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Last cigaret


「ねぇこの後、凛にプレゼントでも買いに行かない?」

「卒業祝い? いいよ」


 財布の中身を確認すれば2000円しか入っていない。うーむ、二人で買うとはいえ、微妙な金額だ。


「ねぇお留守番頼んでいいかな?」

「ええ。リザからスカイプ来たら勝手に取っていい?」

「もちろん。あ、今日父さんと母さんから荷物届くはずなんだ、だから宅配便着たら受け取りにサインをお願い」

「わかったわ」


 詩織が頷くのを確認して僕は家を出た。

 2月の終わり、3年生の二宮先輩は卒業を迎える。初めて会ったのは10月、タバコと青いピアスが印象的だった。あと、香りも。彼といる時間はそこまで多くはなかったけど、武道を習ったり、実はご飯をたまに奢ってもらったりして交流があった。そういえば、先日は引っ越しも手伝ったんだっけ。唯一この大正学園で親交のあった先輩だ。


「少し多めに下ろしておこう」


 ATMの前で小さく呟いた。

 部屋に戻るとリザと詩織の楽しそうな声が聞こえてきた。そして部屋の奥にある大きなダンボール箱。


「…宛先が詩織になってる」


 全く両親の悪い冗談だ。まぁ彼らは僕と詩織のことを婚約者だなんて大いに誤解しているので、本気なのだろうけど。宛名が“山田詩織様”…今度スカイプでつかまった時には一度怒っておこうと思う。

 リザに挨拶を入れつつ荷物をほどけば、いつものように洋書、外国産のチョコ、バター、そして可愛いメリーゴーランドのオルゴール。なんのつもりだ? と中に入っている手紙を読めば、偶然姉さんと海外で会ったらしく姉さんから詩織へのお土産らしい。ああ、じゃあ宛先は冗談だ。ホッと安堵の息をつきつつ、詩織に手のひらサイズのそれをついでだと手渡した。


「お姉さんは私の趣味を分かってるのかしら?」

「そうだね、姉さんが好んでそれは買わないと思うよ」


 リザと話し終わった詩織と話しながら二人で勉強をする。

 そうそう、言い忘れてたんだけど、そろそろ二宮先輩が卒業ということは…学期末テストがあるんだよね。僕は進級の心配なんていらないけど、詩織がちょっと危ないらしい。あ、言っておくけど成績が問題じゃない。皆の知っての通り彼女は出席日数がギリギリなのだ。学年主任によれば、平均80を取れば追試もなしに上げてもらえるということだ。だから最近土曜日曜になると詩織は勉強をしに僕の部屋に来ているって言う訳だ。まぁ最近と言っても今日が2回目なんだけど。もともと成績は悪ほうじゃないから、教えるこっちも楽でいい。聞くに数学と化学が苦手らしいがそこまでではない。五十嵐番長なんかよりずっとずっと教えがいがあって僕も楽しいくらいだ。

 が、そろそろ飽きてきたらしい。キョロキョロし始めた。


「先生、なぜ、なぜ数学なんて物をしなくてはいけないのですか?」


 なかなか問題を解くスピードが上がってないと思っていたらそんなことを考えていたらしい。まぁ一度は考えることだよね。


「数学って言うのは、もともと物理だとか計算をする為に編み出されたものなんだよ。要するに、楽をするために出来たのが数学、そして公式。楽をする為にしてるんだから、つべこべ言わないで」


 一喝して問題集に導く。

 そんなコト言っても、君は数学は2までしか取ってないくせになんて思ってしまった(詩織は文系志望)。


「でも、もう飽きちゃったのよ」

「……」


 わかってたよ、そんなこと。君の態度、もうモノを人に教えてもらうような格好じゃない。


「じゃあ、先に二宮先輩のプレゼントでも買いに行こうか」

「行く!」


 すぐさま立ち上がる詩織を見て、ちょっと鼻で笑ってしまった。





「在校生及び卒業生、退場」


 体育館にアナウンスが流れ、女の人達のすすり泣く声が聞こえてきた。

 今日は卒業式。

 桜が咲くにはまだ早くって寒い。けど確実に春の匂いをさせる、太陽の暖かさが増してきた時期だ。

 退場を促されても、在校生は3年生を見送るため、体育館から出ても教室に戻ることはしない。大正学園の昔からのしきたりだそうで、体育館から靴箱までの道を1、2年生が囲って拍手をしながら見送るのだ。そしてその時、プレゼントを渡したり第2ボタンを貰ったり、告白したりするのだそう。だからしばらくの間ここは大渋滞になる。


「凛!」


 詩織が名前を呼ぶ前に背の高い僕を目印に二宮先輩が人を避けながら出てきた。手には多くの花束。部活は確か入っていなかったから、もしかしたら告白されたり憧れを抱いていた女の子達から何か貰ったのかも知れない。美形だもんなと思いつつ、詩織の手から渡される僕らのプレゼントを見つめた。


