St.… #1
バレンタイン当日。
教室に入るといつもより人がいない、特に男子。
-----馬鹿だなぁ。
そう、いつもより遅れてきて靴箱の中身を見るのを遅らせる作戦なのだろう。言っておくが、僕が思うに小学中学高校の間で靴箱や机の中にチョコが入っているようなことになっている人って言うのはそんなこと気にせず普通に来る。そんでもってそういうヤツに限ってカノジョがいたり、普段からモテモテなのだ。だからバレンタインだからって何も彼らは気取らない。せいぜい「あー、今年は5個か、ちぃ」くらいしか考えていないのだろう、悔しい話だが。
少しだけ色めき立った教室に脚を踏み入れた。
と、席を付く前に呼ばれた。
「山田くん、これ。C組女子一同から。いつも勉強教えてくれるから」
「ありがと」
笑顔で受け取る。ああ、一同ってことはお返しは菓子パックか何かにしないとな。そんなことを考えて後ろを振り向くと、クラスの男子にはがいじめにされた。
「山田テメー。良い思いしやがって」
「お前には詩織嬢がいるだろーが、よこせ!!」
「やめっ。だいたいコレは普段の僕の人柄の良さを表す物であって、別にそういう意味じゃ…」
「ウルセー、まだ貰ってもない人に言う言葉かそれは!?」
ポコポコと殴られた。痛い。
-----そう思うなら、掃除当番を黙って逃げるような行為しなけりゃ良いのに。
ため息をつくと普段通り末長が入ってきた。手には一緒に買った可愛い袋があって…
「な、末長もモテ男か!?」
「馬鹿、これは逆チョコだ」
予想通り突っ込まれていた。鞄を振り回して男子を蹴散らしている。大丈夫、みんな義理だけど貰えるから…声には決して出さず僕は笑って微笑ましい様子を見ていた。
「ありがとう」
神無月さん、詩織、委員長、その他クラスの女子からの義理チョコを前にあげた3人から受け取りながらお礼を言った。どうやら僕に渡すのが最後だったようで僕に手渡した後、3人ともチリジリに自分の席に着いて「終わったー」と伸びていた。
だからすかさず詩織に声をかける。
「はい、逆チョコ」
可愛い袋に包まれたそれを渡してやると詩織は目を大きく開けながら驚いた。
「あげるって言ったじゃない?」
「ええ…、でもコレてっきりユーヤが誰かから貰った物だと」
「あはは。いつそんなことしてた?」
「私が登校してくる前…だとか」
「僕、そんなモテないよ」
残念だが自分で本当のことを言う。そう、今日は誰からも呼び出しを受けさせてもらえなかった。わかってたよ、そんなこと。まぁ言い訳をさせてもらえば、当然と言えば当然だろう。もうすでに僕と詩織の噂は全校生徒の周知の沙汰だ。修学旅行の時に告白してくれたのあの子が積極的且つ勇気があっただけなのだ。もうそんな奇跡、そうそう起こるものじゃない。ああ、こうやって僕の青春はカノジョも出来ることなく終わっていくのだろうな…考えだしたらマイナス思考になってきた。
かぶりを振って気を取り直す。
「帰ろう?」
立ち上がりながら彼女を見ると首を振られた。
-----ええ!?
誘って断られるなんて…。ちょっとショックを受けてしまった。が、その直後、僕は一瞬顔をしかめてしまった。
目に飛び込んできたのは、鞄の横にひっそりかかってある黒い袋。たぶんチョコ入り…。
-----好きな人、いたんだ。
なぜか焼くだろうと思っていたヤキモチの感情は一切湧いてこず、それだけを漠然と思った。
僕がぼーっとその袋を見ていると、詩織が焦ったように体で隠した。もうバレてますけど? はっ、と一瞬だけ小馬鹿にするような心打ちをして鞄を持った。末長といい、詩織といい、全然僕を恋愛の話の中に入れてくれない。詩織のことだろうから、神無月さんや委員長、はたまたリザにはそんな話をしているのかも知れないが。僕に好きな人がいることぐらい話してくれても罰は当らないんじゃないかと思う。まぁ話したくないのなら無理に聞きはしないけど。
「じゃあ先に帰るから、気をつけて」
伸びた影を眺めなら一人でいつもの道を通る。枯れ草の匂いがする風が出た顔に当って妙に冷たい。
-----詩織、誰にあげるのかな?
