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シャブの魔力
菊水は、東京へ戻りたいという気持ちが日増しに強くなっていた。
しかし、いきなり戻ったところで住む家がない。
仕事も決まってない。
アパートでもマンションでも部屋を借りるにはある程度まとまった金が必要だ。
今は金もなかった。
力仕事のやる気も失せてきていたが、働かないと金にならない。
菊水は今日も仕事に行き働いていた。
職場では生産台数が増え、菊水の部品運びの仕事の量が今までの二倍近くもあった。以前は部品の量が多い時は誰かが手伝いに来てくれていた。
しかし今日は誰一人手伝いになどこない。
菊水は休憩時間中も一人で黙々と汗びっしょりかいて働いていた。
時がたてばいつかはわかってくれて職場の人達と又仲良くなれると菊水は思っていたのだが、いまだに孤立した状態が続いてしまっている。
就業時間が過ぎてもまだ仕事が残っていた。
菊水は一人で汗をかいて残業をしていた。

仕事が終わった連中の話し声が遠くから聞こえてくる。
楽しそうな話し声や笑い声が聞こえてくる。
着替えて帰る奴もいる。

こうなるといつも以上に孤独を強く感じてしまう。
菊水はもう仕事が苦痛で本当に嫌になってきていた。

翌日の朝いつもの時間に携帯の目覚ましアラームがなる。目は覚めたが、この日は起きようとしない。起きて仕事行こうという気が起こらない。そのまま又寝てしまう。
八時過ぎた頃会社から電話があった。それで目を覚ましたのだが、体調が悪いと言ってこの日は休んでしまった。
別に体調など悪くはない。仕事行くのが嫌になり嘘を言っただけだった。
ようはサボリってやつだ。菊水がこの職場でずる休みしたのは今日が初めてだった。
この日は金曜日だ。今日休めばこの会社は土日は休日なので三連休という事になる。
かといってなにか予定があるわけでもなく、菊水はひたすら寝ていた。昼過ぎにやっと起きた。
起きても、何もする事がない。何かをやろうと思い浮かばない。

海岸へ行って日焼けしようという思いも失っていた。

菊水は、なにをするわけでもなく一人で部屋の中でゴロゴロ寝そべっていた。

東京へ戻りたい気持ちが漠然とある。でも今は金がない。仕事探して、部屋も探さなきゃならない。
それも面倒だなと感じている。
今の菊水はすべての事にやる気を失せていた。

菊水は横になり、つけっぱなしのテレビを見たり、煙草を吸いながら、ぼーっと非現実的な考え事ばかりしている。

東京に戻ったら又夜しゃれた店で働きたいなぁ可愛い女の子がいっぱい集まる店がいいなぁと一応仕事の事を考えていると、川島が頭に浮かぶ。
もしかしたら、タイミングよく仕事の話があるかもしれない、川島に電話して仕事の事を聞いてみようと思いたつ。
しかし、今の菊水は仕事の事を聞くという事よりも、自分の事をよくわかっていてくれてる人間、理解してくれてる人間とただ話がしたいというのが本音だったのだ。
川島と普通になんでもない会話がしたかったのだ。
寂しさを紛らわしかったのだ。

時計をみると昼を回ったばかりだ。
夜働いている川島はまだ寝ている時間かもしれない。
そう思ったが菊水は川島と早く話がしたくって電話をした。

「おぅ川島元気か、寝てるかなと思ったけど電話しちゃったよ。なんか騒がしいな、外か?」

川島は外で歩きながら電話を受けていた。もう起きて行動していた。


「菊水さん、どうもお久しぶりです。いゃーここんとこ毎日午前中から起きてるんですよ、前話した六本木のガールズバーと西麻布のバーと今、二店舗の統括マネージャーやってんすよ」

そんな話を聞き菊水はいきなりへこんでしまったが普通を装い軽く先輩風を吹かす。

「そうなんだ、凄いな、出世してるじゃないか、さすが川島だ」

川島は話続けた。


「西麻布の方はワインとシャンパン増やしてメニューとシステム変えたんです。そしたらお客かなり増えて、取材バンバン来て、雑誌に載ったりしてめちゃくちゃ忙しいんですよ。
売り上げかなり上げてますよ。
それに今度テレビドラマの撮影に使われる事にもなって打ち合わせやらなんやらで寝る時間ないんですよ。今日も、今からロケの打ち合わせなんです。
そのあと六本木行ってガールズバーの方のミーティングがあるんです」


菊水が、言葉を返そうとした直後、


「あっ、キャッチ入ちゃった。TV局のプロデューサーだ。すいません菊水さん忙しいんで、又連絡いれますからそいじゃ失礼します」

川島はキャッチが入り電話をきってしまった。
川島と話をして気を紛らわせたい、そんなつもりで電話をしたのだが、菊水は、ほんの一言二言話しただけであとは川島の活躍ぶりの話を聞いただけで終わってしまった。


菊水は、余計寂しさを感じて気が滅入ってしまっていた。

川島はかなり忙しい。寝る時間がない。
明け方まで働いているのに午前中から起きて仕事を始め動き回っている。
菊水は仕事をサボりたっぷり寝ている。暇で時間はあるがやることがなんにもない。

