Zip #2
放課後、僕と詩織は一緒にお兄さんが紹介してくれた縄文駅の前にあるという“整骨院 ラフ”を目指した。が、駅前と言っていたのに全然見つからない。駅の反対側かと思って出てみてもやっぱりない。
仕方なく今日入手したばかりの彼の携帯番号を選択してボタンを押した。
『はい』
『あの…』
『あー優男か。着いたか?』
『それが場所が分からなくって』
そう言うと彼は丁寧に道順を教えてくれた。聞くにバスで一区間あるというではないか。きっと彼の感覚はバイクに乗ってすぐなのだろう。まぁ姉さんも車で15分のところをすぐって言っていたので似たようなもんだ。駅前のバス停でバスの時刻を確認した。
-----1時間に1本しかない…。
しかもさっき出てしまったようで、1時間近く待たないといけないようだ。すでに暗くなり始めている辺りを見渡し、詩織に聞いた。
「バスは1時間後だけど、待つ? 歩いて行く?」
「歩くわ」
彼女は顔をしかめながら首を押さえて言った。
どうやら時間が経つに連れて筋肉が固まってきたようだ。骨がずれた時に表れる典型的な症状だ。
実は姉さんが何度かこういう状態になったことがあった。今詩織は普段通りではないにしろ歩けているようだが、姉さんのは酷くてベッドから起き上がれない状態だった。動く度に金切り声を上げ、トイレに行くのも1時間かけてゆっくり動いたりして、可哀想だった。まぁそんな彼女が整骨院に行ったらケロッとした顔で返ってきた来たのには驚いた。まぁその後1、2度続けて通院はしていたようだが。
「もう少し早く歩ける?」
何となく嫌な予感がしてそう言ってみたが、彼女の歩みはでんでん虫状態。亀でももう少し速く動けるほどだった。
持っていたホッカイロで筋肉を暖め、なんとか頑張ってもらう。おぶってもいいのだが姉さんでの経験上、小さな振動さえ激痛らしく、車に乗って車体が揺れる度叫んでいたのでそんなことしないほうがいいだろう。
仕方なく歩調を合わせる。
-----随分暗くなってきたな。
1月は夜になるのが早い。瞬き始めた1番星を見つつ、何事もありませんようにと祈った。
けど、神様って言うのは意地悪だ。祈ったのに無視をする。神様は乗り越えられる人にしか障害を与えないなんていうけど、僕は今この時点で真っ赤な嘘だと叫びたい。
一人ではあるが、男が僕らの前に立ちふさがったのだ。
見た目は驚く程細く頬がこけ、真っ黒なジャージに身を包んでいる彼は、僕と詩織を見るとにぃっと笑った。
「金貸してくれ」
どこの不良でもいう常套句を言ってニタニタしている。きっと彼らの言葉は江戸時代位から変わらないのだろう。そんな気さえした。
周りを見渡すが人は人っ子一人いない。
-----さすが1時間にバス1本。
パチン、という音がして、電灯が寂しく灯りをともした。
「すみません、急いでるんです」
「その割にはゆっくり歩いてたじゃん?!」
「…詩織、行こう」
無視して彼女を引き寄せようとしたら、腕を途中で止められた。
一気に手のひらに汗をかいた。僕だって気丈に振る舞っているが、ご存知へっぴり腰日本代表の山田裕也だ。ビビってない訳がない。もう心臓はバクバクだし、脚は少し震えてる。根本的に苛められっ子体質は治っていないのだ。いや、染み付いて離れてくれない。
「殴ってもいーんだぜ?」
嫌な汗が流れる。
痛い思いをする前に金を出せと言いたいのだろう。昔の僕なら迷わずYES。でも…今の僕は心からNOだ。
かと言って、彼に僕が何か出来るなんて期待しないで欲しい。選択は1つ、詩織を連れて逃げるのみ。
チラリと彼女を見ると「いける」と言わんばかりに走る体勢に入っていた。まだ掴まれたままの手首を外側に返した。
「痛ててててて」
考える時間はたくさんあったので、二宮先輩に教わった通り解手法が綺麗に決まった。思わず踞る彼を尻目に、先に走り出した赤いスカートの人物を追いかける。角を曲がった瞬間“整骨院 ラフ”が運良くあったため中に入って隠れた。
息を整え曇りガラスから覗くと、細い男が何か叫びながら走っていくのが見えた。
はぁ。
詩織を見るとあまりの痛みに目に泪が堪っていた。
「ありがとうございました」
二人でお礼を言って店を出た。
「動けるって最高!」
「よかったね」
グルグル腕を回す詩織を見ながら笑った。いつものように動けるようになった彼女ははしゃぎながら電灯の柱に掴まって2回程回っている。
「手袋汚れるよ?」
子どものような行動をたしなめながら、駅に向かう。
しばらく歩くと、後ろの方でカラーンという缶が転がる音がした。先程まで誰もいなかったそこを振り返れば、一人の男が立っていた。彼はすぐさま携帯を手に取り、
「縄文駅前の商店街“まるたん(店名)”前で背の高い男と髪の長い赤いスカートの女を発見」
と呟いた。
-----嘘だろ!?
