いな」

突き刺すような痛みの後、鼻の奥から澄み渡るような甘さが広がる。これは何とも味わい深く、酒に目がないオーガ達もないはずの目の色を変えて欲しがるだろう。

「こんな酒があるなんて、知らなかったな」
「……お前さんは化け物だな」

 ウォクサー火酒が気に入った私はそれを早々に飲み干し、二杯目も注文した。
 そんな私にアルサートが呆れたような目を向け、店の給仕は信じられないような顔で私を見てくる。

「なんだ?」
「いえ……お客様はもしかして――女性なんですか?」
「うん? ああ、女の身体だが?」

 常に口を覆っていた布を外しているので、口元が露になっている。つまり、声もくぐもっておらずいつもの私の声なのだ。さすがに気付く者は気付くだろう。

「ぶっぶ――え?」

 しかし、隣の麦酒を呷る男は全く気付いていなかったようで、飲んでいた酒を噴出し首を痛めそうな速度で私を見た。

「お、おま……お前さん……女……」

 まるで幽霊でも見るかのような、血の気の引いた顔でこちらを指さしてくる。気付いていないとは思っていたが、こいつにとってどれだけ信じられない事なんだ。

「鈍い奴だな。お前の前で食事するのは、これが初めてじゃないんだぞ?」
「だ、だが……いつも暗がりだったし、食事中に話などせんから声も……ええ……」
「ちっ。驚いたのは分かったから、その情けない顔をやめろと言うんだ。折角の酒が不味くなる」
「……あ、ああ。いや、しかしだなぁ……いやぁ、たまげたなぁ」

 たしかに私としてもこのような場で知らせるつもりはなかった。それに知られずにここまで来たのだ。どうせなら女の身体であると悟られることなく別れたかったのが本音だ。

 今さら私の性別を知ったところで、アルサートが対応を変えるとは思わない。だが、悪戯に知らせて意識させる必要もないだろうと思っていたのだ。鈍いこの男が気付かなくとも、周りが気付くかもしれないということを失念していた。

「なぁ、ラーマよ」
「なんだ?」
「宿の部屋割りなんだが……一緒はちょっとまずいんじゃないか?」
「なんでだ? 別に私はお前を襲ったりしないぞ?」

 なかなか突飛な話を振られ、私は思わず首を傾げてしまった。しかし、私の話を聞いたアルサートと言えば驚きで口をあんぐりと開け、給仕は思わずといったように噴出している。

 失礼な奴らだ。

「い、いや、無論俺だってお前さんに手を出すつもりはない。だがなぁ? 世間一般の常識としては、やはり年頃の男女が同じ部屋で一夜を共にするというのはだなぁ……」
「気持ち悪い言い方をするな。一体お前は誰の体面を気にしているんだ? あの娘か? 幼馴染の神官とか言うあの娘を気にしているのか?」
「ば、馬鹿者っ! 俺は別に……まぁ、ラーマが一緒でもいいと言うのならそれでも構わん。大体、部屋を取り直すのも面倒だ」
「そうだ。面倒、面倒」

 完全に納得したわけではないだろうが、私の翻意が不可能であると察したのだろう。アルサートは肩を竦めて諦めたように麦酒を煽る。

「ふふふ。お二人は仲がよろしいんですね?」

 そんな私たちのやり取りを先ほどから聞いていたらしい給仕の娘は、鈴を転がすような笑い声を上げる。
 まぁ、こうして酒を飲むぐらいには仲がいいので、否定する必要もないだろう。私は面映ゆい笑みでその言葉に同意し、アルサートに至っては何度も大きく頷いている。
 惚れた女を話題に出せばすぐ焦る反面、妙なところで大胆な奴だ。

「……っで、教えてくれないか? この酒場が竜魚を仕入れなくなった理由を」

 アルサートの自信満々なその様子に一層照れくさくなり、私は話を逸らそうとそう切り出した。
 実際、気になっていたのも事実である。

 私の問い掛けに一瞬だけ怯んだ様子を見せ、けれど給仕は肩を落として憔悴したように語りだした。

「……この店の竜魚は、レパールの外れにある河で獲っているんですが……そこに今、魔物が出るんです」
「魔物が?」

 竜魚の捕獲場所は知っている。人間だった頃にこの店の主に教えてもらったのだ。ただそこは、街から特別に許可された者しか漁はできないと聞いている。だからこそこの店の名物になり得たのだろうが……しかしその河に魔物とは。

「この街には大きな冒険者組合がある。そこに討伐依頼を出せばどうだろうか? 一日や二日で片が付くぞ」

 アルサートのもっともな言い分に、しかし給仕は眉根を寄せて首を振る。

「それが上手く行かないのです。現在、この街に常駐している冒険者の最高等級は二等級なのですが……その冒険者は依頼で出ているとか。他の三等級冒険者の皆様も、現在請け負っている依頼があるためしばらくは手が離せないとのこと……早くても後三日は身動きが取れないのです」
「うーむ……それは何とも……」

