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王子とナイトと、ときどき柴犬 #1

 あれから一嘩の夢は見ていない。

 その替わりといっては何だけど、むしろ悪いんだけど、僕は今無性に大暴れしたい衝動に駆られている。

 なぜか…じゃあヒント。僕は大正学園で何と噂されているでしょうか? 正解、伝説の男の弟だよね。で、今の季節は、YES、春。ということは、1年生が入ってきたってコトだね。2年生の頃は入ってきたと同時に大変な目にあって噂をされて…止めて欲しいと思ってた。その現象が今再びって言う感じなんだよ。僕が校内を歩けば、中学を上がったばかりの初々しい顔した1年生達が「あれが伝説の男の弟」って騒ぎ立てるのだ。登校中も、購買にパンを買いにいっても、職員室に行っても、下校中も…ずっとだ。そうストレスを感じている。


 みんなが勝手に勘違いしているのだから悪いと思っているストレスではない。僕は芸能人でも姉さんのようなモデルでもなければ、むしろ目立ちたいなんて思っていない人間だ。だから、引っ張り上げて欲しくないのに、気がつけば何時も注目の的だ。それが嫌でストレスを感じているようだ。もう、胃に穴があきそうなんだけど。

 胃ならまだいい。でもこのまま心労が行き過ぎたら今度は頭の方に行きかねない。17の身空で禿げたくはない。

 だからこのストレスを発散させるため、大暴れしたいっていうわけ。


 ため息をついて隣で授業を聞いている詩織を見やった。そう、この子も噂の的。もちろん美人だということで、だ。ああ、ついでに言うと何時も一緒にいるからって、ここもやっぱりと言うのか、詩織との関係も付き合っているのだと噂されている。彼女はいつものように何も言わない。ゴシップされるのに慣れてるからなんとも思ってないみたいなんだ。美人だと騒がれることも、僕と噂になっていることも。

 正直そんな彼女の思考回路が羨ましい。

 僕にも“恥”とか“ストレス”とかいう回路をすっ飛ばして自分のことだけ考えられるようなサラッとした人間になりたい。


 はぁ。

 チャイムが鳴り、一息を付いていたら、また僕の精神を削りに1年生'sがやってきた。

 教室の外でコソコソ見ては何やら話をしている。


「いやー、見せ物料取ればいい金稼ぎになるな」

「僕はパンダじゃない」


 不貞腐れて末長を睨んだ。彼は笑って「嘘だよ」って言ってたけど、どうだか。

 ああ、体の奥底がムズムズする。屋上で大声で「チガーウ!!」って叫びたい、チョーク入れに入っている真新しいチョークをボキボキにしたい、廊下の端から端まで駆け抜けたい、校長のヅラをむしり取ってやりたい。


「ユーヤったら顔が今にも外に出てはしゃぎたい子どもみたいな顔してるわよ?」

「うん。もう、ストレス発散したくて堪らない」

「じゃあ私と組手でもする?」

「それは嫌だ。それでなくても君は襲撃をたまにするじゃないか。ポコンポコン叩かれる僕の身にもなってよ」


 何かを言いたげな詩織を無視して「うー」と唸りながら机に突っ伏した。1年生が入学してまだ3日。噂は75日だから、残り72日…ダメだ、確実に禿げる。何かいい方法は…。

 僕が考えあぐねて机にオデコをくっ付けていた時だった。ガラリとドアの開いた音がして、教室が静かになった。

 -----先生来たのかな、早いな?

