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母ちゃんと息子の魔王討伐記

作者: 夏川優希



 森川静江、54歳。

 2年ほど前に夫と離婚、現在はパートをしながら息子と小さな家で慎ましく暮らしている。

 彼女の専らの悩みは30歳になる息子、たけしの事だ。たけしは大学卒業後就職した会社を一年もせずに辞め、その後は部屋に引きこもってほとんど顔を見せなくなってしまった。

 食事も静江が部屋の前まで運び、食べ終わると空になった食器が元通り部屋の前に置いてあるといった始末。欲しいものがあると通販サイトでなんでも注文してしまう。もちろん、支払いは静江のクレジットカードからだ。

 無理に部屋から出そうとすると暴れて手が付けられなくなるため、静江は息子の言いなりだ。引きこもりの息子と甘い妻に嫌気がさし、父は家を出てしまった。

 


 ある日、静江が夕食を下げにたけしの部屋の前へ行った時のこと。

 静江はいつもと違う様子に首をかしげた。

 3時間ほど前に置いた夕食に手が付けられていないのである。なんだか胸騒ぎがして、静江は部屋の扉を叩いた。

 しかし返答はない。


「たけしー? 開けるわよ?」


 恐る恐る部屋に足を踏み入れる静江。部屋に入るのは5年ぶりか。部屋はごちゃごちゃと汚いが、家具の置き場所はたけしが高校生の頃から変わっていない。

 しかし静江に息子の部屋をジロジロ見ている余裕はなかった。息子がどこにもいないのだ。

 静江はずっと一階の居間にいたが、玄関が開いたり階段を下りてくるような音は聞こえてこなかった。大慌てで家中をくまなく探したがやはりたけしの姿は見当たらない。

 途方に暮れている静江の目に、ふとたけしのパソコンの画面が留まった。レトロゲーム風の荒いドット絵のフィールドが広がっており、画面の中心にはやはりドット絵の鎧を着ている男がいる。

 そして画面の下あたりには台詞のようなものが。


『母ちゃん! たすけてくれ でられないんだ』

「こんなつけっぱなしで……あの子どこにいっちゃったのかしら」


 静江の口からため息とともに独り言が飛び出る。

 するとパソコンを触っていないにもかかわらず、勝手にセリフが更新された。


『だから ここに 閉じこめられちゃったんだってば!』

「……え? 私触ってないのに……まさか、たけしなの?」

『そうだって 言ってるだろ!』


 静江は驚きのあまりしばらく口が利けなかった。

 しかし台詞はせわしなくどんどん表示されていく。


『魔王討伐記っていう フリーゲームを ダウンロードしたんだ』

『それで プレイしようと スタートボタンをおして 気づいたらここにいた』

『話はできるけど 自分じゃうごけない ためしにおれを うごかしてみてくれ』

「う、動かすって?」

『キーボードの やじるしボタンを おすんだ』


 静江はパソコンなどほとんど触ったことがない。

 しかし息子の為、キーボードから矢印ボタンを探し出して恐る恐るそれを押してみた。

 すると、画面の中の人物がテクテク動き出す。


『やった! うごけたぞ やっぱりそっちからなら 操作ができるんだな』

「そ、それは良いけど……どうやったらそこから出られるのよ」

『ふつうに考えると やっぱりゲームを クリアするしかないんじゃないかな』

「そうなの?」

『こういうときは ふつうクリアすると でられるものなんだよ』

「そうなの」

『でも じぶんじゃうごけないから 母ちゃんが おれをうごかして ゲームをすすめてくれ』

「えっ、そんな。母ちゃんゲームなんてやったことないよ」

『だいじょうぶ これはフリーゲームだし そんなにボリュームないはず RPGだからむずかしいそうさもないし』

「ふ、ふりー? あーる、ぴー……?」

『とにかく! 母ちゃんがやらないと 俺はここから 出られないんだよ! いいから 言われたとおりやれよ!』

「ええと、良く分からないけど……分かった、母ちゃん頑張るよ」



 こうして母と息子、二人三脚の魔王討伐記が幕を上げた。



『このへんは 魔物が出るようだ おそらくザコ敵だが 気をつけてすすもう』

「分かったわ」


 しかし気を付けろと言われても、ゲームのフィールドを歩き回るのに気を付けるもクソもない。

 やはりというかなんというか、画面が点滅して暗転し、戦闘へと突入してしまった。画面の真ん中に可愛らしい犬のようなモノが映し出される。


『魔物だ しかたない戦おう こうげきの ところを押してくれ』

「分かった」


 言われた通り『こうげき』のコマンドを選択する。

 スパッという効果音と共に『たけしのこうげき 1ポイントのダメージ!』との表示が。そしてその後ズシャッという鈍い音の後に『きゅうしょにはいった 15ポイントのダメージ!』と表示された。


