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22本の赤い薔薇


 並んで映画館の看板を眺める。


「私はアクションがいいわ」

「僕はサスペンスがいい」

「でも、ラブは嫌よ? なんか甘過ぎて、ドラマでもチャンネル変えちゃうもの」

「僕もラブはちょっとね…それならアニメの方が」


 じゃあ結局アクションかサスペンス。アクションはジャッキーチュンの最新作で、サスペンスはジュエル監督の最新作。さてどうしたものか…なんて、僕は折れるよ。そのうちDVDで出た時に見ればいい。


「じゃあアクションで」


 チケットを買って飲み物を買い、まぁまぁ真ん中ら辺の席を陣取る。席が満席近くになるとベルの音が鳴って辺りが暗くなり始めた。そして夏の予告が流れる。

 -----あ、夏の予告っていえば。

 夏と言えばホラーだ。そう、映画の予告は僕らの好きに選べない、だから容赦なく大音量で女の人の金切り声が聞こえた来た。詩織はどうしているんだろうと隣を見れば、耳を塞いで頭を隠してプルプルしてた。なんか兎みたい…クスリと笑ってホラーの予告が終わったら肩を叩いてやる。


「!?」


 僕の手にビックリして周りを見渡している。可愛いというか面白いというか、もしかしたらホラーなら詩織を見ている方が面白いかも知れない。でもあんなに強いのだからバイオのアリスみたいにゾンビもやっつけられると思うんだけど。1の真っ赤な衣装、詩織に似合いそうだし。っと、本編が始まった。


 内容はいつもの如く(?)刑事が痛快なアクションで犯人を追うってヤツ。トリックも騙しもなくて最後までの大筋が見えてしまうけど、でも、それを凌駕するほどの肉体を削った立ち回りがカッコいい。若い頃は一切のスタントもワイヤーも使わなかったって言うんだから凄いと思う。あ、詩織も出来そう…。

 横目で隣を見れば、指先や体がたまにピクリと動いている。

 自分で戦っている気になっているのか、それともイメトレ中か、恐るべし詩織。


「んぅ〜外! はぁ、ジャッキーチュン凄かったわね!!」

「そうだね。あの壁登り、歳を感じないね」


 談笑しながら街を練り歩く。ふと、ケーキ屋が目に入った。そういえばそろそろ…。


「ねぇそこ寄ってもいいかな? もうすぐ姉さんの誕生日なんだよ、予約して帰りたい」

「え、そうなの!? じゃあ何かプレゼント買った方がいいかしら?」

「いや、いいと思うよ。姉さんは誕生日には彼氏からしか物を受け取らない主義なんだ」

「じゃあ…」

「一緒にケーキを買おう。消費物なら受け取るんだよ。それに姉さんが大好きな君がお祝いの言葉を言うだけで歓喜すると思うけど?」


 笑って頷く詩織を引っ張って姉さんの大好物、レアチーズケーキのホールを予約する。これでよし、あとは当日に取りにきて渡しに行くだけだ。今年は姉さんに彼氏がいないから僕が祝ってやらないといけない。姉さんが中学に上がる頃までは母さんと一緒にケーキを焼くのを手伝ったり、テーブルのセッティングをしていたのを覚えている。姉さんが高校に入ってからはその時の彼氏と食べに行くからってそんなことはしなくなったんだけど。




 

「その赤いバラ、22本下さい」


 花屋の店先でお姉さんに声をかける。にっこり笑顔で「かしこまりました」と、まだ蕾の多いそれを本数分手に取って包装紙の色を聞いてくる。指定は黒。一瞬驚かれたが、笑うともう一度「かしこまりました」とお辞儀をしている。


「カノジョにプレゼントですか?」

「いえ、姉にです」


 苦笑しながら受け取り、答えた。

 毎年この日は、この言葉でクスリと笑われる。そりゃそうだ、姉に愛を表すバラをあげるなんて。でも僕は既に慣れてしまっているので、お礼を言って平然と店を出た。


 僕の家は女の人が誕生日を迎えると、赤いバラを贈るのが定石だ。もともと父さんが毎年、母さんの誕生日に歳と同じ数を贈っていたのだけど、それを見た姉さんが「私もバラが欲しい」と言い出したのが始まりだ。小さな頃は父さんと、中学に上がる頃には一人で、バラを買ってはプレゼントするようになった。そりゃ中学の頃は恥ずかしかったけど、急にやめるなんて出来ないだろ? 姉さんだってなんだかんだで僕がプレゼントするバラを楽しみにしているらしい。彼女曰く「彼氏は変わるけど、ユーヤは変わらない私の弟だから。変わらない愛でバラをくれつづければいいのよ」だそうだ。まぁでも、もし、僕が爺になってさすがにバラを持って歩くのが憚れるように時は卒業させてもらうつもりなので、今のうちにちゃんと贈っておこうと思う。


