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校長のヅラ

 やっと明日から休みで、羽を伸ばせるー!!

 と、思っていた金曜日の昼休み。

 購買に飲み物を買いに行くと、コソコソ1年生'sが僕の顔を見ては話していた。入学して5日、彼らの話の種は先日も話した通り。

 ああ、イライラ。

 コソコソ。

 イライラ。

 コソコソコソコソ…。

 無言でジュースにジャガリコン、チョコの木枝を引っ掴んでお金をおばちゃんに突き出した。

 商品を受け取って後ろを向くと見ていたくせにプイっと皆そっぽを向いた。

 もう僕のストレスは限界ギリギリ、というか…。




 

 肩で風を切るように歩いて教室へ戻る。


「ユーヤ、木枝あった?」


 机の上にジュースにジャガリコン、頼まれた木枝を黙って出した。と、斜め後ろでまだ眠っている田畑くんが目に入ってきた。

 疼く。

 かぶりを振ってゆっくり椅子を引き、席に着いた。ダメだと分かっているから人間の心は引き寄せられる訳で、でも理性がそれを頑なに拒む。でも、やっぱり気になって彼の方を何度かチラ見してしまった。

 教室の外を見れば、また1年生たちが僕のことを見てる。

 イラ。

 今…正に僕のストレスゲージが臨界点を突破した…。


 前を見ればご飯を食べ終わって、僕の買って来たジャガリコンを神無月さんと坂東、委員長と話しながらガリガリ食べている末長。隣を見ると詩織が僕の視線に気がついて木枝を差し出してきた。にっこり笑って1本摘む。「シー」と黒髪の親友にウィンクしながら、ジャガリコンに手を伸ばした末長の指の先へチョコを近づけた。ヒョイと掴まれるチョコの棒。

 -----イケ。


「甘!?」


 ジャガリコンだと思って食べた彼は変な声を上げて驚いた。

 肩を小刻みに揺らして笑いを堪える。


「山田くん、何やってるんだよ」

「っくくくくく」


 隣で同じく笑いを堪えていた詩織の顔を見て、さらにニヤける。

 徐に立ち上がった。もう、我慢が出来ない。


「何を?」

「シー」


 人差し指を唇の前に持ってきて、筆箱から徐にペンを取り出した。ソロリソロリと歩いて、突っ伏してまだ夢の中にいる田畑くんの前に立つ。ペンの蓋を取って、気づかれないようゆっくりと彼の学ランの袖を上げていく。そして手の平へ震える手を押さえながらペンを押さえつけた。

 キューーキュキュ。


「ププー」


 堪らず吹き出してしまった。

 あ、起きた。


「山田く…うわ、何、人の腕に落書き書いてくれてんだ!?」

「えへ、生命線長くしようと思って」

「長過ぎ!! 肘までとか長過ぎだから!! 俺は妖精じゃねーよ。ちょ、コレ落ちるよな?」

「ううん、油性」


 田畑くんの体が一瞬止まった。


「マジかよー、今日の夕方合コンあるってのに…」

「嘘、水性だから」


 ペンの水性って書いてある部分を指し示しながら、声を上げて笑って席に着いた。はぁ、おかし。

 前を見ると委員長がポカンと僕の顔を見ていた。何? 委員長も何かして欲しい?


「山田くんってイタズラするんですねぇ」

「して欲しいならするよ」


 ニィと笑って眼鏡を奪う素振りをすると、苦笑いをして阻止された。させてくれたっていいじゃないか。

 少しだけ心の中のイガイガが取れて、ふーとため息をつく。でも、僕はこんな程度じゃ修まらない。もっと何かないかと探すが、5人は既に僕がイタズラ出来ないように物を隠して注意深く見てきた。

 頬を膨らませる。


「何もしないよ」

「嘘言うな。ったく、獲物を狙う目だったくせによく言うよ」

「全くです。イタズラは山田くんのストレス発散方法ですか?」


 はた、と動きが止まる。

 そういえば、心がすっとしたような気もする。おお、ストレス発散方法発見、僕はこれで禿げなくてすむ!! 膝を打ってそうだと答えた。


「ふふ。そういえば、ストレス堪ってるって言ってたものね」

「やるなら僕たちに迷惑かけるなよ。それに、男ならチマチマしないでドカンと一発スゲーのしようぜ、イタズラなんて面白そうだ」


 末長の案に心が歓喜した。


「する」


 でも何を?