『いたい!』

「た、たけし! 大丈夫なの!?」

『まずい おれのHPは20だから つぎで死んでしまう!』

「ええっ!? ど、どうすればいいの?」

『くそっ なんで序盤の序盤に こんな強い魔物が』

「どうしよう、母ちゃんどうすればいいの?」

『うるさい! だいたい 母ちゃんが へんなとこ歩かすのが 悪いんだ!!』

「そんな、母ちゃんはただたけしに言われた通りに……」

『口ごたえ するな! もう戦っても 勝てないから にげるしかない』

「分かった。このにげるってやつを押せばいいのね」


 静江は『にげる』コマンドを選択する。

 ダダダダッという効果音が流れたが、


『小石につまずいて にげられなかった』


 という表示が逃走の失敗を親子に告げた。


「どうしましょうたけし! にげられなかったって!」

『おまえ なにしてんだよ! どうしてくれんだよ!』

「そ、そんな。私は言われた通り……」

『ああ もうだめだ 俺は死ぬんだ! おまえのせいだぞ!』


 言い合っている暇もなく、次のターンがやってくる。

 また鈍い効果音が鳴り、それと共にたけしのHPが0になってしまった。


『10ポイントの ダメージ! たけしは 死んでしまった』

「ああああたけしいいいいぃぃぃぃぃ!!!」


 静江の叫びが虚しく部屋に響く。

 彼女に追い打ちをかける様に暗いBGMがパソコンから流れた。


「たけし……ごめんなさい、母ちゃんのせいで……たけしぃ」


 暗い部屋で一人肩を落とし涙を流す静江。

 しかし次の瞬間、画面が切り替わり教会のような場所が映し出された。

 その中心には、たけしの姿が。


『めざめよ 選ばれし勇者 魔王を倒しにいくのです』

「……たけし?」

『ああ よかった ふっかつできるタイプの ゲームで』

「ど、どういうことなの? 死んだんじゃないの? 大丈夫なの?」

『うん 大丈夫だった HP0でも 死なないみたい』

「……そう。じゃあさっき言ってたレベル上げ? っていうのも遠慮なくできるのね?」

『そうだな でもダメージ受けると 痛いから あんまり無理しないでくれよ』

「ええ、分かったわ」


 しかし静江は分かってなどいなかった。

 ここから静江のスパルタレベル上げが始まった。


『もう 勘弁してくれ 俺疲れちゃったよ』


 早くも音を上げるたけしの言葉に耳を貸すことなく、静江はたけしを歩かせ続ける。


「何言ってんの。魔王を倒さないとあんたいつまで経っても帰れないんだよ?」

『少し休んだっていいだろ 時間制限なんて ないぞ』

「あんたねぇ、私には明日も仕事があって家事とかもしなくちゃならないんだよ!?」

『それは おまえの 都合じゃねぇか おれのことは ほっといてくれよ』

「なに言ってんだい! 誰のためにパートに出てると思ってるの! あんたがきちんと働いてくれていれば私は仕事なんてせずに済んだんだよ」

『だまれ! クソババア!』

「クソババア? じゃあもう良いよ、このパソコンには布をかぶせて、永遠にお前の前には顔を見せないようにしよう」

『……』

「ほら、ごめんなさいでしょう」

『……』

「分かった、もう電源を落としてしまおうか」

『!! 分かった ごめん ごめんって』


 今まで静江は基本的にたけしを甘やかして育てていた。

 引きこもるようになってからその傾向はより強くなり、たけしも母である静江に横暴な振る舞いをするようになった。静江が少しでも小言を言おうものなら暴れまわって部屋を滅茶苦茶にし、奇声を上げながら部屋に引きこもってしまう。


