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St.… #3

「まず、手錠の鍵をどうにかしよう」

「そうね。これ、バランスが取れないのよ」


 手を差し伸べると、思いっきり体重をかけられた。

 そう、彼女の戦闘での動き全てはバランスと体重移動によって行われている。裏を返せば、今の詩織はただの女の子。もしかしたら僕より弱いかもしれない。そのくらい手を捕われるということは詩織にとって動きのほとんどを封じられてしまったも同然なのだ。


「ねぇ誰が手錠かけた?」

「鍵ならあの茶髪よ、これ見よがしに見せてきたもの」


 -----そうか。


「怖い?」


 いつの間にか俯いていた僕に詩織が声をかけてきた。怖い…そうだな、1年前なら怖かったかも知れない、転校する前なら怖かったかも知れない、でも…今は違う。


「怖くなんてないよ」


 虚勢なんかじゃなく、自然と笑顔が出てきた。


「詩織」

「何?」

「手錠を外したらさ、一緒にチョコを届けにいこう」


 一瞬驚いた顔をした彼女が笑みを零した。

 綺麗な笑顔を見つめながら僕はもう気がつき始めていた。欲してるのは居場所なんかじゃないってことに。

 けど。僕の決着がつくまでは、それを何度思っても僕の中の壁がそれを押し戻すだろう。進むことは許されないから。

 今日が始まりかもしれない、終わりかもしれない。どれほどの時間を用するか分からない。

 でも、今この瞬間、はっきり思うことがある…。


「うまくいくといいね」


 壁に手をついて立ち上がる。

 未だ残る血の味と熱い目蓋は僕の誇り。

 そして君の笑顔は…


「いたぞ!!」


 声と共に集まり始めた元クラスメイト達。

 詩織を後ろに下げながら、道を阻む。


「蹴りやがったな」

「謝っても許してやらねーからな」

「死ね」

「マジムカつく」


 鼻で笑う。


「期待通りでしょ?」


 顔色を変えた男達の一番後ろに無表情で僕を見つめる視線。今まで1度たりとも逢わせたことのない目と目と合わせた。お互いの視線が交錯し、言いようのない気持ちがこみ上げてくる。

 彼と初めて会ったのはいつだったか…入学式だったと思う。ちょうど今みたいに席の一番前と一番後ろという教室で一番遠い場所同士で目が合った。話しかけてきてくれたのは、向こうが一番最初だった。明るい性格で入学早々人気者で、ちょっぴりの嫉妬と尊敬の念を抱いた。毎日一緒に帰ったし、成績だって競い合った。分からない所があればお互いに教え合ったりもした。好きだった子だって、君にならって笑って祝福した。絶えることなく日々を笑って過ごして、初めて心底気を許せる人だと思った。そう彼は…僕の親友だった。親友だと思っていた。

 信じてた。

 その茶色い瞳を、綺麗な眼を見た瞬間から。今も変わらないその目を見ると友情が溢れ出しそうだ。

 -----ああ。だから今まで何をされたって、腹が立ったって、言うコトを聞いてきたのか。

 そうだ、言うコトは聞かされていたんじゃない…。


「ヤレ」


 紙屋の唇が動いて冷たい言葉を発した。

 地面を踏みしめながら左足を半歩90度に下げ、右手を前に左はミゾオチに手を揃える。息を吐ききる頃にはしゃくり上げていた横隔膜も、酸素を欲して激しく欲求する肺も正常に戻っていた。

 目の前の人物が躍動し始めた。


「右突きが来るわ!」


 男の動きを察知して詩織が叫んだ。体を半回転しながら、腕を掴んで勢いを利用して去なす。するとさらに投げられた力を利用して詩織が壁に手をつきながら蹴りを喰らわせているのが見えた。


「次は左下段ローよ」


 言われるまま体が反応していく。二宮先輩と特訓したように、流れるように動き続ける。もはや僕の体は詩織に支配されていて、彼女が声を出さないと動けないんじゃないかって思うくらい、脳は働いていない。一歩前に入って右手で蹴りを止め、引っ掛けた手で太ももを持ち上げ地面に叩き付けた。そのまま、いつか詩織がしていたみたいに肩に乗る。


「な、ユーヤ如きに何やってるんだよ!!」

「だって、アイツなんか動きが」


「ふっ」


 息を吐きつつ、走ってくる前に駆け出す。姿勢は低く、あくまで重心は腰に。


「右フック!!」


 右足で強く地面を蹴って、拳を躱す。髪の毛だけが重力に逆い、音を立てて靡いた。けど、そんなの気にする余裕なんて僕にはない。尚も走る。両手を突き出して、左足のバネをこれでもかと使って跳躍した。傾れ、重力に落とされる。


「鍵は!? 出せ!!」


 茶髪の男の上に乗った僕は、人生初めて胸ぐらを掴んだ。


「言えよ!」


 揺さぶると鍵の音がする。

 -----どこに!?