 腕を組んで考えた。屋上で大声で「チガーウ!!」って叫ぶのは後で一人でしよう、チョーク入れに入っている真新しいチョークをボキボキにするのは迷惑かけそうだし、廊下の端から端まで駆け抜けるのは変な人だと思われるから却下。時計を見れば、休み時間はあと45分もあるではないか。

 ピンと来た。

 もうコレしかないと思った。体が疼いて疼いて仕方がない。


「校長のヅラをむしり取ろう」

「「はぁ?」」


 呆気にとられる5人を他所に、僕は思考を巡らせた。

 この学園なら誰もが知っていること、それは伝説の男のことともう一つ、校長はヅラだってことだ。僕だって初めて彼を見た時にはビックリしたもんだ、一目見て誰もが分かるカツラが載っていたから。どう明らかかって言うと、生え際が浮き上がっているのがわかるくらい、ヅラと地肌が「私ここです!」と主張しまくっている。全校集会などでは背が高いということで一番後ろという場所に並ばされているため、それを見て笑ってしまっても問題はなかったけど、前の方の人はどんな心境でアレを見ているのだろう? 職員の先生達は? 気づいてない訳はない、やっぱり皆、言ってはいけないと口をつぐんでいることだろう。じゃあ本人は…? 周りが気づいていないとでも思っているのだろうか。あの、分かりやすすぎる生え際をさらしておいて。よく堂々とあんなものをつけていられると思う。


「それ、ヤバくないか?」

「そうですよ、見つかれば停学処分か、島流しになるかもしれませんよ?」


 止めるよう促される。でも、もう僕にはブレーキなんて存在していなかった。

 校長の頭の上に載ったヅラを取るということだけに全神経が注がれ、脳みそが活性化している。


「面白そうね」

「だよね」


 親友が学ランの端を掴んで目を合わせてくるので、にっこり笑った。詩織は“やる”ようだ。


「末長は? 手伝うって言ったじゃない」

「あのな。限度ってモノがあるだろ。お前らはいいよ、大正学園の神童になぜか島流しされない子なんだから。多分、バレてもお咎めなんてほとんどない。でもな、僕らは違う。容赦なく飛ばされるね」

「他の人も不参加?」


 聞くと一様に首を縦に振ってきた。

 唇を尖らせる。


「じゃあ末長、せめて記念撮影してね」

「ヅラのか?」

「遠くからでいい、どうせカメラ持ってるでしょ? 僕、そこまでしないと気が済みそうにない。もし、してくれないなら末長の秘密をバラす!」


 悪い笑みを浮かべると彼は引きつった顔で了承した。


「でも、どうするの? 校長なんてどこにいるか私知らないわよ」

「あれ、気づいてなかったの? 校長は昼間になると中庭にある大きな木の下で昼寝をしてるんだよ。今、12時30分だからそろそろ一人で寝始める頃だね。寝てる間にスポっと取っちゃえばいいんだよ」

「…山田くん、まるでずっと観察していたみたいな口調ですね。前々から実は計画してたんじゃないですか?」


 決して本心は言わずに、さぁ? とだけ言い放って立ち上がった。

 思いついた時が吉だ。

 きっと、コレをすれば僕の心は大きく晴れるだろう。それどころか、この先ストレスを抱えてもヅラを取ったことを思い出せば、いつでも笑える、ストレスなんてすぐに吹っ飛んでしまうに違いない。まだやってもいないのに、体が快感に震えた。触ってもいないのに、掴んだ感触さえてに再現出来そうだ。口の端が上がって顔を元に戻せない。

 時計を見る、12時32分…行動を開始する為に詩織と階段を駆け下りた。





「ねぇ、ヅラ取ったらフリスピーみたいにして投げ合いましょ?」

「ぷーー。いいね、寝てる間中しようか」


 中庭に下りるといたいた、僕らのターゲット*ヅラ校長が。芝生の上にパイプ椅子を出して、座って脚を組んで眠っている。周りにも数人、ご飯を食べている人や本を読んでいる人、談笑を楽しんでいる人がいた。


「あーやって毎日眠っているのね」

「そう。さて、まずはちゃんと眠っているかを確かめないといけないんだけど…」


 そこら辺に落ちていた細い枝を拾って校長の前ら辺に投げる。コツンと言う音がして、中庭にいた他の人達がこっちを向いた。でも校長は気づいた素振りを見せない、眠っているようだ。


「ふふふ、ユーヤってたまーに大胆なことし始めるわよね」

「いつも抑圧してる分、反動が酷いのかもね」


 自己分析をしつつ、コソコソ話しながら校長から10mほどの場所まで近づいた。上を見上げれば、4階には末長が「こっち見るな」と言いたげにカメラを持って構えている。隣には不安げに見下ろしている女の子二人と坂東。「今から行く」とジェスチャーをして詩織にGOサインを出す。