 しかし今、圧倒的に強い立場にいるのは静江だ。

 たけしの意志は関係なくすべてを静江にコントロールされ、どんなことを言われても暴れることも部屋に逃げることもできない。口は動かせるものの、しょせんはパソコンに文字が映し出されるだけ。静江を威圧することなどできはしない。逆に静江のへそを曲げてしまえば、たけしは永遠にゲームの中から出られないのだ。

 そういう環境もあってか、静江はたけしにいつになく厳しい態度をとった。もしかしたら彼をニートにしてしまった自分を責め、もう一度息子を教育しなおそうとしたのかもしれない。

 最初のうちは文句を言っていたたけしも、徐々に従順さをみせるようになっていった。

 そして静江の努力の甲斐もあり、とうとう魔王との戦闘に突入した。


「いくよたけし」

『うん がんばろう 母ちゃん』


 モンスターを倒しまくって手に入れた潤沢な資金で強力なアイテムを買いあさり、装備は万全。体力回復アイテムはくさるほどある。たけしのレベルも十分だ。

 しかしさすがは魔王。防御が固くなかなかダメージを与えることができない。

 そこで静江はある決断を下した。


「このままじゃ埒が明かない。たけし、アレを使うよ」

『ええっ!? いやだよ 母ちゃん あれだけは勘弁して』

「ダメだ! 男なら我慢しな!」

『いやああああああああ! やめてええええええええ』


 たけしの絶叫を無視し、静江は容赦なく『じゅもん』の中の『じばく』というコマンドを押した。

 すると派手な音、効果音とともにたけしのHPが1になる。

 そして同時に魔王へ100000のダメージを与えることに成功した。


「よしっ、大ダメージだ!」

『いてぇよぉ 母ちゃん いてぇよぉ』

「薬草があるから大丈夫だ、HPを回復したらまたやるよ!」

『ええええッ!?』


 こうしてたけしの痛みの代償と引き換えに、魔王を倒すことに成功したのだった。










 それから半年後――


「母ちゃん、会社行ってくるからね」


 そう静江に呼びかけるたけしは、ピシッとしたスーツを着て背筋をしゃっきり伸ばしている。

 あの苦痛に耐え、ゲームから出ることに成功したたかしはその後無事再就職を果たしたのだった。

 元ニートということもあり、辛いこともあっただろうが「あの痛みに比べたら圧迫面接なんて屁でもない」と笑ったという。


 そしてもう一つ、めでたい事が。


「静江、俺も会社へ行くからな」


 そう声をかけたのは静江の夫、そしてたけしの父だ。

 離婚して家を出た彼だったが、たけしの説得により再び二人は夫婦となったのだった。

 こうして家族はいつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし……


 と締めたいところだが、一つ問題が。


「……クソッ、雑魚が邪魔しやがって。しねっ、しねっ……」


 暗い部屋の中心で、液晶の光が不気味に静江の顔を照らしている。

 彼女はブツブツと乱暴な言葉を呟きながら凄い勢いでキーボードを叩いていた。


 静江はあれ以来ゲームにハマり、パートも家事も投げ出してゲームに打ち込む様になってしまったのだ。

 ゲーム世界でのトラウマのせいでたけしも母には強く出れず、変わり果てた妻に夫は怯えてしまっている。


 母がゲームから離れるのはとても難しいだろう。それこそ、ゲームの世界に閉じ込められでもしない限り、元の彼女に戻ることはないのかもしれないとたけしは肩を落として呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏川様、はじめまして。 母ちゃんと息子の魔王討伐記、拝読しました。 このお話は、コメディ、ですよね。最後の最後、お母様の末路が怖くてホラーコメディなのに気づきました。 カテゴリ訳にホラーコメ…
[良い点] 話の一貫性があり、文章に淀みがなく、オチとラストがしっかりとしておりとても面白いと思いました。 設定が良く、ありきたりになりやすいゲーム中に行くという設定が母が絡むことで生きてきています。…
[一言] いいお話かと思いきや、結局状況は母と息子が変わっただけであまりかわってないですね(。>д<) むしろ悪化しているのか!?
2015/01/09 08:34 退会済み
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