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キューピッド大作戦


「いてっ」


 ポコンという音がして僕の頭に痛みが走った。落ちてきたのは黒い警棒、振ったのは持ち主詩織。

 実は今日、これで5回目の襲撃だ。ということは、頭を叩かれること5回目だ。


「ねぇ何度も言ってるじゃない。あの日は偶然だったんだって」


 そう、彼女が僕に警棒を何度も振るう理由は先日のバレンタインにある。あの日、僕が偶然動けたからって、何か勘違いを起こしたこの子は僕が戦えるようになったと思ってしまったらしい。それでこの仕打ちだ。全く、よく考えて欲しい。僕の元クラスメイトってことは幾ら前の学校の不良とはいえ、温室育ちの優等生くん達ってことだ。ガリ勉 VS ガリ勉でちょっと僕が優位に立てたからって、何の自慢にもならない。例えるなら子どもと子どもの喧嘩だ。いっつも泣かしている子にたまには泣かされている子の腕が偶然当って泣かすこともあるだろうよ。


「…仕方ない、今日の所は勘弁してあげるわ」


 -----仕方ない? 今日の所は? ずっと勘弁頂きたいね。

 詩織が警棒をしまうのを確認した後、課題に目を通した。そう、今は歴とした授業中。じゃあなぜこんな自由に振る舞っていられるかって、そりゃ自習だからだ。まぁそれにしたって詩織は自由過ぎると思うし、クラスの皆も注意するべきなんじゃないか? 仮にも1クラスメイトが1クラスメイトに叩かれているんだぞ、何をそんなカリカリ勉強してるんだ。

 気を取り直して、プリントに取り組む。

 んーー、Sophia dated three men while she was in college, each one stylistically and characteristically different and each one part … えーと。説明すると、このソフィアって娘は最低だってコトだ、同時に違う男3人と付き合ってたらしい。うーん、騙されてる男が悪いのか…それとも数人と付き合える度量を持ったこの子が凄いのか。まぁ読み進めなきゃどうなるかわからないけど…。


「ねぇ山田っち、詩織っち。ダブルデートしよう」

「は?」


 プリントから目を離し、視線を上げると末長が後ろを向いていて、神無月さんが僕と詩織の席の間に立っていた。


「一度でいいからしてみたかったの、詩織っちとも遊びたいし、でもデートもしたいじゃない?」

「じゃあ3人で行って来なよ」

「そんなのダメよ! 詩織っちが可哀想じゃない」


 -----もう、詩織が行くことは決定事項なのか。

 隣を見ると末長と「何処に行く?」なんて楽しげに話し始めている彼女。おいおい、意味分かってやってる?

 頬杖をついてため息をつく。


「いいじゃないユーヤ。名目はダブルデートだけど要は皆で遊びましょってことでしょ?」

「まぁ…」


 確かに言われればそんな気もする。


「山田くん、行こう、な? 僕の奢りだ」

「どういうこと?」

「実は昨日、水族館のチケット貰ったんだ。だけど4人まで無料だから、誘ってやってるんだよ」

「そう。じゃあ後で日程聞くから」


 言うと満足そうに席に戻っていく神無月さんと、前を向く末長。シャープペンシルを握り直してプリントに向かい合う。


「楽しみね」

「…そうだね」


 詩織の言葉を適当に流す。

 一体神無月さんも末長もどういうつもりなのだろう? 僕らが本当は付き合ってないことなんて知っているくせに。ん? 神無月さんは知らないのか? そういえばちゃんと聞いたことなかった気がする、末長から話は伝わっているとは思っているんだけどわからない。…分からないと言えば詩織だ。いつも僕とのあらぬ噂を立てられても嫌な顔一つしないし(僕もしないけど)、それどころか僕みたいに「違う」なんて喚いて否定することもない。もしかして状況を楽しんでる? それともそんな関係でもいいとなんて思っているのだろうか? 

 僕らの関係は…

 …やめよう。課題課題っと。

 かぶりを振って続きを読んでいく。

 えーっと、Like a chameleon that… ……with the context… ……It means that you continually about the answer.

