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ライダーHの逆襲


 昨日の夜に末長から電話があった。

 久しぶりに二人で遊ぼうという内容で、単純に嬉しかった。そう、最近彼は神無月さんとばっかりで僕をなかなか相手にしてくれていなかったからだ。どこに行くか聞いたら温泉と街散策だと言われた。どうやら1ヶ月間だけのイベントで温泉街にオブジェなどのアート作品が街やお店の中に置いてあって、それを見て回るのだそう。それで全部のスタンプを集めると温泉がただになるのだとか。追加1500円を払うとご飯も食べられるという。なかなかな町おこしプロジェクトだと思う。


「チケットはどこで買うの?」

「確か、こっちでよかったと思うんだよな」


 言う通り曲がればビルの1階がイベントのチケット売り場及び管理室みたいになっていた。チケットを購入してさぁ行こうとしたら、正面に神無月さんと詩織が立っていた。はた、と動きを止めた。電車で何個か乗り継いだこんな所で偶然、二人に会う訳はないのだ。ゆっくり親友の腕を引く。


「二人じゃなかったの?」

「予定は未定ってな」


 ニヤっと末長が笑った。

 まんまとヤラレタというか、別にいいんだけど。何のつもりだろう?

 -----もしかして、あのまま僕と詩織が嫌な雰囲気だと思ってるのかな?

 そう、あのストーカー事件が解決したのは春休みに入ってからだった。だからあの事件が終わって僕らの関係が改善したのを二人は知らないのだ。多分そのことを心配しての行動だと思うんだけど…。ありがたいと言えばありがたい、ご好意はとてもありがたいが、もう解決してしまっている。なんだか逆に悪いなと言う気分になってきた。かと言って、気まずい雰囲気をわざわざ作る必要もない訳で。


「行こうぜ? 4人だっていいだろ?」

「うん」


 でも言い出すことが出来ず、とりあえず彼の後ろ頭を追った。

 4人で歩き出すと、横にいる神無月さんの視線が痛い。痛いというか、そんなに見ないで欲しい。観察されているというか、そうか。詩織も言い出せずじまいなのかも知れない。参ったな。


「何考えてコレ作ったんだろうな?」


 末長の指差すオブジェを見れば、亀の上に人が逆立ちして乗っている。何を考えてって言われたって僕が分かる訳はない。


「さぁ」

「芸術って言うのは凡人に理解されないから崇高なのか?」

「言えてるかもね」


 神無月さんの視線から逃れるように末長を挟んで立つ。詩織を盗み見れば、逆立ちしている人の目線の先を気にしていた。空ですよ。

 こっそり詩織に向けてメールを打つ。


(神無月さんは僕たちがもう気まずくないって知らないの?)

(言えなかったの。末永くんには?)

(ごめん。僕も悪くて言い出せなかった)


 やっぱりと思いつつ、僕らをヤケに気遣うカップルに目を落とした。ヤレ、あのオブジェは面白いだの、山田くんはどう思うとか、詩織っちはこういうの好き? だとか、気にされ過ぎて普段通りに振る舞えない。水族館のキューピッド大作戦の逆バージョンの様で、ちょっとオカしい。けど二人は本気で心配してきてくれているのは分かっているので気持ちは無下に出来ない。

 微妙な距離を保ちつつ、結局温泉まで来てしまった。


「おお。露天風呂!!」


 しかも僕と末長以外に今のところ誰も入っていない、貸切状態だ。

 テンションが上がって思わず脱衣所から飛び出した。


「あー、癒される」


 半露天のようになっている温泉には屋根があって、作りは檜。木の匂いがとっても心地いい。しかも、目の前には若葉が茂り出した山が広がっていて、温泉のすぐ下には川が流れているらしくサラサラという音が常に聞こえてくる。ああ、定年退職したらこんな場所に骨を埋めよう。まだ17歳のくせに、そんなことを考えて端の方に留まった。


「山田くんって温泉好きなの?」

「好きと言えば好きかも」

「はーん」

「そういえば聞こうと思ってたんだけど、あの大量のグラビアアイドルのDVDとかって何処に隠してあるの?」

「何処だと思う?」

「うーん、押し入れ1つしかなかったよね?」

「実は屋根裏」

「うわ。よくやるよ」


 呆れつつも執念のある末長をある意味尊敬した。

 ポーっと新緑を見ながら木々の香りと温泉の匂いを嗅いだ。と、山の方で何かが目に入る。目を擦ってよく見れば…


「なぁ山田くん、詩織さんのことなんだけど…」

「末長、末長」

「なんだよ、人が話してるだろ?」

「いや、あの紅葉の木の上の木に、猿がいる」

「はぁあああ!?」


 指を差して末長の視線を導く。ジャバジャバ音がして、末長が隣に来た。


「やべぇ、マジでいる」

「なんか持ってるね」


 木の枝で、こちらにお尻を向けて何やら掴んでは持ったまま木に叩き付けている。木の実か何かを割ろうとしているのだろうか?