川島は今仕事絶好調で波にのりバリバリ働いている。信用を得て出世して交友関係を広げ輝いている。

菊水は毎日重いものを運ぶ単純作業の繰り返し、仕事のやる気を失いかけ、更に誰にも相手にされずいつも一人だ。


菊水は川島の仕事っぷりがうらやましく感じている。

妬み、嫉妬、菊水にそんな感情が湧き出てきていた。


菊水は自分が西麻布で働き続けていれば今の川島の仕事を自分がやっていたはずだ、そう思えてならなかった。


川島に仕事を教えたのは俺じゃないか、俺が育てたようなもんじゃないか、その俺は今何をやってるんだ。仕事をさぼり何もしないでゴロゴロしている。
仕事いけば一人でただ重いものを運ぶだけの単純作業を毎日繰り返すだけ。話し相手すらいない。
俺はいったい何をやってるんだ。

菊水の心の中に、やりきれなさ、そして大きく遅れをとり自分一人だけ取り残されてしまったような被害妄想的な感情に陥っている。
もう孤独感と焦燥感で、押しつぶされそうになっていた。


薬にハマり捕まってしまい薬を断ち切る為に、自分で決めて東京離れたのに、今の菊水はその事を思い出せないでいる。

その時決意した思いを忘れている。

薬を断ち切ろうとここに来て、なにひとついいことなんかないじゃないか

今の菊水はそんな発想しか思い浮かばない精神状態だった。

この追い詰められたような感情や悔しさをバネになんらかの行動を起こしたり奮起するわけでもなかった。

菊水は、又寝そべってゴロゴロし始めてしまった。

その横にはAV情報誌があった。
そしてなにげなく、ルシアが載っているAV情報誌を見始めた。
ルシアを見つめる。

ルシア、薬はやってないよな。やってない事を祈ってるぜ。

ルシアに対してはそう思っていた。


しかし菊水は、自分が薬をやっていた頃を思い出していた。


クスリかぁ

クスリやってなにもかも忘れて、パーっと遊びたい気分だ。


薬をキメた時の溢れ出るあの多幸感、何もかもが楽しくてしょうがないあの高揚感を思い出していた。
もちろんキメセクした時のの全身が溶けてしまいそうなあの強烈な陶酔感も思い出していた。



「あぁシャブやりてぇ」



思わずつぶやいた。

菊水は、薬を思いだし薬をやりたい衝動にかられてしまった。

菊水はAV情報誌を見てキメセクしている自分を妄想していた。

いつのまにか菊水の手はボクサーブリーフの中で自分のモノを触り、刺激している。


薬は油断すると、ちょっとした心の隙間にすぐ入り込んでくる。


これが精神依存か、
覚せい剤は何年たとうが心の隙間に入りこみ、魔の手招きをする。


だから薬は恐い。
だから覚せい剤は恐ろしい。


気がつくと菊水はアヤカに電話をしていた。

「アヤカ、俺だけど…」

「あー菊水ちゃん久しぶりね、元気ぃー、じゃなさそうな声ね、どうしたの?何か辛い事でもあったの?なんでも言ってごらん。」


「いや、久しぶりに声聴きたくて電話しちゃった。」

「なんか元気ないわねぇ菊水ちゃん早く戻ってきなよ、東京に戻ってくるべきよ。菊水ちゃんは絶対その方が合ってるよ、お休みの日遊びにいらっしゃいよ、気分転換なるわよ、私が元気にしてあげるわよ」


こんな事を言ってくるのはアヤカだけだった。
この時の菊水は、薬がやりたいという気持ちはどっかにいってしまい純粋にアヤカに会いたい、そう思っていた。


「アヤカ、会いたいよ…」

菊水は小声でぼそっとつぶやいた。

「菊水ちゃん、私だって会いたいわよ、私も会いたいのずっと我慢してたの」


アヤカは優しく菊水に語りかける。アヤカも菊水に会いたいのだ。
そしてアヤカは話続けた。

「今ね竜ちゃんいないの、この間、詐欺か何かで調べられて警察に連れていかれて、それから戻ってこないの」

菊水は竜次がいないと聞いて寝転んで電話をしていたがいきなり起き上がる。
竜次がいない、この言葉が菊水を奮い立たせた。

漠然と会いたいと思っていた気持ちから、会いたくてどうしようもない気持ちに変わった。

「俺、実は今日仕事休んじゃって明日も明後日も休みなんだ、俺今日会いたい!今日これからアヤカに会いに行きたい!行ってもいい?いいだろ」

菊水はテンションがあがりすかさずアヤカにこう伝えていた。

「えっ今日、これからくるの?いいけど、でもどうやってくるの、時間とかどの位かかるの?」


「俺、車買ったんだ。車でいく!五時間位かかるかな、いゃもっとかかるかもしれない。でも今から出れば夜には着くよ、行きたい、会いたい!」


菊水は、もう会いたい気持ちが抑えきれなくなっている。


「わかった、いいわよ。待ってるわ、でも気をつけてね、事故おこしちゃだめよ」

「大丈夫!待っててね。」

菊水は喜び勇んでイキイキしている。

急いで準備を始めた。
歯を磨き顔を洗い、鏡の前で一生懸命髪をセットしている。
洋服をとっかえひっかえ選んでいる。
「よし、オッケー!」
と叫び車に乗り込んだ。

そしてアヤカのもとへ、車を走らせたのだった。


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