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チートなオーガのちぃとばかし危険な冒険 作者:サバクタニ

第二部 

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第十三章 落着



 その見覚えのある茶色の髪が目の端にチラつくのを見送りながら、私の身体は高速で横へと吹き飛ばされた。

 襲撃者の攻撃ではない。そもそもこれは攻撃ではなく、フェルリーフが私を庇うために突き飛ばしたのだ。

「王っ!」

 私を庇ったフェルリーフの腹部に、襲撃者の右腕が深々と突き刺さっている。銀鎧を貫通し、彼女の鍛えられた腹筋を突き破って背中から突き出ている指を揃えた掌。
 尋常な攻撃ではない。

「……ちっ! 外したか!」

 おそらく私を狙ったであろう男は、忌々しげに呟いてフェルリーフから右腕を引き抜こうとした。

「――ぬっ?」

 だが、抜けない。

 深々と刺さった男の右腕が、まるで何かに縫い止められるように引くことができないのだ。

「く、くっくっく」

 そんな男を嘲笑うように、フェルリーフが低く笑って顔を上げた。

「人の腹を盛大に破ってくれたのだ。責任は取ってもらうぞ、色男」

 口の端から一筋の血を伝わらせながら、それでも騎士王は堂々と威圧するように凄んで見せる。
 その様子に襲撃者も不味いと直ぐに察したのだろう、自分の右腕を左手の手刀によって斬り落としてその場を離脱。

 向かい合っていたフェルリーフから離れることによって、その男の容貌を正面から見ることができた。

「――レルボドロォォォっ!」

 やはり襲撃者は、エネスカル王国の王都で見えた吸血鬼、レルボドロであった。奴はすぐさま右手を再生させると、苦々しげな顔で後退り、ゆっくりとこちらから距離を取る。

「絶好の機を逃したか……ここは退かせてもらうとしよう」
「逃がすと思っているのか? 貴様、よくも……」

 気配を殺すのが得意な吸血鬼とは言え、あそこまで接近され気付かなかったのは私の失態だ。二度の襲撃を受け、決して油断してはいけなかったのに。あまつさえ、フェルリーフに庇ってもらい彼女を傷つけるとは……まったくもって自分が許せない。

「レルボドロっ! 『火球』!」

 怒りの矛先を襲撃者であるレルボドロに変え、掌から生み出した火の塊を相手に射出。それと同時に、フェルリーフがしていたように魔力を足元から放出してその反発力で前へ跳ぶ。
 さしものヴァンパイアとて、この速度であれば満足に反応できまい。

「ちっ!」

 火の球を最小限の動きで躱し、迫り来る私を迎え撃つように構えるレルボドロ。そんな奴へと鞘から抜き放ちながら『レーブ』を一閃する。が、レルボドロは思っていた以上に俊敏に動き、屈みこんでこれを回避した。

 そして前転して素早くこちらから距離を取ると、鋭い視線で『レーブ』を見やる。

「その剣……やはり例の魔剣だな? 友を殺し、略奪したその形見の剣を私に寄越せっ」
「抜かせっ! 誰が貴様などに……そもそも貴様に扱えるものか」

 再び距離を詰め剣を振り上げたこちらに対し、レルボドロは右掌を翳し素早く詠唱する。

「『我が創りし闇の――』?」

 しかしその途中で背後から斬り付けられ、怯んだように詠唱を中断した。斬り付けた張本人であるフェルリーフは、獰猛な顔つきで笑っている。

「ほう? 咄嗟に気付いて前に身体を出して致命傷は避けたか。中々やるな」
「……傷が治って――くそっ、化け物と戦い疲労しているかと思えば……とんでもない、貴様らこそ化け物だったのか」

 威風堂々と見下ろすフェルリーフに険しい目を向け、レルボドロが苦し紛れにそんな憎まれ口を叩く。

「団長、どうしたんです?」
「なんだこいつはっ?」

 そして、こちらの騒ぎに気付いたのか騎士たちも続々と集まって周囲を囲んだ。前と後ろには私とフェルリーフ。そしてそれらを取り囲むようにジャルデ騎士団の面々だ。さしものレルボドロとて、こうなっては逃げられまい。
 夜であればまだやりようがあったのやもしれない。だが陽はまだ高く、しばらくはヴァンパイアの時間は訪れそうにない。

「さぁ、大人しく討たれろ、レルボドロ」
「……くっくっく」

 絶体絶命であるはずのレルボドロは、こちらを油断なく眺め回し額から一筋の汗を伝わらせる。極度の緊張状態にあることは明白であるが、しかし、改めて剣を構えたこちらに対して薄く笑った。

「何がおかしい?」
「……いや、よもや。よもやこんなに早く奴の手を借りることになるとは……」
「奴?」

 意味深げな言葉に眉を顰めた途端、背後で膨れ上がった規模の大きな魔法の気配に気が付いた。

「いかん、伏せろっ!」

 気付き叫ぶも遅い。

 背後で解き放たれた大きな魔法が、私たちのすぐ傍の地面に直撃し、山全体を揺らすような地響きを立てる。
 土砂や岩石が吹き飛び舞い散り、辺り一面に砂埃が立ち込め視界を奪う。

