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その後の29
「弥生さん、知っていたんですか?」

そう声を出したのは弥生の隣に座る悠里だった。驚いたように口する彼の表情からみても、弥生が悠里の思いを寄せる相手が誰なのかは伝えてはいなかったらしい。

「もちろんですわ。中学生の頃からずっとお慕いしている悠里さんのことですもの。私、嬉しかったんですよ、理子さんが悠里さんの想い人であると知って。だって私は年下ですけど、理子さんと同い年ならば希望だってあるんですから。」
「すごいね。悠兄のこと調べた上に、理子と同い年であるだけで希望を見出してるんだから。」

朱里は椅子の背もたれに寄りかかりながら、弥生に対してどこか棘のあるような言い方をしている。それでも弥生は気を悪くしたふうでなく、そのまま向かい側に座る朱里に不思議そうに首をかしげながらも尋ねた。

「朱里さんだってライバルがひとり減るのは嬉しいんじゃありませんの?世間に知られている朱里さんならば義理の妹と恋仲になるよりも、多角関係のほうがリスクは大きいと思いますけど。」
「どこまで君が僕たちのことを調べたのかわからないけど、僕は世間には興味ないんでね。近親相姦だろうが、多角関係だろうが、そんなものはどうでもいいんだよ。」

弥生は悠里との関係だけではなく、朱里、おそらく翔里との関係にも気づいているのだろう。雰囲気からそういったものへの不快さは感じられないが、朱里が素直に弥生と悠里のことを応援してくれないことが不思議で仕方ないらしい。

「私が言っているリスクというのは理子さんに対してですわ。男性である貴方たちではありません。」
「どういう意味だよ。」

にっこりと微笑んだまま弥生は質問を投げかけた翔里へと視線を寄越した。

「ひとりの女性が3人の男性、しかも義理の兄弟と恋仲にあるというのは世間ではふしだらな女性にみられる、ということですわ。」
「理子はそんな女じゃない。」
「事実そうだとしても世間一般では多角関係、特に女性がひとりの場合ではそう見られると言っているだけです。理子さんが公にできない関係にいつまで耐えられるか、そして兄弟である貴方たちは彼女を好きでいる以上、ずっと理子さんを苦しめることになるんですのよ。」

3人の男性を手玉に取る一人の女。

言葉は悪いが弥生の言いたいことはそういうことなのだろう。いくら好きだ、愛しているといったところで世間はそんなことはどうでもいい。現に一夫多妻という婚姻の形をとる国はあっても、その反対というのは極稀だろう。
血縁関係はなくとも、同じ桐生の姓を持つ兄弟に愛情を持つひとりの女の存在。いくら理子を守るといったところで限界もあるだろう。弥生が言っているリスクとはこのことなのだ。

そして心優しい理子は、兄弟たちにそんな思いと苦労をさせるくらいらばと自ら身を引くだろう。
それがわかりすぎるだけに3人は弥生の言葉に反論ができない。

「私にはわかりません。弥生さんはいったい何がしたいんですか?」

沈黙を破ったのは理子だった。諦めたようでも、怒っているわけでもない口調でただそう弥生に質問を投げかける。

「私は悠里さんと結婚したいだけですわ。そのためには理子さん、あなたに早くどなたかに心を決めてほしいだけです。」
「私が悠ちゃんを選ぶとは思わないんですか?」
「もしあなたが悠里さんの将来を考えるのならば、その選択はないですわ。何も持たないあなたが悠里さんの将来に役立つはとても思えませんですし。理子さんだって、悠里さんの妨げになりたいだなんて思わないでしょう?」

仮定としての話でさえも弥生はあるはずがないと断定している。そして理子が悠里を選ぶということは同時に彼の障害になると言っているのだ。

「弥生さん、あなたは私が世間の目に囚われて生きている人間に見えるんですか。そうだとしたら、あなたは勘違いしていますよ。」
「勘違い?悠里さんは朱里さんのように世間なんてどうでもいいとおっしゃるのですか?」

今までの会話を聞いていた悠里がゆっくりと椅子から立ち上がって隣に座っている弥生を見下ろす。

「いえ、朱里のように奔放でも、翔里のように自我のまま行動することは私にはできません。」
「だったら、なんだというのです?」
「欺くことです。私は二人のように素直ではありませんが、世間を欺けるだけの演技と自信が私にはあるんです。本質が見えていない人間に私が完璧であるかのように思わせる自信が。」
「それは私が悠里さんの本質が見えていないとおっしゃるのですか?」

