第59話:恐怖の大魔王〈その2〉
姉貴は相当酔っているようだ。顔を真っ赤にして、やけにふら付いている。手には一升瓶で、靴は片方しか履いていない。途中で落としてきたのだろう。シンデレラじゃないんだから、靴くらいきちんと履いてきてほしい。
眉をしかめる俺を見て、姉貴が口を開く。
「あれ〜? 拓海、あんた鍵を開けたんじゃなかったの? 瞬間移動かい?」
「そうだ、新技だ」
「あひゃひゃひゃひゃひゃ〜!」
姉貴が大笑いする。近所迷惑になるから静かにしてほしい。俺はとにかく酔った姉貴を部屋に入れて、扉の鍵を掛けた。夏休み早々迷惑なプレゼントである。
姉貴は危険な足取りでキッチンの中を歩き回る。俺は椅子を引いて姉貴を無理やり座らせた。ウェスタとヒュプは遠くから姉貴の様子を伺っている、新種の生き物を見て驚いているようだ。シバルが俺の隣に来て口を開く。
「何だか元気なお姉さんですね」
「元気と暴力だけが取り柄なんだ」
俺が口にした直後に、姉貴が一升瓶を俺とシバルの間に振り落とした。むろん俺達は蒼白した顔で姉貴に目を向ける。姉貴が怪しい目つきで俺を見る。
「おい、拓海。あんたが何と喋ってるのかは知らないけど、あたしの悪口を言ってるのだけはよくわかるよ」
どうしてわかるのか、姉貴は直感だけで生きる生き物だからだ。俺は姉貴に注意する。
「危ないだろ。弟のアパートを訪ねて、速効に弟を殺す気か?」
「そんなやわに育てた覚えはないよ」
いつお前が俺を育てたのか、今の姉貴に質問しても大笑いするだけだ。俺は頭を掻きながら、姉貴に言う。
「それで、何をしに来たんだ? 酔っ払い」
「んなもん決まってるだろ、可愛い弟の顔を見に来たんだよ。あんたの顔は酔い覚ましに丁度いいからね。あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
失礼な、本当に俺のことを可愛い弟だと思っているのか? 俺が姉貴に白い目線を送る中、シバルが俺に口を開く。
「しかし、かなり酔ってますね。いつもこんな感じなんですか?」
「チェストー!」
俺が答えるまでもなく、姉貴がシバルに向かって一升瓶を投げた。一升瓶はシバルのこめかみをかすり和室へと飛んでいく。ビンの割れる大きな音が聞こえてきて、俺は和室に目を向ける。
ウェスタ達には当たっていないようだ、和室の端で小さくなりながら仰天している。シバルはというと硬直しながら言葉もないようだ。よく見ると身体がかすかに震えている、もちろん恐怖のためだ。姉貴が顔を真っ赤にして俺を見る。
「おい、拓海。あんた何か飼ってるのかい? この部屋、変な気配がするよ」
「俺の友達だ、いじめないでくれ」
「なに〜? あんたの友達?」
「そうだ」
「ついに拓海も人間を止めたのかい?」
「姉貴は生まれつき人間じゃないからな」
俺の言葉とほぼ同時に姉貴の蹴りが飛んでくる。俺は伏せて蹴りを避ける。姉貴がたまげながら口にする。
「ほう、やるね。なかなか俊敏じゃないか」
「レベルアップしたんだ」
「じゃあ、あたしもレベルアップだよ」
姉貴はそう言うと、蹴りの足を振りおろした。踵落としである。俺はそれをもろにくらう。そんなに何度も姉貴の攻撃を避けられるほどに鍛えてはいない。
頭を押さえる俺を余所に姉貴は爆笑している。突然に姉貴が口を開いた。
「よ〜し、あたしが変な奴を伸してやるよ。そうすりゃあ少しは空気も良くなるだろ」
俺が止める間もなく、姉貴が立ち上がる。こうして、恐怖の神様狩りが始まった。
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