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1章-52 賭けますか?
 シーグとガリウスは、お互いの開始線に立っていた。
 アクリアエ・スリスで、ガリウス相手に15歩の距離を空ける。
 ここで、すでに勝負は決しているのだ。アヴェンジャーを呼び出し、剣の衝撃波を打てばそれで終わってしまう。
 グリフォンよりも速やかにシーグを片付けることができるだろう。

 ガリウスにヴァンガードを挑まれたのならば、まだ勝ち目はあった。
 戦闘方法も場所もシーグ自身が選ぶ事ができたからだ。それならレンダにも協力しようがあった。汚名を得ても生き残る方法もあっただろう。
 しかし、わざわざ反対に決闘を挑み返してはどうにもならない。
 決闘を挑まれたガリウスは最善の環境を整え、最強の装備で、最良の戦術を取るだろう。

 それが、どれほど有効に相手の命を奪うかは、レンダ自身が一番よく知っている。
 なぜなら、ガリウスとレンダが共に知恵を絞って考えた決闘の必勝法だからだ。
 必殺の方法と言ってもよい。ガリウスに決闘を挑んだものは、必ず死んでいるからだ。

「決闘が始まりますな」
 
 セレストが感慨をこめてつぶやいた。

「私たちが裏切るなど、疑いもしてないようだね」
「考えないようにしているのでしょう。ただ、自分の出来る最善の事をやろうと心に決めているのです。レンダ様のおっしゃったように、ただ剣になろうと懸命なのでしょう」
「剣は自分で考えないよ。口を開くこともない」
「そういう意味ではなく……」
「あれは戦士だよ、セレスト。ただの道具ではない」
「……レンダ様」
「いつになく口数がおおいね、セレスト。まだ、シーグに未練があるのかい?」

 セレストは目を伏せて無言になった。
 執事は主人の性格をよく知っている。いざと言う時には、自分自身でさえも切り売りして、最善と信じた結果に突き進むのだ。

「さてと、予定にはゆとりをとってあるけど、無駄にするにはもったいない。実行に移るとしましょうか。決闘はどうせ長くは続かないだろうから」

 レンダは決闘場から視線を離す。その時、柱から飛び出す人影があった。

「動かないで、レンダ。動くと、殺す!」

 冷たい刃が首元に当てられる。ミラは完全にレンダの背後を取っていた。

「……こいつは油断しましたね」

 降参とばかりに、レンダは両手を上げた。セレストも驚きに目を見開いている。
 闘技場から目を離せなかったセレストとレンダ。隠密行動になれた2人の隙を、ミラは見逃さなかったのだ。
 
「やっぱり、土壇場で裏切るのね」
「仲間になった覚えはありませんけど?」
「だったら、訂正するわ」
「……いつから私の事が怪しいと思ったんです?」
「最初からよ。あなたは、いつだって人を助ける目をしていなかったもの。シーグを見る時に、死刑囚を見送る処刑人みたいだった」
「あるいは一仕事を終えた暗殺者のように、ですか?」

 ミラの肩がビクリと震える。

「人の命で商売するのは許せませんか、盗賊のミラさん?」
「盗賊は仲間を見捨てないわ。商人は違うみたいだけど」
「……まあ、場合によりけりですね。それに、いつでも例外ってあるものでしょ?」
「私は違う」
「仲間を売って、金に変えた事もあるのに?」
「だからよ。2度あんな馬鹿な事はしない!」
「……ミラさんも、シーグさんも、短い間に言うようになりましたね。成長したものです」

 力強いミラの声に、レンダは瞳を閉じた。

「シーグの邪魔をするなら止めるわ」
「あなたを油断させるために、ずいぶんと努力したつもりだったんですけどねえ。ふざけてみたり、服をプレゼントしたり」
「…………」

 ミラは警戒の視線で睨みつけてくるだけだ。

「じゃあ、仲間になります。だから、離してください」
「……信用すると思う?」
「ミラさんのように美しい人に疑われるなら、本望です」
「茶化さないで!」
「茶化しているんです」

