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降下する五芒星

暗黒より

作者:小倉蛇
Pentagram Falling 3.
"Out of the Dark"
「見えてきましたよ、先輩。あの島でしょう」
 今村が言った。
「ああ」
 潮見はGPSで位置を確認すると、舵を切り、島の外周に沿って船を旋回させた。
 今村は双眼鏡で島の様子を観察した。
「周辺は異常ないようです」
「よし、じゃあ上陸するか」
 ひと月ほど前、麻薬密売組織に対する大規模な摘発が行われた。その結果明らかになったのは、日本の領海にある無人島の幾つかが、密輸のための基地になっているということだった。そこで他の疑わしい無人島も改めてチェックすることになった。
 厚生労働省の麻薬取締官である潮見大(しおみだい)と今村一明は、その調査のため日本海の孤島、殻島へと派遣された。
 殻島は周囲を切り立った崖で囲われていたが、一箇所コンクリート製の船着場が設置されていた。潮見はそこへモーターボートを寄せた。船体をロープで固定すると、二人は陸に上った。
 彼らはまずトランシーバーのテストをした。「アー、アー」と声を出してお互いに送受信が可能なことを確かめた。二人コンビで状況を報告しあいながら行動する際には、いまだにこの携帯無線機が便利なのだった。
 海鳥が集まってきて鳴き声を交わしていた。風が強い。
「現在、午前十時三十分と」
 時刻を確認し行動を開始した。
 長い階段を昇ると錆びた鉄門があった。
「鍵がかかってる」
 今村が門扉をがちゃがちゃ動かしながら言った。
「しばらく人が立ち入った形跡はないようだな」
 門の向こうには石畳の小径があったが、そこは雑草に覆われていた。
 島の所有者の話では、この先には別荘があるが、もう十年以上放置されているということだった。
「どうします、行くんですか?」
 今村が聞いた。
「ああ、手筈通りにやらないと部長がうるせえからな」
 二人は門扉をよじ登って敷地内に入った。
 小径に沿って歩くと、左右は苔むした大きな樹木が立ち並んでいた。根が成長して石畳がめくれ返っている所もあった。
「すごい樹だな。原生林でしょうか」
「ばか、この程度でそんな訳あるか」
「あ、そうすか」
 やがて林を抜け島の中央へ出た。
 そこは一面の花園だった。異様な色の奔流に二人は目を奪われた。
「何て色彩だ。まるで麻薬幻覚のようだ!」
 今村は思わずそんな言葉を口走っていた。
 色も形もばらばらの多様な種類の花々が混ざり合って咲き乱れていた。
 風で花びらがそよぐたびに、幻覚のように色彩が波打って見えた。
 花園の向こうに別荘らしき建物が見えた。
 二人は花々をかき分けるように進んでいった。
「しかし、誰も手入れをしてないのに、この花はすごいですよねえ、先輩」
 今村が言った。
「うん、何か化学薬品でも流れ込んでるのか」
「だって無人島ですよ」
「だから、業者が不法投棄に来るんだよ」
「ああ、なるほど。いや、鳥のフンが肥料になってるんじゃないですかね」
「それよりお前、さっき麻薬幻覚とか言ってただろ」
「え、そうでした?」
「まさか、押収品に手を付けてるんじゃないだろうな」
「そ、そんな訳ないでしょう。ほら、いろいろ報告書なんか読んでますから」
「なら、いいが」
 潮見と今村は別荘の前までたどり着いた。
 それはL字型で二階建ての屋敷で、花園に面した側はガラス張りのサンテラスになっていたが、ガラスには緑の苔がこびりついていた。
「やっぱり人のいる気配はないですね」
「ああ、とりあえずざっと中を確認したら帰ろう」
 潮見はガラスの割れたところを見つけ、破片を外した。
「ここから入れるぞ」そう声をかけたが、今村はぼんやりと花園の方を見ていた。「おい、どうした?」
「あっ、はい、今、人がいたような気がしたもので」
「人がいたって、どういうことだ?」
「いや、見間違いでした。女がいたように思ったんですけど……」
「女が、一人でか?」
「ええ、でもほんと気のせいでした」
「しっかりしてくれよ」
「はい、すみません」
 二人は別荘の中へと入っていった。
 そこは広めのリビングで、改装の途中で放棄されたかのように天井に穴が開いて電気コードが垂れ下がっていた。ソファーは鼠か何かに食い荒らされてボロボロになっていた。
 部屋を横切って廊下へ出た。右へ行くとすぐ玄関があり、左は屋敷の奥へ通じていた。
 正面にあるドアを潮見は開いた。そこは部屋全体がクローゼットになっていて大量の衣服が吊るされていた。男性用も女性用もどちらもあって、床にも投げ込まれたままの衣類が散らばっていた。
 潮見はその部屋に入って、一応すみずみまで不審なものがないか確認した。
 廊下に戻ると今村の姿が消えていた。
「おーい、今村」
 潮見は大声で呼んだが、返事はなかった。
 近くのドアを二三開けてみたが、どこにもいない。そこでトランシーバーで呼んでみる。
「おい、今村、聞こえるか……応答しろ!」
 しばらくするとノイズ混じりのスピーカーから声が聞こえた。
『あー、先輩、今村です』
「どこにいるんだお前?」
『女がいます。やっぱり女がいるんですよ、ここに』
「何だって!? どこにいるかを聞いてるんだ?」
『女が……、あれは……やっぱり、麻巳子! 麻巳子だ!」
「何を言ってる! しっかりしろ今村!」
『麻巳子……麻巳……』
 それきり雑音が激しくなり音声は聞き取れなくなった。
 麻巳子というのは、今村が一時は婚約までしながら、その後別れてしまった恋人の名だった。そのことはさんざん愚痴を聞かされたので潮見もよく知っていた。
「何をやってるんだあいつは」念のため予備のチャンネルに切り替えて呼んでみる。「今村、聞こえるか」
 こちらもノイズがひどかったがかすかに声が聞こえた。今村の声ではない。それは人の声とも、何かの信号音ともつかないような奇妙な囁きだった。
『……ゴ…………ミ……ゴ…………ミ……ゴ…………ミ……』
「ちっ、何なんだよ」
 トランシーバーをベルトのホルスターに戻すと、潮見は廊下を奥へと歩き出した。
 直角に曲がった部分を過ぎると、そこから先は床が崩れかけていて、板を渡して補強されていた。
 潮見は慎重に板の上を歩いた。だが、それは彼が踏むたびにめきめきと音を立てた。ここは一階、たとえ落ちても地面まではせいぜい数十センチだと、たかをくくって潮見はそのまま進もうとした。
 次の一歩を踏み出すと、とたんに足場が崩壊した。彼は落下した。数十センチでは済まなかった。床の下には地下室があったのだ。
 コンクリートの塊が彼の頭部を直撃した。
 潮見は気絶した。


