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断薬生活
菊水はあるひとつの決意を固め実行していた。
断薬を誓い、断薬を宣言した。その事をやりとげる為にどうすればいいか、菊水なりに考えた。菊水が考え悩みぬいて出した結論は、しばらく東京を離れ全く知らない土地で働き生活しようと決めたのだ。
ついこの間までの菊水は、落ち込み、悩み、考え込んでいるばかりだった。
仕事がなくなり悩み、ルシアに彼氏ができた事で落ち込み、アヤカに翻弄され考えこみ、薬に手をだした事を後悔し、1ヶ月以上も引きこもっていた自分に喝を入れ腹をくくったのだ。自分が撒いた種だ。薬に手を出した自分が悪い。すべて清算したつもりで一から出直そうと考えたら気持ちが楽になり元気が出てきたのだ。
そう考えてからは行動がはやかった。新聞広告の求人欄を見て電話をし面接を受け仕事を決めた。
部屋も引き払い車も売った。そして東京から新幹線に乗りローカル線に乗り継ぎ、菊水は初めて訪れる小さな田舎町に来ていた。
菊水はアヤカにもルシアにも川島にも誰にも告げず東京を離れていたのだった。
しばらくはこの町で生活する。明日からはこの町で働く。
菊水はなんと肉体労働をやろうとしていた。
仕事はブルドーザーのような重機特殊車両の部品を製造している工場で、下請けのその又下請けのような小さな所で設備もあまり整っていない所らしい。仕事はきつくてすぐ辞めてしまう人間が多いとも聞いた。その仕事を菊水はやろうとしている。
菊水は敢えて自分を追い込んでいたのだ。菊水は本気で薬を断ち切ろうとしていた。
寝泊まりするところは寮だ。寮といっても古い六畳一間のボロアパートを寮として使っているだけだった。
菊水の見知らぬ土地での断薬生活が始まった。
翌朝、寮のアパートから自転車で新しい仕事先に向かう。自転車は通勤用に借りていた。
仕事場に到着すると作業服に着替えさせられた。菊水は作業服を着るのも初めてだった。
菊水は作業服を来た自分を見て昔仕事の時はイタリア製のブランドスーツを身にまとっていたのにと思ってしまう。そんな事思いだしてもしょうがないと自分に言い聞かせていると大声で呼び出される。仕事のやり方を教えてくれるという正社員の男がいた。菊水は非正規雇用だ。その社員の男は二十歳ぐらいだろう。その男が突然指示をだす。
「菊水君、ここにある荷物と部品この台車に積んであそこに降ろして戻ってきて!」
菊水は年下にいきなり、くん付けで呼ばれムカついたが言われたとおり仕事をはじめた。一つ一つの部品がめちゃくちゃ重い。それを山盛りに積んで押していく。又降ろしてもどり又積み始める。仕事はそれだけの単純作業だった。一日中それの繰り返しだった。菊水は力仕事などした事がない、更に拘留生活引きこもり生活で体はなまりきっている。開始五分で汗だくになっていた。
社員の若い男は
「お前おせぇーよ、もっと早くやれ!」
今度は年下にお前呼ばわりされ怒鳴られる。菊水は腹の底からムカついたが我慢をしていた。スピードをあげ黙々と重い部品を積み上げていた。なんとかやり遂げ初日が終わった。菊水はもうヘトヘトに疲れていた。寮のアパートに帰りビールを呑む。
「うめぇー!」
思わず叫んでしまう。汗だくになって働いたあとのビールはめちゃくちゃうまかった。
菊水は次の日もその次の日も筋肉痛に悩まされながらもちゃんと仕事に行った。一週間たち二週間たち体もだいぶ慣れてきた頃川島から電話があった。
「菊水さん、元気ですか?今度六本木でガールズバーの新規オープンの店があるんですよ、マネージャー探してるんですけど菊水さんやらないですか?」
川島は仕事の話を持ってきてくれた。川島は東京を離れた事は知らない。
「川島、実は俺東京にいないんだ。しばらく戻らないからその話は今回パスだ。」
菊水は悩む事なくあっさりこの仕事を断った。川島は東京にいない事を知りかなり驚いていた。
「菊水さんいつかは戻ってきますよね、その時は知り合い全部あたっていい仕事紹介できるようがんばりますから、菊水さんがんばって下さい、では又連絡します。」
そういって電話を切り掛けた時菊水はひきとめた。
「ところで川島、ルシアは店来てるか?」
ルシアの事がやっぱり気になる。
「ルシアちゃん、菊水さんいなくなってからは全然こないです。あっ先月オープン前に来て今度結婚するって言ってましたよ。どんな人って聞いたら菊水さんを真面目にした感じの人って言ってました。菊水さん知らなかったんですか?」

「えっ結婚っ!彼氏の事は知ってたけど結婚するとは知らなかった。そうかルシアはあの男と結婚するのかぁ。」
「ルシアちゃん嬉しそうでしたよ。ルシアちゃん一段と可愛くなってました、それにほんといい子ですよねー。」
ルシアの事を聞き電話をきった。
菊水はルシアの彼氏に嫉妬心が湧き出るわけでもなくルシアが幸せになる事を望んでいた。
菊水もいつのまにか変わってきていた。今の菊水はルシアに幸せになってほしいと願う親心にも似た感情でルシアを見ている。
「ルシア、幸せになれよー」
菊水は一人部屋の中で叫んでいた。
その後も菊水はがむしゃらに働き続けていた。
そういえばアヤカからは連絡がない。菊水もしていなかった。
菊水はアヤカに電話をした。アヤカは菊水からの電話を本当に喜んでいた。なにも言わず東京を離れた事を誤りちゃんと話をした。
アヤカは優しかった。
「菊水ちゃんが元気ならいいの。菊水ちゃんが決めて頑張ってるのなら応援する。でも力仕事なんてできるの?無理しすぎないでよ、寂しい時はいつでも連絡してね。」

アヤカにそんな言葉をかけられ喜んだ。菊水はアヤカの優しい言葉が嬉しかった。二人は随分と長い時間電話で話をした。やっぱり会いたくなる。でも薬がやりたいなんて感情は出てこなかった。
菊水もあれだけ取り憑かれていた薬の依存が薄れてきているのを感じていた。

そんな断薬を誓った肉体労働生活も3ヶ月を過ぎようとしていた頃、直属の上司にあたる部長が話かけてきた。
「菊水君は随分頑張ってるな、すぐ辞めてしまうのではないかと思ったが見直したよ。この調子で一年もやれば社員にもなれるぞ、私が工場長に推薦するからこれからも頑張ってくれ!」
菊水はこう言われ自分が認められたと思いとても嬉しかった。
「はい、がんばります。よろしくお願いします。」
元気よく答えていた。
失われていた自信を取り戻したようだった。
家に帰り風呂あがりに鏡に映った自分の体を見る。筋肉がいつのまにかついている。

「おーすげぇ、毎日筋トレしているような仕事だもな。」
そういいながら鏡の前でボディビルのポージングのような仕草をなんども繰り返していた。
風呂上がりに弁当を食べながらビールを飲んでいた。
「ここに嫁さんがいてメシを作って待っていてくれたりしたら充分楽しい生活ができるなぁそういう生活悪くないなぁ。俺もごく普通の生活がしたくなってきた。」
菊水はそう思っていた。普通の生活がしたかったというルシアの言葉が頭に残っている。

菊水はこの土地でのこの生活に満足感と充実感を感じ始めていた。


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