 -----こっち向いた。

 と、急に興奮し始めた。


「山田くん…なんか、ヤバくないか?」

「非常に危険な匂いがします」


 僕らの勘は当った。興奮した猿は叫び声を上げながらこっちに向かってもの凄い勢いで持っていた何かをこちらに向かって投げてきたのだ。


「うわーー、猿爆弾!!」


 末長が木の実を避けるとさらに相手は大興奮。木の上でジャンプを3回すると、急に動き出した。

 叫びながらさらに猿爆弾ならぬ木の実を引っ掴んで投げてくる。しかも握力が半端ないらしく、温泉の水面に当ると飛沫が凄くあがる。ということは、当れば確実に痛い。

 あ、末長の肩に木の実がぶつかった。


「マジ、あの猿倒す!! 死ねー!!」


 言いながら投げてきた木の実を掴んで本気で投げ返し始めた。お猿の惑星じゃないんだから、そんな怒らなくても。

 猿と末長の応酬が始まった。

 多分、猿は川があるからこちらには来れないとは思うから大丈夫だと思うんだけど…。僕は二人(?)についていけそうもない。のぼせる前に立ち上がった。


「じゃあ先に出るから」

「死ね!! ああ。個室、4人で個室に行ってご飯食べる…痛ーな、この猿が!! 部屋の鍵は僕の鞄の中に、シねぇええエ!!」

「…わかった。じゃあ先に部屋で待ってるから。勝ったらおいでよ」

「おお。だぉ…許さん!!!」


 ヒョイっと流れ弾を避け、脱衣所に避難した。

 服を着て末長の鞄から鍵だけを取り出し、部屋に向かった。

 -----303号室は…あった。

 純和風な、旅館の1室だ。靴を脱いで畳の上に上がると真ん中の机の上にポットと4人分の湯のみ茶碗が用意してある。先にお茶を啜りながら下を見下ろすと、ちょうど男湯の屋根が見えた。ついでに投げ合っている木の実も。

 -----末長の不利だなぁ、葉っぱとか枝が邪魔だろうから。

 二人(?)を呑気に見守っていると、ドアが開いた音がした。振り返れば詩織がいる。


「温泉、気持ちよかったわね」

「そうだね」

「あれ、末永くんは?」

「あーまだ入ってるって」


 まさか猿とケンカをしているとは言えず、ゆっくり障子を閉めながら畳に座り直した。


「ねぇ末永くんから何か言われた?」

「いや…」


 これも猿のせいで何も会話出来なかったとは言えず、口をつぐむ。

 部屋を見渡した。お、ドライアー発見。


「髪の毛、濡れてるよ」

「お願いしていいかしら?」


 僕に背中を向けてじっとしている。髪を乾かせってことだろう。黙ってドライアーのコンセントを刺して風を発生させた。

 家のとは違い、パワーがないため会話が続けられる。


「神無月ちゃんはね、心配してたわ」

「そうだろうね。そういえば神無月さんは?」

「お土産先に見に行ってくるって売店に行ったわ。でね、仲直りしなさいって言われちゃったんだけど」

「まぁ仲直りも何も、すでに事件は解決してるからね」

「そうよね。どうしよう」

「このままずっと喧嘩でもしてるフリしておこうか?」

「ふふ、でもさすがに悪いわね」


 僕の手が動けば詩織の髪が靡く。ヒラヒラと滞空する様を見つつ、考える。もう、普通に振る舞っていればいいんじゃないだろうか? あれ、普通って何だ?


「ねぇ普通に振る舞うってどうだったっけ?」

「考え過ぎよ。ユーヤはいつも通り女の子に優しく、冗談を挟んでればいいのよ」


 女の子に優しく、冗談を挟む…ね。そういう風に僕の行動はとられていたのかと、自己分析を始めた。でもその優しさってヤツはきっと姉さんに小さな頃から叩き込まれた癖ってヤツで本当に僕が優しいって訳じゃない気がする。ああ、でもそれを含めて全部僕なのかも知れない。姉さんがいたから今の僕があって、詩織が傍にいるから行動に移せる。結局原因があって結果が存在するのだ。

 まだ濡れた毛先を手に取って重点的に風を送る。


「じゃあ冗談でも。こないだのライダーHの件なんだけど、そろそろやり返そうかと思ってるんだ。あれ、バレンタインの次の次の日、つまり丁度1ヶ月前。ホワイトデーということでさ」

「ふふ。冗談じゃないじゃない」

「詩織もしない?」

「そうね。せっかく4人揃ってることだし」


 コロコロと笑う背中を見つめた。

 -----あ、普通だ。

 ようやく馴染んできた。そうそう、これが僕と詩織の普通だ。馬鹿みたいな冗談を言い合って、信頼出来て、助け合える。まぁほとんど僕が助けられてるんだけど…。

 朝から狂った歯車が噛み合う感覚を味わいながらドライアーの電源を落とした。


「あれ、山田っち」


 呼ばれて振り向けば神無月さん。部屋の中をキョロキョロして見渡している。多分、末長を捜していると思うんだけど。

 立ち上がって男風呂の屋根を見つめた。


「僕だけじゃ不満そうな顔だね、覗きにでも行く?」

「い、いい!!」


 真っ赤になった末長のカノジョを目を細めて見つめた。まだ僕のジョークに付いて来れないこの初々しさが心くすぐる。


「よし、覗きに行こう。詩織も行くよね」

「そうね」


 イタズラな笑顔を零して神無月さんの手を取る詩織。僕も逃げられないよう余った肩の方に体を寄せた。

 二人に挟まれ、叫んでる。


「キャー、イヤー、犯罪だよ!! 詩織っち離して!!」

「ちょ、嫌ー、変態、2人の変態!!」

「見たくない、見たくないってば!!」


 嫌がる神無月さんを玄関まで誘い込むと、ドアが開いた。


「何やってんだ?」

「神無月さんが末長の裸見たいっていうからね、詩織」

「そうよ」

「言ってない、言ってないから!! うわーん、衛クーン」(末長の下の名前は(まもる)です)


 詩織と二人で1歩下がった。

 そして顔を見合わせてニィっと笑った。気づいた? 僕も気がついた。


「へぇ下の名前で呼び合うようになった訳だ」

「「!!」」


 ライダーHの時の仕返しと言わんばかりに二人を責め立てた。

 それはご飯を食べているときも、帰るときも続いて、僕的にはメチャメチャ楽しかった。神無月さんはぐったりだったみたいだけど。Sカップル怪人、ここに破れたり…ってね。

 


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