 駅前で脚を止める。

 今年は彼氏の替わりに、姉さんを祝う人がもう1人いる。ご存知、僕の親友詩織だ。今から一緒に電車に乗って、予約してあるケーキを取ってから家に向かうのだ。彼女は僕がバラを持って立っていることにビックリした様子で、じっと赤いそれに視線を向けながら近寄ってきた。


「バラ?」

「うん。残念ながら君へのプレゼントじゃないよ?」


 ウィンクして言うと詩織は


「バラを贈るなんて、ユーヤってクサいことするのねー」


 とお腹を抱えて笑い始めた。詩織の誕生日の時には、敢えてバラを贈ってみようと思う。きっと引きつけを起こすくらい笑うだろう。

 余った手で駅へと導く。

 夕食を一緒にということなので、電車に乗ればサラリーマンやOLが結構乗車していた。僕ら学生は春休みだけど、彼らにそんなものはない。ああ、ピーターパンになりたい。


 暗くなってきた外を見つめながら電車に揺られること数十分。駅からまずはケーキを取りに行く。

 と、詩織の手が急に離れた。

 振り返れば、立ち止まって何かを見ている。

 -----何を?

 見てみればピアス。そういえばクリスマスに詩織が姉さんにピアスを贈っていたことを思い出す。もしかして、ここで買ったのだろうか? そんな気がする、ほら、似たような雰囲気のがいっぱい。


「いいんだよ、気にしなくて」

「ええ…」


 顔を見れば目が輝いている。

 -----女の子だなぁ。

 ふっと笑って脚を出す。そろそろ行かないとケーキ屋が閉まってしまうからだ。


「しお…」

「虹村詩織だ!!」

「え?」


 大正駅から2つも通りこの駅で、喚くような声で言われた名前に反応する僕と詩織。そこには、5人ほどの男達がいた。

 その姿を見た瞬間、詩織が僕を押した。思わずよろけて、数歩歩く。何するんだと言う前に詩織が構えていた。


「こいつだろ? 虹村詩織ってのは?」

「そう。かなり強いって話だよな。ヤレば俺たちの名声が上がる」


 眉をしかめた。多分、どこかの不良グループなのだろう、そして詩織の強さを聞きつけてきた。そういえば会った頃に不良が自分の噂を聞きつけて倒しての繰り返しだったと言う話を聞いたことを思い出した。最近詩織は暴れていないから、僕もこう言う輩に会わなかったのだろう。

 詩織がニヒルな笑いを浮かべた。


「ふん、アンタ達に倒されるような私じゃないわよ!」

「んだと!?」

「ちょっと美人だからって調子に乗りやがって」


 -----あ、ヤバい。

 思った時には一人目の男がアッパーを喰らわされていた。でも、敢えて僕は動かない。そうだろ? 倒せるのは分かっているのだから、邪魔が入らなくなってからでもいいのだ、止めるのなんて。それに…僕は観察がしたい、詩織の動きを。

 キュと足先の角度を変え、軸足で飛び出す彼女。正面の男のミゾオチにエルボーを喰らわせ、下がってきた顔面を警棒で強打している。その勢いを利用して後ろ回し蹴りが繰り出され、また一人の男が地面に倒れた。

 -----やっぱり合気道だけじゃ…ないな。

 前々から思っていたけれど、彼女の動きは変則的かつ打撃系が多い。でも、僕が二宮先輩に習った合気道はそんなに打撃系は多くないのだ。と、いうことは他に何かやっているのだろう。避けたり、去なしたりするときは僕も見覚えのあるような動きをするが、あとは素早く、あまり直線的でない。空手ではない、どちらかというと少林寺やカポエイラに近いと言っておいた方がいいだろう。