 狂った花園。異様な色彩。
 女の姿が一瞬だけ見える。
 原生林のような深い森にスコールが降りだす。
 雨音が耳を覆う。


 ……ザーッ……
 ホワイトノイズが聞こえて、意識が戻った。
 頭が痛い。
 こめかみに触れるとこぶができていた。
 身体を起こして、状況を把握する。
 腕時計を見ると、十二時十分。すると気絶していたのは一時間ほどだろうか。
 トランシーバーから甲高い男の声が聞こえてきた。
『もう一度言います。皆さん、日本は狙われています! 奴らに! マスコミはすでに奴らに乗っ取られています。そのため日本人は真実から目を背けられ、くだらない情報によって洗脳されようとしています! なぜそんなことが可能なのか。それは、奴らが某広告代理店の幹部を誘拐し、頭脳を入れ換えてしまったからです。脳です。脳髄です。それを奴らは優れた外科手術の能力によって取り出し、特殊な金属円筒に保管しているのです。そして脳を抜き取られた頭蓋には、代わりの電子頭脳を詰め込まれ、奴らの操り人形にされてしまうのです! 地球とは全く別のテクノロジーを奴らは持っています。奴らに操られているのはマスコミだけではありません。政治家、警察、自衛隊、それに教育機関にも! 奴らの手先はあらゆるところに浸透しています。このままでは日本はあの忌まわしい奴らに完全に支配されてしまいます! どうか日本の皆さん、立ち上がっ……ザ、ザーッ……』
 音声は激しい雑音にかき消された。
 妄想狂の無線マニアの放送でも拾ってしまったのだろうか。
 予備のチャンネルに切り替えたままだったのを思い出し、周波数を戻して呼びかけた。
「こちら潮見。今村、聞こえるか」
 しばらくすると応答があった。
『今村です。無事でしたか、先輩!』
「ああ」
『今どこです?』
「地下室だ。廊下が崩れて落ちたんだ」
 穴の開いた天井を見上げながら潮見は言った。そこは物置にでもするつもりだったのか、何もない空っぽの部屋だった。
『じゃあ僕が誘導しますんで、とりあえず通路へ出てください』
 潮見はドアを開けて部屋から出た。
 そう言えば今村の奴、さっきは女を見たとか騒いでいたが、大丈夫なのかと潮見は不安に思った。
「出たぞ」
『左はすぐ行き止まりですね?』
「ああ」
『では、右へ進んでください』
「ちょっと待て、今村、お前はどこにいるんだ? おれのいる場所がわかっているのか?」
『説明は後でします。とりあえず僕の言うとおりに移動してください。そうしないと危険なんです』
 潮見は指示通りに薄暗い通路を進んだ。道が左右に分かれたT字路に出た。
『左にあるドアを開けてください』
 トランシーバーからの声に従いドアを開けた。
 その先には、さらに地下へと降る階段があった。壁は剥き出しの土を掘りぬいたままの状態で、赤い非常灯が暗黒の中に点々とつづいていた。黴臭い空気に息が詰まった。
「おい、ここを進むのか?」
『そうですよ。さあ、階段を降りてきてください』
「待ってくれ。おかしいぞ……」
 潮見は暗闇の中へ降りていく気になれず、引き返して反対のドアを開けた。
 そこには昇りの階段があって、明るい陽が射していた。
「何だ、こっちは地上に出られるじゃないか」
『ちょっと、先輩。危険です。勝手に動かないでください』
「何が危険なんだ、説明しろ」
『そんな場合じゃないんですよ。とにかく、ここへ来てください。そうすればすべてわかります』
 今村の様子はどこかおかしい、そう思った潮見はいったん地上に出て対策を考えることにした。
『先輩! 聞いてるんですか、先輩!』
 わめきつづける無線を切って階段を昇った。
 地上階に出ると、そこは二階への階段のある吹き抜けの広いホールだった。
 そこらじゅうがツタ状の植物で覆われていた。普通のツタとはちがうようで、菌類の傘のような不気味な葉が生い茂り、大きな胞子嚢のようなものがあちこちに垂れ下がっていた。大理石の床には水が溜まっていて、階段は絡みあった木の根で塞がれ昇れなくなっていた。
 ちろちろと壁を伝って水の流れる音がしていた。さらに、きゅるきゅるというテープの早回しのような音がかすかに聞こえた。