悠里の抑揚のない声で喋る彼に、弥生はそこに伴う感情を読み取れないでいる。

「いえ、あなたの着眼点は間違っていませんよ。普通だったら両親のいない兄弟たちが助け合って一緒に暮らしている、で話は済むことですから。その点では私たち兄弟の関係を調べ上げたことには正直、感嘆しています。ただ弥生さん、あなたはひとつ重要なことが見えていなかっただけです。」
「重要なこと?」
「あなたは理子を侮辱した。言葉はどうであれ、理子を責めたんです。理子は私たち兄弟にとっての核心なんです。それをあなたはわかっていなかった。」

弥生は地雷を踏んだのだ。
時には弱点ともなる存在の理子は、それでも兄弟たちにとっては絶対唯一の存在でもある。
そのことに弥生は気づくことができなかった。

「行きましょう、これ以上ここにいる必要はありません。」

話は終わったとばかりに悠里はそのまま視線を理子へと移す。その言葉と同時に座っていた朱里と翔里も椅子から立ち上がり、座っていた理子も一緒に立ち上がらせる。

「ごちそうさま。美味しい食事だったよ。」
「ああ、確かに美味かったよな。ほら、理子行くぞ。」

朱里と翔里が立ち上がった理子の肩に手を置きながら、先へ促そうと力をこめる。それを止めたのは理子だった。

「弥生さん、私はあなたが言っていることが間違っているとは思いません。私には何もないし、このままの関係がいいとも思えない。だから第三者からの視点をそのままに伝えてくれたことには感謝しています。」
「・・・あなたのために言ったわけではないわ。」
「わかってます。ただ私の気持ちを伝えたかっただけですから。それとご馳走様でした。」

軽くお辞儀をすると理子はそのまま促されるようにして個室を出ようとする。

「私は諦めませんから。悠里さんが私のほうを振り向いてくれるまで。」

決意したような弥生の声が去ろうとする悠里と理子の耳にも届いたが、何もそれに答えることはせずにレストランをあとにした。


ビルの谷間から落ちかけた夕陽がみえる。昼間はうだるような暑さだったのが、レストランで食事をしている間にずいぶんと気温も落ちついたように涼しくなっていた。

「今日はすみませんでした。皆にも迷惑をかけてしまいましたね。」
「悠兄のせいじゃない、と言いたいところだけど随分と特殊な女に捕まったね。」
「俺が悠兄じゃなくて本気でよかったと思うくらいの女だったよな。」

悠里の言葉に朱里と翔里は好き勝手なことを述べているが、理子はといえば複雑そうな表情でそんな3人を見つめている。

「理子にも嫌な思いをさせてしまいましたね。すみませんでした。」
「ううん、悠ちゃんのせいじゃない。弥生さんに言われて私もわかったことがあるし。」

理子の視線に気づいた悠里が朱里と翔里の間に立っていた理子へと近付く。

「それは理子が私たちの将来の妨げにでもなるということですか?それだったら、」
「ううん、違うの。そのことに関しては気にしてないの。というよりもやっぱりそうなんだなって思ったくらいだし。」

弥生が言った理子が悠里たちの障害になるということを言っているのだろかと尋ねると、理子はあっさりとそれを肯定する。

「だったら何がわかったんですか?」
「私ね、弥生さんに嫉妬したの。悠ちゃんと結婚するんだって強く言える彼女が羨ましかった。悠ちゃんが弥生さんの隣に座ってるだけでも嫌だったの。」
「・・・・それは理子が私のことを好きだと言っていると自惚れてもいいんですか?」

理子の言葉に悠里はゆっくりと言葉を選ぶようにじっと目の前の理子を見下ろしながら問う。

「自惚れなくても私は悠ちゃんが好きだよ。それだけは自信を持って言える。」

悠里の視線に応えるように理子もじっとその瞳を見つめ返す。その瞬間、ふわりと悠里の口元が緩んだように理子には感じた。
けれど次の瞬間、悠里のみならず朱里と翔里も驚いたように息をのむ。

「だけど私は朱里も翔くんも同じくらいに好きなの。だけどもう今までと同じじゃいられない。
だから誰も選ばないか、誰かひとりだけにする。それが私のわかったこと。」




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