 -----Who am I in relation to you?-----

 ドキッとした。

 思わず詩織を見てしまう。


「何?」

「…なんでもないよ。進んでる?」

「ダメー、どうして問題くらい日本語で書いてくれないのかしら」

「はは」

「ユーヤの解答、後で写させてよ」

「ダメ。しっかり自分で読まなきゃ実力付かないよ? 受験、考えてるんでしょ」

「そうだけど…」


 まだ何か不満げに呟いている。

 ねぇ詩織…。

 そんなこと言ってないで、ここをちゃんと読んでよ。

 Who am I in relation to you? 





 後日、駅前集合ということでまたしても僕が一番乗りだった。どうやら僕は早め行動らしい。

 ポッケの中で手袋越しにホッカイロをニギニギしながら未だ来ない3人を待つ。


「ユーヤ」


 真っ白なマフラーとピンクのコート、ジーパンをブーツインした詩織が手を振りながら走ってきた。手には勿論手袋と、耳にはクリスマスであげた見慣れたヘッドフォン(詩織はいつもつけてます)がつけてある。笑ってお尻を動かすと、横にちょこんと座ってきた。


「ふふ、水族館って人生初めてなの」

「嘘!?」

「本当よ、何がいるのかしら?」


 食べ物の魚ばかりの名前を挙げていく、もしかしてちゃんと泳いでる姿を見るのも初めてなんじゃないだろうか? 最近の子どもは切り身が泳いでると思ってるみたいだから…もしかして詩織もそんな一人? まさかね。


「ねぇ…今日ね、手伝って欲しいことがあるの」

「どういうこと?」

「末永くんのことなんだけど、実はまだ手も繋いでないらしいの。でね、神無月ちゃんが不安がっちゃって」

「意外。末長がまだ手も、ねぇ…」


 僕の末長のイメージは隙あらば、Goタイプだと思っていたからその言葉は驚きだった。

 で、推測するに今日僕らの役目は二人が少しでも近づけるよう、生暖かく(?)見守りつつ、何か仕掛けようって役回りだろう。要するに、今日の僕たちの役割は二人の潤滑油というわけだ。


「つまり、僕らがキューピッドになるってことだよね。いいけど、何か案でもあるの?」

「それが思いつかないから困ってるんじゃない」


 そんな無茶ぶり。僕に話せば国語や数学みたいにホイホイ解答が出てくると思わないで欲しい。言っておくけど、僕の恋愛経験はかなり浅い。浅いと言うか、いつも見てるだけで終わるから話もしたことないまま…なんてこともある。そんな男に恋愛の教授を求めるのは間違ってる気がするんだけど…。

 特にいい具体案も浮かばないまま、二人がやってきて水族館に向かった。


「わーーー、大きい水槽!!」

「大きいね。詩織っち5人分くらいかな」


 女の子二人がバタバタと入ってすぐの正面の水槽へ走っていった。


「……」


 おい、と突っ込ませて欲しい。

 電車の中でも、水族館に着くまでの歩きの時間も、チケットを渡すのに並ぶ時も、ずっっっっっと詩織が神無月さんの隣を陣取ってるじゃないか。なんのために自分がここにいるか、ちゃんと思い出そうよ。キューピッド大作戦じゃなかったの? せめて末長を隣に立たせてあげようよ、なんで男二人が横に並んで水槽を眺めなきゃいけないのか。


「山田くん、エイとマンタの違いってなんだ?」

「さぁ? 丸いか四角いかの違いじゃない?」

「末長見て。ジュゴンにそっくり」

「本物のジュゴンだな」

「知ってた? 確かあれが人魚姫のモデルらしいよ」

「あーー、僕の夢が壊れた」


 ほらみろ、こんな楽しくもクソもない会話をしなくちゃいけないじゃないか。ある意味面白いけど。が、僕らの作戦をカップルが知る由もないから詩織をわざとらしく呼んでやることも出来ない。

 仕方なく二人の少女が飛び跳ねる姿を付いて回る。

 馬鹿か? と言いたげにサメが僕の前を通り過ぎた。


「休憩! はぁ結構水族館って広いのね」


 詩織が伸びながら丸テーブルのに備え付けられている白い椅子に腰掛けた。流れるように僕らも座る。

 ここはちょうど水族館の真ん中、休憩ルームみたいになっていて軽いお菓子やジュースが飲めるスペースだ。息をつきながら末長にも神無月さんにも気づかれないよう詩織にメールを送る。


(キューピッド大作戦は?)

