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Zip #3

 能ある鷹は爪を隠す。

 それは詩織と警棒のことを指しているのだと思う。でも僕に警棒を持たせたって威嚇にしかならない、豚に真珠だ。剣道3段と言う言葉はあるが、別に武器を持っても強くはなれない。


「こいつらでいいのか?」

「間違いねー」


 やせ細って頬のこけた男が声を荒げて言った。


「アイツ、俺の腕に変なコトしやがったんだ」


 -----あ、明らかに僕に怒ってる。

 でも仕掛けてきたのは向こうなのだ。僕は断固悪くないと思う。が、この場合土下座でもして謝ってしまった方がいいんじゃないだろうか? 人数は向こうが20、こっちは2。しかもこちらサイドは1人戦闘要員ではない。頭数なら2だが実際は1なのだ。

 僕が謝ろうかと考えているのは詩織には伝わらなかった。当たり前だ、声を発していないのだから。

 列車がホームに入ってきて、それと同時に詩織の脚が一番前にいた男の顎に命中していた。

 -----馬鹿、もう謝っても許してもらえないじゃないか!!

 手を出すのが早い彼女はもうすでに2人目に拳を繰り出している。


「馬鹿!!」


 叫びながら手を引いて彼らとは逆の方向、ホームの行き止まりの方へ走って行く。ものの、特に策がある訳でもなんでもない。ちょっと僕が殴られるのが遅くなっただけだ。端まで来て振り返れば、怒りを押さえながら彼らが僕らに向かってくる。

 構える詩織、狼狽える僕。

 彼女はふっと息を吐きつつ地面を蹴り始めた。

 なんと王子は情けないことか。戦いもしないうちから諦め、全てを女の子のナイトに任せようとしているなんて。

 蹴り倒される男達を見ながら、焦燥感に溢れた。


「危ない!!」


 詩織の声がした時にはもう遅くって、体が金網のフェンスに激突した。


「ゲホっ」

「ユーヤ!!」


 凹んだ水色の網を持って、こちらに駆け寄ろうとする少女を手で制した。


「行くんだ!!」


 列車の発車を合図する音が鳴って、詩織がまた男達に向き合うのが見えた。そして…僕も立ち上がる。

 発した言葉の意味は、詩織を促す言葉。僕を奮い立たせる言葉。

 上下に警棒を振った。

 -----いける…。

 武器にたじろいだ男の隙をついて駆け出す…ビクいて目を瞑るソイツをそのままに、男達の真ん中で激しく動くナイトへ。

 勢いを利用して自動販売機の斜め前においてあるゴミ箱を蹴り上げた。

 軽い金属の音がなり、大きなプラスチィックの塊が男達何人かにぶつかった。衝撃に体が前のめりになり、体勢を整えから後ろを振り向いて僕を睨むこの1、2秒の間。詩織は彼らをくぐって走り出した。僕もすでに走ってある。階段を何段も飛ばし、自動改札に切符を突っ込んだ。機械が反応を示す前に金属の壁を飛び越えた。


 ------右、左、どっち!?

 左に行けば先程の整骨院側、右に行けばまだ知らない土地。でも、人ごみは明らかに右に流れている。たぶん大きな住宅街があるのだろう。人々に紛れるよう、詩織の手を握って右を選んだ。



「あー。左だったかなぁ?」


 ぼやいた。


「どっちにしろ変わらないわよ」

「言えてる」


 状況は変わらない。

 今僕らは適当なビルとビルの間にいるだけ。家に帰るにはまた駅に行かなければならないが、当然の如く待ち伏せをしているに決まっている。誰がわざわざ火の中に飛んで行くものか、虫じゃあるまいし。

 壁を背に向かい合う。

 携帯を開ければすでに時刻は9時過ぎ。まだまだ終電までには時間もある。何かいい策はないか。

 ポンと手を打った。


「タクシーに乗ろう」


 詩織も手を叩いた。

 お金のことを心配するなら、次の駅までだけ乗ってそこからは電車で帰ればいいのだ。タクシーの運転手には嫌な顔をされるだろうが知ったこっちゃない。

 ビルの間から顔だけ出して、周りを見渡した。車は通るものの、タクシーが見当たらない。

 -----駅前まで戻らないとダメかな?

 ため息をついていると体が引っ張られた。


「何!?」

「シッ」


 言いながら屈まされる。会話を聞いたらすぐに分かった、先程の男達が僕らを捜してここまでやってきたようだった。

 息をひそめて彼らが通り過ぎるのを待つ。


「3、2…」


 詩織がカウントを始めた。飛び出て戦うつもりなのか、それとも走って駅まで行くのか。理解は出来ないが一緒に飛び出た方がいいだろう。それに、相手は2人だ。詩織なら確実にダウンさせられる。

 1という声を聞くと詩織がビルの間から飛び出し、同時に駅の方を向いた彼らの横顔があった。僕は多いに出遅れた。0で飛び出すと思っていたからだ。まぁこんな呑気なことを言ってられるのは彼女が既に男達を沈めていたからなんだけど。


