第2話:不可思議な出来事
翌日、気持ちの良い目覚めと共に布団から抜け出し、朝風呂に入った。風呂から出ると、清々しい気分に浸りながら、五枚切りの食パン一枚をオーブンに入れる。
その間、学校へ行くための準備をするが大した用意もいらないのが日常だ。登校の準備を三分で済ませると、こんがりと焼きあがった食パンにバターを塗って口に入れた。
正直に言って、食パンはあまり好きではないのだが、忙しい朝にはうってつけの食べ物である。そういえば、牛乳をかけるだけで食べることが出来るシリアル食品というものがあったな。帰りにでも買ってくるとしよう。
外に出ると、忘れものがないかチェックし、部屋の鍵を閉めた。鍵という物がこれほどまでに大切だと感じたのは生まれて初めてだ。曇り空がはびこる中、急ぎ足で駅へと向かう。
学校に到着すると、教室に入り、窓際の席に座る。俺が席に着くと同時に、いつもの奴らが俺を取り囲んだ。かといって、俺に危害を加えることはない。ただの友達だ。春日井蓮が俺の肩を軽く叩いて話し出す。
「よう、タックン! 一人暮らし始めたんだって?」
「一人暮らしはいいぞ。春日井もチャレンジしてみたらどうだ?」
俺は自慢げに言ってのける。春日井とは長い付き合いで、世間でいう親友に値する。こいつは調子乗りな性格で、クラスの盛り上げ役を買って出ているような奴だ。いつも彼女が欲しいとほざいているが、どこまで本気なのかはよくわからない。
ちなみに、俺の名前は柊拓海だ。男、十七歳、高校二年生。趣味はこれといってなく。もちろん彼女もいない。春日井が夢見るように口を開く。
「俺は彼女と二人暮らしがしたいなぁ〜。タックン、彼女を紹介してよ〜」
「姉貴でいいなら紹介するぞ」
俺の言葉を聞いて春日井が大げさに両手を振る。
「いやぁ〜、タックンのお姉さんは遠慮しておくぜ」
「あら? 春日井君はやっぱり柊君のお姉さん苦手なんだ」
途中参加してきた女子生徒は大杉美月。毒舌で有名だが本人は気がついていないらしい。俺達の話に割り込むことが多い、暇人である。春日井が両手を広げながら大杉に言う。
「美月ちゃんが俺と付き合ってくれたらいいんだよ」
「そんなことしたら、春日井君の告白連敗記録に傷が付くじゃない」
大杉は春日井の告白をサラッと受け流すと、女友達の所へと行ってしまった。「また告白されちゃった」とでも言って、今の話をネタに笑い転げるのであろう。春日井の肩が落ちている気がするのは、現実にこの辺りが本音なのかもしれない。哀れな春日井を慰めるために俺は口を開く。
「きっといつかお前のことを理解してくれる彼女に会えるさ」
「タックン…」
「だから、落ち込むなよ。春日井」
「タックン、俺の彼女になって〜!」
俺に抱きつこうとする春日井を避けて、一言言う。
「却下」
昼食に差し掛かり、また別の人物が話しかけてきた。青木陽斗である。こいつは大人しいくせにクラスに馴染めないのか、一風変わった俺らと昼食を共にしていた。青木は昼食に手を付けず、質問をする。
「柊さんは一人暮らしを始めたって聞きましたが」
「あぁ、念願のな」
「どこに住むことになったのですか?」
「え〜っとなぁ…」
俺は青木にアパートの位置を教える。すると、青木の顔色が変わった。青木が驚きとも恐怖とも似つかない顔で俺を見る。
「柊さん、そこは幽霊が出ることで有名なアパートですよ」
「え? 幽霊なんて信じてるの?」春日井が話に水をさす。
「お前は黙ってろ。それでその幽霊って…」
「はい、昔そのアパートに住んでいた子どもの幽霊だそうです。母親が外出中に、泥棒が部屋に入り、子どもを二人殺したって話です。その日以来、子どもの声が聞こえたり、いろいろ起きるそうです」