(あ。大丈夫、今から今から)


 返信メールを読んでいると詩織が立ち上がった。


「アイス買ってくる」


 笑顔でお店に走っていく。

 -----何が大丈夫なんだか。

 頬杖付いて空いた隣の席を見た。そしてすぐに左隣の末長の顔を覗く。

 -----ポーッとしちゃって、神無月さんが待ってるぞ。

 目が合うと「なんだよ」と睨まれた。別に?


「はい、こっちがユーヤと末長くんの。こっちが私と神無月ちゃんの」


 戻ってくるなり詩織がソフトクリームを2つ持って僕と末長に突き出しながら言った。

 思わず顔を見合わせる。

 そして二人の手が伸びるのは同時だった。


「ちょっと、何先に食べようとしてるんだ!!」

「だって。そういうことだろ!?」


 二人で手を引っ張り合う。脚の引っ張り合いでなく。

 そう、よく考えて欲しい。これは明らかなる間接キスにあたる訳で、男同士でそんなことしたって楽しくも何ともない訳で、っていうかそんなことお金をもらえたってしたくない。気持ち悪いじゃないか。しかもソフトクリーム!! うぇ。


「溶けるだろ!?」

「だったら末長が手を離せばいいじゃないか!?」

「先に口を付けるのは僕だ!!」

「僕だって後は嫌だ!!」

「一緒に食べるのも嫌だ」

「僕も嫌だー」


 我先に、とコーンを取り合う。お互い間接キスは嫌なのだ。

 なぜこんな仕打ちを。


「じゃあ、そっち神無月ちゃんと末永くんで食べて。こっちユーヤと食べるから」


 ピタリと末長の動きが止まった。


「うあ、落ちる!!」


 慌てて落ちそうになるコーンをテーブルから守った。「落とすなよ」そう言おうと顔を見上げると彼の顔が赤かった。

 ははぁ。神無月さんとの間接キスが恥ずかしいんだな。やれ、いけ、食べるんだ末長!!

 ニヤけながら渡してやると一瞬困ったような顔をされた。バカ、こっち見るんじゃない、神無月さんを見ろ。笑うのを堪えながら目を伏せ、体ごと背中を見せて顔も背けてやる。

 -----ああ、食べるとこ見たいのに!


「ユーヤ、早く食べないと溶けちゃう!」

「え?」

「ユーヤはこっちでしょ?」


 そうか、末長がそうってことは僕も…。

 ゆっくり後ろを向くと黒い笑いをしている親友の顔。

 -----勘弁してよ。


「…スプーン取ってくるよ」

「じゃあ僕も」


 二人でアイス屋に早歩きで歩きながらコソコソ話す。


「ちょっと、折角のチャンスを見逃さないでよ!!」

「お前こそ。人を見てニヤニヤ笑うな」

「自分だって笑ってたじゃないか」

「山田くんが先に笑ってたんだよ。」

「君たちはカップルだろ。僕らは友達ですー」 

「よく言うわ!」

「食べないと神無月さん、逆に変に思うかもよ?」

「な、そんなこと山田くんの知ったこっちゃないだろ!?」


 笑顔で席には戻ってきてはいるが二人とも額ら辺に変な筋が立っている。ドカっと座りながら、お互いフンと鼻を鳴らして別方向を見た。

 

