うろな町長の長い一日 その一 企画課編
おはようございます。弥塚泉です。
早いもので、今日でうろな町計画が始まって一周年になります。今日一日を思いっきり楽しんでいただきたいと思いますので、長ったらしい前置きは抜きにして一言だけ感謝を。
シュウさん、ディライトさん、こんな最高に楽しい仲間に参加させていただいて本当にありがとうございました! これからもよろしくです!
ではでは、お二人はもちろんのこと、これを読んでくださるすべての人にとって楽しい一日になりますように。
今日は五月二十五日。日曜日の午前八時という一週間で一番ゆったりと疲れを癒すことのできる時間に、彼はけたたましく鳴る呼び出し音によって、不本意ながら叩き起こされた。
「うわわっ、ごめんなさい!」
なぜか謝りながら飛び起きて、目の前に広がっているいつも通りの自室を前に呆けることしばらく。
「あ、インターホンか」
やっと来客に気づいた彼は、寝巻のままのろのろと寝床から這い出て玄関へと向かった。彼はこのうろな町の町長であり、ここはその自宅だ。何か緊急事態が起こったとしたら真っ先に電話が来るだろうし、誰か来客があるという話も聞いていない。そこで、今もずっと鳴りっぱなしのインターホンに家人が誰も出ないことにふと疑問を抱いたが、
「そっか。今日は俺一人なんだっけ」
昨日から家人はみんな出かけてしまい、家の中には自分しかいないことを思い出した。いよいよ来客の見当がつかなくなってきてぼんやりと、秋原さんだったらいいななどと恋人の顔を思い浮かべたがそんな呑気な思考は玄関扉を開けた途端に吹き飛ばされる。
「おはようさんです町長! 企画課でっせー!」
「朝早うにすんません」
そこにいたのは町役場きってのトラブルメーカーの二人だった。黒髪の方は佐々木達也、茶髪の方は香我見遥真という。時々町を巻き込むこともある二人だから、この時点で嫌な予感しかしない。
「っちゅうことで、お邪魔しまーす」
「ちょっとちょっと! なんで入ってくるの!?」
彼ら、特に佐々木と関わると十中八九厄介なことに巻き込まれる。できれば立ち話で済ませたい町長だった。しかしその態度に佐々木は不満げに眉をひそめる。
「せやかて工藤」
「工藤って誰だよ!」
「せやかて町長。もうすぐボクの見てるアニメが始まりますねん。それやったらいつ見ますの?」
「今でしょ!」
「はい、許可いただきました」
「あっ!」
思わず乗せられて町長が突っ込んだ隙に上がり込み、そのまま勝手知ったる町長の家を迷うことなく歩いていってしまう。行ってしまったものは仕方ないので、残った企画課の片割れ、香我見に話を聞くことにした。たびたび突発的な行動を起こす佐々木のことは、常識人の香我見に聞いた方が話が早い。
「それで、香我見君までどうしたの?」
「まあこんなところで立ち話もなんですから、とりあえず入りましょうよ」
「すみません、汚いところですけど……って、それ俺が言う台詞でしょ! 香我見君までさりげなく馬鹿なことを言わないでよ!」
彼に対しても常識人という肩書きは剥奪した方が良い様である。
「だって家の中でゆっくり話する場所いうたらどこですの?」
「居間でしょ!」
「はい、許可いただきました」
「しまった!」
彼もつくづくノリのいい町長である。
ノリだけでなく人もいい町長がお茶を入れてリビングに戻ってくると香我見はいつも通り携帯をいじっていて、佐々木は本当にアニメを見始めてしまっていた。見た目といい中身といい、正反対な二人だがこういうマイペースなところはそっくりだ。
「それで、二人ともなんでうちに来たの?」
「ああ、それはアレですよ。今日はあの日なんで、町長サンにアレしたらええんちゃうかっちゅう話してまして」
テレビに夢中で生返事の佐々木の代わりに香我見が携帯を閉じて答えてくれた。
「まあ紆余曲折、かくかくしかじかあったんですけど、一言で言うと暇やったんで来ました」
めちゃくちゃどうでもいい理由だった。
「別に俺の家にも面白いことはないよ……」
「町長サンはなんか予定あったんですか?」