「いろいろって、例えば?」と俺。
「物が勝手に動いたり、足音がしたり、呪われて高熱を出した人もいるそうですよ」
そこで春日井が茶々を入れる。
「お前ら、いつの間にオカルトに恋したんだよ?」
「昨日からだ」
「それで何か起きたのですか?」
青木が興味津々に身を乗り出す。意外なことにこいつはオカルトに興味があるようだ。人は見かけとは異なるらしい。一年そこらの付き合いじゃあ知らないことのほうが多いのだろう。今回は青木の意外な一面を見た。俺が青木に答える。
「いや、近所の人がよそよそしいんで気になってな」
嘘ではあるが、子どもの声が聞こえた気がしたり、カップラーメンが倒れただけで幽霊であると言い切れる自信はない。昨日は疲れていたため、子どもの声は聞き間違いであり、カップラーメンはネズミか何かによって偶然にも倒れたと考えても不思議ではないのだ。
それに幽霊などと騒いでアパートを追い出されたら、せっかくの一人暮らしが台無しになる。それはいくらなんでも避けたいところだ。
授業が終わり帰宅することになった。青木が俺の家に行きたいと言い出したが、「今のところ霊的現象は起きていないし。もし幽霊がいたとしても幽霊は逃げないだろうから、今度にしてくれ」と言ったら、本人も納得してくれた。
一人暮らしを始めてまだ三日も経たない状況なので、俺の疲労度も高く、友達を部屋に呼ぶ気力なんてないのだ。環境に慣れるまでは無理をしないことにする。
帰宅途中、スーパーに寄り、今朝の予定通りの品物を買った。牛乳とシリアル食品と生活必需品だ。スーパーを出た頃に雨が降り出し、俺は鞄を頭の上に置いて走り出す。
鞄は濡れても構わないが、今買った品物を濡らすのは心痛い。同じ自己の持ち物であるのにこの扱いの差は何であろうか?
アパートについた頃、服も鞄も雨に濡れて冷え込んでいた。部屋に入り、鍵をかける。部屋の明かりをつけると視界に俺の世界が広がった。これが一人暮らしというものなのか。この空間すべてが自分専用の物であると考えると心が浮き立つ。
濡れた服を干して、牛乳を冷蔵庫に仕舞い、シリアル食品を机の上に置く。また、生活用品を使用しやすい場所に配置すると、風呂に入り、夕食をとる。すべての用事を終わらせた後、楽しみの和室へと入った。畳にゴロンと横になり、青木の話を思い返す。
数秒後、勢いよく立ちあがり畳に目を向けた。今朝はあったはずの布団がない。震える手で押し入れの襖を開けて中を確かめる。そこには綺麗に折りたたまれた布団が仕舞われていた。
アパートのサービスであろうか? いや、ありえない。ならば、俺が無意識のうちに仕舞ったのか? いや、それもまたありえない。普段から布団なんて仕舞わない俺にとっては畳み方すら疑問である。
腕を組みながら首を傾げる。これは誰の仕業なのか、やはりこの部屋には幽霊がいるのだろうか。畳に目を落とすと、昨日のシミが消えていることに気が付く。よし、明日にでも大家さんを問い詰めてやる。
心を決めると和室の隅に寝転んだ。何者かに仕舞われた布団で寝るのは気持ち悪いし、自然消滅したシミの上で寝るのも気持ち悪いからだ。部屋の隅で小さく丸まり目を瞑る。どうにか眠気を誘い、浅い眠りへと転がり込んだ。
「お布団、お布団」
「ダメ、これ以上はサヨナラされる」
「だけど、このままだとこの人が風邪を引いちゃうよ」
「またサヨナラは嫌」
「そうだね……じゃあ、諦めるよ」
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