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チートなオーガのちぃとばかし危険な冒険 作者:サバクタニ

第二部 

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第十六章 朴念仁と初心


 翌日の早朝、宿に届けられた馬は話通り駿馬とはいかなかったが、幸いにも嫌がることなく私を乗せてくれた。エネスカル王国でも再確認したことだが私はあまり乗馬は好きではない。とは言えフェルリーフとの相乗りよりはずっといいだろう。


 聖都までの道のりは、馬に乗ったこともあり予定していたよりもずっと楽になった。おまけにイオローム国内では絶大な知名度を有するフェルリーフ騎士団と連れ立っているのだ。
 その旗印を掲げているだけで、山賊や野盗に襲われる心配もない。無論、騎士団に恨みを持つ者もいる可能性もあるが、少なくともそういった輩に襲われることなく道中は平穏無事と言えた。

 唯一の懸案事項と言えば私を狙うヴァンパイアのレルボドロの動向だが、奴とて私たちの実力は思い知っているはずだ。大きな隙さえ見せなければ迂闊に手を出してきたりしないだろう。

「ラーマ嬢、一つ問いたい。貴様は救世の勇者を知っているか?」

 ベヒーモスを倒し一週間ほど経ち、いよいよイオローム聖国の聖都が目前となっていた。
 そんな折、宿泊した宿にていつになく真剣な顔でフェルリーフに尋ねられ、私は暫し固まる。

 宿の食堂で向かい合って朝食を摂っていたところだ。周囲には私たち以外に人はおらず、フェルリーフはそれを見計らって聞いてきたのだと悟った。このためにわざわざ他の団員たちを出発の準備に当たらせ、私と二人っきりになったのだろう。
 それはつまり、これが単なる世間話ではないことを意味している。

「……何故、そんなことを聞く?」

 辛うじて声を震わせずにできるだけ冷静に答えたつもりの私を、フェルリーフは探るような目つきで窺ってきた。
 何とか平静を装って見つめ返すが、彼女の視線はやはり歴戦を思わせる鋭いものである。一瞬たりとも気が抜けない。

「この数日、貴様を見ていたがやはりどうしても気になってな。貴様は彼の勇者を知っているのではないか? いや、私は貴様を勇者の関係者だと思っている――違うか?」
「……関係者、か」

 視線同様鋭い斬り込みに、私は思わず内心で唸る。やはり、以前の私を知っている者と過ごすのは違和感を持たれるきっかけになってしまうようだ。どれ程見た目が変わろうとも、結局私は私なのだ。取り繕うことなく勇者であった頃の振る舞いを続けていれば、知り合いに疑問が生じるのも致し方ないのやもしれない。

「口調に体捌きや魔法の練度、どれをとっても勇者さながら。その上、この私を『王』と呼んだ……そんな風に私を呼ぶのはな、あやつ以外いないのだ」
「え?」

 たしかに勇者だった頃はフェルリーフの事を『王』と呼んでいたが、この姿になって本人に呼び掛けた覚えは――あっ! あれか。レルボドロの不意打ちを受けたあの時。

 くそ、あの野郎。本当に余計な事を……。

「ぐ、偶然だな。まさかあの勇者が其方をそんな風に呼んでいたとは驚きだ」

 我ながら白々しいにもほどがあるが、こんな急場で優れた演技をできるほど私は器用ではないのだ。しかしやはり拙かったのか、フェルリーフの目が一層鋭くなった。

「ほう、本当に偶然なら大したものだ。なんせ勇者は私の事を『其方』とも呼んでいたからな」

 まさに墓穴。居た堪れなくなった私は、彼女の視線から逃れるために脇に目を向けた。
 そして私のそんな様子に、フェルリーフはまるで確信を得たかのような何とも言えない溜息を吐き出し口を開く。

「その反応。やはり、貴様は……貴様は勇者の隠し子なのだな?」
「……はぁ?」

 正体を悟られたことを覚悟した私に対し、彼女はそんな素っ頓狂な事を宣った。か、隠し子? これは予想外な結論である。

「隠さなくとも良い。あの男が純朴そうな見た目に似合わず、やることはしっかりやっていた事に想うところがないわけでもないが――貴様には関係ないことだ。まぁ、あの男も憎い奴だ。娘がいるのであれば一言ぐらい言えと言うのだ、まったく」

 少しだけ不貞腐れたように腕を組み、肩を竦めて見せたフェルリーフ。何かとんでもない思い違いをしているのだが、これは訂正が必要なのだろうか?

