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第1話:初めての一人暮らし 
 深呼吸をすると清々しい空気が肺に送り込まれる。今日はやっとのことで見つけたアパートへと引っ越す日だ。広さは1Kだが一人暮らしには十分であり、駅からも近く、家賃も非常に安いため、文句の言いようがない。俺は珍しく有頂天になりながらアパートへと向かった。

 大家さんは大らかな人であり家賃の滞納すらも許してくれそうな笑顔を俺に向ける。俺もペコペコ頭を下げながら我が愛しのお部屋へと急ぐ。

 中は案外にも綺麗なもので、この部屋であの値段の安さは不可思議である。何か曰く付きの部屋なのだろうか? しかし、霊感を持たない俺にとってはどうでもいいことだ。

 少ない荷物を持ち込み、荷物の整理を済ますと、俺の希望だった和室へと入り畳の上に寝転がった。

「やれやれだ」思わず独り言が口から漏れる。

 天井には旧式の電灯がぶら下がっている。こういう物は見ているだけでも眠気を誘う。いつしか俺は雲空の夢の中へと吸い込まれていった。

「クスクス…新しい人だって」
「どんな人?」
「男の人」
「へ〜」

 「ざぁー」突如、雨の音で目が覚める。大雨土砂降り洪水警報だ。恐ろしいほどに雨が降っている。自然に恐怖するとはこういうことなのだろうか? 妙に胸騒ぎがする。先ほど変な声を聞いたような気がしたが、あれは夢なのか現実なのか、今の俺には判断しかねない。

 立ち上がりトイレを済ませると、夕食であるカップラーメンにお湯を淹れて和室へと戻る。空気が重い、そして寒い。俺は上着を着込み、飲み物を取りにキッチンへと向かう。カップラーメンは和室に待機させておくことにする。

 飲み物を選んでいると、和室方面から怪しい音が聞こえてきた。俺はゆっくりと忍び足で和室へと向かう。心臓が高鳴る。自分の部屋でどうしてこうも緊張しなくてはいけないのか? これじゃあ、実家にいた時となんら変わりない。

 襖に耳を当てて中の様子を窺う。この行動が怪しいのは十分に理解している。間もなく、やはり声がした。

「ダメなの!」

 その声を聞いた直後に襖を力いっぱい右に引いた。何かあれば逃げる準備は満タンだ。俺の左足は玄関へと向いている。しかし、和室には誰もいない。いるのは先ほど待機させておいたカップラーメンだが………倒れている。

「あー! ヤバい、布巾、布巾どこだ!?」

 こうなりゃ泥棒どころでない。引っ越して早々に部屋を汚したとなってはいくら優しい大家さんといっても、俺の印象に響くに違いない。俺は必死になりながら、畳が飲みこんでいくカップラーメンの汁を布巾でふき取る。が、畳のほうが一手早く微妙なシミが畳に残った。

 さて、このシミをどうしようかと思い、ふとある考えに至った。まぁ、よくある考えであるが、シミの上に布団を敷いてしまえということだ。俺は和室にある押入れへと向かう。

 ここでまた閃きだ。もしやこの押入れに先ほどの声の主が隠れているのではないか? 今、この状況で隠れることができる場所と言えば押入れしかない。この部屋にはベランダもなく、脱出は不可能だ。

 小さな興奮を抱きながら押入れの扉へと手を伸ばす。犯人がいたのなら、もちろん畳を弁償してもらうに決まっている。

 押入れの襖に手をかけると、勢いよくスライドさせた。しばらく押入れの中の様子を伺った後に、勇気を出して押し入れに顔を入れてみた。

 いきなり顔を入れてしまうと、相手が刃物を持っていた時にマズイと思ったからだ。かといって、後から顔を入れても変わらないだろうと言われたら反論できない。しかし、俺や相手にもタイミングというものが必要なのだ。

 押入れの中には誰もいなかった。隠し扉や怪しいスイッチがないか調べたが、そんなドラマティックなものが見つかるわけもなく、収穫はゼロとなる。仕方なしに、布団を取り出し、畳に敷いてみた。

 携帯電話の時計に目を向け、時間を確認する。午後十一時。今日はもう充分に疲れた。さっさと寝よう。風呂に入ることもなく、電気を消して、布団に飛び込む。
 悪夢でも見るのではないかと思ったが、一人暮らしの初日であり疲労もたまっているため、夢見ることもなくグッスリと眠りについた。

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