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ナイフ
アヤカは、ナイフを握りしめ、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

しかし、又ふらつき壁にぶつかりひざまづいてしまう。

大きく息を吸いこんで、ゆっくりと立ち上がった。

アヤカは、ふらつきながら一歩ずつ歩きだした。

アヤカの歩きだした先には、シャワールームがあった。
シャワールームへ向かってゆっくり歩いている。

アヤカは、無表情だ。
拘束椅子で天井を見つめていた時と同じ顔をしていた。
そんなアヤカの顔には、殴られた跡が無惨にもたくさん残ってる。口は切れ、鼻血が固まって顔についている。目の回りや頬は腫れている。
体には蹴られたあざがあっちこっちにある。
首には、絞めつけられた竜次の手の跡が赤く残っていた。


アヤカは、シャワールームの扉の前まで来た。

扉の前で何を語るわけでもなく無表情でつっ立っている。

アヤカはいったい何を考えているのか
アヤカは何をしようとしているのか

アヤカの思考能力はとっくに狂いだしていた。

中からシャワーの音が聞こえてくる。
竜次が気分よさそうに鼻歌を歌っているのが聞こえた。

アヤカは、ナイフを強く握り直した。

アヤカは、全く無表情のままだ。

アヤカは、ゆっくりと静かにシャワールームの扉を開けた。

中では竜次が頭からシャワーを浴びていた。

竜次は扉が開けられた事に気づいた。

「おぅアヤカ、どうした、お前も一緒にシャワー浴びるか」

アヤカの方へ顔を向けた。

その瞬間、

「うぁーっ!」

竜次が奇声をあげた。

アヤカは、体ごとぶつかっていき竜次の背中にナイフを突き刺した。


竜次は振り返りアヤカに襲いかかろうとしている。

「てめぇ!コノヤロウーッ!」

竜次は、怒りと痛みで物凄い形相でアヤカの腕と髪の毛をつかみあげた。

アヤカは、顔色ひとつ変えず振り返った竜次の腹に、おもいっきりナイフを突き刺した。

竜次は、ますます凄い形相でアヤカを睨んでいる。

竜次は、アヤカの髪の毛をつかんだまま引きずりよせナイフを取り上げようとする。

背中と腹を刺され大量の血を流しているのに物凄い力でアヤカにつかみかかっている。

この男、やはり根性の入り方が違う。
気合いがはいり、シャブを大量に入れた体は、痛みを感じていない。


竜次は、般若のような凄みのある顔をして怒鳴りつける。

「アヤカ、テメェ誰にナイフ刺してんだ!コラァ、ふざけんじゃねぇー!」


背中と腹から血が吹き出ているのに、襲いかかってきた。
アヤカは、変わらず無表情だ。
目を見開いた能面のようだ。

アヤカは、叫んだり言葉を返す事もしない。

アヤカは、髪の毛と腕をつかまれながらも、ナイフをふりあげた。
そして今度は、竜次の胸にナイフを突き刺した。

ナイフは竜次の心臓に突き刺さった。

竜次の胸から血が吹き出した。

あの竜次が、大きな奇声をあげ、苦痛で顔がゆがませている。

アヤカをつかんでいる竜次の手の力が弱まってきた。

竜次はシャワールームの床にひざまずいた。

竜次の体から大量の血が溢れでている。


アヤカは表情変えずに、つっ立っている。
下目で竜次を見ている。

竜次は、ひざまずいている事も辛くなり、ついにシャワールームの床に倒れこんだ。


竜次は、痛みを感じだしたのか、苦しみながらアヤカを見つめている。

ついさっきまで般若のような顔をして、恐ろしく凄みのある鋭い目つきをしていた竜次の目つきが変わってきた。

床に倒れながらアヤカの顔を見てる目は、なぜ、俺を刺したんだ、アヤカ、どうしたんだと言いたげな不思議そうな目で見ている。

その目はしだいに、捨て犬のような悲しそうな目になっている。

竜次は、必死に起き上がろうとするが起き上がれない。

アヤカの顔を見つめ続けている。
捨て犬のような目でアヤカの目を見つめ続けている。

アヤカは、そんな目をした竜次の顔の前に、立ちはだかっていた。

