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唇と魔法
作:理緒


かちゃかちゃと、食器の触れ合う音が耳に心地よい。


夕食を食べ終えたこの時間は、
私とサンジくんふたりだけの特別な時間だ。

いつもならしつこいくらい彼に纏わりついて離れないこの船の船長は、
ウソップが今朝方完成させたという水鉄砲の威力をいたくお気に召したのか、
夕飯を食べたあとすぐにふたり連れ立って外に飛び出して行った。

ゾロは相変わらずの仏頂面で、
サンジくんにひとことだけ断って戸棚の中から酒瓶を抜き取ると、
そそくさと部屋を出て行った。


そんなわけで、キッチンの中は私と彼のふたりきり。

かちゃかちゃと軽快な音を立てて、
白く洗いあがった食器が彼の傍らにやま積みにされていく。


この船にはよく飲んでよく食べる連中ばかりが揃っているから、
彼の仕事量は半端なものではない。

後片付けはもちろんのこと、
彼は翌朝の仕込みまで怠ったことはない。

黙って後片付けをしている彼の後姿は、
そんな苦労をものともせず、いつも楽しそうに揺れていた。


私はそのすらりとしたシルエットをぼんやりと眺めながら、
海図の確認と、日誌をつけることを日課としている。

誰にも邪魔されないふたりだけの時間。
交わす言葉は多くは無いけれど、
私はサンジくんが自然体で作り出しているその優しい空気が好き。

思わず顔がゆるくなっていくのを自覚する。
(いけない・・・こんな顔サンジくんに見られたら、
彼を喜ばせちゃうだけじゃない)

私が彼に特別な感情を抱いているのは、今はまだ誰にも内緒。
だって、それを口にしたらこの素敵な時間が無くなってしまいそうで
・・・怖いじゃない?

だからまだ、このことは私だけの秘密なの。

そのやわらかそうなハニーブロンドを撫でてみたいとか、
海のように深い色をたたえた瞳に見つめられると
体温が上昇していくのがわかるのとか、
その滑らかな頬に触ってみたいとか、
大きな手のひらで私に触れて欲しいとか、
耳元に滑り込むような低くて心地よい声をもっと聞かせてとか、
その声が紡ぎ出される唇は、一体どんな感触がするのだろうとか・・・。


彼が私の方を見てふんわりと笑った.

・・・どきどきする。

かつかつかつ・・・サンジくんの規則正しく歩く音。
だんだんと近づいて来るのがわかって、
私は赤い顔を悟られないように俯く。

意味も無く日誌のページをぺらぺらとめくってみる。
目は紙面に落ちているけど、字面は何も見えていない。

となりで静かに椅子を引く音。
ちらりと上目遣いに見やれば、
彼が頬杖をつきながらにこにこと私を見つめている。

(なに・・・何なの?サンジくん・・・)
こくりと喉がなる。
何かが起こりそうな予感に、体が変に緊張している。

「ナミさん♪」
はずむような無邪気な声。思わずぴくりと肩を揺らして、
ゆっくりと顔をあげる。

(・・・・・・え・・・?)
驚くほど近くに見える青い瞳。
ああどんな宝石よりも、この輝きがいちばん好き
・・・とか思う間もなく、その輝きは薄い瞼の向こうに閉じられてしまった。
・・・残念。

代わりに、大きな手のひらが私の頬に触れ、
ひと房流れ落ちていた髪をさらりとかきあげる。

細長い指は意外にもごつごつと節くれだっていて、
やっぱり男の子なんだと妙なところで感心してしまう自分がいる。

「ナミさん・・・」
今度は低く掠れた声で。
私の名前を呟くその唇は、一体どんな・・・。


「ナミさん、愛してる・・・」
囁かれる声と、唇に触れる温かな感触に、
ぞくりと背筋が震える。

サンジくんの長い前髪が、私の視界を金一色に覆い尽くす。
わけもわからずに瞬きすら出来ずに、硬直した体を抱きすくめられる。
「・・・ん」
思わずもれた艶っぽい声に、慌てて彼の体を引き離す。


「・・・・・・」
何か言おうとするのに、何も頭に浮かんでこない。
名残惜しそうに私から離れていくその唇が、手のひらが・・・。

「ナミさん、ナミさん・・・」
青い宝石が、私の目の前できらきらと輝きを繰り返す。吸い込まれそう・・・。


ちゅっと軽い音を立てて再び彼の唇が私のそれと触れ合う。
今度は軽く触れただけですぐに離れていってしまった。


「あ・・・おれ、明日の仕込みしとかないと・・・」
相変わらずにこにこと微笑む彼の顔は、
心なし赤くて・・・なんだかいつもの彼より幼く見える。
その愛らしさに、自然に私の唇にも笑みが浮かぶ。

「ちょっと食糧庫に行ってきます・・・」
そそくさと部屋を出て行く彼の顔は、
耳まで真っ赤になっていて、
取ってつけたようなそのセリフがただの言い訳に過ぎないことを
私に教えてくれる。

(可愛い・・・)
くすくすと忍び笑いをもらしてその後姿を見送り、
閉じられた扉の向こうに取って置きの笑顔を向ける。

(サンジくんたら・・・私にキスなんてしちゃったもんだから、
あんなに照れちゃって・・・)
微かに肩を震わせながら笑ったあと、私ははたと気がついた。



・・・・・・キス?


(ええっ!??)

ばばっと両手で頬を押さえる。

(あたし・・・キス・・・されちゃったの?!)
どんどんどんどん体温が上昇して、全身がかーっと熱くなる。
額からは汗が・・・。
心臓がばくばく鳴って、頭ががんがん鳴り響いている。


(どうしよう・・・あたし、キスされちゃった・・・)
・・・それも喜んで。

気づかれたかもしれない、私の本当の気持ち・・・。
私も彼と同じ想いなんだということを・・・。

「でも・・・」

そっと指で唇に触れてみる。
先ほどの、あの温かい感触が、今でもはっきりと残っている。


サンジくんの優しい唇の感触。

(ま・・・いっか♪)

明日からこの時間は、
誰にも邪魔されないように何か方法を考えておかないとね。


私は誰もいない空間に、にやりと笑みを浮かべる。

皆が“魔女”と呼ぶ、その微笑を。


<<完>>


2001年に執筆した作品。



他にも二次小説、同人系イラストあります。
「ワンピース」「蟲師」「京極夏彦」
気になる方はPCサイト↓へお越し下さい。
http://kdokusyo.hp.infoseek.co.jp/














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