 ゆっくり顔を上げた。


「お前かー!! 伝説の男の弟は!?」


 指をビシっと指された。

 彼の指をヒョイと避けて、後ろを向いてやる。斜め後ろの田畑くんが「俺!?」なんて言ってノってくれた。僕、そういうノリをすぐしてくれる田畑くんのそういうとこ好き。

 でもその一年生は折角彼がノってくれたのを無視してズカズカと教室に入ってきた。そして僕の目の前に指を突きつけながら喚いた。


「俺の、俺の師匠になってくれ!!」

「……」


 テストの時のように教室中がシーンとなって誰1人動こうとしない。もちろん僕もだ。今まで散々、伝説の男の弟だってことで喧嘩にさせられたり(巻き込まれだけど)、怖がられてきたりしてきたけど、こんな要望は初めて…ていうかね。


「おい1年、人にものを頼む態度か、それは?」


 そう。さすがSの鏡、末長。言いたいことをサラッと悪びれもなく吐き捨ててくれた。

 彼はなぜか急にモジモジして俯きながらポツリと


「お願いします」


 頭を下げた。

 悪い子ではなさそうだ。多分、面と向かって人に物を頼むことが恥ずかしかったのだろう。でもね、


「無理」


 即答切り捨て。そっぽを向いて頬杖をついた。

 何が楽しくて男の子の相手をしなくてはいけないのか。僕は二宮先輩みたいに酔狂な考えは持っていない。っていうか、そもそも実力もない。もう、変な目で見られるじゃないか。

 -----早く先生来ないかなー。

 チラリと教室の時計を確認したがまだあと5分あった。


「お願いだ!! 我が侭だってことは分かってる。でも、変わりたいんだ!!」

「何に変わりたいの?」


 こら、詩織。相手しちゃいけません。

 変な人に付いて行ったらダメって、きっとお兄さんから口を酸っぱくして言われてるでしょ。


「俺、チビだから中学生の頃イジメられてたんだよ」


 彼はポソリと小さく呟いた。

 -----僕はでかくても苛められたけど?

 そう思いつつも同じような境遇を辿ったという彼が哀れになってきて顔だけ向けてやる。でも勘違いしないで欲しい。話を聞くだけ、それだけだ。


「じゃあ、苛められないように強くなりたいってことなのね」


 こくりと彼が頷くと、詩織が机を叩いて立ち上がった。

 ああ、嫌な予感。


「いいわ!」

「いいのか!?」

「任せて。私とユーヤで指導してあげる!!」


 腕から顔が落ちた。


「ちょっと。なんで勝手に僕まで入れるの?」

「あら、だってユーヤに教えて欲しいって言ってるのよ? 私はオマケ」


 -----オマケなら教えるかどうかっていうのを勝手に決めないでよ。

 詩織の目をじっと見ると、もうやる気満々。みなぎってるっていう感じだ。多分、僕が今から何を言ったって聞き入れないね。やるなら勝手に二人でしてよ…と言いたい所だけどプッツンワードがなぁ。この子が指導中に言わないって保証は何処にも無いし…。何より僕はなぜか詩織に逆らえない、姉さんとは別の意味で。


「ユーヤは私のそばにいるだけでいいのよ」


 ほらね。こういう卑怯なことを意識もせずサラリと言ってみせる。そして僕の心を鷲掴みにしたまま、振り回すのだ。分かってるくせに避けられない僕が悪いのか?…なんて思っていてもすでにガッツリハートを捕まえられた僕は小さくため息をついた。もう、肯定も否定もしたくない。

 詩織はそれを見て了承したのだと解釈したようで、男の子に「じゃあ放課後に西側校舎の屋上よ」とまたしても僕に無断で決め始めた。

 お礼を言って教室を意気揚々と出て行く後ろ姿を見ながらもう一度大きくため息をついた。





 放課後。

 詩織に無理矢理引っ張られて屋上に出た。彼はまだ来ている様子は無い。本日何度目かのため息を吐きつつ、特等席である場所に座って壁に背中を預けてポーッと空を見上げた。ふ、と隣を見る。そこには誰も座っていないけれど、匂いがするような気がした。タバコと香水が混じったあの香りが。

 -----やっぱり二宮先輩は物好きだな。

 なんだかんだで僕への指導をしたり、ご飯奢ってくれたり、つまらない話を聞いてくれた。もしかしたら、彼もまた僕に弟を感じていてくれたのかも知れない。そう思ってくれていたとしたら嬉しい。