 そのような事情であればどうしようもないが、だが解せない。一等級から八等級まである冒険者組合の格付けで考えれば、二等級と三等級は上級になる。四等級や五等級といった中級冒険者だっているはずだが、何故、彼らに依頼しないのか。

「相手があのマーマンでなければ、中級の方々にお願いするんですが」
「マーマン? あのマーマンがこの街の外れに出たっていうのか?」

 私の気持ちを言外に読み取ったのだろう。給仕の娘は諦観の念を多分に含んだ息を吐き出しながらその名を口にする。

 彼女の口に上ったマーマンと言えば、主に水中に棲息する半魚人である。
 頑丈な鱗と魚さながらの鰭を持ち、海面を自由に泳ぎ回る。さらに人間同様四肢を持ち、二足歩行さえ可能な異形の化け物。主食は魚だが、縄張りに立入る者を容赦なく襲い殺す――討伐推奨等級は三等級以上の強敵だ。

「だがマーマンと言えば、主に海を根城にするはずだ。何故、外れとは言え都市部にほど近い河に……」
「それが海から流れてきたようです。時々海の魔物が河に辿り着くこともあるんですが、どれも低級ばかりでした……なのに、マーマンだなんて」
「成程。今、街にいる冒険者の手には余るわけか……」

 マーマンは陸上でもかなりの手強さを発揮する。武器を持っていることは稀であるが、それ以上に脅威になるのがその鋭い爪と牙である。アルサートの銀鎧は流石に貫けないとしても、私の身に纏っている皮鎧では紙切れのように裂かれるだろう。

 それに何と言っても奴らの本領は水中でこそ輝く。現在確認されている中で、マーマンほど速く自在に泳げる魔物は存在しない。人の身で奴らに水中戦を挑めば最期――魔法でも使わない限り――再び岸辺に上がることは叶わないだろう。

「ですが三日後には上級の冒険者たちが戻られて、マーマンを討伐してくれるはずです。それまでは竜魚は提供できないのですが、三日後であればお出しできるはずです」
「そうさせてもらおう――と、言いたいところだがな。俺たちはその三日後には依頼で王都まで行かなければならんのだ。残念ながら暫くはお預けになりそうだ」

 給仕の娘の言葉に、心底無念そうな顔で苦々しい声を出すアルサート。私だって遣り切れない。ここまで来て、あの竜魚の料理が食べられないなんて。
 そもそも今晩はそれを食べるものと思っていたため、何だか無性に食べたくて仕方がない。口にできないと分かった途端、もどかしい気持ちでいっぱになってしまったのだ。
 だからこそ、何気なく提案した。

「……よし、私がそのマーマンを討伐してやろう」
「え?」

 三杯目の火酒を飲み干したとは言え、別に酔ったつもりは毛ほどもない。だからお前ら、私を酔っ払いを見るような目で見るのはやめろ。

「あの、マーマンって魔物を知ってますか? 討伐推奨等級が三等級以上の――」
「ああ、知っているさ。しかし、それは私には無意味な基準だ。なんせ私には冒険許可証すらないのだからな」

 冒険者ですらない私に、討伐推奨等級の話などなんの参考にもならない。強いて言うならば、アルサートに語ったように一等級冒険者よりも強いと言う自負はある。だが、それはあくまでも純粋な強さの話であって、冒険者としての技量や知恵などはとても及ばないだろう。
 冒険者とは、何も腕っ節だけで評価されるわけではないのだ。

「とはいえ、マーマンを倒すのに技量も知恵もないだろう。そういうのは、けっこう得意なんだ」
「……おっかない奴だ」

 給仕から四杯目の火酒を受け取りにやりと笑えば、アルサートが本気とも冗談ともつかない声音で呟いた。
 他人事のように言いやがって。

「何言ってるんだ? お前も手伝うんだぞ」
「え、俺が?」

 驚き顔でこちらを見下ろしてくるアルサートに、真顔で頷いて見せる。

「当たり前だ。お前だって竜魚を食べたいと言ったじゃないか」
「あ、ああ」
「なら、お前も手伝う……それが筋ってもんだ」
「だが、既に王都までの護衛依頼を請け負っていてなぁ。重複はできんのだが」

 困惑したようにそんな情けない弁明をするアルサート。何とも察しが悪い奴である。
 表情をころころ変えるのに少しばかり呆れながらも、手元の杯に残った火酒を一息に飲み干してから告げてやる。

「何言ってるんだ。誰が組合で依頼を受けると言った? 無論、タダ働きさ」

 それこそアルサートの顔は見物だった。
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