 このまま勘違いしていてもらった方がいいのやもしれない。

「ラーマ嬢はたしか、齢の頃は十六と言ったな。それなら計算も合う。それで? 母上殿は壮健かな?」
「あ、あー、母は……その、私を生んで間もなく亡くなったみたいで」
「なに? そうか、それは……しかし待てよ? そうなると、誰が私の事を貴様に教えたのだ? 勇者は貴様が生まれて間もなく魔王と相討ち……うーむ?」
「あ、あ、いや……」

 だが、当然無理があった。さっそく不思議そうな顔で首を捻りだしたフェルリーフは辻褄を合わせようと腐心しているのか視線を宙に彷徨わせる。とは言えどうしたって私が救世の勇者の娘なんて言うのは事実無根なのだ。
 いくら考えたところで、納得いく答えが出るはずもない。

「……まぁ、いい。救世の勇者とは知らぬ間柄でもない。その娘となれば、貴様は私と無関係でもない。騎士団に入団すれば、手厚く面倒を見てやるぞ?」
「なんだ。結局私を騎士団に入れたいだけか?」

 考えることを早々に放棄したフェルリーフは笑みを見せて大袈裟に両手を広げる。おそらくは歓迎の意を示しているのだろうが、こちらとしては正体が露見しなかっただけで心底安堵した。

「別に貴様が望むのでれば、騎士団に入らずとも面倒を見てやってもいい。冒険者とは言え女子供が命がけの環境に身を置くのは気に入らん」
「いやいや、騎士団だってそうだろう?」
「私の傍にいれば安心だ。この命に代えてでも貴様を守ろう。そもそも危険な戦場に連れ出す気もないしな」
「其方、言っていることが無茶苦茶だぞ?」

 およそ騎士の国イオローム一の騎士団団長の言葉とも思えず苦笑したところで、一つ、気になっていたことを思い出した。

「そう言えば、「女子供に剣を向けない」なんて誓いを立てているそうだな? 私の知るフェルリーフと言う女傑にはそんな誓い、どうにも不釣り合いな気がしてならない」
「……柄にもない、か?」

 自覚しているのか小さく自嘲を浮かべて見せた歴代一と名高い騎士王にして聖女である彼女。有体に言ってしまえばその通りであったために、私は小さく頷きを返す。

「私がそんな誓いを立てたのは、それこそ勇者が――あの男が魔王と相討った時だ。あの男が死んだとき、私が女になる道は永遠に閉ざされた。なればこそ、子を望めなくなった私の代わりに子宝を授かってくれる女たちを助け、さらにその子らを助け、それらに剣を向けない――そう心に誓ったのだ」
「……何故、勇者が死んだことと其方が聖女で在り続けることが関係しているんだ?」

 訳が分からず首を傾げた私に、フェルリーフはやや頭の後ろを掻いて少しだけ視線を逸らした。
 確証はないがそんな仕草から、珍しく照れているのだろうと察せられた。

「ふん、そんなこと。私が純潔をくれてやってもいいと思ったのは、後にも先にもあの男だけだからだ」
「ほう……えっ!」

 わずかに頬を赤くしてしかし潔く言い切った騎士王の言葉に、思わず驚愕して立ち上がる。
 彼女がそんな風に考えているなんて知らなかった。そんな風に私の事を想っていてくれているとは知らなかった。だってそんな素振りもなかったし、彼女とは戦ってばかりでいい雰囲気とか全然なくて、もし知っていれば――いや、知っていたってどうなっていたか分からないが、しかし知っていればあれだった。

「どうしたんだ、いきなり? それに、何故貴様が顔を赤くしているんだ?」

 こちらの反応に一層照れてしまったのか、フェルリーフが人の事を言えないような顔の赤さでそっぽを向いた。

「聖女は純潔を失えば不老性を失う。魔力や聖女としての力は残るがただの人と同じようにやがてそれらは衰えていく。つまり、一般的な女になると言っても過言ではない」
「……そ、其方は聖女としての不老性を失うことになっても、勇者とその……添い遂げたかったのか?」

 別に変な意味ではなく、あくまでも確認のための問い掛けであって、本当に他意はない。他者から好意を寄せられていたという事実に舞い上がっているわけではなくて、これは本当に必要な事なので純粋にはっきりとさせたくて尋ねているにすぎないのだ。
 そんな風に、誰にでもなく意味のない弁明を心の中で紡ぎながら座り直した。いや、本当にやましい気持ちなどないのだ。

