さくら、さくら
ねぇ、教えて
私は何で生きているの?
理由はなに?
生きている必要はあるの?
さくら、さくら
どうして、今、私はいるの?
私、羽篠紫は考える。
答えの出ない問いかけを、ずっとずっとしてる。
さくらは何も答えてくれないけれど、聞ける相手はどこにもいなくて……。
毎日毎日さくらに聞くの。庭の大きなさくらの木。
何も言わずに立っている。
もうすぐ花が咲くよ。
朝、鏡の前で、笑顔の仮面をはりつける。
元気よく、笑顔で学校へ出かけるの。家を出るまでは。
何も知らないままでいたかった。幼稚園が懐かしい。皆一緒に遊ぶのが普通で……。
ひとりになったら先生が助けてくれて。
あそこには、無視なんて、存在しなかった。
今は、皆の目が私をすりぬけてゆく。
そこにいない存在になる。
ふれられるくらい、近くにいるのに。
誰もふれてくれないの。私がふれてもいけないの。
私はいない存在で、キタナイ存在で。
ふれれば、手はふりはらわれて、皆にげてゆくの。
小学生になった去年の春。
楽しみにしていたのに。
新しくともだちができると思っていたのに。
「あなたはおとなしくて、引っ込み思案だから心配だわ」
おかあさんの言った一言。
よく理解できなかったけれど、今はわかる。
その、おとなしくて、引っ込み思案の性格がきっとわざわいをもたらしたの。
私にはともだちがいない。
幼稚園のとき、仲良くしてくれた子さえも、私をいないモノとする。
これはいつまで、つづくんだろう。
人に話かけられなくて、休み時間、ひとりになった。
誰かが声をかけてくれるんじゃないか、なんて思ってちゃいけなかったんだ。私から、中に入らなきゃいけなかったんだ。
人が多くなった小学校。
休み時間は児童の自由。
先生は職員室。
誰もたすけてなんかくれない。
ひとりぼっちで花だんを見てた。
早く休み時間が終わりますように、っていのってたの。
長い長い休み時間。
まだ、つづくの?
あたらしい年になっても同じ?
何も変わらないの?
だって、人間は同じだ。
皆おんなじ。誰もいなくならない。
だから、きっとおんなじ。
先生のいる前では、皆やさしいの。
「羽篠さん、ここの班人数たらないからおいでよ」
入れてもらっても、私は何も話せない。
皆はいろいろ話してて。
私はいつもおいてけぼり。
先生がいない時間。
「本当、ウザイよねー」
聞こえてくる悪口は、誰に向かって言っているの?
「いなくなれば良いのに」
誰のこと?
そうじの時間。私の机だけいどうされずに。外のそうじが終わったら、いつも自分で動かしてた。
私の机の周りだけ、よごれてる。
「キタナイよね」
キタナイのは、私のせい?
「今日は学校で何が有ったの?」
おかあさんに聞かれても、答えがなくて。
「いつもどおりだよ」
が、いつもの答え。
「お友達家に呼んだら?」
なんて言われても、来てくれる子なんていない。
私を呼んでくれる子もいない。
「お友達の家にも行かないのね」
だって、いないんだもん。
「宿題が出たから」
なんて答えて。自分の部屋にとじこもる。
家でもひとり。だっておかあさんやおとうさんに、心配かけたくないもの。
小学校に上がる前から心配してくれたおかあさん。そのとおりになっちゃった、なんて言えないから。
ひとりなの、なんて言えない。
そんなこと言って、
「うちの子がいじめにあってます」なんておかあさんが学校に連絡して、おわりの会とかに話題になって、言いたくもない、
「大丈夫です」
なんて言葉、言いたくないし。きっと、皆もそのときだけ、いい子を演じる。
「あやまってもらったから良いです」
とか、言えば良いの?
「これからは私も皆の中に入れるようにがんばります」とか?
