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第3話:最悪な一日
 次の日、俺の最悪な一日が始まる。まず初めに、風邪を引いた。頭が痛いし熱っぽい。次に、悪夢を見た。幽霊に呪い殺される夢だ。最後に、またあの声だ。こうなるともう笑えない。

 俺は学校を早退して、大家さんを訪ねることにした。早退であって、欠席ではない。欠席なんてしたら、幽霊と共に一日を過ごさなければならなくなる。流石にそれは遠慮する。

 大家さんの部屋の扉をノックする。開いた扉の向こう側には大らか大家の西丸さんが立っていた。西丸さんがのほほんと話し出す。

「おや、柊さんじゃないですか。どうかなさいましたか?」
「あの……部屋のことでお尋ねしたいことがありまして……」

 俺はためらいがちに言う。しかし、ためらってなどいられない。西丸さんがのんびりと答える。

「はい、何でも聞いて下さってよろしいですよ」
「では、お聞きします。あの部屋で…今までに不思議な現象が起きたりしたことはありましたか?」
「はい、よく起きるそうです。あ、でも、大丈夫ですよ。何か起きると言っても、物が動いたり、食べ物が少し減るくらいですから。」
「え……」
「代わりに、掃除がされていたり、布団が畳まれていたりと良い面もありますから、心を大きくして受け入れてあげてください」

 それを聞いて、俺は言葉もなく部屋に戻る。大家さん…大らか過ぎるにも程があるだろ? あれらの奇怪な現象を心の底から受け入れることがはたして俺にできるのだろうか? 正直に言って、自信はない。

 部屋に入ると鍵をかけて、和室へ向かう。頭が痛く吐き気がする。かなり熱が出てきたようで、非常にマズイい状況となった。今なら呪い殺されることもないであろう、勝手に自滅だ。

 案外、幽霊というものは精神面から追い詰めてくるものであって、直接的に襲いかかってくるものではないのかもしれない。今回の風邪を幽霊のせいにするのは少々気まずいほどに俺の失態がよく目立つ。

 気持ち悪い布団を畳の上に敷いて、その中に転がり込む。いくらこの布団が気持ち悪いものだとしても、風邪を引いてしまっては使用せざるを得ない。布団なしで寝ると風邪が悪化するのは目に見えている。現にそれが原因で風邪を引いたのだ。

 熱い、気持悪い、頭が痛い、しんどい、吐きそう、死にそうだ。俺は普段から病気をすることがないために薬などを所持していない。それに対して、大いに後悔しているのが現状である。

 俺は風邪と戦いながらうなされ続けていた。意識が朦朧とする。本気で死にそうだ。神様がいるのなら今こそ助けてくれと願う。そんな中、またあの声が聞こえてきた。

「大変だよ、この人死んじゃうよ」
「緊急、緊急」
「どうすればいいのかな?」
「頭を冷やす」
「そっか、その手があった」
「これを使う」
「よし、ミッション開始だよ」

 ドタドタと部屋の中で何者かが走りまわる。病気の時くらい静かにしてくれと言いたいが声にならない。気分の悪さはピークであり、熱がこもった頭は今にも燃えてしまいそうだ。

 しばらく経って、ひんやりとした冷たい物が額に置かれた。頭の熱が引いていき、少し気分が楽になる。塗れタオルでも置いてくれたのだろう。俺がそんな事を考えていると、また例の声が会話を始めた。

「これでいいんだよね?」
「オーケー」
「他にはどうするの?」
「白い食べ物」
「白い食べ物かぁ……」

 おかゆのことを言っているのだろうか? しかし、米など買っていないため、今すぐおかゆを作ることは不可能だ。米がないことを教えてやりたいが、今は生きることに必死であり、口を開く余裕がない。俺の額に置かれたタオルが取り替えられ、俺の意識が遠のいていった。

 甘い香りで目が覚める。何の香りか推測するのは簡単だ、ホットミルクの香りであろう。白い食べ物というよりは白い飲み物であるが、癒し効果は期待されそうだ。

 謎の幽霊はどうなったのかと言うと、まだ部屋にいるらしい。騒がしい音が俺の耳を通過する。おもむろにキッチンの方から声が聞こえてきた。

「これを入れてグッツグツ〜」
「これ…違う」
「え? そうなの?」
「白い粒」
「白い粒? あ、これのこの部分が白いよ。ちぎって入れたらいい感じかも」
「え……」
「よ〜し、細かくちぎって、ポポイポ〜イ」
「………」

 おい、お前ら何してるんだ? 俺の中に疑惑が渦巻く。ホットミルクではなさそうだ、もちろんおかゆであるわけがない。

 幽霊の行動に不安を抱いた俺は上半身を起こしてみる。少々気分が悪いが仕方ない。起き上ると同時に布団の上に何かが落ちた。それを見て俺の口から言葉が漏れる。

「俺の靴下じゃないか……」

 俺の声が聞こえたのか、キッチンから慌てふためく音が響いてきた。俺がキッチンへと向かう間に音は止み。キッチンへたどり着く頃には、人の気配も消えてしまう。誰もいない空間に俺は一人で取り残されたのだ。妙に寂しいと感じるのは病気であるためであろうか。

 人のいないキッチンで思わずため息をつく。幽霊が消えたことに悔いがあるわけではない。キッチンの現状にショックを受けたからだ。というのも、キッチンは荒らされており、辺りに物が散らばっている。しかも冷蔵庫が開けっぱなしだ。

 冷蔵庫の扉を閉めると、コンロの方に目を向けた。コンロの上には鍋が置かれており、火が掛けられている。中を見ると牛乳がボコボコと気泡を上げていて、得体のしれない物が浮いていた。

 お玉杓子を取り出し、沸騰する牛乳の底をすくい上げてみる。何が入っているのかと思いきや、伸びたシリアル食品と耳を取り除いた食パンだ。今の俺に感謝の気持ちなど一欠けらもない。あいつら見つけ次第にとっちめてやる。

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