T2プログラム〜異世界で俺TUEEEEしてチーレムする為に頑張ってます
気が付くと、俺は白い空間に居た。
前後左右ただ真っ白で、何も無い空間だ。
いつも通りに、学校から帰って漫画とラノベとアニメを見て飯を食って寝たはず。
ここは何処だ!?
何が起こった!?
「誰かー、誰かいませんかー?」
俺の声はただ空間に飲み込まれていくだけで、何の反応もなかった。
何も無い、無さすぎる空間に心が砕けそうになった瞬間。
白い光が満ちたかと思うと、目の前に一人の老人が居た。
「おお、間に合った」
涙と鼻水と涎と、顔中から水分を垂らしながら俺は爺さんに縋り付いた。
「もう大丈夫じゃ。安心するが良い」
落ち着いた俺に、爺さんは何処からともなく出した机と椅子に座らせて、これまた何処からともなく出した茶を勧めてきた。
「何が……起きたん、だ……ですか?」
見知らぬ人に醜態を晒した恥ずかしさよりも、この空間への恐怖が強過ぎて俺は爺さんに思い切って尋ねてみた。
「ふむ、だいぶ落ち着いた様じゃな。
少年、名を何と言う?」
「俺は、佐藤ユウタ。ここは…何処ですか?」
「ふむ、ユウタ少年よ。ここはどこでもない場所の一つじゃ。
そうさな、お主にわかりやすく言うと、世界と世界の狭間じゃ」
老人は穏やかな微笑みでそう語った。
「まずはわしの言うことを聞いて欲しい。
ユウタ少年よ、お主は地球という世界に産まれ育った、そうじゃな?」
こくりと頷く。
「しかし、お主にはわからぬが、お主の魂の親和性が高い世界がもう一つあったのじゃ。
お主の魂はそこに喚ばれやすくなっておる。
昨夜はその世界の力が満ちる1000年に一度の夜じゃった。
お主の魂が世界を渡るのをわしが護るために、一時的にここに避難させたのじゃ」
「お、俺はどうなるんですか?」
「なあに、大丈夫じゃ。もうしばらくしたら、無事に元の体、元の地球に戻してやろう」
ほっとすると同時に、どこか残念な気持ちでいる俺に気付いたのか、爺さんが悪戯っぽい笑みで俺を見た。
「異世界に興味があるんじゃな?」
「そ、そりゃ、俺だってそういう話は嫌いじゃないから」
「ふぁっふぁっふぁ。
次のお主の転生先はその世界じゃよ。
ユウタ少年の思うような剣と魔法の世界じゃな」
「ま、マジすか!?」
「マジ、というやつじゃな。
それにここに来たお主なら、ふむ、記憶の継承も可能じゃろうな」
現代社会の記憶で俺TUEEEEE!
「じゃが、前世の記憶など辛いだけかもしれんぞ?
両親や友人とも会えぬ訳じゃし、便利な科学道具もない。
地球の日本より、命の価値は低い世界じゃぞ?」
「それでも!
