PIN UP GIRL #1
「jelly行ってきます」
声も出さず僕を見送る青いベタに手を振る。横には1本だけ入ったタバコの箱、その横にはフルフェイスのヘルメット。ペットに声をかけるなんて少し女々しいかも知れないが、置いているものは最近男らしいんじゃないかって一人で思ってる。
「っと、手紙?」
玄関の靴の上に1枚の封筒が落ちていた。切手もなければ宛先も書いていない。
-----詩織?
突拍子もないことをする人物の顔を思い浮かべながら、封を切る。中身は…真っ白な紙が1枚と萎れたデージーの花。
「…何コレ?」
あまりの不可解さに首を傾げた。
-----まぁいっか。
とりあえず下駄箱の上に放って玄関を閉めた。
C組の教室の前に来て脚を止める。
ゆっくりドアに手をかけ開けるとビクついたような女の子達、と奥には目を丸くした男の子達。
「あー、萩野さん…ちょっといい?」
目の前にいる女の子に声をかける。振り向いて笑顔を見せる彼女にコンビニの袋に入ったそれを渡した。
「ごめん、クラス皆からって言ってたから思いつかなくて。女子全員にお返しのチョコ」
「わーありがとう」
「ありがとー。早いのね」
笑って頷いた。
そりゃそうだ、今日はまだ3月1日で本当のお返しの日にはまだまだ早い。でも大正学園は3月10日から春休みに入る、しかも3月6日から3日間学年末のテストがあるのだ。多分今日からラッシュのように皆の質問が始まるであろう。だから暇なうちに渡しておかないと忘れてしまうのだ。
「じゃあ、D組にも行かないといけないから、またね」
「バイバーイ」
D組でも同じことを繰り返して、教室に帰ると案の定質問する為の人達が僕の机の周りに列を作っていた。
「山田クーン」
「はい」
「山田くん」
「はぃ」
「山田さん」
「はいはい」
「山田っち」
「はーい」
目紛しく参考書を開いては問題を読み、質問に答えていく。前の期末テストの時もやったけど、今回は学年末ということもあって範囲が広過ぎて超忙しい。英語を読んでもらいつつ数学の問題を解き、英語の翻訳を言いつつ化学の式を書き殴る。少しでも空いた時間があれば、僕は追いつく為に生物の教科書と睨めっこをしているし(ちなみに医学部用クラスはテストも1教科多い&ユーヤは転校からなので初めの方は教科を取っていませんでした)、だんだんだけど毎日、自分が何をしているか段々分からなくなってきた。
「無理ー!!」
3月4日土曜、ついに爆発した僕は突っ伏しながら言った。
「山田くんが壊れた」
冷静に言う末長が口惜しい。呪ってやろうか…。
腹黒い思いを隠しながら、シクシクと机で泣き真似をしてやった。ポンと肩が叩かれる。
「ま、元気出せよ。いいDVD貸そうか?」
「エロならいらない」
チロリと睨めつけながら起き上がる。
図星だったようで素知らぬ顔して机をくっ付けてきた。神無月さんが聞いたら泣くよ? まぁ今は詩織と委員長と一緒に購買に行っているからいいけど。っとに、アレどうやって隠してるんだろ?