「亀、亀。もしもし亀よ、亀さんよ」

「ちょっと、何呑気に歌ってるの。あれ、どうにかしなよ」


 詩織の腕を引っ張りながら前を歩くカップルを指差した。いつもより二人の少し距離が空いてしまっている…そうだな50cmほど。あれはもやはカップルの取る距離ではない。

 そう、先程のソフトクリームは詩織の作戦だったみたい。二人で仲良くアイスを分け合えということだったらしいが、間接キスを意識し過ぎた末長が全くアイスに手をつけることなく、神無月さんが食べ終わってしまったのだ。逆に気まずくなった二人は、詩織がソフトを食べ終わると同時にドヨーンと先に歩き出したってわけ。


「君の作戦が失敗したから…」

「だって。末永くん積極的だからイケると思ったんだもの」


 本当に積極的ならもうとっくに手を繋いでいると思うんだけど…。


「仕方ないわ。作戦2よ」

「ちなみに聞くけど、内容は?」

「無理矢理ぶつかって引っ付けるのよ」


 -----何だそれ?

 それって心っていうより、物理的な体だろ? 意味がな…ちょっと!!

 僕は思いっきり詩織に引っ張られて末長と神無月さんに投げられた。神無月さんは不味いと、末長に方へ体を流した。


「いてっ」

「ごめん」

「館内で暴れるなよ」

「はい」


 たしなめられた。

 詩織を見るとこっちを向いて、舌を出していた。はぁ。

 そんな感じで詩織のメチャメチャなキューピッド大作戦に付き合わされて僕の体はボロボロになるわ、末長から何度もたしなめられるわ、二人は一向に距離を縮めないわ、全然伸展してくれなかった。

 そして、場所は最後の部屋へ。


「ねぇここの水族館のイルカはまぁるい輪の泡をはくんだって。それでね、見れると幸せになるらしいのよ?」


 グイグイ無理矢理引っ張って詩織が神無月さんと末長を隣同士に座らせた。イルカの大きな水槽の前にはお客が長い間見れるよう、シートが何脚も置いてあって、僕らは黙って二人の後ろに座った。

 が、待てど暮らせどイルカがバブルリングを作る様子はない。それどころか、泡さえはかないでグルグル同じ所を回遊しているだけだ。詩織の言うそれって違う水族館じゃないの? っていうか、それどころか二人の距離はどうするのさ?

 ソフトクリームの所からもう数時間経とうとしているのに、全然カップルは話そうとしない。

 やっぱり、僕らがいるのがいけないと思うんだけど…。


「詩織、一緒にジュース買いに行こう」


 立ちながら彼女の腕を引っ張った。


「末永達の分も買ってくるけど、何がいい?」

「オレンジ」

「ウーロン」

「はいはい」


 スタスタとイルカの前のブースを通り過ぎた。


「ねぇ、二人にして大丈夫かしら?」

「その方がいいと思うんだけど」


 自動販売機の前でボタンを押しながら話す。そして敢えてしばらくの時間をおいた。

 -----そろそろ戻った方がいいかな?

 缶を持って、イルカのいるブースへ入ろうとした時、口を塞がれブースの後ろの方へ詩織に引き寄せられた。


「な、何!?」

「シッ、見て」


 見てみれば、さっきは死角でよく見えなかったが、神無月さんの手の上に末長の手が重なっているではないか。

 -----やっぱり、二人にして正解だったな。

 音を立てないよう、一番後ろの席に座る。あまり二人を見ないように目線を落とした。


「ねぇ気づいてた?」

「え?」


 隣を向けば、詩織の首には修学旅行に贈った蝶のネックレス。


「気づいてなかった?」

「ごめん、二人に必死だったみたい」


 詩織が妖艶な笑みを漏らした。

 そして、僕の手の上に、詩織の冷たい手が乗る。


「ねぇドキドキしてる?」

「してるよ、前の二人がキスしないかって」

「ふふ、私もよ」



 ねぇ詩織…。

 末長と神無月さんのことばっかり言ってないで、アレをちゃんと読んだ?

 Who am I in relation to you? 


Who am I in relation to you?

の意味を知りたい方は、活動報告「キューピッド大作戦 裏話」をクリック!!


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