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チートなオーガのちぃとばかし危険な冒険 作者:サバクタニ

第二部 

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第十二章 決着


『ブララァァァァっ!』

 怒り狂っているであろうベヒーモスから放たれた大きな絶叫は、周囲に居並ぶ騎士たちを釘付けにする。耳を押さえなければ、鼓膜が破れかねない程の大音量なのだ。

「黙れ、猪っ! 『劫火連弾』』

 その叫びを止めさせるためにフェルリーフから放たれた火の連弾は、ベヒーモスが開いていた口に飛び込んだ。――いや違う。奴はわざと叫ぶのを止め、火を吸い込んだのだ。

「なに?」

 怪訝気な顔をするフェルリーフの眼前、体を膨らませたベヒーモスの口から空気と共に彼女の放った火の連弾が射出された。
 それも狙いは周囲の騎士だ。

「避けろ貴様らっ!」

 ジャルデの声が届くよりも先に、精鋭で知られたジャルデ騎士団の面々は、その突然の攻撃にも対応し事なきを得る。
 だがこんな返しがあるのであれば、迂闊に魔法を使う事もできない。

「……じ、嬢さん、もういい……」

 焦燥感を募らせながら騎士たちとベヒーモスの戦いを注視していた私に、随分と治癒してきたらしきブロウが擦れた声を出した。
 だが、傷は完全に塞がってはいない。聖女であるフェルリーフの治癒魔法であればもっと迅速に完全に治癒できるのだろうが、勇者の治癒魔法は彼女のものほど優れてはいないのだ。

「しかし――」
「さっきの戦いで、お嬢さんは団長といい勝負をしていた。早く加勢してやってくれ。なーに、こ、こんぐらい治してもらえりゃあ十分だ。後は唾でも付けときゃ治る」

 これ以上、他者に迷惑をかけるのは御免なのだろう。ブロウはそんな強がりを言う。
 今治療を止めれば、当然ブロウはこの戦いには参加できまい。それでもここで治癒を切り上げ私を行かせようとするのは、自分が参戦できるのを待つよりも良いと判断したということだ。
 つまりそれだけ、私の力を当てにしてくれているのだ。

「勘違いすんなよ? 俺はまだ、お嬢さんを完全に信じたわけじゃねぇ。だが、命の恩人をいつまでも疑えるほど、一貫性のある人間でもねぇ」
「ブロウ殿?」
「だから、だ。俺があんたを完全に信用するのは、団長と無事にあの猪を倒してくれた後だ。俺に信用されたきゃ、生きてあの化け物を倒してこい」
「……分かった、行って来る」

 正直、別にブロウに信用されたいわけではない。だがそれが、私を送り出すための彼なりの方便であることは分かっていた。聖騎士である彼にここまで言わせたのだ。これで加勢しなければ男ではない――いや、私ではない。

「『我、請わん。迷えし者に大いなる祝福と救いの手を。我が意思は常に主の御心の傍に――神域創造』」

 神聖魔法系統の短縮詠唱で、即興の結界を創り出してブロウを覆う。一応上級の魔法で強固な障壁ではあるが、あのベヒーモスが相手ではどこまで保つかは分からない。無いよりはマシな気休めと考えた方がいいだろう。

 そもそも治癒魔法だの、神聖魔法だのは、聖女が得意とする魔法なのだ。勇者であった私は門外漢とさえ言える。

――しかし、だ。

「『大いなる原初の力よ、その血色を以て我が敵を焼き尽くせっ――劫火連弾』っ!」

 騎士たちを追い立てるベヒーモスに横合いから迫りながら、左掌を翳し詠唱。それによって生み出された炎の連弾は、対応する間もない速度で猪の化け物に突き刺さった。

『ブホォオっ?』

 フェルリーフの同魔法でビクともしなかった巨体がぐらつき、悲鳴に近い慌てたような鳴き声を上げた。

 フェルリーフによって右前足が欠損していることも関係しているだろうが、そもそも彼女と私との魔法では、威力そのものが違う。
 着弾するとともにほとんど鎮火した騎士王の『劫火連弾』とは違い、私の放った炎が未だにベヒーモスの毛を燃やし続けているのがその証左だ。