クシャリと落ち葉を踏んで立ち止まった。
いつも僕の隣にいて、僕と噂されてる彼女。きっとあれほどの美貌だ、告白された相手は僕という存在があって関係を知ったとしてもそれを無視して即座にOKするだろう。その時僕はどうすればいい? キレるからって詩織と意中の男性がいるところに僕はいつもいなければいけないのだろうか? ありえない…。
-----付き合うならせめて僕の知らないトコロでしてよ。
でも、そんなことはありえない、そうだろ? 学校にチョコを持ってきている時点で、渡す相手は学校にいるということだ。
…僕の居場所なんて、所詮プッツンを抑える為でしかないのだろうか。
急に悲しくなってきた。
詩織に利用されていることではない、存在意義をそれ以上見出せない自分にだ。
「んっ」
目に堪った雫を落とさないよう、上を向いた。「寒い」といいながら、赤くなった鼻を抑えた。誤摩化す相手なんていないくせに。
鮮やかな色をした空が逆に小憎らしい。
今頃末長は僕と逆で幸せな時間を送っていることだろう。そして詩織は…。
-----詩織なんて、フられてしまえばいい。
最低なことを思った。でも、そうすれば僕は今までと同じように詩織と一緒にいられるだろう。笑っていられる。僕の居場所は保証されたままだ。何も変わらず、ずっとそばにいてほしい。
「あー逆になった」
上を向いたまま歩き出す。
一番最初に「そばにいてほしい」と言ってきたのは向こうなのに、きっと今は僕の方がそれを望んでいる気がする。
明日になるのが怖い。きっと噂で持ち切りだ、触れ書きはこう…『虹村詩織、新恋人発覚』なんて。
はぁ。
ただそばに…それだけでいい。
でも、今そんなささやかな願いでさえも奪われてしまいそうだ。名も知らぬ詩織の意中の人に。
姉さんの言葉が頭の中を駆け巡る。『手に入らないなら、抹消するまでよ』『どうしても欲しいなら、奪ってでもモノにしなきゃ』…姉さんらしいな。ぷっと1人笑った。
「手に入らなければ…」
僕はどうしたい?
願っても崩れ落ちそうな自分の居場所をどうしたい?
本当は…。
目を押さえた。
強い人に憧れる…体の強いKENさんに、心の強い姉さんに。
でも僕は僕で、決してKENさんにも姉さんにも、他の誰かになることなんて出来ない。ああ、だから僕は…。
「見つけたぞ」
「え?」
思わず声を出して考えるのを止めた。
姿を見るなり慌てて走った。
駆けて駆けて息を切らして、ビルとビルの隙間に逃げ込んだ。
ビルの壁を背に、彼女と始めた逢った日のように座り込む。目を瞑れば、あの日の記憶が寸分違わずに呼び起こされる。
短く息をきりながら、冷たくなった顔を押さえた。
-----ヤバい、今すぐ詩織に会いたい。
「ダメだよ」
今の環境に、詩織に、甘んじている自分に気づいて恥じた。
誰が何と言おうと、これを乗り越えるまでは前に進めないのはわかっていた。
-----一人で戦わなきゃ。
長く伸びている陰を睨んだ。
「よぉ久しぶりだな、ユーヤ」
「……」
目の前には懐かしい気さえする、昔の高校の制服を着た茶髪の男が立っている。
今まさに僕の居場所は全て、音を立てて崩されようとしていた。そう、この男こそ僕を転校にまで追いやった…紙屋亮二。クラスのボスで、人を顎で使って、暴力を振るう、僕がこの世で一番嫌いなイジメっ子だ。
「んだよ、せっかく会えたんだから逃げんなよ。バレンタインなんて運命的な日に」
彼の後ろを見れば、何人かの昔のクラスのヤツが集まってきていた。
心臓が早鐘のようになり始める。
「嘘嘘。にしてもお前って何? あの学校では有名人なわけ?」
「ぶはは、ウケたよな。本当はイジメられっ子のくせに、KENの弟だなんて噂されやがって」
「俺たちがいなくて粋がってたみたいだけど、それも今日で終わりだ」
「いいもん見せてやる、見ろ!」
促されるまま顔を上げると、詩織が無言で立っていた。