「山田くんは丁寧に教え過ぎなんですよ」
「だって、分からないって言うから」
「たまには突き放したらどうですか? 来年受験の時、自分の勉強できませんよ」
「うー」
坂東が最もなことを言って僕の目を見つめてきた。でもそんなこと言えるならとっくに言ってる。別に受験の時頼りにされてもいいのだ、どうせセンター試験まではほとんど同じ所の勉強で復習にもなるし。何がいけないかって…休み時間を休み時間として扱えないことがいけないのだ。体育の授業がある以外は僕の頭は授業中よりも働いて、正直どっちが休み時間なのか分からない。しかも放課後も夜遅くまで付き合わされ、自分のしたい勉強は家に帰って、ご飯を作ってそれから。最近はお風呂の時間を利用して、湯船に浸かりながら参考書を開いている状態だ。
「山田くんがいいならいいですけど。今日くらいから暇になるでしょうし。でも、そろそろちゃんとした進路を決めに図書館通いでもしてみたらどうですか?」
「それって僕にも言ってるよな」
「言ってます」
そう、悩みの種はそれだけじゃない。春休みが終われば僕は高校3年生になる、ということはそろそろ本格的に将来を考えて動かないといけない。別に文学部とか進んでしたいことを大学に入って見つけてもいいが、出来ることなら大学に入る前に決めたい。決めて、専門の勉強をして、できることなら遠回りはしたくない。分かってるんだけど…なかなかなぁ。
「明日行ってみるよ。オススメは?」
「大正駅の裏に大きな図書館があるんですけど、そこいいですよ」
日曜、僕は朝から詩織を誘って図書館に来た。
ここなら誰にも邪魔されずに勉強出来るし、詩織も勉強ができる。何より、将来のことも考えられる。座って先に勉強をしていると言う彼女を置いて1人歩いた。真面目な坂東がオススメするだけあって中は凄く広くて蔵書も多い。
「…13歳のハローワーク」
呟きながら絵本のようなそれを手に取る。
中にはいろんな職業が書かれてあって、子供用なのにためになる。消防士…体力ないからダメ、警察官…同じ理由でパス、歌手…聞くので十分、高校教師…もう教師はいい、プログラマー…悪くない、エンジニア…カッコいいかも。
途中まで読んでパタリと閉じる。
-----こんなんじゃないんだよな。
僕が求めているのはもっと、僕だけの為なんかじゃなくって二宮先輩みたいに誰かの為に何かをしてあげれるようなものがいい。最近それだけは思うようになってきた。それだけでも進歩だと思うんだけど…さて、どうするか。
ふと、向こう側に専門誌達が見えた。
「論文か…」
全て英語で書かれたそれらを手に取ってパラパラ捲る。何やら難しいことが書いてあるが、興味が湧いてきた。それに、専門的なことを書いてあるのならばもしかしたら、この中の一部にしたいことが書いてあるかも知れない。つまり、行きたい大学を捜すのではなく、行きたい研究室からアプローチしてみるのだ。いいんじゃないだろうか? 4年生までの目標までが一気に出来る。手当たり次第、貸し出し出来る本を手に取った。
「…全部それもって帰るの?」
「うん、手伝ってくれると助かるんだけど」
「いいけど、その代わりこの問題教えてくれる?」
「どれ?」
化学の芳香族の話を延々させられた。
「あ、ねぇ詩織、僕の部屋に手紙なんて入れた?」
「いえ。何それ?」
顔をじっと見る。
-----何も知らないみたいだ。
「いや、ならいいんだ」
あともう一つ聞きたいことがあったはずなんだけど、忘れてしまった。頭を使い過ぎたのかも知れない。
で、なぜ詩織にそんなことを聞いているかって?
実は家に帰るのは嫌なのだ。なぜかって、なんでだろうね? なんて意地悪なことは言わないよ。3月の初めに白い封筒が着てたの覚えてる? あれが、毎日朝起きると届いているんだよ。しかもずっと送り主の名前も、宛名も、中身の封筒にも何も書いていない。もう、気味が悪いったら。姉さんのイタズラかと思って聞いてみたけど、違うと怒られた。何も書いていないから、最初は間違いだろうと思っていたんだけど、もうそろそろあの手紙が始まって1週間。ここまでくると間違いでは済まされない。イタズラが目的か、それとも…。
「次来るときは紙袋持ってきましょ」
「ごめんね、持たせちゃって」
図書館で手当たり次第借りた本を抱えて家に戻る。鍵を開けて、中に入った。
「ひっ」
白い手紙が落ちていた。
今回も宛先も名前も書いていない。けど、明らかに同じ封筒で届けられている、明らかにいつものだ。朝じゃないから油断してた。詩織に見つかる前にポケットに入れて招き入れた。でもすぐさま気になってお茶を入れるふりをして1人台所に立つ。
封を開けると、今日は違った。文字が書いてあるようだった。
急いで中を開けると…
<高校生なのに、家に帰るの遅いんだね>
思わず、ヤカンをひっくり返した。