「サンキュ。中身は何だ?」

「先輩の趣味ですよ」

「俺の趣味?」


 怪訝な顔をしつつ、箱を振って中身を探っている。


「ふふ、くれぐれも人のいる所で開けないで?」


 イタズラっぽく笑う詩織につられて彼が綺麗な顔を緩めた。

 そして僕は…放課後、一人で屋上にいる。

 期待しているんだ、彼がここに来るって…。約束なんて何もしてないけど、きっと来る。そんな気がした。

 キィと金属が擦れる音がして振り向くとやっぱり彼だった。


「あらためまして。卒業、おめでとうございます」


 座ったまま空を見上げていった。


「詩織は…」

「女の子達となにやら妖しい動きを」


 笑いながら言うと、彼も優しい微笑みを零した。たぶん、今頃詩織は他の女の子が好きだと言う先輩を見に行っているのだろう。ヘッドフォンを着けたまま「あとでね」と手を振っていた。

 僕の隣に先輩が来て、いつもするようにジッポを取り出しながらゆっくり座った。

 -----ここで逢うのも最後か。

 急に寂しさがこみ上げてきた。彼とはいつも、こうやって二人っきりで屋上にいた。沈黙ばっかりで、タバコの匂いがする苦手な空間だったけど、なぜか僕は彼といるのは心地よかった。香ってくる甘くて苦い香りも。


「いつこっちを出られるんですか?」

「んー? 今週中…だろうな」


 早いなと思いつつ、何も口には出さなかった。

 横を見ると、初めて会ったときと同じように青い空が何処までも広がっていて、白髪と見間違うような金髪を風が靡かせている。ブルーのピアスが今にも空と混じりそうだ。

 胸ポケットから彼がタバコを取り出す。トントンという音がして1本だけ上がってたと思ったら、唇に捕まえられた。


「あ、もう開けちゃったんですか?」

「おー。気になったからな。悪ぃ」


 火を点火するジッポを見れば、それは先程贈ったばかりのものだった。「お楽しみだったんですよ?」と茶化しながら、空を見上げるとぽっかりと白い雲が僕の上に浮かんでいる。

 そして鼻をくすぐり始める苦い、香り。

 一瞬目の前に白い靄がかかってすぐに消えていく。


「吸う?」


 いつものように僕に先輩が聞いてきた。

 分かっている答えを、いつも彼は聞きたがる。


「…1本、頂きます」


 ゆっくり視線を彼に合わせた。

 微笑しながらマルボロの箱を差し出す彼を見つつ、飛び出たそれを2本の指で摘んだ。口に近づけると、先輩の香り。唇で噛んで、先輩の手に顔を近づけた。

 言われた通り息を吸いながら火にタバコの先を当てる。

 ジジっと赤くなったかと思うと、炎が広がり、僕の口に肺に一気に煙が充満してきた。


「ケホっ」


 咽せた。その息は勿論白い。

 -----うあ、ブラックアウトしそう。

 思わず口から離して、空を見上げ膝の上でタバコを燃やす。


「やっぱり僕には無理みたいです」

「はは。もう吸わねーのか?」

「…そうですね、今のが最初で最後です」


 そういうと、彼は満足そうに笑って僕と二宮先輩の真ん中に携帯灰皿を置いた。

 床に大きくなった灰を落として、また膝の上に乗せる。目線の先には大きな雲。


「ユーヤにはそっちの方があってるよ」

「はい」


 雲を見上げたまま思った。

 僕は、この人に憧れと言う名の恋をしていたのだろうと。

 KENさんとはまた違う憧れ…身近で、逢いたい時に会える、お兄さんを僕は彼に求めていたのだと。

 -----ああ、だから僕はニオイが嫌いじゃないんだ。

 思い切り息を吸い込むと、苦くて甘い、心地のいい先輩の香り。

 -----やっぱり好きだ。

 意図せず彼の顔を見た。男のくせにあまりにも綺麗な横顔は、僕を惹き付ける。


「そんな顔してっと、マジでキスするぜ?」

「いいですよ?」


 言うと彼は苦笑した「そんな趣味はない」と。つられて苦笑する「僕もないです」。

 甘い香水の香り、タバコの苦い香り。

 誰にも真似できないそのニオイを靡かせながら、僕の隣で項垂れてる。

 携帯灰皿をとって生涯最後のタバコを金属の板に当て、火をもみ消した。


「じゃあ、そろそろ行くわ」

「はい。お気をつけて」


 立ち上がる彼を見つつ、後ろ頭を壁に引っ付けた。


「これ、お前にやるよ」


 投げられたのはタバコの白い箱。中身を見れば1本だけが入っている。

 -----最後の1本…ね。

 彼らしいと思いつつ、敢えて背中は追わなかった。



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