 勿論、短縮したとはいえ詠唱したことも力の上乗せにはなっている。だが何よりも、聖女の得意分野が神聖魔法や治癒魔法であるように、私にもまた、彼女よりも優れている魔法系統があるのだ。

「ラーマ嬢っ! ブロウは?」
「動かない分には問題ない。心配ならこのデカブツを早々に片付けることだ」
「……ああ、そうだな」

 私の参戦に気付いたフェルリーフが、素早く身を寄せ問いかけてくる。それに淡々と返せば、彼女らしくもない少しだけ憂いを帯びた表情となった。

「どうしたのだ、聖女殿」
「いや……ああやはり、私には他者との共闘は向いていないとつくづく思ってな。それが強敵との死闘ともなればなおさらだ」

 ベヒーモスが大地に転がりながら火を消す様を注意深く観察しながら、随分と気の抜けるような弱々しい声で呟く。全く以ってらしくない。らしくないが、それは確かにフェルリーフらしい悩みとは言えた。

 初めて会った時から一人で戦う事を好み、孤高を気取って誰とも肩を並べようとしなかった女騎士。彼女が指揮しているジャルデ騎士団にしても、イオロームきっての武家であるジャルデ家が、代々団長職を任されているに過ぎないらしい。
 彼女が団長に就任する前はもっと多くの騎士が集い、聖国一の団員数を誇る正騎士や聖騎士の混成騎士団であった。
 それが彼女が団長なってから方針を転換し、少数精鋭の形に落ち着いたのだ。それでも彼女にはきっと、まだまだ多いに違いない。
 つまり元々、彼女は騎士団を率いるような人間ではないのだ。

「変わらんなぁ」
「うん?」

 口の中だけで転がしたつもりの言葉は、不明瞭ながらも隣に立つ女丈夫の耳まで届いたようだ。怪訝気な顔で見下ろしてきた。

「いや……」

 それを首を振って軽く誤魔化すと、私はゆっくりと剣を抜き放つ。

「しっかりしろ、聖女殿。其方は誇り高きジャルデ騎士団の団長だろう? それに今は、其方の人生相談を聞いている場合でもない」
「じんっ――ああ、そうだな」

 フェルリーフは私の言葉に面食らったような顔をした後、しかし、すぐさま切り替えるようにベヒーモスを睨みつけた。
 見れば何とか体の火を消し止めた奴は、警戒するように私の方を見ている。どうやら先ほどの一撃は、思った以上に効いたようだ。

「聖女殿、私が援護をする。思う存分奴を攻め立ててくれ」
「気遣いは有難い。だがな、私に援護は不要だ」
「あ、こら……」

 共闘を申し出た私にあっさりと言い捨てると、一人でベヒーモスに突貫していくフェルリーフ。
 まったく、どうしてそこまで意地を通そうとするのか。たしかに、彼女一人でも勝てるのやもしれない。けれど私と一緒なら、もっと早く確実に倒せるはずなのだ。

『ブルォォォっ!』

 迫るフェルリーフに、息を大きく吸い込んで迎え撃たんとするベヒーモス。援護は不要と言われても、傍観しておくことなど私にはできない。

「『照らし染め上げ、我が勝利を指し示せ――眩雷』っ!』」
『ブアァァァっ?』

 ワイバーンとの戦いでも使った、殺傷能力のない雷電魔法。単純に目暗ましにしか使えないが、それでも一度目の不意打ちには効果的だ。

「ぐあ、眩しいっ!」
「み、見えん……」

 ベヒーモスだけではなく、私の周囲にいた騎士たちも喰らってしまったようだが問題ない。
 目を眩ませる光の発生源である私に、背を向け駆ける騎士王には微塵にも影響がなかったのだから。

「貰ったっ!」

 鋭い声が響き、フェルリーフの魔力が乗せられた『デュラム』が一閃され、ベヒーモスの左前足から血飛沫が上がった。

『ブラァァァアアアっ!』

 抗議の声を上げるベヒーモス。だが、これでも済ませると思うなよ?

