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ハッピーエンドの条件
作者:御堂志生

「おめでとう!」
「やったな〜」
「お幸せに!!」

 満開の桜を見事に散らす土砂降りの雨の日、幼稚園から足掛け4半世紀に渡る友人が結婚した。

「なんで30女と……」

 披露宴の最中、1歳年下の新郎の友人席から漏れ聞こえた言葉にひとりごちる。
「悪かったわね…どうせあたしも30女ですよぉ〜だ」

 現代用語から『ひとつ年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ』といった言葉が消えたのはいつだろう?

「決まってるじゃん。コレだってよ」
「ああ、でき婚ね」

 追い討ちをかけるような言葉に、私のイライラは倍増する。

 でき婚……私が結婚した10数年前に出来た言葉だ。
 それでも、ブライダル業界は、必死で取って代わる言葉を創ってはいるが……おめでた婚、授かり婚……どれも定着しない。
 それどころか、
 
「ハメ婚だってよ」
「どんくさいヤツ〜」

 ロクでもない言葉ばかりがはびこっている。

 高校卒業と同時にいわゆる『できちゃった結婚』をした私。
 夫は12歳年上で、仲間うちで一番早い結婚だった。
 女子高生の目に30歳の大人の男性はとっても魅力的で……。

「羨ましい〜」
 今日の主役である花嫁からも、そんな風に言われたのが昨日のことのようだ。

「うまくやりやがって!」
 夫も、友人たちの言葉に、照れながらも嬉しそうに笑っていた顔が今でも目に浮かぶ。

 一流企業に勤める夫、幼なじみで憧れ続けた男性と10代でウェディングベル、お腹の中には愛する人の赤ちゃん……。
 私がヒロインのラブストーリーは、間違いなくハッピーエンドで締めくくられた。

 ……はずだった!!

 ――幸せの歯車はすぐに狂い始める。
 結婚式からわずか2週間後、私の中に芽生えた小さな命は動きを止めた。

 あれから12年、私はまだ母親になれずにいる。


「結婚祝いの次は出産祝いかぁ。たまんねぇな」

 不意に、現実に引き戻された。
 出産祝い……彼らとは別の意味でうんざりだ。
 ベビー用品など見るのもイヤだ。
 私のような女のためではあるまいが、世の中には便利なものもある。
 カタログギフト……アレを贈れば、友人が好きなものを選ぶだろう。


 日本中の専門と呼ばれる病院で、様々な検査を受けた。
 だが……どの医者も、原因はないという。
 子宝観音と言われる寺にも参った。
 風水にも頼り、寝室の北の壁に子供の絵も飾った。
 果ては、怪しげな祈祷にすら縋ったのに……。

 12年の月日は女子高生を『三十路』女に変える。
 同時に、素敵な大人の男性は、見事に40過ぎの中年男へと変貌を遂げた。


 彼女が羨ましい……
 仕事を持ってバリバリ働いて……
 結婚相手は年下ですって……
 もう5ヶ月の安定期に入ったんだって……
 あの時、子供さえ出来なかったら結婚しなかったのに……
 あなたと結婚するんじゃなかった……

 ――疲れていたのだ。

 数日前、友人たちに会った。
 未婚の友人は恋や仕事を、既婚の友人は子供の苦労を語った。
 今の私に、語ることなど何もない。

 新郎新婦を見送り、2次会の誘いを断わって会場を後にした。
 駅まですぐだが、この雨の中、無駄に大きい引き出物の袋を抱えて歩くのは大変だ。
 フロントでタクシーを呼んでもらおうか……そう考えて視線を巡らす。

 昨日まで、夫が迎えに来てくれるはずだった。
 だが、私のラブロマンスのヒーローは、私の言葉に顔色を失い、出て行った。

 12年の結婚生活で初めての外泊。
 ひょっとしたら、夫も思っていたのかもしれない。
 子供が出来たからって、慌てて責任とって結婚するんじゃなかった、と。

 軽く頭を振ると、キッと顔を上げ胸を張った。

 私だってまだ30歳なのよ、独身に戻ってもう一度ヒロインになってやるわ!
 中年男のことなんかさっさと忘れるんだから!
 年下のイケメンを見つけて、もう一度みんなを羨ましがらせてやる!


 フロントでは、私と同じ年頃のカップルが挙式披露宴のパンフレットを広げていた。
 そんな彼らに小さな声で呟く……
「そう簡単に、ハッピーエンドにはならないんだからね」

 幸せなカップルに近づくのがイヤで、折りたたみの傘を取り出し、正面玄関から1歩出た。

 誰の行いが悪かったのだろう? ……機関銃のような雨だ。
 いっそ打たれてみるのもいいかもしれない。

 踏み出そうとしたその時、目の前に見慣れた車が停まり、運転席から降りてきた男性が私に駆け寄った。
 
 夫だ。

「迎えに来るって言ったろ。何で中で待ってないんだ」
「でも……」
「昨夜は会社に泊まったんだ。お前、怒ってたから」
「……」
「もう機嫌は直ったか?」

 首をかしげ、覗き込む瞳……柔らかな眼差し。
 12年間、一度も、どんな時も、夫は私に怒りをぶつけたことなどない。

「さあ、帰ろうか」
「……ん」

 ごく自然な動作で、私の手から紙袋を取り上げる。
 重い荷物がなくなり……なぜか、心も軽くなった。

 たれ込めた雨雲も、槍のような雨も、ほんの5分前と変わらないのに。

 私はふと思い出す。
「ねえ……伊勢海老が出たのよ。あなた、好きでしょう? 折りに入れてもらったから」

 少しお腹の出た、私だけのヒーローは……12年前と同じ、優しい笑顔で振り返った。

                                   〜Fin〜
御堂です。お読みいただき、ありがとうございます。
この作品は、ジョルダン主催「読書の時間」に、ペンネーム“黒騎士”で3月に初めて投稿しました。
テーマは「三十路」
キャラクター優先で長編プロットしか考えたことのなかった私が、初めてテーマ先行で書いた短編です。
予選落ちでしたが、初チャレンジで(9位/45作品中)なのでまずまずかと(苦笑)
今月も挑戦中です。
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