 感傷に耽っているとパタパタと階段を上がってくる音がした。

 もちろん扉を開けたのは休み時間に僕を指差した1年生の男の子。僕は初めて彼をマジマジと観察した。自分で言うだけあって確かに背が小さい、たぶん160cmくらいしかないだろう。詩織より小さい。髪の毛は真っ黒、瞳は茶色。あどけないような表情がさらに子どもっぽく見え、見た目だけで言うと小学生と見間違えそうだ。動物で例えるなら、そうだな黒色の柴犬、子犬。

 多分、懐けば可愛い。

 詩織が立ち上がって腰に手を当てた。


「私は詩織。貴方は?」

「俺は大塚聡(おおつか さとる)

「ユーヤ、聡だって」


 振り返って僕に確認を取ってきた。

 -----インプットしたよ。

 ヒラヒラと手を振って反対の手で携帯を取り出した。そう、今日の放課後は医学部用クラス編制での授業が5時10分から始まるのだ。あと30分は時間がある。携帯をしまいながらもう一度、赤いスカートを見た。


「どこまで動けるの?」

「う、動ける?」

「武道はしたことはあるのかしら?」

「全く」


 僕と同じレベルか。可哀想に、詩織が指導なんて…哀れみにも似た感情で聡を見つめた。と、目が合う。


「あの、山田先輩…」


 目を見て察した。

 何か言われる前に先制攻撃を噛ます。


「言っとくけど君は勘違いをしてるよ、僕は伝説の男の弟なんかじゃないから」

「え!?」


 口の端を上げた。目を大きく開けて呆気にとられている彼を畳み掛ける。


「皆勘違いしてるんだよ。でも、僕は伝説の男の“きょうだい”と親友だから、助言は出来るかもね」


 詩織を見ながら言うと困ったように微笑された。

 目を泳がせた後、聡は口を開いた。


「えっとじゃあ指導は誰が」

「私よ」

「え!? つ、強いのか!?」

「まぁそうね。伝説の男の弟とどっこいどっこいってトコかしら」


 ポカンと口を開けている。

 目の前の人が本物ですよと声をかけてあげたいが、如何せん後が恐いので止めておく。風で赤いスカートがはためいた。


「まずは立ち方からね」


 二宮先輩から武道を初めて教わったのが11月の初め。

 約5ヶ月間、彼と詩織に指導してもらってきた僕だから、今だから分かる。詩織の動きの綺麗さが。腰の位置だってほとんど乱れないし、脚を上げればピンと真っ直ぐ伸びてしなやかだ。尚かつ動きの一つ一つが丁寧で且つ素早い。体重のかけ方も申し分なし、重心移動も驚くほど鮮やかにコナすし、指の先まで神経を使って動いているのが分かる。呼吸の仕方一つでも、僕とは大違いだ。動く為に呼吸をし、全身に隈無く酸素を運んでいるのだろう。

 動きを余すことなく覚えるように、詩織だけを見つめる。

 -----やっぱり綺麗だよなぁ。

 武道というより演舞と言う言葉の方が彼女には似合う。まぁ決して見せる為に身につけたのではないのだろうけど。


 それに比べて背の小さな男の子は詩織に言われる度にしどろもどろ、ロボットのようにカクカク動き始める。多分、僕と同じタイプだ。クスリと笑って動き続ける二人を見守った。

 っと、そろそろ。パクンと携帯を開ければ授業10分前。ゆっくり立ち上がる。


「僕は今から行くけど、詩織はどうする?」

「そうね、ここで指導して待ってるわ」

「え、ちょちょ、ちょっと。や、山田先輩どこへ!?」

「僕は今から授業があるんだ。僕の武器にはこっちの方が合ってるからね」


 頭をチョンと差しながらドアノブに手をかけた。

 おっと、忘れるとこだった。


「聡くん」

「呼び捨てのがいい」

「じゃあ聡、一つ注意をしておくよ。詩織の容姿は絶対に褒めないこと。じゃあ詩織、ほどほどにね」

「ど、どういう意味!?」


 驚いた顔をした彼を一瞬だけ見て、僕は笑って何も言わず階段を駆け下りた。

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