PIN UP GIRL #4
「今日は一緒に帰れるの?」
なぜかおどおどと聞いてくる詩織を見ながら迷う。
昨日も少し様子がおかしかった。というのも一緒に帰っている時、顔ばかり見てくるのだ。顔色を伺っているとでも言うのか。まぁ仕方ない、急に突き放された形になったのだ、そういう態度になってしまうのは普通だろう。むしろ明らかにおかしいのは僕の方。だからなのか…。でも理由は話せない。言えないよ、ストーカー行為されててエロ的な意味で襲ってくるっていうメッセージをもらって、しかも相手が男かも知れないなんて。聞けば笑い話だが僕にとったら死活問題。もし、僕のテンションが無駄に明るくなっていた時やモジモジ内股で歩いていた時は、何も言わないでいて欲しい。何も聞かないで…。
「山田くん、ちょっと」
「うん、詩織ごめん。ちょっと待ってて?」
頷く彼女を教室において、末長が呼び出す廊下に出た。横に立って一緒に外を眺めると、外には既に下校を始めている生徒がチラホラ見えた。
「どうしたんだよ、何か悩み事でもあるのか?」
「……」
「話したくないなら聞かないけど、詩織さん、相当ショック受けてるみたいだぞ?」
「うん」
わかってるよ、そんなこと。
僕だって一緒に帰りたいし、話したいことだってたくさんある。けど…あの写真のことが引っかかって仕方がない。
「一緒に帰ってあげろよ」
「それは…」
「好きな人でも出来たか?」
首を振る。
そんないい話ならとっくに君にしてるはずだよ。親友じゃないか。
眼下を通り過ぎていく人達が恨めしい。何も考えず家に帰れる人達が。
「じゃあ久しぶりに皆で帰ろう。それならいいだろ?」
大丈夫だろうか? 一瞬不安になった。もしかしたら被害が拡大して神無月さんや末長にまで迷惑をかけることになるのではないだろうか? 正直、それが一番怖い。でも断れなくて、ゆっくり頷いた。日が、少しだけ長くなっていることに気がついた。
「じゃあ、僕はここで」
まだ末長とは分かれるべき場所でない所で違う道を選択する。何かを言われる前に、全速力で駆け出した。
行き着いたのはいつだったか、詩織と来た公園。時間が時間なので子ども達もいなくって、寂しく1人ブランコに座った。
-----わからないのは写真だけじゃないんだよ。
詩織の合成写真もまだよくわからないけど、襲いにくるっていう日にちも分からない。そんなこと全く書いてもいなければヒントになるようなものも一つとなかった。行動パターンから言って、夜型行動だとは思うんだけど。…そういえば一度だけ朝じゃなかったことがあったな、確か詩織が来た日だったから図書館に行ったとき、先週の日曜だ。今日が金曜、あさっては自由なのか? ということは社会人、もしくは学生。いや、夜に僕の部屋に来るのだったら学生は変だ、家族に怪しまれる。一人暮らしの社会人が妥当だろう。
「明日の朝、何か書いてあるのかも」
迷っていても仕方がない、と家路に着いた。
そして朝。
予想通り、白い封筒が届いていた。中身は、
「黒丸と、バーコード?」
丸といえば、句読点の丸だと思う。多分、英語のピリオドを差しているんじゃないだろうか? ということは終わりを意味しているのか…。だんだん直線的になってきたなと心理を伺った。が、肝心のバーコードが分からない。値段…?
用心することに超したことはないので、最近離れてきた薄明かりの中で夜を過ごした。
「ん、ピリオドの向こうは…」
寝ぼけながらも起き上がる。玄関へいくと、手紙がなかった。やっぱり昨日の黒丸は終わりを表していたのだと顔を洗いながら確信をした。けど、バーコードは? そしてピリオド、つまり手紙が終わったってコトは…
-----今日?
ゾクッと背筋がなって、思わず体を押さえた。
出来ることなら、ストーカーさんが女の人でありますように。そうだろ? 女の人に上に乗られるならまだしも、男に乗られるなんて…おぇ。
-----それにしても、どうやって来るつもり?
僕にあれだけ警戒させるようなことをしておいて、他人を入れるようなことをするなんて、犯人は考えるだろうか? 鍵は常に閉めてあるし、最近は明かりさえもあまり付けていないことだって理解しているだろう。
昼ご飯を食べてポーッとしているとインターフォンが鳴った。
まさかと思いつつ、覗き穴を覗けば黒髪の少女。
「どうしたの?」
「ユーヤの様子がおかしかったから、様子を見にきたの」
言いながら押し入るように入って来ようとしている。
-----まさか、君が犯人な訳?