 急いで胸ポケットを漁るが見つからない。


「マジ面白くねー」

「は?」


 紙屋が口を開き、僕も開いた。「退け」と言われ、強い力で押される。マウントポジションなんて捕ったことのない僕は、力に逆らうことなんて出来ずに転がった。地面に尻餅をついた時、逆に紙屋が立ち上がった。

 見下ろされる格好となった僕は上を、茶眼を見つめた。


「マジムカつく」


 吐き捨てるように言った後、僕の足下に金属の鍵が投げられた。


「次は精神的にいたぶってやる」


 クルリと方向転換した背中を元クラスメイト達が追いかけていった。

 静寂が戻ってきて、替わりに僕の心臓が音を立てて早く鳴り始めた。息も、過呼吸じゃないかって思う程短く切れ、なかなか立ち上がることが出来い。

 -----立て、立つんだ。

 何度か心の中で呟くと、ようやく体が反応をし始めた。


「手錠、見せて?」


 鍵を突っ込むとカチリという音がして、白い手が解放された。一部分だけ赤くなった手首を見つつ、いつもなら出てくる言葉が出てこないことにもどかしさを覚えた。だから替わりに茶化すことにする。


「あー。リザが見たらどういうこと!? って言われちゃうよ?」

「どういうこと?」

「SとMが逆だって」


 見る見る赤くなる顔を見て笑った。


「チョコ、渡しに行こう。バイク出せば…今からでも間に合う」

「いいの?」


 応える前に家に向かって走って手招く。笑って付いてくる少女を見ながら僕は呟いた。

 -----ありがとう。


 バイクを飛ばして学校に向かった。と、詩織が校庭の背の低い植え込み部分に顔を突っ込んで何やら捜している。


「何してんの?」

「あいつらが私に声をかける直前に、ここら辺に鞄とか投げたのよ。割れてないといいんだけど…」

「大丈夫そう?」

「うーん…大丈夫みたい」


 詩織は笑って言ったけど、ダメだったんじゃないかって思う。だって、スーパーに寄らされて、しかも外で待っててなんて…明らかに買い直してるんじゃないか。お金くらい出させて欲しいのに。

 -----ああ、でも相手がな。僕のお金のチョコなんて欲しくないよね。

 クスリと笑ってバイクに股がった。

 バイクがもう一段階沈むのを確認しながら目を瞑って詩織の手が回されるのを待つ。


「ねぇどこに届ければいい?」

「そうね、とりあえずユーヤの家に行ってくれる?」

「OK」

 




「じゃあ、気をつけて」

「ええ、気をつけるわよ?」


 ここからは一人で行くという詩織を置いて家の鍵を突っ込んでまわした。

 -----あー。誰に渡すか位聞いておけば良かった。明日急に「彼氏よ」なんて言われたら、ちょっとビックリしそうだもんな。…板倉くんだったりして。うわ、それはちょっと…。

 ガチャンと言う音を聞きながら扉を開けると、家の主より先に影が通り過ぎた。


「渡しに行かないの?」

「来たわよ」

「は?」

「だから、渡しに来たってば」


 玄関のドアを開けたままポカーンと口を開ける僕をおかまいなしに、詩織が何やら黒い袋から赤い皿みたいなのを出し始めた。そして、スーパーの袋からは生クリーム、苺、チョコが出てくる。


「チョコフォンデュ、一緒に食べましょ?」


 僕はようやく理解した。学校から別れて帰ろうとしたのは、彼女の専売特許ドッキリ大作戦の序章だったということに。

 そう、全ては僕の空回りだったようだ。

 黒い袋の中身はチョコなんかじゃなくってチョコフォンデュの機材で。

 スーパーの袋の中身は買い直したチョコなんかじゃなくって、腐ることを危惧した苺。

 …じゃあ、詩織の心の中身は…?


「本命?」


 ふざけて言うと詩織もイタズラっぽく微笑した。


「さぁ…どうかしら?」


 部屋がチョコの香りで満ちる。燃え上がる炎に、煮え立つはビターなチョコ。

 そして部屋の真ん中には愛しい愛しい親友。

 が、折角楽しみにしていたのに、僕の口にはほとんど入ってこなかった。なぜかって、そりゃ甘いもの好きな彼女がバレンタインだってのに自分優先で食べたからだよ。しかも、食べようとすると殴られて疼くところを突いてくるし…くれる気なんてなかったんじゃないのかな?

 チラリと睨む。


「僕が2個、君は13個…。ホワイトデーは期待していいんだろうね?」

「そうね。とっておきを用意しておくわ」

「1ヶ月後、絶対に遠慮せず貰うから」


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