1章-17 命取りの座
「質問がないのなら、お話の時間はここまでにしましょうか?」
「あんた、いったい何者なんだ」
サフィリアと親しげに呼び、リーザのことも知っていた。これほど立派な屋敷で、王侯貴族並みの服を着こなしている。間違っても一介の商人ではない。
「一介の商人でレンダ・マイルズといいます」
ふざけた答えにシーグは顔をしかめると、レンダはにっこりする。
「年齢は20歳、独身。好きな食べ物は安っぽくないもの。きらいな食べ物は安っぽいものです。これでいいですか?」
「ふざけるな」
シーグが語気を荒げると、レンダは驚くほど長い舌を出した。
「やなこった。ちなみにこの屋敷は私の持ち物ですよ。重犯罪者をかくまってるのに、感謝の言葉の一つもないんですか。ベロベロバー」
どういうしゃべり方をしているのか、レンダは舌を左右に動かしながら淀みのない声を出す。
「犯罪者だって?」
「自覚がないとは恐ろしい」
「城門で戦いはしたが勝手に襲い掛かって、勝手に自爆したんだ」
「ですね」
「シャドーウルフを呼び出す黒ローブに、殺されそうにもなった」
「犯罪かどうかは法の守護者が決めることです。レイザークとは違い、このメティスで公平な裁きを受けられると思わないことです」
レンダは強引に話題を打ち切り舌を引っ込めて、衣服と姿勢を整える。気配までも別人のように変えた途端、途端に荒々しい足音が近づいてきた。10人以上いるのは間違いない。
扉が蹴破らんばかりの勢いで開く。現れたのは琥珀色の髪と、灰色の瞳の男だった。金糸のあしらわれた胴着、指に光る指輪はどれも大玉の宝石が輝いている。戦神の像を思わせる体格でありながら、礼装が当たり前のように着こなしている。
「これはこれはガリウス様」
レンダは深々と礼をしてガリウスを出迎えた。破壊の限りを尽くされた部屋の中には明らかにふさわしくない。
「貴様、ここにいたか!」
チリチリになった髪、甲高くて耳障りな声。一瞬誰なのか迷ったが、肩に小さな赤マントを巻きつけているので、赤マントに違いない。
「こいつです。間違いありません」
陰気な声の主は疑うまでもない。昼間なのに全身をすっぽりと黒ローブに包んでいたからだ。
確か、名前は…………何だったか忘れた。名前を聞いたのか聞かなかったのかも忘れたが、シーグにはどうでもよかった。
もっとも危険なのは、今注意するべきは、先頭に立ち殺意混じりの視線を向ける大男だからだ。武装していないのに、抜き身の刃を突きつけられているような気がする。
「城門破りの罪で貴様を拘束する」
「それは妙ですよガリウス卿。私も同時刻に現場にいましたけど、彼は門を突破していませんよ。私が見たのは、爆発するチャリオットです」
「口を挟むな」
「それに、黒い狼が夜中に街を走った――」
「レンダ・マイルズ!」
ガリウスは一括した。部屋の窓ガラスがびりびりと震えるほどの大音声である。低いがよく響き、威圧感と緊張感をはらんでいる。戦場で命令を下し、敵を威圧することに慣れた声だ。
「赤毛の男を拘束しろ」
ガリウスの命令と共に赤マントと黒ローブが進み出て、後に灰色のローブを着た魔術師が近寄ってくる。すると、シーグをかばってレンダが立ちふさがった。ガリウスの表情がひび割れた岩山のように険しくなる。
「ここは私の屋敷ですよ。主人を無視して勝手に話を進めないでください」
「ならばレンダ、犯罪者の引渡しに協力せよ」
「いくら私が商人でも、客人は売れません」
おどけた返答にガリウスは鋼の刃のように目を細くした。熱さえもはらむ武人の怒気を、レンダは涼しい顔で受け流している。
緊迫した空気が両者の間に漂った。軽やかでリズムのよい駆け足はサフィリアだ。「そちらに行ってはなりません!」と、制止を呼びかける声と共に近づいてくる。
サフィリアが部屋の中に飛び込んでくると、赤マントと黒マントをはじめ魔術師があわてて頭を垂れる。
「シーグ、無事ですか?」
サフィリアの悲壮な声が、部屋中をギョッとさせた。
「あっちゃー、名前を言っちゃった。最悪ですね」
レンダは困り果てた様子で、そっぽを向く。
「シーグだと?」
ガリウスの言葉に頭を垂れる魔術師たちが一人一人顔を上げて、シーグに注目した。
「赤い髪に黒い瞳。十代半ばの少年、名前がシーグ」
ガリウスは確認するようにシーグの特徴を淡々と口にする。
「つまり、こいつはレイザークの命取りの座なのだな?」
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