「勘違いされては困るぞ。あくまでもくれてやるのならあの男だったと言う話で、積極的に結ばれたかったわけではない……もう、この話は良いだろう。全ては過去の話だ。掘り返す意味もない」
「……あ、ああ」

 頬から赤みを消した彼女の拒絶するような言い方に頷き、私は素直に引き下がった。フェルリーフの言う通り、もはや救世の勇者はこの世にはいない。いるとすれば異形の少女に成り果てた、かつて勇者だっただけの私だ。
 これ以上、彼女の心の内に踏み込む権利なんてないだろう。

「――ところでラーマ嬢。貴様には想い人はいるか?」
「えっ?」

 自分で話を打ち切っておいて何を言い出すかと彼女を見れば、らしくもないただただ柔らかいと表現する他ない視線をこちらに寄越してくる。
 それは何というか優しさであり慈しみであり、そう、人によっては慈愛に満ちた表情なんて呼ばれるものかもしれない。フェルリーフはそんな表情を浮かべてこちらを見ていた。
 一時とは言え、彼女とそれなりに濃い時間を過ごしてきた私にして、こんな表情は全く初めて見る。あまりにらしくなくて、だからこそ、何も言えずにただ見つめ返した。

「いるのであれば、後悔のないようにな。下らん意地を張っている間に他者が、あるいは時の流れがその者を連れ去っていくやもしれん」
「――王……」

 実感の籠ったその声音に気圧され、擦れる声で思わずかつての呼び方で彼女を呼んだ。それに気づいたフェルリーフが小さく苦笑し、ゆっくりと立ち上がる。

「貴様と話していると、やはりあの男が浮かんできて仕方がないな。あぁ、あの男とも……こんな風に他愛のない話をしてみたかったものだ」
「……」
「さて、ブロウ達も準備を終わらせ待っているはず、そろそろ出立するとしよう。今日中には聖都に着けるだろう」

 話題を切り替えるようにそんなことを言って颯爽と踵を返すフェルリーフ。その悠然とした後ろ姿に、本来であれば頼もしさを感じるはずの背中に――何故か私は哀愁を見つけてしまった。そして見つけてしまったからには黙ってなんていられなかった。

「もう、勇者はいないんだ。とっとと見切りをつけて、其方は伴侶を得るべきだと思う」

 余計なお世話だと思ったが、どうしても言わずにはいられなかったのだ。屈強なはずのその肩を、そんな風に淡く見せられてしまえば。しっかりと大地を踏みしめているはずの彼女の足が、今にも崩れ落ちてしまいそうな錯覚に陥らされてしまえば。
 どうしようもなく彼女を支えてしまいたくなって、けれど私にはそんなことはできないから。

 だからどうか、彼女の事を支えてあげられる誰かを――伴侶を得て欲しいと心から思った。

「勇者はいない、か。ああ、そうだな。もはやあの男はいない。だがな、ラーマ嬢」

 私の言葉に、まるで迎え撃つかのような獰猛な笑みを浮かべ彼女はこちらへ顔だけを向ける。

「あの男以外に、私の伴侶足り得る男がいないこともまた事実だ。己の心を偽り、半端な男で妥協するぐらいなら――私は聖女で在り続けることを選ぼう」

 その言葉はまるで魔法のように、今にも儚く消えていきそうであった彼女の芯を浮かび上がらせ、漂っていた哀愁さえもどこかへと吹き飛ばす。
 改めて見れば、なんてことはないいつものフェルリーフがそこにはいた。誉れ高き騎士王聖女がそこには確かに顕在していた。

「……」

 しっかりとした足取りで再び食堂の出口へと向かうフェルリーフ。その後姿はいつも通りで、悠然としており頼もしさだってそこにはある。
 しかし私には、一度感じとってしまったあの哀愁を忘れる事なんてできそうになかった。彼女が少しだけ垣間見せた弱さ。それを目撃しながら何もしてやれない自分がもどかしい。
 こんな私の事を想ってくれていた彼女に、何かしてやれることはないのだろうか。勇者ではなく、それでころか人間ですらなくなってしまった私に、彼女のためにできることがあるのだろうか。


 結局答えは出せないまま、私もフェルリーフの後をゆっくりと追う。イオロームの聖都はもう、目前に迫っていた。



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