すぐさま理解し、詩織の手を取った。駅まで距離にして100m。ダッシュすればもしかしたら構内へ逃げ込めるかも知れない。
地面を力強く蹴った。
冬の冷気に白い息が流されていく。あと、30m。
もうすぐそこだ、そう思った瞬間、電話BOXの前にたむろしていた3人が立ち上がって僕らの前を阻んだ。僕は脚にブレーキを、詩織はそのまま加速していく。手を離せばさらに速度は上がり右太ももから警棒がしなった。
「ユーヤ!!」
慌てて僕も走り出す。彼女はそのまま駅まで突っ込む気なのだ。
トンという軽い音がしてスカートがひらめいた。まばたきを終える頃には一番手前にいた男の首元に警棒が食い込んでいた。倒れ込む音を横に聞き、なおも彼女を追いかける。
-----しまった切符!!
僕の頭は冷静らしい。確かここは自動改札で駅員さんが常駐していないようだった。走り込んで行っても切符を買っている間に仲間をまた呼ばれる、追いつかれる可能性がある。往復切符を買っておけば良かったと後悔しながら、一気に詩織を抜き去る。そう、先に切符を僕が購入すればいいのだ。
「逃げんな!!」
出された腕をギリギリで避け、階段を駆け上がった。後ろの方で男のうめき声が聞こえた。
階段2段飛ばししながら財布を取り出し、お金を販売機に突っ込んだ。
-----早く!!
機械の処理をする時間さえ惜しい。
ようやく2枚の切符が出る頃には詩織が後ろでもどかしげに待っていた。切符を渡しながら自動改札をくぐった。
後ろを振り向けば切符を購入しようとしている先程の輩が2人。
「電車は!?」
「こっちよ」
叫びながら到着時刻が載ってある電光掲示板を見た。あと2分で、家とは反対方向ではあるが電車が駅に入ってくるようだった。言われるまま階段を駆け下りる。ん? 人があまりいない…。
「ま、間違えたんじゃない?」
「…そうみたい」
ちゃんと見なかった僕が軽卒だった。こっちは家に帰る方のホーム、つまり電車は来ない。ある意味袋小路だ。
「どうする?」
「どうするって言われたって…」
階段を見上げれば、走り降りてくる数人の男がいた。
「わはは、馬鹿だ」
「こっちはあと20分は電車来ねーよ」
馬鹿に馬鹿にされると馬鹿に腹が立つ。
向かい側のホームが音楽を奏で始めた。そしてアナウンスも。
まさかお正月みたいに飛び降りるなんてことはもうしたくない、ジリと靴で地面を踏みしめた。
仕方なく周りを見渡し、逃げる策を練っていたら詩織が僕の名前を呼んだ。
飛んでくる警棒。目を大きく開けて受け取ると、階段上を見ながら詩織が構えた。何事かと階段を見ると男達が増えてきていた。人数にして20人ほど。
いつだったか詩織が言っていた言葉がリフレインした。「一度に相手に出来るのは4、5人が限度。多い人数は倒せないことはないけど、細い場所に誘い込んで1人ずつ相手しないと無理よ」そして投げられた警棒をもう1度見て理解する。
-----ありえないよ。
自分は素手を選び、戦力の低い僕には警棒をよこした。ということは、僕にも戦えということだ。
僕は王子なのに戦うの?