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チートなオーガのちぃとばかし危険な冒険 作者:サバクタニ

第二部 

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第十一章 騎士王の手番


 灰色の山を思わせるその怪物は、ホーンボアと言う魔物から最終的に変異を起こしたというだけあって、それなりに似たような姿をしていた。

 頭上の一本角に短く太い鼻。その大きさの違いはあれど、ホーンボアにも同じように角と太い鼻がある。しかし一般的なホーンボアと違い、目の前の巨獣には口の両端から覗く二つの長く鋭い牙があった。
 その牙は先が尖っているだけではなく、まるで両刃の剣のように薄くなった造りをしている。おそらく、実際に斬ることさえできる牙なのだろう。

 四肢は巨体にしては短いが、それでも人間が潜り込める程度にはある。つまりそれだけ、奴の身体が桁違いに大きいのだ。

 そして何と言っても圧巻なのは、奇麗な毛並みの灰色の毛皮だ。ホーンボアの茶色で乱雑に生えているそれとは違い、奇麗に生えそろって光沢のある毛皮は、おそろしく頑丈そうに見えた。そして実際に頑丈なのだろう。

 咆哮を終えたその灰色の山は、はるか高みにある頭部からこちらを見下ろした。

「いくぞっ! 『劫火連弾』っ!」

 先制攻撃と言わんばかりに、フェルリーフの素早く翳された左手から炎の塊がいくつも射出され、山のような巨体に突き刺さる。

『ブルルルルゥっ』

 火炎系統の上級魔法である『劫火連弾』を受け、灰色の山――ベヒーモスは苛立ったような声を上げ、身震いした。

 たったそれだけで、灰色の毛を燃やしていた炎が鎮火する。これでは大した効果はないだろう。

「ちっ。魔法に対してもそれなりに耐性があるようだな……来るぞっ!」

 フェルリーフの魔法にこちらを完全に敵と定めたのだろう。ベヒーモスが頭を低くして突進してくる。その動きは図体の割には早いが、本来であれば躱せない速度ではない。問題なのはその図体だ。大きすぎるのである。

「うわぁっ!」

 全速力で回避を行ったのだが、騎士たちの一人が振り回すベヒーモスの頭に当たって跳ね飛ばされた。
 角や牙に触れなかったのは幸いと言えるが、しかし驚くべきはその威力だ。軽々と宙に舞いあげられたその騎士は、為す術もなくベヒーモスの体長を超える高さから地面へと落下する。

 鎧を纏っているとはいえこの高さだ。そのまま地面へ叩きつけられれば命はあるまい。

 私は咄嗟に天象系統の魔法を詠唱する。

「『其は世を廻りし流れゆくもの。我が声に応えその身を踊らせよっ――昇風』!」

 辺り一帯の風が流れを変え、落下する騎士を押し上げるように吹き上がる。
『昇風』は低級魔法の割に詠唱も長く、鎧を付けた大の大人を浮かび上がらせるような力もない。そのためあまり使用する者はいないが、落下速度を緩めるのであればうってつけの魔法だ。

 まるで風に包まれるように降下した騎士は、両足から着地し呆けた顔を晒している。

「すまんなっ、ラーマ嬢っ! 貴様らも油断するなっ。上手く懐に潜り込んで足を狙えっ!」

 私の魔法を見ていたのか、フェルリーフのそんな大声が辺りに響く。そしてそれを実行するつもりなのだろう、方向転換をしてこちらを追撃しようとするベヒーモスへと自ら駆け寄っていく。

「『劫火連弾』っ!」

 先ほど効かなかったはずの上級魔法を放つフェルリーフ。当然、ベヒーモスは鬱陶し気に体を揺すって火を払うがそれだけだ。ほとんど喰らってはいまい。

「てあっ!」

 しかしその炎を目暗ましに距離を詰めたフェルリーフは、裂帛の気合を込めた一閃をベヒーモスの右前足にお見舞いする。

『ブルォッ!』

 ベヒーモスの太い前足から血飛沫が上がり、少しだけ前のめりになるも何とか踏みとどまる。
 そして苛立ったように攻撃を仕掛けたフェルリーフを睨みつけた。その時にはすでに、歴戦の騎士王は間合いを取って一呼吸ついている。

「……硬いな。今ので五分の一削れたかどうか……」

 ようやく効果的な傷を与えた筈のフェルリーフの表情は、しかし冴えない。ベヒーモスの物理耐性は、やはり斬撃をも含んでいるのだろう。おそらくは思っていた以上に手応えがなかったのだ。あるいはありすぎたのだ。

