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1章-27 丸焼き
        *

 突き刺さるような視線にシーグは胃が痛くなる思いだった。自分が何を食べているのかも忘れそうになる。
 氷の槍のような冷徹な気配を放っているのは、老齢の執事と若いメイドである。執事は乱れ一つ、埃一つない黒のタキシードを着ている。整えた白髪と、びっしりと刻まれた額の皺が彼の性格を現していた。
 整った顔立ちのメイドは視線を伏せ表情も動かさない。給仕のため動かなければよくできた置物かと思うほどだ。
 ガチャリとシーグが食器を鳴らすごとに眉一つ動かさず敵意だけが増大してゆく。テーブルマナーの悪さがよほど気に障るのだろうか。
「セレスト、ライナ。下がっていなさい」
「はい」
 レンダに指示されると、返事までも完全に一致させて2人は部屋から出て行った。シーグはカラカラになった喉を潤すためグラスに手を伸ばす。薄められた果実酒が喉に心地よい。
「そっくりな2人だったけど親子か?」
「いえ、夫婦です」
 シーグは思わず噴き出すところだった。どう見ても年の差が40歳以上はある。
「まあ、身分違いの恋よりも実りやすいと思いますけどね」
 レンダの言葉に苛立ちを感じ、シーグはフォークに突き刺した肉を口に放り込んだ。隣に座っているアイフェが真似をして、垂直にナイフを突き立てる。カン、と鋭い音が鳴り響いた。
「行儀の悪い人の真似をしてはいけません」
 しかし、アイフェ無視して大口を開ける。 
「サフィリアに言いつけますよ」
 注意されるとアイフェはしぶしぶと肉を皿に戻した。頬を膨らませてレンダを恨めしげに睨む。
「ごちそうさまでした!」
 アイフェは当てつけるように宣言すると、床に怒りをぶつける足取りで部屋から出て行った。
「ずいぶんとテーブルマナーに不自由な公子さんですね」
 嫌味ったらしい言葉にシーグは何もいえなかった。皿の周りにソースが飛び放題だったからだ。口をつけたグラスの下にもにじんだ跡がある。
 レンダの食器の周囲にはしみ一つないし、アイフェにしてもシーグほど酷くはなかった。
「魔境暮らしが長いものでね」
「滅亡前は違うでしょ。仮にも一国の公子なんだし」
「そのころは、空や星があることも知らなかった。太陽は長細いと思っていたっけ」
 冷たい石室の裂け目からもれ出るわずかな光と、定期的に開けられる扉から差し出される食事。それが世界のすべてだった。生かされているだけの状況から救い出してくれたのがリーザだった。
「これは美味しいな。ガチョウの炙り肉なんだろ」
 うっかりと嫌な過去を明かした気恥ずかしさも手伝って、シーグは無理やり話題を変えた。
「これにレイザーク名産の野菜を添えれば完成なんですが、いい案が浮かばないんですよ」
「保存に使う野草なんてどうだ。たいていは苦味があるが、刻んでふるかける程度ならきつくならない。ソースが甘いし合うんじゃないかな」
 シーグは肉を一切れ口の中に放り込んで味を確認する。
「なるほど。あえて苦味を加えて、甘味を引き出すわけですね。なるほどこの料理にはふさわしい」
「なんて名前の料理なんだ」
「シージペリラスの丸焼きです」
「は?」
「焼いた色があなたの髪の色を表現しており、出店で売るときは黒く塗った串を使う。レイザークでは臆病の象徴はガチョウですからね」
 レンダの一言でいい気分が台無しになった。
「どこで売っているんだ、こんなもん」
「町中の出店で売っていますよ。ヴァンガードの噂が流れ出したときから販売開始です」
「……」
「ただの軽いジョーク商品ですよ。お祭り騒ぎの出し物に細かい指摘は無粋ですよ」
「確かにな。腹が立つよりも呆れたよ。誰がこんな馬鹿な事を思いつくんだが」
「私です」
 レンダは生真面目に答えた。
「……なに?」
「新商品です。お祭り騒ぎはかき入れ時ですからね」
 レンダは懐から手帳を取り出した。
「ガチョウのあぶり肉の売り上げから見るに、シージペリラスの悪評はメティス全域に及んでいるといってもいいでしょう。他にもアンチ・シージペリラスのグッズの売り上げは急激な右肩上がりの天井知らずです。具体的に報告しましょうか?」
「いらん」
「有益な情報を集めているんですよ。ヴァンガードの審判は観客の次第で態度を変えますからね」
「で、あんたは儲けるわけだ」
「はい。企画者の役得という事で。ちなみに現状はあなたが徹底的に不利ですよ」
 悪びれたふうもなく、レンダはパタンと手帳を閉じた。
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