1章-2 走るハタ迷惑
「魔術のことはよく分からないが、大技はやめたほうがいい。冷静になって集中してだな、正確に狙いを定めて小刻みに撃てばずっと良くなるはずだ」
「お、おのれぇー」
シーグの助言を聞いて、赤マントの顔色はどす黒い赤となった。十歳の時の自分の髪の色とよく似ている、とシーグは思った。
リーザに教えてもらったことだが、髪の毛も皮膚の一種ということだ。なら、顔色を赤く変えるのは不吉ではないのだろか。
意味のない事を考えるシーグの横を燃えあがる火球が通り過ぎる。赤マントの怒りを象徴するように的を外れて大爆発した。
「ええい、お前達。何をしている!」
赤マントに怒鳴りつけられると、取り巻き達はビクリと体を震わせた。火球から逃げた後馬車の後ろに避難して戦いを見ていたのだ。駆け足で戻ってきて馬車に乗り込もうとする二人。赤マントは奇声を上げながら、二人の尻を蹴るので馬車にあがるのが更に遅くなる。
群集からは失笑が漏れている。シーグは石畳の街道からはずれて歩き出した。
「はっはっは。平地のチャリオットは地上最強。貴様の命運もこれまでだぞ」
村祭りの三文芝居よりも酷いセリフを無視して、シーグは背を向けたまま歩き続けた。
「赤毛の小僧、礼儀を知らんのか!」
赤マントの言う礼儀とは、自分に都合よく相手が従うことのようだ。まともに付き合うのもバカらしい。
「あの無礼者をひき殺せ!」
「は、はい」
上ずった返事と共にガラガラと派手な音が近づいてくる。土煙を巻き上げ、真正面から迫るチャリオットをシーグは横っ飛びに避けた。更に、空中で剣を抜き打ちにして手綱を切りつけたのだ。それは、軽業師でさえも目を見張るような速さであった。
しかし、鋼の盾に弾かれたような手ごたえにシーグは手がしびれる。剣を落とさないように両手で支えなくてはならなかった。剣身は刃こぼれを起こしている。
「この手綱には魔術が編みこまれている。そんなナマクラでは切れないぞ」
通り過ぎていったチャリオットは大回りに旋回しながら、シーグに向き直った。
「だったら、今度は御者の腕を切り飛ばそう」
チャリオットを切り捨てるように、シーグは剣を斜めに振り下ろした。白シャツは青ざめている。
「無駄なことだ」
赤マントが指を鳴らすと黄色ローブが長槍を右手に持ち、大盾を左手で構えて前面を守った。
白シャツが馬の手綱を操り、黄色ローブが右手に長槍と左手に大楯を構え、赤マントが長椅子でふんぞり返っている。
赤マントは余裕を取り戻して騒がしく、けたたましいく威張り散らしている。
シーグが離れれば火球を撃ち、近寄ればひき潰す。馬車に乗りこもうとする者は、盾で阻まれ槍で串刺しにされるのだ。
チャリオットは機動力と遠近の攻撃を兼ね備えた兵器である。その威力を持って、かつて大陸を制した王もいたほどである。
「行け!」
命令された白シャツは馬に鞭を打ち、馬がいななきを上げる。黄色ローブは槍を突き出し、赤マントは手のひらに火の玉を浮かべた。激しく回転する車輪が地面を削り、大地を震わすような轟音を立ててチャリオットが迫る。
シーグはギリギリまでチャリオットを引き付けて右へ飛んだ。黄色マントが長槍を突き出すが、自分自身の大盾が邪魔して突きが一瞬遅れる。その隙にシーグは側転の要領でチャリオットの直撃を逃れた。続けて、背中に突き刺さる殺意。シーグは起き上がると同時に後ろも振り向かずに、飛び込み前転の要領で回避する。背後で火球が爆発し、熱風に吹き飛ばされたシーグは片膝をついて着地した。
チャリオットは再び旋回し、シーグに対面して動きを止める。
赤マントは高笑いをした。火球と車輪の跳ね上げた土砂をかぶり、シーグが埃まみれになっていたからだ。取り巻き二人も引きつりながらも笑顔を浮かべている。
「わがチャリオット部隊は戦場を駆け巡り、7度の戦いのすべてを勝利に導いたのだ。メティオ・スマッシャーの異名で恐れられた私を相手に勝ち目はないぞ。赤毛の小僧を血だるまにして、ガリウス様のご結婚に花を添えるとしよう」