 フェルリーフは少し考えるように聖剣である『デュラム』をちらりと見やってから、すぐさま切り替えるようにベヒーモスへと向け構える。

「だが、それがどうした? ならばあと四回斬り付ければいいだけの話。四本合わせてもたかだか二十回っ! はっ、容易いことだ」

 いやいやいや。

 あの巨体に近づいて、踏みつぶされないように二十回斬り付ける? さすがに容易な事ではない。

 無論、騎士王聖女だってそんなことは分かっているに違いない。分かっていながらそう吠えることで、己を鼓舞しているのだろう。

「おらっ! 余所見すんじゃねぇっ!」

 フェルリーフに睨みを利かせていたベヒーモスの左後足を、ジャルデ騎士団副団長のブロウが大鎚で殴りつける。
 膂力に優れた大男が大槌で獣の足を打ち付けたのだ。本来であれば骨が折れても不思議ではない。
 だが何度でも言うが、相手は大槌が小枝のようにさえ見える巨体の、さらに物理耐性のあるベヒーモスなのだ。少しだけ目を瞬かせた後、怪物は左後足を振り上げた。

「まずいっ! 逃げろ、ブロウっ!」

 フェルリーフの声が上がるよりも先に、大槌を投げ出したブロウはすぐさまその場を離脱。
 その直後に響いた轟音と共に世界が揺れるような錯覚に陥る。

 たった一度のその場での足踏みによって山全体を揺るがせたベヒーモスは、陥没した大地から後足を引き揚げる。そしてやはり、厄介だと認めたのかフェルリーフへと向けて牙を向けた。

「魔力を込めた大槌をああも容易く跳ね返すか……」

 呟いたフェルリーフへ向け、巨体を俊敏に寄せるベヒーモス。しかし、流石の騎士王は牙や角を掻い潜り、僅かにできた四肢の隙間を抜け様に、再び右前足を斬り付けた。

『ブルォっ!』

 苛立ったように全ての四肢で大地を何度も踏みつけるベヒーモス。当然、その場からフェルリーフは素早く離れているが、その暴れようは激しくて肝が冷える。
 足が振り下ろされるその度、地震でも起きたかのような振動で立っているのもやっとなのだ。
 攻撃を仕掛けようにも近づくことさえままならない。

「調子に乗るなよっ? 『我が威は雷となりて敵を屠らん――雷球』っ!」

 騎士の一人から放たれた雷の塊が、地面を激しく踏みたてるベヒーモスへと直撃。
 だが、火炎系統の上級魔法で傷一つ付かないのだ。雷電魔法系統の初歩とも言える『雷球』では、さしたる効果は望めまい。

『ブルルルゥっ!』

 実際、ベヒーモスに痛がる素振りはない。しかし、その攻撃によって完全に目を据わらせてしまった巨獣は、足踏みをやめて自身に魔法を直撃させた騎士を見やる。

 そして口を大きく開けた。

「お、おい……まさか火を噴くとか――」

 咄嗟にベヒーモスの口の正面から逃げ出した騎士たち。だが、竜種でもないベヒーモスが想像通りに火を吐くことはなかった。むしろ、吸ったのである。

「な、これはっ!」

 自分の目の前の空気を大きく吸い込むベヒーモス。その吸引力に引っ張られ、周囲にいる騎士たちはその場でとどまるのが精一杯だ。

 そして空気を身体中に取り入れたことで巨体をますます膨張させたベヒーモスは、ついに空気を吸い込むのをやめる。そして吸うのが終わったのであれば、次に行うことなど決まっている。

「やべぇっ! おめぇらっ、自分の身を――っ」

 周囲の騎士たちに注意を促すために声を張り上げたブロウが、ベヒーモスの口から射出された高速の空気の弾によって撃ち抜かれる。
 皮鎧や質の悪い鉄製の鎧ならいざ知らず、聖騎士が纏う上質な鉄製鎧。それをいとも容易く貫いた言うなれば空弾は、ブロウの腹を撃ち抜き背中から飛び出していく。

「ぐ、は……」

 口の端から血を溢し、呆然とした面持ちで鎧の穴が開いた箇所を押さえると、ブロウは前のめりに倒れ伏した。

「副団長っ! くそ、この野郎っ!」
「馬鹿者っ! 奴の身体は未だ膨れているっ! おそらくまだまだ撃ってくるぞっ!」

 憤った若い騎士が無謀にも斬り掛かるのを、フェルリーフが声を上げて制する。しかし、遅かった。

 再びベヒーモスの口から撃ち出された空弾は、迫っていた若い騎士に容赦なく突き刺さって風穴を空ける。それも左胸だ――もう無理だろう。

「エレック!」

 フェルリーフが人形のように崩れ落ちた若い騎士に呼び掛ける姿から目を逸らし、私は先に撃ち抜かれた偉丈夫の方を見る。

「せめてブロウだけでもっ!」

 今ならば治癒魔法のみで、ブロウならば助けられるかもしれない。ベヒーモスの空弾を怖れて身を竦める騎士たちの間を抜け、倒れている騎士団副団長へと駆け寄った。

「しっかりしろっ!」
「う……ぐ。は……」

 治癒魔法を掛けながら呼びかけ、なんとか意識を繋ぎ留めさせる。幸いにも急所は外しているのでこの分ならば大事はないが、それでも出血量は多い。しばらく治癒魔法はかけ続けなければなるまい。
 問題は、それを素直にベヒーモスが認めてくれるかだが。