 あたりをよく見ると、床のあちこちに何か機械が設置されていた。くすんだ真鍮のような色で消火器ぐらいの大きさの金属製の円筒を四本脚の台座が支えていた。それがツタ状植物の合間に数十個あった。
 近づいてみると、台座の部分には点滅する細かい部品が見えた。一見、電子回路のようだが個々のパーツは透明で結晶を思わせる見慣れない形をしていた。
「金属円筒……地球とは別のテクノロジー……」
 そんな言葉を潮見は思い出していた。
 音はその機械から発しているのだった。
 耳をすましてみると、一つ一つの装置が言葉を囁いているのがわかった。無数の囁きが重なってきゅるきゅると聞こえていたのだ。
『……そのバイパスを走っているとき、突然、エンジンが止まっちゃったんですよ。おかしいなと思って車を降りたんですけど、街灯が消えていて真っ暗……』
『出会い系サイトで知り合った人から会いたいっていうメールが来たんですけど……で、その人が住んでる場所というのが……』
『鏡……、私は鏡が怖い……鏡の中に鏡があって、その鏡の中にまた鏡が……』
『ええ、外形は蜂に似てます。全長は一メートルから二メートルぐらいありますがね。翅は蝙蝠みたいな感じで、前肢には蟹の鋏みたいな鉤爪がついてます。そして頭は脳が剥き出しになってるような、独特な感覚器官で覆われているんです』
『きーらーきーらー光るー、夜空の星よー』
『……奴らは冥王星のことをユゴス星と呼んでます。それから一頃話題になったヒマラヤの雪男! あれは奴らが持ち込んだ生物兵器なのです。いいですか日本の皆さん……』
『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……』
『…………ミ……ゴ…………ミ……ゴ…………ミ……』
 機械それぞれがそんな言葉を囁いていた。ほとんどは日本語だが、中には英語や、中国語らしい言葉もあった。
「な、何なんだ、これは……!?」
 潮見は水を跳ね散らしながらホールを横断した。
 絡みついた植物を引きちぎるようにしてドアを開けた。
 そこは広々とした大きなキッチンだった。あまり使われた形跡はなくきれいに片づけられていた。
 さらにドアを抜けると、食堂用と思われる庭に面した陽当りのいい部屋に出た。
 テーブルはなく椅子が一つだけ中央に置かれていた。そこに人が腰かけていた。
「今村っ!」
 潮見が名を呼んだ。
 今村はそこで、妙に姿勢よく背筋を伸ばして正面を向いて座っていた。
「どうしたんだ、今村!?」
 椅子の上の人物は呼ばれても何の反応もせず、じっと動かなかった。
 よく見ると、今村は白目をむき、口を半開きにしていた。さらに頭部を見て潮見は目を見張った。
 そこは頭頂部から後頭部へ斜めにすっぱりと切り取られていたのだった。
「お、おい……、どうしたんだお前……」
 潮見は恐る恐る近づいて、切断された頭部を見た。
 傷口はきれいで、出血はまるでなかった。
 そしてその頭蓋を覗きこむと、そこは空っぽで脳が無くなっていた。
「おい、今村……おい……」
 潮見は、我知らずつぶやいていた。ふと気づいてトランシーバーのスイッチを入れた。
 するとスピーカーからは先ほどと変わらない今村の声が流れ出した。
『先輩、どこにいるんですか? 先輩、僕の言うことを聞いてくださいよ』
「だ、誰だ、お前は?」
『ああ先輩、何言ってんですか。僕です、今村ですよ』
 潮見はトランシーバーを床に叩き付けた。
 彼はガラスの引き戸を開け、庭へ駆け出した。異様な色彩の花々をかき分けて、森へと走った。
 すると、空から翼をもつ黒い影が、音もなく羽ばたき、舞い降りてきた。


 それから三日後、潮見大は殻島附近の海上を漂流していたモーターボートの中で、左腕を切断され、腎臓を抜き取られた死体で発見された。
予告
第四話「遊園地の恐怖」
――あいつ、野犬に食われちまったんじゃないだろうな……
公開中

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