腕で止めた。
怪訝そうな顔をする彼女。…まさかね。詩織が犯人なら、わざわざ合成写真になんかにしないで普通に下着写真を送りつけてくるだろう。
「やっぱりオカしい。部屋に変なものあるんじゃないの!?」
僕を力一杯押しながらグイグイ侵入を試み始めてきた。
-----やめてくれ。
すでに彼女の体は玄関の中にまで侵入し、バタリとドアが閉まった。両手で組み合うような形でこれ以上の侵略を拒む。
「な、やっぱり部屋に入れないなんてオカしい!!」
「おかしくなんてない、一人暮らしの男の部屋に普通に出入りする君の方がおかしいんだよ!!」
「友達だから普通よ!」
「僕は男、君は女。警戒心くらい持ってくれ!!」
「今までそんなことなかったじゃない」
「じゃあ成長したの!!」
グググっとお互いの体を押し合う。僕の方が力は強いはずだけど、重心が低い位置にあって武道でタックルされても動かないよう足腰を鍛えてある詩織は全くビクともしない。
これぞ本気の駆け引き…なんてふざけている場合じゃない。巻き込まれたりなんかしたら、どうなるんだよ!?
「わかった」
一気に力を抜くと、詩織のバランスが崩れて僕の胸板にぶつかってきた。
そのまま腰に手を回す。そう、抱えて放り出せばいいのだ。
「や、ちょっと!!」
「はいはい、帰ろうね」
細いウエストを脇に抱えた瞬間、インターフォンが鳴った。息を飲む。
「宅配便でーす」
-----なんだ。宅配便かぁ。
「はーい、ほらユーヤ下ろして」
黙って下ろすと僕から逃げるように体をピタっと玄関のドアに体をくっ付けて覗き穴を覗いている。
はぁ、タイミングが悪い…。
ん?
「詩織、開けないで!!」
遅かった。久しぶりに雲の合間から出てきていた太陽の明るい光が僕の顔を照らす。簡単に説明するとあのバーコードは宅配便のバーコードを示していたんだ。迎えにくるっていう意味だったんだよ。
急いで詩織の手を掴んで部屋に引き戻そうとしつつ顔を上げれば、男の人。
ヤバいと思った時には彼の手が伸びていた。
が、僕の手は掴まれず、ドアにかかってある詩織の手が掴まれた。
「捕まえた」
「え?」
驚く彼女を見てニィと笑う帽子を被った宅配業制服の男を見つつ、詩織を引く。
今分かった写真の意味が。全部解けた。
つまり、この人は僕なんかじゃなくって最初から詩織を狙っていたんだ。あの合成写真は普通に、性的な意味で詩織に送りつけられていたのだろう。
え、でもどうして僕の部屋?
一瞬、わからなくなったが、とにかく詩織を狙っていたというのなら、この手は離せない。だって、僕が読み解いたあの意味は、純潔を散らすっていう意味だったのだ。ってことは、詩織の体が危ない!!
「離してください!」
「な、なんだお前!?」
今頃僕の存在に気づいて焦ったような顔をする男。もう目標物しか見えていなかったみたいだ。詩織の手がドアノブから引きはがされ、男の手に落ちた。
男とにらみ合いつつ、詩織を引っ張りあいこする。
「や、何!?」
何が起こったか分かっていない彼女が真ん中で僕たち二人の顔を何度も見る。
「お前、詩織ちゃんの彼氏か!?」
「そんなことどうだっていいでしょ!」
「ま、まさかお前!?」
ここに着て、急に彼はしどろもどろな口調になった。僕が彼氏じゃ不味いのか? それとも自分に都合が悪いのか?
構わずこちらに引き込む。
「詩織、早くこっち来てー」
「言われなくてもそうしてるわよぉ!」
2対1だというのに、彼の力は驚くほど強い。
したたる額の汗が頬を伝い顎から落ちていっている。
「お前、まさか詩織ちゃんを」
-----詩織ちゃんを? を? を?
「なんですか!?」
「俺の、俺の詩織ちゃんのアレを!!」
「ユーヤー、イタい痛い!!」
もう引き合いで詩織の腕がポクっと外れてしまいそうだ。でも、力を抜けば持っていかれる。
----待てよ、さっきからこの男の人、何が言いたいんだ?
デージーの花、香水、純潔…この人、やけにそういうことにこだわってると思ったらそういう趣味か!!