何も喋らず、無表情で竜次の目を見ている。


竜次は、アヤカに向けて一生懸命、手を差し出そうとしていた。
何かを言おうとしている。

「アヤカ…全くお前はいい根性してるぜ、お前に刺されるとは思わなかったぜ、腹のすわったいい女だ、フッフッ」


竜次は苦しみながら語りだし、最後に笑みをこぼした。


差し出そうとした手も力なく床に落ちてしまった。


竜次は、そのまま動かなくなった。


アヤカは、もう動かなくなった竜次の姿を、立ちすくんだまま見ていた。

返り血でアヤカも血まみれだ。
相変わらず顔は、無表情のままだ。

アヤカは握りしめたナイフを手からはなした。

ナイフが床に転がり落ちる。

アヤカは、立ったまま竜次を見ている。

しばらくすると、アヤカは竜次の顔を見つめながらゆっくりとしゃがみこんだ。
竜次の顔をじっと顔を見つめている。

しばらくの間見つめたまま動かない。

アヤカは、静かに竜次に語りかけた。


「竜ちゃん。ごめんね、いたかった…?」


そういいながら竜次の顔に手をのばした。

両手で竜次の顔を触っている。


突然、アヤカは鼻をぐずぐずさせ、泣き出した。

アヤカが、声をあげて泣いている。

アヤカの大粒の涙が竜次の顔にしたたり落ちている。
アヤカは、竜次に静かに語りかける。


「ねえ、竜ちゃん、竜ちゃんみたいな人は、きっとこの世の中じゃ生きてちゃいけない人なんだよ。竜ちゃん、わかる?竜ちゃんも私も、きっと、この世にいちゃいけない人達なんだよ」


アヤカはゆっくり竜次に顔を近づけていく。

そしてアヤカは動かなくなった竜次に唇を合わせた。

唇を合わせ泣きじゃくりながら抱きついていた。



「竜ちゃん、好きよ、愛してるよ。私は一生竜ちゃんの女だったよ」


アヤカは、動かなくなった竜次の体にいつまでもしっかり抱きついていた。

アヤカは、いつまでも泣いていた。
アヤカが、声をあげて泣きじゃくっていた。

長い間抱きついていて泣きじゃくっていたアヤカがゆっくり動きだした。

アヤカは、床に転がっているナイフを見ている。
アヤカは、又ナイフを掴んだ。

ゆっくりとナイフの刃を自分の左手首の上にのせた。

アヤカは、左手首の内側にナイフを力まかせに押しつけた。

手首にナイフがめり込んでいる。

そして、すばやく引き抜いた。

アヤカの左手首は深く切れ血が溢れ出てくる。

アヤカは、血が滴り落ちる手を竜次の顔に差し伸べた。

竜次を見つめている。

アヤカの目は、うつろな目に変わっていた。

アヤカの右手は、動かなくなった竜次の首にナイフの刃をあてている。

ゆっくりとナイフを左から右に動かした。

竜次の首から血がにじみでてきた。

アヤカは、竜次に静かに語りかけた。


「竜ちゃん、待っててね、私もすぐ行くからね」


そう言ったあと、アヤカはナイフを自分の首に近づける。

そして首の頸動脈をおもいっきり切り裂いた。

アヤカの首から、大量の血が激しく吹き上がり竜次の体を赤く染める。

アヤカは竜次に抱きつくように倒れこんだ。

アヤカは、だんだん力が抜けていく体で、竜次に唇を合わせようとしていた。

アヤカの首から吹き出た血で、竜次の顔は、赤く染まっている。

アヤカの意識が遠のいていく。

アヤカは、竜次に抱きつきながら、菊水の顔が脳裏に浮かぶ。


「菊水ちゃん…ごめんね、でも竜ちゃんは、いないから安心してね、菊水ちゃんとずっと一緒に過ごしたかった…菊水ちゃん、大好きよ、大好きよ」


アヤカは、竜次に抱きつきながら、菊水の事を思い浮かべている。
そして、静かに目をとじた。

アヤカの目から大粒の涙が竜次の顔に滴り落ちた。


アヤカの最後の涙だった。


アヤカは、もう二度と動く事はなかった。


出しっぱなしのシャワーが、アヤカと竜次の血を洗い流すかのように、いつまでも降り注がれていた。
次回、最終話


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