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チートなオーガのちぃとばかし危険な冒険 作者:サバクタニ

第一部 探求の冒険者

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第九章 祖父と孫


 マーマンを無事に換金し終えた後、しばらくはレパールの街を散策した。前世の記憶と違っていたところや、既に無くなっていたお気に入りの店。そして今なお健在だった店などを見て回り、それから夕刻に『竜魚の尻尾亭』へと足を運んだ。

「いらっしゃいませっ! あっ、旅のお二人さんっ! こちらにどうぞっ!」

 私とアルサートの姿を認めるや給仕の娘は駆け寄ってきて、昨日と同じ止まり木へと案内してくれた。

「お二人にはなんとお礼を言っていいか分かりません。さっそく業者が確認に行ってくれましたが、河の竜魚もほとんど減ってはいなかったみたいです」
「ほう、そいつは良かった。俺とラーマの頑張った甲斐があると言うものだ」

 大袈裟に踏ん反り返り、押し付けがましく言って見せたアルサート。勿論、私も給仕も冗談だと分かっているため、目を合わせて苦笑するのみだ。

 収まらなかったのは周囲にいた常連客だった。

「おい、あんちゃんたちがあの野郎を倒してくれたのか?」
「お前さんらはこの店の――いや、俺たちの恩人だぜ」 
「あ、ああ……いや。私たちは別に大したことは……」

 仕切り台の椅子に座る私たちへ店内の客たちが殺到し、取り囲んでがやがやとはしゃぎ始めた。
 何とも楽しい雰囲気で、私も取り囲んでいる人間の一人ならば楽しめただろう。しかし、主役となってはたまらない。縋るようにアルサートの方へ視線を向けた。
 だが無情にも、もう一人の主役は存外乗り気のようであった。
 片手を上げて取り囲む客たちに答えながら、私の方へ茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せる。

「まぁ、ラーマよ。こうなっては仕方あるまい。今宵は精々、楽しむとしよう」
「……気楽に言ってくれる。私は静かに飲む方が好きなんだが……」

 勇者であった頃、一時期共に旅した仲間と飲む酒は美味かった。しかしハーフオーガとして生まれた村では、常に偏見に晒されていたため一人で飲むことに慣れてしまったのだ。
 今さら他者と楽しく賑やかに酒を飲むことなどできるだろうか。少し尻込みしながらも、席を立って雰囲気を悪くするのも本意ではない。
 結局諦めて腰を据え、取りあえず昨晩飲んだウォクサー火酒を頼む。薄情な隣席の偉丈夫にも同じものを頼んでやった。

「お料理はどうしましょう? 今夜はあなた方のおかげで竜魚が出せますよ?」
「ああ、そうだな……竜魚の料理をお任せで頼む」

 昨日は煮付けを頼むつもりだったが、今日は趣を変えて給仕に任せることにした。私の注文に給仕は頷くと厨房へ引っ込み、それを見計らったかのように常連客達が話しかけてくる。

「あんた、火酒を飲むのかい?」
「はぇー。こんなこまいのになぁ」
「……飲み比べてみるか?」

 明らかにこちらを心配するような視線に挑戦的に返せば、ひらひらと片手を振られた。

「やめ、やめ。飲み比べるも何も、俺たちは一二杯でぶっ飛ぶぜ」
「おりゃあ昨日も見てたが、あんた五杯は飲んでたろう? あんたみたいな蟒蛇、敵うはずがない」
「なんとっ! そいつはすごい……」

 昨日の私たちを見ていた者もいたようで、益々こちらの評価が上がってしまった。その結果一層騒がしくなり、口元を覆う布切れの下で顔を顰めてしまうのも無理からぬことだろう。

 そんな私に気付いたのだろう。隣の男は面白いものを見るような目でこちらに視線を寄越す。

「くっくっく。何もそう邪険にすることもあるまい? 彼らはお前さんの武勇を喜んでるのだ」
「他人事みたいに。止めを刺したのはお前だぞ? あの見事な太刀筋、さすがは立派な鎧と剣を携えているだけはある」

 小声で揶揄うようなアルサートに少し大きめの声でそう返せば、狙い通り周囲の客たちは標的をアルサートに変えたようだ。
 一斉にアルサートを囃し始めた。
 アルサートの立派な体格や装備を褒め、そういったことに慣れているのか本人も満更ではない笑みを浮かべて上手く対応している。
 常連客達も本来であれば不快になるような持て囃し方ではないのだ。無碍にする私が悪いのだろう。

「……まだまだ私も子どもだな」

 前世でもそれなりに歳を取り、ハーフオーガの身となって十六年。合わせればいい歳になるはずだがそれでも大人になり切れていない。何とも情けない話だ。

 そんな風にしみじみと考え、軽く落ち込んでいたからこそ、給仕が運んできた料理に反応が遅れた。

「お待たせしました。勇者様の晩餐です」
「ありがとう……え?」

 皿を目の前に置かれながら掛けられた言葉に目を剥いた。今、この給仕は何と言った? 勇者だって? 
 まさか、私の前世を悟ったというのか……。

「どうされました?」

 驚きで呆然と給仕を見つめる私に、当の本人は怪訝気な顔で首を傾げた。その表情はとても、私が勇者であることを悟った者には見えない。

「……今、勇者と言わなかったか?」
「え? ええ。この料理、『勇者様の晩餐』と言うんです」
「ほう、そいつはなかなか洒落た名前だな?」

 聞けば何てことない理由であったが、嘗ての勇者だった私としてはそれはあまりにも不意打ちで、心臓が止まるかと思った。
 とてもではないが、アルサートのように感心した笑みを浮かべることはできない。