「らぁっ!」

『眩雷』を発動直後に走り寄っていた私が、すかさず同じ箇所に追撃の一振りを加える。これには堪らず、ベヒーモスが跪くように頭を垂れた。弱った前足では、その巨体を支える事ができなかったに違いない。

「今が好機だ、聖女殿っ!」
「分かっているっ! 『炎纏』」

 振り上げた『デュラム』に天まで届くような大きな炎を纏わせるフェルリーフ。それを前屈姿勢であるベヒーモスの頭部目掛けて真正面から真っ直ぐに振り下ろした。

「やぁぁぁぁっ!」
『ブヒィィィィっ!』

 巨体を真っ二つに断割るような一撃は、ベヒーモスの額の角を割り、それでも止まることなく顔面の上から下まで貫く一筋の傷跡を作る。いや、ほとんど炎で斬ったようなものだ。焼け跡ができている。

『……ブゥ……』

 見事なその斬撃に白目を剥き、ついに後ろ足さえ崩れ完全に伏せるような姿勢となったベヒーモス。
 巨体が落下するように座り込んだのだ。山全体が再び轟音に震えるが、それすらも掻き消すような歓声が上がる。

「や、やったぁっ!」
「た、倒したぞ。勝ったっ!」
「さすが団長っ! 我々の勝利だっ!」

 喜び、周囲にいた者同士で抱き合う騎士たち。その様子を見ながら、私もフェルリーフにでも抱き着いてみるかと彼女を見れば――険しい顔で『デュラム』を見ていた。

「聖女殿?」
「……硬いな。そうか、これでも……静まれっ! 敵はまだ、生きているっ!」

 フェルリーフの警戒を促す大音声に、歓喜を分かちあっていた騎士たちは呆然とした表情で固まった。
 当然だ。どのような化け物であろうと、あれほど見事な一撃を受けて生きているなど到底考えられない。しかし、傍にいる彼女の表情から察する事のできた私は、すぐさま『レーブ』を構え直しベヒーモスを見る。
 斬った本人にしか生じない違和感が、彼女の身にはあったのだろう。

『ぶ、る、ぶぶ……』

 そしてそれは形となって表れる。

 既に半死半生と言った有様で体を起こしたベヒーモスは、全身を揺すりながら弱々しい視線を周囲に向けた。
 もはやほとんど戦う力は残されていないだろうが、それでも敵は怪物。どのような攻撃を仕掛けてくるか分かったものではない。

 油断なくベヒーモスの動きを見ていれば、奴は流していた視線をフェルリーフのところで止める。
 その瞬間、消えかけていたベヒーモスの目に再び爛々とした光が宿る。それはおそらく、執念と呼ばれるものだろう。
 私はこの目を――この気配を知っている。
 以前感じたものと同じであれば、奴はおそらく――。

『ぶ、ブアアァァァっ!』
「ぐっ?」


 今まで一番大きな咆哮が、フェルリーフのみを狙って放たれる。その音のみで金属さえも穿てそうな大きな声に、さしもの騎士王とて顔を顰め動きが鈍る。その刹那の隙を、ベヒーモスは見逃さなかった。

『ブルアァァアァっ!』

 叫びながらフェルリーフへと突貫するベヒーモス。前足は両方とも万全ではない。右前足は中ほどで欠損しているため前傾を余儀なくされ、さらに左前足も辛うじて繋がっているような有様だ。地面を踏みしめる度に血飛沫が上がる。

 しかし、それでも。それでもベヒーモスは止まらない。今までで一番早く、今までで一番闘志を剥き出しに前へ前へと突っ込んでいく。

「くっ!」

 躱せないと察したフェルリーフが、衝撃に耐えるために『デュラム』を盾のように構える。だが、そんなものは何の気休めにもなるまい。いくら騎士王聖女とは言え、あんな巨体の体当たりを喰らっては、圧殺されるに決まっている。