「今回は退かせてもらうとしよう。だがいずれ、その剣は奪い取らせてもらう」

 砂埃に乗じて逃げようとするレルボドロの気配を探るも、周囲にはたくさんの人間がいる。気配の扱いに長けたヴァンパイアを咄嗟に把握することは難しく、また仮に人違いであれば大変なことになる。

 どうすべきかと考えていれば、「『昇風』」と言うフェルリーフの声が微かに聞こえた――その手があったか。

 砂埃は上空へと風によって巻き上げられ、私たちの視界は一気に広がる。だが、僅か十数秒ほどに満たない猶予は、ヴァンパイにとっては逃げ出してお釣りがくるほどの十分な時間だ。

 すでに襲撃者の姿はそこになかった。

「くそっ!」

 思わず地面を殴りつけて歯噛みするも、今さらどうする事もできない。幸い高威力の魔法は私たちには当たらず、私を庇ったのがフェルリーフであったためにほとんど損害のようなものはない。
 だが、自分の不覚で騎士王に借りを作ってしまったのは不甲斐ない。そのきっかけとなった無粋なヴァンパイアに殺意さえ湧く。

「……ラーマ嬢。あの男は何者だ? どうやら魔法を使えるようであるし、私を矢で射殺そうとしたのはあいつではないのか?」
「ああ、おそらくはそうだろう。奴の逃亡を手助けした者に心当たりはないが、あの男はヴァンパイアだ。エネスカル王国の王都で出会ったのだが……どうやら奴は私を狙っているようだな」

 訝しげな顔で問われた言葉に正直に話し、それからフェルリーフへと頭を下げた。

「庇っていただき申し訳ない。其方が無事でよかった」
「……なに、気にするな。私の身体は丈夫でな、この程度は傷にもならん」

 礼を言った私に少しだけ奇妙な顔をしたように見えた後、何事もなかったように彼女は笑った。もしやすると見間違いだったのかもしれない。

「しかし、ヴァンパイアか。先の魔王侵攻の折は何度か相対することもあったが、奴らは基本的にフィルスタム領を動かぬはず。何故、エネスカルなんぞに……」
「……まぁ、奴らの考えなど我々に理解できるはずもないさ。それよりブロウ殿を治癒してやらないと」

 笑みを消して解せないと言った面持ちになるフェルリーフ。さすがにそれ以上の事を伝えるとややこしいことになるため、話題を変えようとブロウの様子を見に行く。実際、そろそろ治癒を再開してやらねば後を引くやもしれない。

「おう、見事なもんだなぁ」

 横たわらせていたはずのブロウは、体を起こし胡坐を掻いていた。
 血が滲む腹を押さえているため、完全に血は止まっていないのだろう。しかしそれでも、瘦せ我慢するように口の端を吊り上げ笑みを浮かべている。

「約束だったな、ブロウ殿。私と聖女殿が無事にベヒーモスを倒せば、私の事を信用してくれると」
「……ああ、確かに言ったぜ。ちっ、いけ好かねぇ野郎だろうとも約束は約束だ。分かった、精々信用してやるぜ」

 神聖魔法で創り出した障壁を消しつつ確認すれば、ブロウは気まずげに頬を掻いて投げやりに呟く。そんな彼に治癒魔法を掛けながら、「ならば」と私は頼み事をする。

「私を信用してくれるのであれば、どうかオーガたちの事も信用してやってくれ。あれらはルオーロ山にさえ戻れたなら悪さはしない。実際、今までも村を襲うことはなかったはずだ」
「……それを決めるのは俺じゃねぇ。団長に言いな。ただ俺は、下された決定に文句は言わねぇよ」

 それはつまり、フェルリーフがオーガ達を放っておくと決めたならば、それを認めてもいいという事だろう。騎士団の序列二位である副団長が反論し、それに同調する者が多ければ結論が覆りかねないのだ。そう考えると、それだけでも助かる。
 あとは私が、フェルリーフをなんとか説得させればいいのだ。

「驚いたな。貴様らはいつの間にそれほど仲良くなったのだ?」

 そんな事を思っていると、話を聞いていたらしきフェルリーフが面白そうな顔で近寄って来た。あまり良い雰囲気ではなかった私たちがこうして会話しているのが不思議なのだろう。

「丁度いい、聖女殿。オーガ達と話す前に、其方の考えを聞かせて欲しい。其方はオーガ達をどうするつもりだ?」
「……うん? ああ、そうだな」

 いい機会だとばかりに問いかけると、聖女は難しい顔つきで腕を組んだ。どうやら彼女自身、答えを出しあぐねているようだ。

「……我々はオーガを狩りに来たわけではない。神託にあった災厄を祓いに来たのだ。さらに言えば、ベヒーモスとの戦闘によって死傷者が出ている。ここで無理をしてオーガ討伐に乗り出すのは合理的ではない、な」
「……つまり、見逃してくれるのか?」