「行きましょ?」


 声を発することも出来ずに倒れてしまった男達を避けながら、詩織に続いた。


 明るいコンビニの照明の陰に隠れて、ガラス越しに駅前を観察する。

 携帯を持ってウロウロしている男達が数人…多分さっきのやつらの仲間だ。皆ジャージだとかパジャマみたいな格好をしている。よくそんな格好で駅前をウロウロ出来るななんて思いつつも、視線をずらす。タクシーはアイツらを通り過ぎたところに数台。一番先頭にいる車が後部座席を開けて客を待っている。


「行こう」


 口パクで言うと彼女は笑って走り出した。

 僕も遅れて走り出す。

 後ろを向いて気づいていない男を挟んで走り抜け、誰かが何かを叫んだ時、動きを止め反応した男にラリアットのように警棒が当った。気にせず黄色ランプが点灯しているタクシーに走りよる。ボンネットに手を当て、おじさんが振り向くと同時に言った。


「すぐに出してください、詩織!!」


 呼ぶと彼女は竜巻のように男を1人蹴倒しながら、後部座席に飛び込んだ。すぐさま体を入れつつドアを閉める。


「室町駅まで」


 走り出す車内で安堵のため息をつき、シートに体を預けた。

 今日は走りっぱなしだ。でも、これでようやく終わった…。

 ウィンカーが左に出され、一安心と腕を組んで少し眠ろうかと窓ガラスに頭をもたげた。


「…追いかけてきたみたい」

「え?」


 驚いて確認すれば、数台の改造車がタクシーを追いかけてきていた。

 おじさんも吃驚して「何したの?」なんて言っている。言葉に詰まりつつ、追われていることを言うと彼は笑って冗談だろう? なんて言い始めた。驚かさせ過ぎたみたいだ。細い道路から大きな道路へ入る為、おじさんがウィンカーを出した。

 -----そんなに早く出したら…。

 僕の嫌な勘は当った。後ろの1台が一つ前にあった道路を左に曲がった。先回りするつもりだ。


「おじさん、右にして!!」


 詩織が声を発した。

 そっちは駅の方じゃないと言う前に、おじさんが出したウィンカーを無視して右に曲がった。このまま行くと、空港についてしまう。どうするんだと考えていたら詩織が指示を出し始めた。


「あと500mで曲がって。そこ、右に回って、突き当たりを左…そこ、公園で下りるわ!!」

「お釣りはいらないです!」


 公園の前につけたタクシーから下りた。何か策があるのかわからないが、走り始める彼女を信じるしか出来なくて必死に走った。そしてあるビルの地下に降りて行く。下りる前、後ろを振り返れば先程の改造車達が猛スピードで角を曲がってきていた。

 真っ黒に塗られた階段を抜けると一つのカウンター、その後ろにシャッターが何個もあるのが見えた。


「ここは!?」

「虹村詩織です、KENの妹の!!」


 彼女は僕の言葉を無視してカウンターに座っている厳ついお兄さんに声をかけていた。一瞬ギョっとしつつも、息を切らして後ろに立った。と、急に詩織が僕の体を触り始めた。

 -----な、何!?


「おー、KENの。まぁ大きくなったな」

「ありがと!! 急いでるの、ほらコレ」


 言いながらいつの間にか抜き去った僕の財布から、一枚のカードを彼に向けた。

 -----ここ、まさか…。


「8番だ、鍵は中にシートの上にある」


 受付の後ろに見える多くのシャッターのうち一つが自動で音を立てて開いた。オレンジ色のランプがクルクル回っている。詩織は僕の手を引いて駆け出した。


「む、無理だよ」

「大丈夫、400ccだからイケるわ」


 走りながら鞄を奪うと、その中に財布を突っ込んでいる。

 開かれたシャッターの中には、1台のバイクがあった。サイドの部分だけが紺色をして他は真っ黒、後ろには銀色の大きなマフラーがついてある。

 いくら免許があるからって無理だ。僕が乗っていたのはゴリアで、こんなスポーツバイクタイプじゃない。それに…


「1年以上も乗ってないんだよ」

「早くしないと奴らが来るわ!!」


 言いながら僕と自分の鞄をシートの下にしまい込み、フルフェイスのヘルメットを被せてきた。


「でも」

「早く!!」


 鍵が投げられ、気がつけば彼女もメットをつけていた。


「出口は入ってきたのと反対側だ」


 アナウンスが聞こえると共に、今度は出口へ続く赤いランプが光り始めた。

 唾を飲み込む。

 手袋外して、ポケットに突っ込んだ。乗ると車体が沈み、詩織が乗るともう1段階沈んだ。


「マフラーには触れないようにして、火傷するから」


 詩織が頷くのを確認してキーを回した。

 初めは高い音を出していたのが、すぐに低いエンジン音に変わり車体が小刻みに揺れ始めた。グリップを2回手前に引きつつ、クラッチを握る。ゆっくりと走り出した車体を傾け、入ってきた時とは反対方向へ進む。赤いランプに導かれ、坂を上る前にギアを上げてスピードを出した。



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