 1歩、2歩、3歩。


 決して音を立てないよう、上履きさえ自分の神経が通っているかの如く操る。

 校長自身に見つかりさえしなければバレることはないのだ。例え他の先生にそれが見つかってしまったとしても、だ。だってどう僕たちを裁くって言うのさ。島流しにするのだって停学にするのだって、指導室に呼ぶのだって全て校長の許可がいる。なんて僕らを呼びつける? 『この二人が校長の見え過ぎたヅラを取ったから処分しました』なんて、誰が口に出せるもんか。言った人の方が首が飛ぶね。職員室に呼び出されたって知るもんか…「受験によるストレスです」で済ましてやる。半分は事実だ。


 コクリコクリと船を漕ぎ始めた校長を二人で見下ろす。

 詩織の顔を見ると、目がキラキラして一心不乱にヅラの境界線を覗いている。周りを見渡せば、あんぐりと口を開けて僕らの奇行に見入っている人達。

 詩織が僕を見て「どうぞ」と促した。

 もう、止まらない。

 汗をかき始めた手を一度ズボンで拭って、深呼吸しながら黒々としたヅラに指先でソフトタッチした。少し、校長の首が傾いた。が、ココまで来て止められるほど人間は出来ていない。多分、中庭のギャラリーは顔を青ざめて僕のことを見ているだろう。

 禁断の箱を開ける時、きっとパンドラもこんな快感を味わったに違いない。

 ゆっくり、しかし確実に力を入れヅラを持ち上げた。小さなどよめきが起こった。

 -----ピンついてないんだ。風で飛んじゃうよ?

 むしり取っているくせに、親切心なのか何なのかわからない助言が飛び出してきた。ついでにツルツルの頭も飛び出した。


 笑いをかみ殺して隣を見れば詩織が口パクで「パス!」と言っている。そして走り出した。

 大きく振りかぶって横投げをする。まるでUFOのように飛んでいく様を見た瞬間、僕の心がスカッとした。多分、ずっとコレがしたかったのだろうと確信した。僕も走る。詩織があらぬ方角へ投げ返してきたからだ。

 上を見ると窓から1年生も2年生も3年生も、先生達も目をむいて、高速回転をしながら空を飛ぶ真っ黒なカツラを眺めている。パシっと取って投げ返すと校長が寝返りをしたのが見えた。

 -----ヤバい!!


「起きそう!!」


 詩織に囁く。

 コクコクと首を振りながらキャッチすると、僕の方ではなく直接校長めがけてヅラを放り投げた。

 -----いくら詩織でもうまく被せられないよ!!

 今更焦った。

 もう、ヤラカしてしまった後なのに。ヅラと言う名の未確認飛行物体を追いかけるように急いで脚を伸ばした。でも、ユーヤなんかよりユーマ(UMA)の速度の方が速かった。

 カクンと持ち主の首がなった瞬間、うまい具合にカツラがハマって回転が止まった。


「ん?」


 顔を上げた。

 -----前後逆!!!!!!

 明らかに後ろ頭の方がこっちを向いている。

 だ、ダメだ。笑う。腹筋にこれでもか力を入れて耐えようとするが、無理っぽい。ていうか、前後逆になっているのさえ、起きてしまったので直すことが出来ない。人生最大のピンチだ。

 このまま彼がトイレにでも行ってしまうとヅラを取ったことがバレてしまう。固まったまま、彼の頭を見る。

 目を反らす。


「おお、君は…山田くん。聞いてるよ、大正学園初のT大生が出そうだって、職員室で噂が持ち切りだよ」


 僕に気づいたヅラ…いや、校長が少し高音で名前を呼んできた。

 詩織が視界に入ってきた。口を押さえて呆然としている。

 -----仕方ない、僕が始めるって言ったんだから、責任持つよ。

 鼻を摘んで、クっと笑いを耐える。そして脚を出しつつ、学ランのボタンを全部外した。目の前まで歩いて脱いだ学ランを彼の顔が校舎側から見えないよう広げた。


「?」

「すみません、あの…首がカクンとなった衝撃で、その…頭がズレてますよ?」


 自分がやったくせに、さも校長自身のせいだとのたまい、顔を背けた。

 慌てて頭に手をやって小さな悲鳴を上げながら、ヅラが回転した。前後逆だったそれが正常な位置にきた。


「内緒にしておきます」


 バッと学ランを上げて羽織りながら、爽やかな笑顔を零す。

 ヅラ…いや、校長は愛想笑いをして小さく「すまない」と言った。言葉が心地の良い風に吹かれて消えた。

 -----すまないのは、こっちなんですけどね。

 心の中で舌を出して親友の名前を呼んだ。上を見上げると、校長に見つからないように姿勢を低くして僕らを見守っている人々。ふと、横を見るとイタズラっぽい顔した詩織が本当に舌を出して、全員を挑発していていた。


「舌、しまいなさい」

「はーい」


 校舎の中に入るなり、爆笑した。

 きっとこの行為は大正学園の隠れた伝説になることだろう。張本人だけが知らないまま…。



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