 レンダは緊張感のないおどけた声で答えた。

「だいたい、私を捕まえておいて何の得があるんですか」
「よく、分からないわ」
「考えなしって、よくないと思いませんか」
「悩むよりも動く事にしただけよ」
「まるで、どこかの誰かさんみたいですね」

 レンダは肩をすくめた。
 ミラといい、セレストといい、シーグと出会ったものは影響を受けずにいられないようだ。
 いや、違う。誰もがシーグのようにありたいと思っているのだ。
 大儀をかかげ、理想に向かってまっしぐらでありたい。その先に死が待っていようとも。
 サフィリアも同じだ。シーグに理想を吹き込んだのは彼女なのだから。

 突然、耳をつらぬくような歓声が巻き起こった。
 遠ざかってゆく鐘の音などまるで聞こえなくなった。

 それも、そのはず。闘技場のシーグが、剣を捨てたのだ。
 鐘は鳴り止んでおらず、審判は開始の合図を出していない。
 正気とは思えない行動に、闘技場中が沸きかえっている。

 全面降伏か、命乞いか、自暴自棄か、人々の憶測が嵐のように吹き荒れている。

「……なるほど、そういうことですか」

 ただ一人、レンダはシーグの意図に気づいていた。

「……そんな」

 シーグの姿に見入っていたミラが一瞬の隙を見せる。レンダにとっては、それで十分だった。
 ミラの細い手を掴み、指先から「痛み」の魔術を発生させる。ミラは悲鳴を上げて、ナイフを落としてしまった。
 レンダは、後手にミラを拘束して耳元に口を寄せる。

「人の事ばかり気にしていては、いい暗殺者にはなれませんね」
「……」

 ミラは唇をかみ締めている。

「もしも、私たちがサフィリアの前にたどり着くまでヴァンガードが続いていたら、シーグに協力しましょう。どうです?」
「え?」
「勝ち目があると思ったから賭けるんですよ。どうします?」

 いつになく余裕がなく、真剣なレンダの声。ミラはナイフを落とした時以上にとまどっている。

「ただし、シーグが死んだら賭けは私の勝ちです。あなたは私たちと一緒にメティスから逃げる。どうです?」
「……賭けるわ」

 レンダはあっさりとミラを解放した。ナイフを拾っても、無防備に背中を見せている。

「セレスト。あなたはライナと組んで、外の結界陣の破壊を行ってください」
「レンダ様がいなければ、合言葉を聞き出せませんが……」
「外側の紋様の合言葉は、すべて同じはずですよ。緊急時に解除する事を考えればね」
「しかし、言葉が違う可能性もあるのでは?」
「これは賭けだよセレスト。危険はつき物だ」

 セレストは無言でうなずくと、足早に去っていった。

「さあて、時間が過ぎるごとに不利になります。ミラさん、ついて来てください」

 最強装備をせざるを得ないヴァンガードで、衆目の集まる場所。
 魔術の力が最高に高まるアクリアエ・スリス。そこにあえて、非力な武装で挑んだシーグ。

 ヴァンガードだからこそ、勝ち目がある。むしろ、ヴァンガードでなければ勝ち目はないのだ。
 しかし、それは針の穴にレイピアを通すよりも難しい。普通は、試そうという気持ちさえ起きないだろう。
 命を賭けるにはあまりにも無謀な賭けだし、考えつく時点で正気ではない。

 勝機は恐怖の向こう側にある。

 ロディウス・アクテの信念を、シーグは見事に受け継いでいるのだ。
 
「最も、シーグが失敗したところで私の計画は変わりませんよ。あなたとの義理ですからね、リーザ」

 レンダは、誰にも聞こえないようにつぶやいた。
 クライマックスに続く展開につき、ちょっぴり更新を速めます。

 なんでもありのヴァンガードで、剣さえも手放したシーグ。
 彼の作戦とは一体何か?
 
 次話もなんとか、今週中に。
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