 やがて、結論付けるように重々しく呟かれた言葉に身を乗り出すと、反対に彼女の方が腰を曲げて顔を寄せてくる。

「だが、忘れないでもらおう。我々は一旦退くだけだ。仮に、周囲の村からオーガの被害による陳情書が出され、その実害が認められた場合は討伐させてもらう。それはゆめゆめ忘れぬことだ」
「……その時はやむを得んな」

 人間達に対してオーガを見逃せと言っているのだ。元々無理を言っている自覚はあるため、これ以上の譲歩は流石に求められない。私は重々しく頷いた。



 それからブロウの傷が治癒するのを待って、私たちはルオーロ山を下った。クランムル山に繋がる道でオーガ達が待っていたのだが、こちらを見て信じられないと言った面持ちになる。

『……まさか本当に倒して来たのか?』
『まるで倒してはいけなかったような物言いだな?』

 出迎えたボロモウが呆れたような声を出すのに苦笑を返し、さり気なく彼に近づくとその脇腹を殴りつけた。

『ぐっ? て、てめぇ、何のつもりだ?』

 割と強めに殴ったので目を白黒させているボロモウを下から睨み付け、しかし口の端だけは吊り上げて見せる。

『これで全部チャラにしてやる。私に対する数々の非礼をこれで忘れてやるというんだ。安いもんだろう?』
『ひ、非礼? オレがいつそんなものを?』
『ほう? 忘れたのか。もう一発殴れば思い出すかな?』

 人の好意や説得を尽く否定し拒絶して、挙句の果てには遺言のようにジュスタに「よろしく伝えろ」なんて言ってくれたのだ。
 全部が全部ボロモウへのものではないが、私とて鬱憤が溜まっていたのだ。一発ぐらい殴らせてもらわなければ割が合わない。

『か、勘弁してくれ。オメェさんの拳骨はいてぇーんだよ。悪かった、この村を代表して謝るから許してくれ』
『……よろしい。なら、リュベル村長の元へ案内してくれ。話がある』

 頭を下げるボロモウに許しを与えて頼むが、彼はやんわりと首を振った。

『その必要はねぇーよ。オメェさんたちが下ってくるのが見えたんで、すでに使いを出している。もうじきここに来るはず……ほらな』

 その言葉通り、オーガ達の中でも一際抜きんでた巨体が、しかめつらしい顔でやってきた。

「で、でかい……」
「あれが、こいつらの長なのか?」

 そのただならぬ雰囲気に騎士たちも察したのか、思わずと言ったように身構えている。実際に剣を抜いて構えるような者はいないが、いつでもそれができるような姿勢となった。

『ラーマよ、見事にベヒーモスを倒したようだな。それも、人間と共闘し討伐するとは……大したものだ』

 油断なく人間を見やった後に害意はないと判断したのか、リュベルが私を見下ろし声を掛けてきた。意外にもその声には含むところがなく、彼女が純粋に私を労ってくれているのが判る。
 この村長のことであるから、「余計な事を」と叱りつけられるやもしれないと思っていたのだ。

『それで、我々はどうなるのだ? 騎士たちはこちらと戦う気はないのか?』
『……現状は静観するとの事だ。ただし、この村のオーガが周囲の村を襲った時、改めて討伐に訪れるだろう』
『……そうか』

 私の言葉に重々しい顔で目を閉じ二三度頷いたリュベルは、深く深く息を吐き出した。

『お主らに感謝しよう。再び生きてルオーロ山に戻れるとは思っていなかった。改めて誓おう。我々は身を守るため以外に、人間を害すことはない。山で静かに暮らすとしよう』

 その村長の誓いの言葉を、周囲を油断なく警戒していたフェルリーフに伝えれば、彼女はニヤリと笑った。

「オーガとは、意外と話の分かる連中ではないか。では置き土産として、ベヒーモスの亡骸はくれてやる。素材でも肉でも好きに使う良い。あの村の惨状を見るに、復興させるのは大変だろうからな」
「いいのか? 討伐の証明はどうするつもりだ?」
「証明? ふん、そんなものは必要ない。私が禍を取り除いたと言えば、それがすべてだ。別に禍の中身など伝える必要もないしな」

 さすがは聖国で絶対的な権限を持つ聖女様である。無条件に信頼されているのだろう。
 そもそも禍の話だって、彼女が実際に託宣を受けたことを証明する術はないのだ。当然、それを祓ったことを証明する術もないのだろう。

 だが、それとは別に一つ疑問に思ったことがある。

「いいのか?」
「だからいいと言っているだろうが」
「いや、証明とかではなく、戦闘の前に「猪肉を所望する」と言っていなかったか?」

 たしか「晩御飯は猪肉がいい」というようなことを言っていた気がして問いかければ、フェルリーフが呆れた顔つきとなった。

「馬鹿者、それは戦意を高めるための文句と言うやつだ。私が猪肉など食すものか」
「……そうなのか?」

 勝手な想像ではウォクサーベアだろうとワイバーンの肉だろうと、食えるものは何でも食べそうな彼女のその意外な返答に、私は思わず首を傾げた。

「ああ、当然だ。なんせ私は美食家だからな」
「……」

 言うに事欠いてこれである。
 胸を張って誇らしげなフェルリーフに、私の方こそ呆れてしまった。
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