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第162話:アルバイト〈その6〉
 そして、シバルが泣きだした。地面にへたりこんで涙をポロポロ流している。涙を拭くこともできないらしい。真正面を見つめたまま放心状態で泣き続ける。
 今井が困惑しながら、シバルを眺めている。すぐにシバルをなだめ出すが効果がない。シバルはシクシク泣いて、周りの声が聞こえていない。

 大杉が気まずそうに言葉する。

「柊君よりも繊細だったのね。悪いことをしちゃったみたい」
「俺は繊細じゃないのか?」

 そんな風に思われていたなんて、何だか悲しい。しょぼくれる俺にお客様が声を掛けてくる。もちろん、ダッシュで駆けつける。シバルが使い物にならない以上、誰かがそれをカバーしなければならない。かなり問題のある展開だ。

 料理長が泣き崩れ、代わりに登場したのが、完璧神様アレギアである。火の神様であるためか、料理もお得意であるらしい。何でもこなすアレギアに、神速スザクが加われば怖いものなしだ。多少役に立ち始めたレウナもいるし、俺もいる。

 未来はというと別の事をしていた。シクシク泣くシバルを指差し、とあるお客様が未来に言う。

「写真撮ってもいいですか?」

 何かのサービスと勘違いしたのだろうか? シバルは単に悲しくて泣いているのだが、こんな店で泣くとどこまで本気かわからない。メイドが泣き崩れる姿はそりゃあ可愛らしいものだろう。シバルは男女どちらにもとれない顔をしているので、お客様は男だと気づいていないらしい。

 未来がお客様に笑顔する。

「一枚、千円になります」

 千円は高いだろ。と思ったが、お客様が普通にお金を取り出した。未来が手持ちのカメラでもいいという取り決めを勝手に作り、皆が未来にお金を渡し出す。写真撮影開始である。

 シバルは人権を無視され、勝手に写真を撮られているが、文句を言う気力もないようだ。未だに涙が止まっていない。未来は可愛くポーズをとって、カメラの視線を集めている。
 スザクも頼まれ、無表情に写真に写る。写真の時くらい笑顔になればいいものの、こいつには笑顔がないらしい。

 レウナはお客様に対して怒っている。写真を撮られながらも怒り続ける姿はオタク層に好かれるらしい。怪しい人達がレウナを囲む。ニートは心配するのかと思いきや、まったく気にしていないようだ。定位置に座りながら、ヒュプと一緒に食事をしている。

 アレギアと撮りたがる人もいるが、料理長代理のため写真なんて撮っていられない。むろん、俺と撮りたいという奴は現れない。現れたら俺が困る。こんな情けない姿を写真に収められたら、今後の生活に支障をきたす。

 今井はシバルを正気に戻そうと手を尽くしているが、何をしても反応が薄い。不意に春日井がどでかい事を口にする。

「お姫様は王子様のキスで目覚めるんだぜ。きっとシバ君も同じだって」
「成る程ね。一理あるかも」

 今井が納得だ。ただの冗談かと思っていたら、いきなり今井がシバルにキスをする。ちょっと待て! 今の状況を考えろよ! 周りの人達はビックリだ。思わず、カメラを二人に向けている。今井は周りのことを一切気にしていないようだ。流石、キス魔である。

 傍から見ると、この光景。女同士のキスである。状況を知らない人達は夢中になって、写真を撮っている。その周りでは、未来が夢中になって、金を徴収している。もの凄く楽しそうだ。こんなに楽しそうな未来を見るのは初めてかもしれない。

 未来のテンションが上がる中、シバルが正気に戻る。今井を見て口を動かす。

「今井さん……」
「気が付いた?」
「…………」

 すぐにシバルがうつむいて、超ブルーな顔をする。今井がシバルの頭を撫でながら、優しく声を掛ける。

「私は全然気にしてないよ。逆に、凄く可愛くて、惚れ直しちゃったかも」
「本当ですか?」

 シバルが不安げに今井を見る。それに対して、今井は頷きながら返答だ。

「そうだよ。だから、元気を出して、バイトを頑張ってね」
「はい……」

 シバルの調子が戻ったらしい。素晴らしき今井パワーである。

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