「き…」
恥ずかしがってる場合じゃないんだってば、動け。動け口。
確証はないが、多分、彼が狙っているのは詩織は詩織でも…。
渾身の力を込めて引っ張りながら、叫んだ。
「昨日の夜、詩織とエッチしちゃいました!!」
「「な!?」」
瞬間、大根が地面から抜けるように軽くなって、詩織と僕は台所に雪崩れた。息つく間もなく閉まりかけているドアノブを握って一気に締め、鍵を閉めた。ドアを背に、体で覗き穴を塞ぐ。
ドンという音がして体に振動が伝わって、ドアが叩かれているのが分かった。
「お前、ふざけるなよ」
「ふざけてません!! 一応彼氏ですよ!?」
「嘘付くな、俺の、俺の詩織ちゃんの処女をお前が奪ったって言うのか!?」
詩織が顔を真っ赤にして口を開けたまま僕の顔を見ている。合唱しながら、続ける。
「もう処女じゃないって言うのか!?」
「したっていってるじゃないですか!!」
「嘘だー!!」
「ゆっくりしてる間に昨夜美味しく頂きました!」
「嘘だー!!」
「残念、初めては僕です!!」
「あああああああああ」
叫ぶ声がして、それが段々遠くなっていくが分かった。
はーーーーーー。玄関にへたり込むと、黒い靴下が視界に入ってきた。
見上げれば詩織が顔を真っ赤にして頬を膨らませている。
「ど、どういうことよ!?」
「え、どれ?」
「どれ、じゃないわよ。あの男の人も、わ、わ、私と……」
ピーっとヤカンが噴いたように真っ赤になって俯いてしまった。俯いても僕の方が下の位置にいるから顔は丸見えなんだけどね。
「私と?」
分かっているくせに聞き返す。
いいじゃないか、約10日間、頑張った僕へのご褒美だ。
「…っちしたなんて」
「え!?」
「き、聞こえないふりしないで!!」
ゴンとゲンコツが振ってきた。
慌てて弁解しつつ、項垂れて玄関に座り込んだまま今までの経緯を話してやる。勿論合成写真の話はなしに。
大きな目をパチクリさせて僕の話を最後まで聞いた彼女は顔をしかめながら聞いてきた。
「じゃあ、私をあの人は狙ってたってコト?」
「そうだね」
「私にめがけて、そんな奇行をしてたってコト?」
「そうだね」
「じゃあどうしてユーヤの家に着たのよ、本人も、手紙も」
「さぁ? 見覚えない?」
一瞬考える素振りを見せ、手を打った。
「見たことあるわ、いつだったかしら? ほら、ユーヤの家でお留守番してるとき、宅配便が来たじゃない?」
「…二宮先輩のプレゼントを買いに行く時かな?」
「そうそう、その時。確かあの時荷物を持ってきてくれた人が…」
部屋がシーンとなった。
僕はようやく全てを理解出来た。二宮先輩の卒業プレゼントを買いに行く日、確かに僕は詩織にお留守番を頼んで、その間ATMに行ってきた。その時、荷物の受け取りも頼んであったんだけど…その時の宅配業者さんなんて…。ああ、だからロジックやパズル、ユニコードが“やまだ”だったわけか。確かあの時、名前が“山田詩織”になってたもんな(Last cigarette参照)。詩織の名前を山田詩織だと思ってたから…はぁ。
もう詩織には留守番も頼めそうにない。
「あー、逃がすんじゃなかったなぁ。必死だったから…」
さらに項垂れる。
そう、一度ストーキング行為を始めるとなかなか収まりがつかない。麻薬や大麻なんかと一緒で、感覚が麻痺してやめられないのだ。だからストーカーの迷惑行為禁止条例で半径50mに近づいちゃいけないとか家に行ってはいけないとかの署名にサインをしても繰り返す人が後を絶たないのだ。
どうする? 詩織の家は知られてないし、いざとなればホテルを替えればいいんだろうけど…僕がなぁ。
「迷ってても仕方ないわよ、引っ越すなら手伝いくらいするわ」
伸ばされた詩織の腕を取る。
「結構ここ気に入ってるんだけど」
「お金もかかるものね」
「あー。そのことなら心配はいらない、僕の貯金結構増えてたし」
「嘘、いくら?」
「さぁ、多分100超えくらい」
「!? 変なことでもしたの?」
「まさか、アメリカにいる時ちょっとね…」
驚く顔を見ながら立ち上がる。
何したかって? 最初はアルバイト、それからは為替と株の動き、あと外貨を見つつ…内緒。これ以上は企業秘密。
「とりあえず、テレビでもみない? 僕、最近怖くてカーテンも開けてないし、テレビも見てなくって」
「時代に取り残されちゃうわよ?」
「残されないよう見るの」
その後。
二人でご飯を食べながらテレビを見ていたら、先程のストーカー男が逮捕されたと言う地元の速報ニュースが流れていた。容疑はストーカー及び婦女暴行容疑。どうやら詩織の他にも、犯行に及んでいた模様。しかも狙ったのは全てまだ経験のなさそうな子ばっかりだったと言うから、呆れた(やっぱりだけど)。犯行の流れは僕らと一緒で、宅配便を運んで気に入った子がいたら、名前と住所をチェックして、ストーキング行為を開始。で、どうやら深夜での配送作業だったらしい。だから夜の間に手紙が届いていたのだ。
肝心の何故捕まったかは、奇声を発して走り続ける不審な男を警察官が職務質問してから…ということらしい。それ以上の詳しいことは報道されていなかったが、聞くに他の府県でも犯行を及んでいたらしいので、いろんなところで事情聴取及び裁判を起こされるとのこと。
ようは、僕が大学進学する頃にもまだ裁判やら何やらで忙しいから、このままで大丈夫と言うコトっぽい。
「よかったわね、捕まって」
「ホント。君も良かったね、犯罪に巻き込まれなくて」
「そうね。でも、あの人も災難ね。私と間違えてずっと手紙をユーヤに送り続けてたなんて」
「僕は男と初体験を迎えるのかと気が気じゃなかったんだよ、笑って言わないで」
「ふふ」
妖艶な笑みを漏らす彼女を見つつ、思った。
写真、捨てなきゃ良かった、と。