「結婚式に血みどろの死体をささげるとは、メティスには変態じみた習慣があるんだな。それに、隕石は空から落ちたら砕け散って再起不能だぞ。無残な異名もあったものだな」
口元についた泥を手でぬぐいながら、シーグは侮辱の言葉を声高に叫んだ。赤マントはキョトンとしている。
「泥だんごよりもヘタレな火球を撃つのだから見ていられない。俺が引導を渡してやるからさっさとかかって来たらどうだ。それとも、魔術師は呪文じゃなくて、減らず口で戦うのか?」
「……ほざけ小僧。赤毛の……不吉の象徴めが!」
赤マントは唾を飛ばし、口の端に泡を浮かせながら怒鳴り散らす。貧弱な侮辱に対してシーグは腹が立つよりも呆れてしまった。
「この足場で、動きを止めたのは失敗だな」
つぶやくと同時にシーグは放たれた矢のように走り出した。白シャツは慌てて馬に鞭を打つが、石畳ではなく柔らかい地面であるために馬の足も車輪も取られて空回りするだけだ。停止したチャリオットなど、ただの箱にすぎない。
肉迫するシーグに対し、赤マントは火球を投げるのを躊躇した。威力のありすぎる火球を至近で炸裂させると、自分たちを巻き込むからだ。守りを担当する黄色ローブが大盾を構えて進み出る。鋭く突き出される長槍を、シーグは馬の陰に隠れることでかわした。そして、手綱をつかむと一飛びで馬の背中に立つ。
「ひぃ!」
白シャツは怯えて両手をかばった。シーグは手綱を奪い取って、馬から叩き落そうと横殴りに迫る槍を受け止める。突撃の勢いに任せて突き出すための長槍だ。シーグが手綱を引っ張って馬を急停止させる。黄色ローブは体制を崩して、槍と一緒に馬車から落ちていった。
シーグは揺れる馬車から飛び降りて、身軽に受身を取ると同時に起き上がり転がって逃げだす。
赤マントが手綱を操り、チャリオットは体勢を立て直した。黄色ローブと槍と置き去りにしたまま、速度を落とさず大回りに旋回し、突撃してくる。巻き上がった土煙が霧のように周囲に立ち込めて景色がかすんで見えた。
シーグは背中を向けてまっしぐらに逃げ出した。背後から勝ち誇る赤マントの高笑いが聞こえてきた。シーグが振り向くと、チャリオットは更に速度を上げて殺到してくる。
絶体絶命の瞬間に、シーグはニヤリと笑みを浮かべた。
突然、バキッと何かが折れる音と共にチャリオットが大きく片側に傾いたのだ。チャリオットは体勢を立て直せないまま横転し、赤マントの情けない悲鳴と共に真っ赤な爆発が起こった。
「やりすぎたかな」
予想以上の出来事にシーグはため息のように漏らした。噴煙の煙の中から、二頭の馬がいななきを上げながら一目散に逃げてゆく。やはり見た目の派手さほど、爆発に威力はないようだ。
チャリオットが体勢を崩した場所には赤マントが最初に火球であけた穴がある。チャリオットはすり鉢状の穴に車輪を取られて体勢を崩したのだ。
もともとチャリオットは、集団で戦列をくみ、動く城壁と化してこそ最大の効果を発揮する。たった一台では見た目が派手なだけで、本来の力を発揮できない。混乱する戦場の中で赤マントの火球は敵を恐れさせはしたが、同時に味方の足場を乱し、進路を妨害していたに違いない。走るハタ迷惑とはよく言ったものだ。
「イッサ様のチャリオットが爆発したぞ」
城門から槍で武装した男たちがぞろぞろと出てくる。
「まずいことになったな……」
今更ながらシーグはつぶやく。レンダを探して行列を見渡したが、レンダは馬車ごとなくなっていた。咳き込んでいた子どもがいた馬車のすぐ後ろは空白になっていたのだ。
「あいつだ。あの赤毛を捕らえろ」
槍の男たちはますます数を増やし、一斉に駆けよってくる。
「勝手に自爆したんだけどなぁ」
シーグは頭をかきながら呟くと、城壁に沿って一目散に逃げ出した。「待てー」と叫ぶ声は増えてゆく一方である。
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