それでもいいから、記憶を持って生まれ変わりたいです!!」
「ふうむ……ならば、それも良かろう。
おお、そうじゃった。異世界に早く行きたいからと言って早死にするでないぞ?」
「どうしてですか?」
「うむ、自ら死を望むことは魂の劣化を招くからの。
魂が劣化すると転生に耐えられなくなるからじゃ……おお、そろそろ時間じゃ。今世を楽しむが良かろう。おそらく二度と会うこともなかろうが、お主の今世も次の世も見守っておるからの」
「じ、爺さん、あんたは……」
「はて、言い忘れておったかのう。
お主らの概念で言えば神のようなものじゃ。
それではな、ユウタ少年よ」
再び、眼前が真っ白に光り、俺の記憶は薄れていった。
目が覚めた俺は、いつもの自分の部屋の布団の中だった。
「ゆ、夢か……?」
やけにリアルな夢だったせいか、落ち着かないままに居間に顔を出した。
「おはよう、母さん」
「あら、ユウタ。今朝はずいぶんと早いじゃない」
そう言って、ネギを刻んでいた手を止めて振り返った母さんが驚いた顔をする。
「ちょっと、ユウタ、あんたどうかしたの?」
「え?」
「何でそんな泣いたような顔をしてるのよ。何か辛いことがあったの?」
慌てて洗面所に向かい自分の顔を見ると、ひどく泣き腫らした後の顔をしていた。
「大丈夫?」
後を追いかけてきた母さんが心配そうな顔をして俺の肩に手を触れる。
「……もし、学校で何かあるなら、母さんに話して。何があっても母さんはユウタの味方だから」
母さんの方こそ泣きそうな顔をして俺を見てくる。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと悲しい夢でも見ただけだから」
「本当に?」
「う、うん。大丈夫だって」
慌てて何とか母さんを宥めた。
「それじゃ、行ってきます」
いつもより長く見送る母さん。
「あ~びっくりした……」
母さんが、あんな不安そうな顔をするのは初めて見たから、今も心臓がバクバクしている。
来年は高校受験なんだから勉強しなさいって怒ってばかりだったのに、俺が泣いた顔してたってだけであんな顔をするんだ……。
授業中も休み時間も、ずっと夢のことについて考えていた。
本当にただの夢だったのか?
夢じゃなかったとしたら……。
その日の夕飯は、何故か俺の好物ばかりだった。
唐揚げ、エビフライ、チャーハン、豚汁。
普段なら買ってくるのが面倒くさいからと、ソースで食べるはめになるエビフライには、大好物の母さんお手製のタルタルソースまでたっぷりとかかっていた。
俺はずっと考えていた。
もし夢だったら……。
別に構わない。
でも夢じゃなかったとしたら……。
いつもなら漫画とラノベを読んで寝るまで時間を過ごしていた。何度も読んだ、異世界転移や転生した主人公達の話を思い出す。
幼い頃から鍛錬して俺TUEEEEE。
マヨネーズを始めとする現代料理で俺TUEEEEE。
ポンプやクロスボウ、果ては銃を製造して現代知識で俺TUEEEEE。
今の俺、転生しても鍛錬の方法も知らない。
料理なんて母さんが作ってくれるし、マヨネーズも材料は小説で読んだけど、どれをどんな順番でどれだけの量で入れればいいか知らない。
ポンプ?実物を見たこともない。
クロスボウや銃の構造なんて、さっぱりわからない。
やばい。
サーっと血の気が一気に引いた。
今の俺のまま転生しても、俺TUEEEEEできるわけがない。
それに、母さんのご飯だっていつまでもいつでも食えるわけじゃない事にも気が付いた。
「被験体番号5963番も、どうやら順調の様子ですね」
白衣の男性と女性がレポートに目を通していた。
気になる事があれば、すぐに調べて理解するまで考える。
周囲の人々を尊重し、大切にする。
何でも自分で実践してみる。
勉強できる時間がある事に感謝して、己を高め続ける。
家では食事の時間以外は自分の部屋に引きこもりっぱなしだったかつてのユウタは、今では料理を始めとする家事を進んで手伝い、会話の減っていた家族に積極的に質問をしていた。
学校でも学べる知識を貪欲に吸収して、教師や友人達への質問を欠かさない。
そして周囲の人々を大切にする。
レポートを読み終えた白衣の男性が、その上司らしき女性へと質問をした。
「ところで、本当に転生ってあるんでしょうかね」
女性は、悪戯っぽく微笑んで言った。
「そうね。
ねえ、もし本当に異世界があり転生があったとして。
その異世界には高度な魔法があったとして、ね。
中途半端な聞きかじりの知識で引っ掻き回されるのを喜ぶかしら?
本当に優秀な転生ならばきっと歓迎するわよね。
その為に、きっとその高度な魔法で干渉するくらいには、ね」
任意の夢を見させるシステム。
極一部の者にしかそのシステムの内容は教えられていない。
それは、きっと、魔法にも似て…………。