その場かぎりの言葉。
その場かぎりのやくそく。
よけいつらいよ。
「人は弱い生き物だから、誰かをぎせいにして生きる」
誰かが言ってた。
ぎせいになったのは私。
私はどこにいけば良いのだろう。
また、さくらが咲くきせつ。
去年は何かが変わることがうれしくて。
でも、今年は、うれしくなんかない。
なんにもかわらない。
庭のさくらの木を見上げてつぶやいた。
「私はひとり」
小さく、小さくつぶやいた。
夜になって、くらくなって……。
明かりがほしい。
さくら、さくら
うでにナイフをすべらせる。
どうして、今、私は生きているの?
さくら、さくら
ポタリ、と落ちた小さな血のしみ。
さきはじめたさくらは、答えてなんかくれない。
さくら、さくら
今度は、もっと、手首のちかく。さっきよりも力をこめて。
ボタリ、ボタリ。
手のひらをつたって落ちる。
地面にしみこむ私の血。
さくら、さくら
風がまって、小さなはなびらが落ちた。
私の血は紅くて、さくらのはなびらはうすいピンクで。
さくら、さくら
手首にナイフをあてて、力をこめてすべらせた。
さっきよりも、大量の血。
私の血がしみこむ大地をぼうっと見た。
人間の血は、まだ出たばかりの血は紅くて。
紅い紅い私の血。
何度もうでは切ったけど、手首を切るのははじめてで。
じんわりといたみがぜんしんにいきわたる。
さくらの木の根元にすわりこんだ。
パジャマは紅くそまっていて。
おかあさん、おとうさんごめんなさい。
ふと、そんな言葉を思いついた。
いしきが遠くにいくようで、木にもたれてさくらをみあげた。
さくら、さくら
右手のナイフは地面に落ちた。
「紫、紫」
おかあさんの声が聞こえる。
「紫っ!」
これはおとうさんかな。
私が部屋にいないことに気がついたんだ。
探してる。
行かなきゃ。
でも、身体は重くて、思うように動いてくれなくて。
手首から、紅い血といっしょに、力までぬけていっているの?
さいごにみたのはおかあさんのなき顔。おとうさんのびっくりした顔。
「紫、おかあさんがわかる?」
白い白い部屋のなか。
ここはどこ?
「紫?」
とまどってるおかあさん。
あぁ、返事をしなきゃ。
「おかあさん。ここ、どこ?」
泣いているおかあさんの隣に、おとうさんもいた。
「あぁ。良かった。今、先生か看護婦さん呼ぶからね。どこかくるしくない?」
力いっぱいだきしめられた。
おかあさんのうではやさしくて、あたたかかった。
「くるしくないよ」
「良かった」
心のそこから息をはいたおとうさん。
「先生ってだあれ?」
私のしる先生は幼稚園の先生だけ。
「病院の先生よ。まっててね」
言っておかあさんはまくら元のボタンを押した。
「私、どこかわるいの?」
「覚えてないのか?」
おとうさんの声。
「なに?」
わからない。
私はなんで病院にいるんだろう。
左手が少しいたいのは、なんでだろう。
まどの外に、さきはじめのさくらが見えた。
たしか、家のさくらももうすぐまんかい。
「気づいてあげられなくてごめんなさいね」
ないているおかあさん。
何に気づくの?
「ねぇ。幼稚園はいつから行けるの?」
私の言葉に、おかあさんもおとうさんも動きをとめた。
何かへんなこと、言ったかな?
幼稚園は大好き。皆とあそぶのがたのしい。とってもたのしみ。
「紫、あなた小学生よ。こんど2年生になるのよ」
小学生って何?
ねころんだまま、おかあさんをみあげる。
「小学生って何?幼稚園とちがうの?」
「あぁ」
おかあさんは泣いてたおれてしまった。
どうして?どうして?
おとうさんをみたら、口をパクパクさせていた。言う言葉をなくしてしまったみたい。
私はなにをわすれてきたの?
さくら、さくら
いのった言葉はとどいてる?
さくら、さくら
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