 5人目が地面に突っ伏した。


「詩織」


 呼べば僕を睨みつけ、姿勢低く走ってくる。


「あ」


 構えてから、しまったと思った。僕の右手にバラの花束がある。

 パシン。

 花束が空を舞い、詩織の顔が見えた。急いで手に触れるとお腹の横でピタリと警棒が止まった。

 ふーーー。とため息を二人でつきながら項垂れた。


「ユーヤ、ごめん」

「いいよ何時ものことだし、怪我もないし」


 合唱する詩織に笑って言い、数歩歩いて飛んで行った赤いバラを手に取った。


「げ」


 持ち上げると1つのバラの一番上だけがポロリ…と茎から外れて地面に落ちた。さっき警棒で払われた時にこの1本だけで受けたのだろう。他には傷一つついていないが、そいつだけ頭がなくなってしまった。


「キャー!! ごめんなさい!!」


 詩織が慌てふためいて地面に落ちた花を手に取った。

 平謝りをする彼女に笑いかけ周りを見渡す、が、肝心の花屋が見つからない。


「どう、どうしよう? 折角ユーヤがお姉さんの為に買ったのに」

「うーん。とりあえず先にケーキを取りに行こう。あそこも早いんだよ」


 オロオロする詩織をなだめながらケーキを受け取る。

 携帯を開いて時間を確認すれば約束の時間まであと40分。もう、ここからわざわざ戻って買いに行く余裕もない。


「家に着くまでに捜しながら行こう。もしかしたらまだ開いてる花屋があるかも知れない」


 すばやく判断を下して、駅へ向かう。

 途中1件あったけど既に閉店、途中のスーパーに寄ったけど黄色やピンクばかりで肝心な赤がない。焦る詩織を尚もなだめる。

 詩織に悪気はない、僕だってわざとじゃない。でもあの女王様は、不思議の国のアリスに登場する女王様より悪女だ。どちらかというと、女帝…。1本でもないとバレたその時には、このプレゼントのケーキをコントのように顔面にぶつけられかねない。が、そんな不安なんておくびには出せない。詩織が狼狽しているからだ。

 他にも少し遠回りして家に行きながらバラを捜すが見つからない。トボトボと実家に向かう。


「大丈夫、姉さん…優しいから。数なんて気にしてないよ?」

「でも…ユーヤにも悪いわ」


 -----悪いっていうか、僕は死んでしまうかも知れない…。

 あの時、アイツらがプッツンワードさえ言わなきゃ良かったのに、なんて思っても仕方がないことを何度か唱えながらついに家の前。

 今日は僕の命日になるのかな? なんて感傷的になりながら携帯を確認。2分前。

 脚を踏み出したいけど、ちょっとなかなか出せない。でも、姉さんが楽しみに待っている。


「接着剤でくっ付けられないかしら?」


 そんなことしたって、水を吸えない花の部分は明らかに先に変色を起こすだろう。もし、その作戦でいったら、逆に一番怒らせる。「なんで正直にいわないのよ!?」なんて。はぁ。


「せっかく折れたのをここまで持ってきてもらってアレなんだけど…」


 -----あ。

 女王様に怒られないで済む方法を思いついた。


「詩織、その花貸して?」




 

「姉さん、誕生日プレゼントのケーキとバラ」

「あら。毎年ありがとう」


 玄関を開け、リビングのドアを開けながら言った。 

 満面の笑みでケーキをダイニングテーブルの真ん中に置き、バラの匂いを一気に吸い込む姉さん。あ、目が大きくなった。


「ユーヤ、私は今年で22歳になったのよ? 1本足りないんだけど…歳、もしくは数を間違えたなんて言うんじゃないでしょうね!?」


 案の定、眉毛をピクリと上げて不機嫌そうに僕の顔を見てくる。

 お辞儀をした。


「ごめんね、どうしてもバラが見つからなかったんだ」

「裕くん、そんなことで女の気持ちが修まるとでも思ってるの!?」


 顔を上げれば、腕を組んだ女王様が顔をしかめていた。

 笑って、続ける。


「思ってないよ? ほら、来て」

「は?」


 僕に一歩近づく姉さんを無視して振り返る。姉さんに言ったんじゃないよ。僕は詩織に言ったんだ。

 姉さんが息を飲むのが分かった。

 そこには、折れた花を耳の上でピンのように挿した黒髪の女の子。


「お姉さん、22本目です」


 はにかんだように彼女が言った瞬間、不機嫌な顔が見る間に明るくなって詩織に抱きついた。


「イヤーン、なんて可愛いバラ!?」

「お姉さん…あの…」

「詩織ちゃんカワイ過ぎよ〜〜、最高の花瓶、最高の一輪挿しよ!!」


 詩織と目が合う。

 人差し指を唇に当ててウィンクした。喜んでいるんだから、本当のことなんて話さなくていい。

 -----そうだよね、姉さん?

 

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