アニメの次回予告までしっかり見終わった佐々木はテーブルの上の煎餅をかじり始めた。もう完全に友達の家感覚だ。
「って言われても、今起きたばっかりだし。特に何もないよ」
「せやったらせっかくのええ天気ですし、どっか出かけたらどうです」
言葉が言い終わらないうちにふわあ、と大きな欠伸をする。もしかしたら香我見も佐々木に引っ張ってこられたのかもしれない。
「家の人みんなお留守なんやったら気兼ねなく出かけられるやないですか。そうやなぁ、きっと皆さん帰ってくるのは遅くなりそうやから、今日一日はのんびりできるんちゃうかなあ」
「香我見君、棒読みでもいいからカンニングペーパー見ながら喋るのだけやめてもらっていいかな」
と思ったら案外用意周到なことをしていた。
「まあとにかく、せっかくこんなええ天気なんですから外出なあきませんって」
紙をくしゃくしゃにしてポケットに入れる香我見を見ながら、町長の頭にはふとある人物の顔が浮かんだ。
「じゃあ」
「秋原さんを誘ってみようかなあ、そして夜はシッポリムフフと楽しみたいなあとか言うたら罰金ガム宮殿でっせ」
「佐々木君、今日はいつにも増してテンションが高いね……俺もう疲れてきちゃったよ」
とは言うものの、秋原を誘おうとしていたのは事実だった。最近は役場の仕事で忙しく、あまりプライベートの時間を取れなかったのでちょうどいいと思ったのだ。
「秋原さんは昨日から風野の家でお泊りしてますから、どっちみち誘えませんけど」
「あ、そうなんだ?」
「ええ。昨日は徹夜でホラー映画見るゆうて、はしゃいでましたわ」
風野紫苑は秋原と同じ秘書課の職員で、抜けているところはあるが真面目であり、秋原と仲がいい。
「そうなると、ほんとに用事が無いなあ。まあたまには散歩もいっか。ちょっと俺、着替えてくるよ」
「行ってらっしゃーい」
ひらひらと手を振って見送ってくれる。
「まだ帰らないんだ……」
そうして自室で着替え終わった彼が戻ると、二人も立ち上がった。
「ほな行きましょか」
「え、一緒に行くの?」
「なんでこないなええ天気に男同士で歩かなあきませんの。美少女に転生してきてからゆうてください」
「酷い言われようだな……」
「家出少年のとこに、ちょっとお祝いのケーキでも持って行こうかと思ってまして」
代わりに香我見がちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「なんだかんだでいろいろ町の人らの手伝いしてくれてるし、夏祭りんときは出店もやってくれたでしょ? あの子もたまにはご褒美もらわなあきませんよ」
そんな話をしながら外に出ると太陽もちょうど本調子になってきたところで、絶好の散歩日和と言えた。
二人は町長とは別の方向へ行くようだったが、別れる前に佐々木は朗らかに笑って手を振った。
「ほな、また明日」
「お疲れさんでした」
そのまま二人は町長とは反対方向に歩き出したが、彼の姿が曲がり角に消えるのを確認するとその場に立ち止まった。
「あーあ、町長サンにもなんかあげたらよかったのに」
「佐々木クンの言うてた人形は論外やで」
歩きながら慣れた手つきで折り畳み携帯を取り出し、電話帳を探す香我見。
「人形やなくてフィギュアやって! そこ間違えんといて!」
「どうでもええわ、キミのおかしなこだわりなんか」
片手間に佐々木の相手をしているうちに目当ての番号を見つけ、発信ボタンを押して耳元に持ってくる。
「あーもしもし? 俺俺。……アホ、詐欺ちゃうわ。おう、町長は今出かけたで。町長の服は白襟のシャツと白いズボンや。全体的に紺な感じ。は? 電話で分かれへんってお前……。いや、こんな感じゆうたんやなくて、紺や紺。頼むでホンマ」
ため息とともに電話を切る。
「何の電話してたん?」
「んー……」
香我見は少し唸って、電話の相手に倣ってこう答える。
「ちょっとワルいこと」
そう言って、彼はまた悪戯っぽく歯を見せて笑った。
同時更新のパッセロさんの短編へ続きます。
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