 この生命力をすべて使い果たすような死ぬ気の特攻を『予想していた』私は、魔力を乗せた『レーブ』を振り抜いた。

 時間をかけ、通常よりも多く剣に乗せていた魔力は大きな刃となってベヒーモスの首元へと突き刺さる。

『ブゥ……』

 魔力の刃によって首元を著しく削られたベヒーモス。大きな血管を切り裂いたのか盛大な量の血が首から噴き出てくる。

 それでも必死な形相でフェルリーフのすぐ傍まで迫り――しかしそれが、最期の足掻きとなった。
 やがて足が止まると、自分の首から噴き出る血に押されるように横倒しとなって動きを止めた。

 それは私たちが、ベヒーモスを討伐した瞬間であった。


「……勝った? 勝ったんだな? やったぁっ!」

 ベヒーモスの亡骸を注意深く確かめた騎士が、その死亡を確認して大歓声を上げる。
 それにつられるように周囲の騎士たちも歓声を上げて、自分たちの勝利を喜んだ。

 怪我人は何人もいるが重傷を負ったのはブロウだけだ。後は直接攻撃を受けたわけではなく、攻撃を躱す最中に負った傷ばかり。
 死者も出てしまったが、この怪物を相手に一人だけ。数字だけ見れば上々の成果と言えるだろう。
 そう、数字だけ見れば。

「エレック……」

 ベヒーモスの空弾によって心の臓を貫かれた若い騎士。その死を悼むように、フェルリーフが手を組ませてやっている。

「聖女殿……」

 傍に寄って彼女に声を掛けると、気落ちしたような顔で見上げられ、そして直ぐに顔を逸らされた。

 この傷心な面持ち、よもやこの聖女の想い人だったのだろうか?

「また、私よりも若い騎士がこの世を去った」

 そんな私の邪推を掻き消すように、フェルリーフは淡々とした声音で呟く。

「どれだけ精鋭を集めても、死ぬときはあっさり死んでしまう。どんな強者だって、絶対に死なないわけではない。現に私よりも強かった者も、私よりも先に死んだ」
「……」
「やはり私は間違っているのだろうか? あの男が死に、一人で行かせた事を後悔しなかった日はない。あの男の言うように、共に肩を並べて戦ったなら、私は奴を死なせずに済んだのだろうか」

 フェルリーフの言う「あの男」の正体が誰なのかを察し、思わず唾を飲み込んだ。

「だが、そう思って騎士たちを戦場に連れてこれば、どいつもこいつも私より先に死におって。これでは、これでは私はいつまでも孤高を気取らねばならん」
「……其方は、お優しいのだな」

 奥歯を噛み締めながら唸るように呟いたフェルリーフに、自然とそんな感想が漏れる。

 彼女が一人で戦おうとする理由。それは強者の矜持とか戦いが好きだからとかそんな事は些細な問題で。
 要するに彼女は、目の前で誰かが傷つくのが嫌だってことなのだろう――いや勿論、実際に好戦的で気高いのだろうが。

「優しい? 私が? ふむ……美人だの美女だのと言うお世辞はいくつも受けたが、そんな褒められ方は初めてだ。少し照れる」

 私の言葉に目を瞬かせてから少しだけ苦笑し、ゆっくりとフェルリーフは立ち上がった。

「さて、後片付けをして山を下るとしよう。オーガ達とも話し合わねばならん」
「ああ。その前にブロウをもう少し治癒しないといけない」

 ベヒーモスを倒したことにより沸き立つ騎士たち。そんな騎士たちを呆れるような目で見ながら、しかし私もフェルリーフもその勝利を噛み締めていた。

 誰もが浮かれ、騒ぎ、だからこそ失念していた。私たちはいつ如何なる時も、山を下りるまでは油断するべきではなかったと言うことに。

 突如近くで膨れ上がった殺気が、こちらへと急速に接近。

 そのはやさと言えば、油断していた私が背後の殺気に気付いて反応するよりもまだ早い。

「シッ!」

 鋭く短い呼気と共に繰り出された貫手が、振り向くと同時に眼前へと迫っていた。
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