「しかし、これが竜魚か。たしかに美味そうだが……俺には大きな魚の煮付けにしか見えんな。いや、別に悪いというわけではないが、勇者の晩餐と言うには質素だな」

 脈打つ心臓を沈めるために俯いていれば、アルサートが随分と失礼な事を呟いた。その言葉に顔を上げて料理を見れば、その言い分も納得できる。
 何故ならそれは、かつて私が食べていた何の変哲もない竜魚の煮付けだったのだから。

「この料理はそんな名ではなかったはずだ。いつの間にそんな名になったんだ?」
「え?」

 思わず問いかけた私に、目を丸くする給仕。
 そして何やら疑わしい者を見るような目でこちらを見下ろした。

「彼此十五年以上は前だと思いますが……お客様は十五年前もこの店に?」
「……」

 自慢ではないが、私の容姿はたとえ目元のみを晒していても子どもに見える。況やこの給仕は私の口元まで見ている。十五も前なら私が幼児であると考えてもおかしくはない。

「……お、親に連れてこられてな、その時に見た。記憶力はいいんだ」
「あ、そうだったんですね。私はまだ一歳ぐらいで記憶にないんですけど、私の祖父が名を変えたみたいです。何でも、勇者様が立ち寄るたびに食べていた料理だそうで」
「なんとっ。つまりこの店は『救世の勇者』のいきつけだったのか!」

 私の苦しい言い訳にあっさりと納得した給仕は、そんな風に料理名の経緯を教えてくれた。
 それはいいのだが、嬉しそうなアルサートが言う『救世の勇者』とはなんだろうか?

「なんだ? その『救世の勇者』って言うのは」
「知らんのか? 十六年前に魔王と相討った勇者の異名だ。命を賭して世界を破滅から救った彼を讃え、ヴェネラ王国国王が贈った称号だ。今日日、子供でも知ってることだぞ?」

 怪訝気な顔を向けられても、死んでから今まで魔物の集落で暮らしていたのだ。そんな人間の常識など知りようもない。
 そもそもその恥ずかしい異名はどうにかならないのだろうか。ヴェネラ国王も余計な事をしてくれる。

「命を賭して……歴代の中でも『救世の勇者』様だけだったんですよね。魔王を倒しても、生きて帰ってこれなかった勇者様は」

 アルサートの言葉を補足するように、給仕の娘がしみじみと呟いた。そう言えば、初代勇者から私まで含め五人の勇者が歴代にはいた。その中でエルフの勇者が三人に、人間の勇者が二人。そして魔王と相討った勇者は私だけだ。
 私以外の四人は魔王を討伐した後、然るべき報奨を得てそれぞれの余生を送ったとされる。それを思えば魔王と共倒れとなりハーフオーガに成り果てた私とは一体……。

「祖父は言っていました。店にいらっしゃった勇者様は普通の青年に見え、とても魔王を倒すような――魔王と相討つような人間には見えなかったと」
「ほう? 如何にも勇者然りとした容貌ではなかったと?」
「ええ。だからこそ祖父は、嘆いていました。「勇者という業さえ背負わなければ、あの青年には平凡な人生があったろう」……勿論、言ってはいけない事だとは思うんです。ですが――遣り切れないですね」

 給仕とアルサートの会話を聞いて、少しだけ昔の事を思い出す。

――お主は逃げ出そうと思わんのか?

 勇者だった頃、随分と馴染んできたこの店で酒を飲んでいると隣に店主が座った。いつも仕切り台の向こうで店を眺めているような人だったから意外に思ったのだが、寡黙な彼がそんな風に話しかけてきた時は一層驚かされたものだ。
 だからこそ、店主の問い掛けの言葉は覚えているが、果たして私は彼に何と答えただろうか。もう、自分の答えは忘れてしまった。
 ただ、私の答えを聞いた老爺の寂し気な笑みは――痛ましい者を見るかのような皺を深くしたあの笑みだけは、どうにも忘れられそうにない。

 そう言えば、あの店主を祖父と言うのなら、この給仕の娘は彼の孫と言うことになる。だとすれば……。


「そうか。なら君はいつも店主が抱いていた赤子なのか」
「あら、そこまで覚えていらっしゃるんですか? ええ、そうなんですっ!」

 私の言葉に嬉しそうに目を輝かせる給仕。ああ、あんな小さな赤子が、こんなに立派になるなんて――十六年と言う歳月を改めて感じる。

「では、その店主は息災かな? お見かけしないが、流石に隠居したのだろうか?」

 懐かしさから問いかければ、返ってきたのは伏し目がちな眼差しであった。一瞬にして翳ってしまった彼女の瞳を見て悟ってしまう――悟らされてしまった。本当に、十六年と言うのは長いものだ。

「祖父は……亡くなりました。三年前の冬です」
「……そうか。寡黙でならず者達には恐れられていたが、君を見つめる視線は優しかった。色々と話も聞いてもらって……素晴らしい方だった。お悔やみ申し上げる」

 これ以上は私の正体が露見しかねない為、語れない。しかし、故人を惜しむ気持ちは伝わってくれたようで、給仕は潤んだ瞳で私を見つめ少し笑った。

「ありがとうございます。祖父も喜んでいると思います」

 それから深々と頭を下げられ、私は苦笑交じりに無言を貫いていたアルサートを見る。すると奴は心得たと言わんばかりに、目の前に置かれた火酒を手に取って掲げた。

「諸君、『竜魚の尻尾亭』と素晴らしき店主に乾杯っ!」
「……乾杯」
「おう、乾杯っ!」
「ついでにあんたらの武勇にもだっ! 乾杯っ!」

 しんみりとした空気を掻き消すようなアルサートの声を皮切りに、次々と掲げられる酒の入った杯。

 店中に広がっていくその光景に、賑やかな酒の席も偶にはいい――そんな風に思えたのだった。
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