「奴は……」

 さり気なくベヒーモスの姿を窺えば、私たちの方には全く注意を払っていなかった。どうやらこちらを気遣ってくれたのか、フェルリーフが奴の視線を惹き付けてくれているようだ。

「貴様は絶対に許さんっ!」

 若い騎士が倒れたことで、フェルリーフの顔は一層引き締まったものとなっている。
 体を膨らませ、未だ空弾が射出可能であると分かるベヒーモスを相手に真っ向から対峙し、聖剣『デュラム』を正眼に構える。

「『炎纏』」

 騎士王の口から小さく紡がれた魔法の言葉は、炎となって『デュラム』を包み込んだ。
 本来であれば『炎纏』は身体に沿うように炎を纏う魔法であって、武器に纏わせるなんて聞いたことも見たこともない。
 そんな事をすれば人体と違って調節や調整ができず、炎を纏わせた武器がただでは済まないからだ。

「……そうか、『デュラム』――」

 だが、不壊の聖剣『デュラム』であれば、そんな無茶も可能なのだ。熱で傷むことも変形することも、魔法で損傷することもない紛うことなき完成された不壊。なればこそ、こんな方法が許されるのである。

「はぁぁぁっ!」

 炎を纏った剣を振り上げ、一気に駆け寄るフェルリーフ。当然、黙って見ているような怪物ではない。
 先ほどと同じように、若い騎士の命を奪った無慈悲な空弾が口から射出される。直撃すれば騎士王聖女とてただではすむまい――そう、直撃すれば。

「遅いっ!」

 人体ごと金属を穿つ速度で発射された空弾を、走りながら首を捻るだけで回避。その信じられないような挙動に、周囲の騎士たちでさえ目を剥いた。だが、言わせてもらえばそれでこそ騎士王たるフェルリーフだ。
 一直線にしか飛んでこないあの程度の攻撃、躱してもらわなければ私が困る。まぁ、私が躱せるかどうかは別の問題ではあるが。

『ヴォ?』

 躱されたことに間の抜けた声を漏らしたベヒーモスは、しかし気を取り直すかのように空弾を連続して発射した。

 おそらくは吸い込んだ膨大な空気を高密度に圧縮し、弾状にして射出しているのだろうが、撃ってくると分かれば対処できない攻撃ではない。

「遅い、遅い遅いっ! その程度か、貴様の力はぁぁぁっ!」

 身を屈め、捻じり、跳び、避け、躱し、ありとあらゆる方法で一切止まることなくベヒーモスの元へと駆け寄ったフェルリーフは、炎を纏った『デュラム』を一閃。

 再びベヒーモスの右前足を斬り付ける。

『ブルァァァっ?』

 今までで一番、大きな声を上げて痛みを訴えるベヒーモス。頑丈な毛皮に守られている弱い内部を、斬り付けられながら同時に焼かれたのだ。生き物であれば耐えがたい苦痛であろう。
 だが、騎士王の攻撃は終わらなかった。

「『爆炎弾』っ!」

 斬り開いたベヒーモスの足に左手を突っ込み、あらゆる系統魔法の中で最も威力が高いとされる爆炎系統の魔法を発動させた。

「団長っ?」

 響く轟音と立ち込める黒煙に軽い悲鳴を上げる騎士連中。低級とは言え、爆炎魔法系統をあの零距離で受けたのだ。攻撃を仕掛けたフェルリーフと言えど無事ではすむまい。
 騎士たちの心配ももっともだった。

「――痛ぅ……騒ぐな」

 煙幕の中から転がるように出てきたフェルリーフの左手は、無残にも骨がむき出しになり掌が完全に消失している。
 しかしそれも一瞬の事で、恢復魔法を使ったらしく顰めた顔の後、直ぐに再生し元通りとなった。とは言え当然ではあるが、腕や掌を覆ていた装具は消えたままだ。

「ふん、思い知ったか、化け物め」

 再生した左掌を振りながら呟いたフェルリーフの眼前、ゆっくりと黒い煙が晴れていく。そしてその晴れた先には、右前足が中ほどから千切れた巨獣の姿があった。フェルリーフの攻撃は、ベヒーモスの足を見事に奪い切ったのだ。

『……ブルァァァ……』

 右前足が短くなったことで、前傾姿勢を余儀なくされたベヒーモス。その目は異様なまでに爛々と輝き、周囲を圧迫するような威圧感を放ち始めている。
 どうやら終わったわけではなさそうだ。いや、これからが本番であるとさえ言えるやもしれない。

 獣は追い詰めてからが怖ろしいと聞く。
 果たして我々が奴を追い詰められたかは判らないが、それでもますます怖ろしい存在になったことだけはたしかであった。
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